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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第四章 無数にある分岐点(下)
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第五話 帝国紋章学研究所




 帝国城の内外には、ありとあらゆる機関が存在していた。

 まさに国の心臓と呼べるこの場所から、多種多様の情報が各地へ無数に散らばっていき、やがてはまたこの地へと舞い戻ってくる。

 当然、咲弥のいるところが、すべての最高峰なのだ。


 ただ正直に言えば、あまり頭には入ってきていない。

 国を運営するための、いっぱいある何か――

 頑張って得られた理解など、その程度でしかなかった。

 それもまた、仕方のない心境ではある。


 応接室に戻ってきたジェラルドのほうから、必要最低限の案内はしておきたいと告げられ、咲弥は歩きながら帝国城とその付近に関する説明を受けている。

 一つや二つならいざ知らず、情報量があまりに(すさ)まじい。

 また身分や職業次第では、立ち入れない場所も多くある。


 咲弥はなかば、放心状態に(おちい)りつつ――

 帝国城からやや離れた地を、ジェラルドと進んでいた。


「遥か遠い昔の話になりますが、ピーラシモ大陸には小さな民族の集落から、共和国や王国などがたくさんありました。ですが、魔物の被害は酷く、それぞれの集落や国単体では、対処が困難を極めた時代があったのです」


 ジェラルドは前を向いたまま、帝国の歴史を語り続けた。


「最初はピーラシモ連合として、魔物の被害を最小限に食い止めるといった動きがありました。しかし、残念ながら……人の欲望には際限がありません。どの国よりも優位に立ち、また誰よりも自分の私腹を()やす……そんな考えを持つ者が多く現れ、各地で頻繁(ひんぱん)に戦争が起こったのです」


 どこかもの悲しい気持ちが、咲弥の胸を満たしていく。

 沈黙しているジェラルドに、(ひか)えめな声音で問いかけた。


「魔物の被害も、止まっていないのに……ですか?」

「戦争に巻き込まれた集落や国々の中には、人と魔物の二重災害により、悲しくも滅んでしまった――そういった事実も記録として残されています」

「過去の話とはいえ、とてもつらいお話ですね」


 ジェラルドは苦笑してから、咲弥へ青い瞳を向けてきた。


「その長きに渡る戦乱を(しず)めたのが、初代の皇帝陛下です。彼は戦争孤児でした。誰よりも戦争の痛みと、魔物の脅威を知っていると教わっています。争いを好まない初代が、血と涙を流しながら国々を(まと)めた――と、表向きは美談です」


 咲弥は小首を(かし)げる。

 ジェラルドは前を向き直り、補足気味に説明してきた。


「悲しいかな……想いと言葉の二つで平和が築けるような、甘い世の中ではありません。さまざまな思想を抱えた者達の策略と謀略が混じり合い、時には表立って話せない事柄も、実行する必要があります――つまり、巨大な武力と圧力」


 咲弥は少し顔をうつむかせた。

 想いと言葉だけでは、何も変わらない。

 その事実は、これまでも数多くあった。


 一個人の問題ですらそうなのだから、国の規模ともなれば綺麗ごとで済むはずがない。理解したくはないが、それらにまつわる事情はしっかりと呑み込んだ。

 ジェラルドが声を(ひそ)めて伝えてくる。


「……ですから、過去の因縁から陛下に怨みを抱く者は……正直、数えきれません。またさきほども申したように、人の欲望は際限を知りません。怨んでおらずとも、自分こそ皇帝陛下にふさわしいと考えている連中もまた……」

「その中で、特にあやしい……」


 咲弥は言い切る前に、(のど)の奥で言葉を押しとどめた。

 わざわざ()く必要はない。そう思ったからだ。


 不審な人物は、きっと一人や二人では済まない。

 小さな国とは違い、ラングルヘイム帝国は巨大国家の一つ――神の呪い騒動に関して、犯人を特定するなど、それこそ雲を(つか)むような話となるのだろう。

 個人か、団体か、それすらも現状では判断がつかない。


 少なくとも、シャーロットが不審な人物と遭遇した記録は残されていないようだ。やや引っ込み思案(じあん)なところがあり、彼女は基本的に帝国城内で過ごしている。

 学術から何からは、最高の師が個別指導しているらしい。

 そのため、まず指導者から調査される手筈(てはず)となっていた。


「――と、まあ……少々重苦しい話をしてしまいましたが、調査には時間がかかるでしょう。咲弥殿はその間、帝国城に駐在(ちゅうざい)してもらうことになりますから、ある程度の把握をしてもらうため、できる限りご案内をさせていただきます」


 今回の件で、あまり深く考えていなかった部分がある。

 ふとした疑問を、咲弥は尋ねてみることにした。


「あ、あのぉ……」

「はい?」

「いまさらで申し訳ありませんが、少し確認させてください――ちょっと前にも言った通り、僕の仲間達が帝都のほうに来ています。任務が終わるまでの間は、会いに……いいえ。連絡すらも、取れないんでしょうか?」


 現状、通信機が没収された状態にある。

 帝国城を訪れる前に、アイーシャに使用禁止だと言われ、奪い取られたのだ。それ自体は、別に不思議だとはまったく思っていない。

 むしろ、至極当然の対処として理解していた。


 ただ案内役がジェラルドに変更した事情もあり、通信機が今どこにあるのか、正確にはわからない。だがおそらくは、ジェラルドが管理しているはずだった。

 だからこそ、それをにおわせる問いを投げたのだ。


 漠然とした不安を(つの)らせながら、咲弥は回答を待つ。

 ジェラルドは思いだしたように、重めの(うな)り声をあげた。


「ああ……いや、咲弥殿を疑っているわけではありません。それを前提に、お聞きください。すでに咲弥殿は極秘任務の際中となりますから、不要不急の状態であれば、可能な限り外部との接触は(ひか)えていただきたいのです。無論、咲弥殿の私物は、私が責任をもって管理させていただいております」


 よくよく考えてもみれば、それはあたりまえの話だった。

 皇帝陛下が直々(じきじき)に試したとはいえ、何から何まですんなり信じ込むわけにはいかない。わずかな気の(ゆる)みから、極秘の情報を漏らす可能性も充分にあり得る。


 人は間違いを犯す生き物――

 ジェラルドの発言には、そんな意味が含まれている。

 それらを理解したうえで、咲弥は改めて問いかけた。


「しばらく戻れないというのも、伝えてはいけませんか?」

「その程度であれば、特に問題はありません……が、かなり堅苦しい思いをされるかもしれません。申し訳ないですが、これもまた仕事の一つとして、咲弥殿にはそうご理解をしていただきたい」

「あっ、それはもちろん……はい。わかりました」


 綺麗さっぱりとまではいかないが、了承するほかない。

 ジェラルドは少し、黙考するような間を置いた。


「そうですね……もし、どうしても仲間達と会いたくなった場合、特定の条件下で外出が許可されるよう、私のほうから働きかけてみましょう」

「特定の条件下……?」


 咲弥は首を(ひね)る。

 ジェラルドは鷹揚(おうよう)(うなず)いた。


「咲弥殿がいない間に、事態が急変する可能性もあります。何が起こるのか不明瞭な状況にあるため、咲弥殿の現在地や状況を逐一(ちくいち)把握させてもらいます」

「ああ……それは、確かにそうですね」


 咲弥は応じながら、ふと直感が働く。

 位置や状況以外に、きっと盗聴的なものも仕込まれる。


 正直に言えば、あまりいい気はしない。

 だが、状況を考えれば、仕方がないことでもあった。

 問題が問題なだけに、ジェラルド側も慎重になっている。


 ジェラルドの気持ちを汲み、咲弥は曖昧(あいまい)(うなず)いて応えた。

 ジェラルドは、苦笑をもって言ってくる。


「すみません。さきほども申しました通り、別に疑っているわけではありません」

「いいえ……当然の対応だと、そう呑み込んでいますから」

「ふっ……感謝致す」


 ジェラルドの微笑を最後に、お互い沈黙した。

 咲弥は心の中で、静かなため息が漏れる。


 ネイとゼイドの二人は、まず間違いなく問題ない。

 咲弥がしばらく戻れないと知ったところで、新天地を自由気ままに堪能すると容易に想像がつく。しかし心配なのは、紅羽のことであった。

 もちろん彼女の(そば)には、ネイ達に加えてメイアもいる。


 その点に関しては、まだ安心できた。

 ただ彼女自身からは、あまり(こころよ)く思われない気がする。


『これからも世界中を、一緒に見て回ってくれますか?』


 紅羽の言葉が、咲弥の脳裏(のうり)にふわりとよみがえった。

 もう長い付き合いになる。だから、よくわかるのだ。


 一緒に帝都を歩けると、楽しみにしていたに違いない。

 申し訳ない気持ちと、不安や心配が混ざり合い、また心の中でため息が漏れる。

 残念そうな紅羽の顔が頭に浮かび、より心苦しくなった。


 咲弥はやや肩を落とし、ジェラルドとの歩幅を合わせる。

 無言はまだ続いていた。ほんの少し、気まずさを感じる。


 そんなとき――咲弥達の静寂を破ったのは、とても強烈な爆発音であった。

 すぐ近くにある建物の一部が吹き飛び、また同時に激しい爆炎が噴き出す光景を目で(とら)える。あまりに唐突(とうとつ)な出来事にぎょっとなり、咲弥はその場で固まった。


 いったい何が起こっているのか、さっぱりわからない。

 爆発した箇所(かしょ)は、三階に相当する場所だった。

 建物の残骸と一緒に、人が一人落ちてきている。


(あっ……)


 胸の内側でうめいたとき、べちゃっと嫌な音が耳に届く。

 やや黒焦げた白衣の者が、まるで突き刺さったかのように顔を地につけ、足が大きく天を(あお)いでいる。角度を間違えたシャチホコ――ついそんな感想を抱いた。

 体の線や女性らしい(よそお)いから、咲弥は女だと判断する。


「だ、だ、大丈夫ですかぁ!」


 咲弥は我を取り戻し、まずは叫んだ。

 気が動転しているのを隠せない。女はただ固まっていた。

 おずおずと近づいていると、女がぷるぷると震え始める。

 それから一気に、彼女は地べたに座り込む姿勢となった。


 まだ二十代半ば頃か、肩にかかる程度の長さをした金髪の彼女は、綺麗系寄りの顔立ちをしている。規律に厳しそうな雰囲気もあり、少し気が強そうであった。


「あいたぁ~たたったぁ……まぁた、やっちまったねぇ」


 一歩ずつ進んでいく咲弥の隣を、ジェラルドがすたすたと通り過ぎていった。

 仰々(ぎょうぎょう)しいため息をつき、ジェラルドは太い声を発する。


「やれやれ……またか。いったい何度目だ。パスカ」

「おやぁ、将軍様ではないか。まずいとこを見られたね」

「安全性を確かめろと、何度も言ったはずだ」

「好奇心を閉ざしてしまっては、何も発展は見込めんぞ」

「訳がわからん。そのうち、その好奇心に殺されるぞ」

「研究とは、いつも死と隣り合わせなのさ」


 パスカは目の付近に、手でピースサインを作った。

 ジェラルドは眉間をつまみ、深いため息を漏らしている。

 三階程度から落ちたはずだが、パスカは元気そうだった。


 また第一印象とは違い、気さくな人だと印象が改まる。

 とにかく大事(だいじ)(いた)らず、咲弥はとりあえず安堵(あんど)した。


「紋章石の拒否反応……それとも、単に反発かな。自然界のマナが、警告を発したようにも受け取れそうか……または、我々人に拒絶を示していたのか、はたまた噂に聞く精霊様がお怒りになった可能性も捨てきれないな。いやはや……実に興味深いじゃないか。しかし! 我々の研究が、いつか君ら将軍様達のお役に立てると想像するだけで、胸が、心が、独立して踊り狂ってしまいそうだね」


 激しいパスカの言動を、咲弥は唖然となって聞いていた。

 容姿とは裏腹に、かなり独自の世界観を持った人らしい。


「その前に、お前の魂が黄泉(よみ)の国へ旅立ちそうだな」

「おやおや? ジェラルド将軍は思いのほか詩的だねぇ……魂は目には見えないが、確かに存在する。なぜならば、魂が変異した魔物が世界中にはいるからだ。だが、問題なのは、これが記憶の転移という可能性も捨てきれないことだろう。闇より()い出たナニカに、思念的な死者の記憶が付着――」

「ああ! わかった、わかった。もういい。とにかく、もしまた同様の騒ぎが発生したら、帝国査問委員会に報告する。わかったか?」


 片頬をぷっくりと膨らませ、パスカは虚空を(にら)みつける。

 パスカは肩を(すく)めながら、諦め気味にため息をついた。


「やれやれ。将軍様はお厳しいねぇ……」

 そう言ってから、パスカの視線が咲弥側へ流れてくる。

「ところで、そちらの御仁(ごじん)はどちら様?」


 咲弥ははっと我に返った。

 帝国式の敬礼をもって、自己紹介をする。


「あ、初めまして……咲弥と申します」

「彼はレイストリア王国の冒険者だ。ちょっとした依頼で、ここに駐在する」


 ジェラルドの軽い説明を受け、パスカがへぇと(うな)った。


「軍事演習か何かに起用でもするのかい?」

「まあ、そんなところだ。帝国式の訓練は確実ではあるが、完璧ではない。新たな風を取り入れればこそ、より高みへとのぼれるんだ」

「君も結構、難しい言い回しをするものだねぇ」

「とにかく、大事(だいじ)賓客(ひんきゃく)だ。粗相のないようにな」

一介(いっかい)の冒険者に、随分と入れ込んでいるね」

「わざわざお越しいただいたんだ。当然だ」


 事前に用意していた方便なのか、または思いつきなのか、咲弥にはわからない。どちらにしても、ジェラルドはとても口が回るほうなのだと理解した。

 咲弥が言えば、ただ不信感しか与えられなかっただろう。


「そういうことなら、こちらにもお裾分けしておくれよ」

「えっ……?」


 咲弥はジェラルドと一緒に、小さな驚きの声をあげた。

 パスカは立ち上がり、腕を組んでから続ける。


「他国の文明の進化が、どの程度のものか知りたい。それに私らの研究も、少し行き詰っているのさ。他国の者になら、何か別の視点が得られるかもしれない」

「お前、国家に属する研究者って自覚はあるのか?」

「レイストリア王国とは冒険者ギルドを通じて、それなりの友好関係は築いているだろぅ? なぁに、別に国家の機密に抵触するほどのことじゃあない」


 パスカの言葉に、ジェラルドは押し黙った。

 パスカは畳みかけるように述べる。


「それに、汗臭い軍事演習などより、いい手土産もやれる」

「ふぅ……咲弥殿、どうされますか?」

「えっ?」


 突然の丸投げに、咲弥はぎょっとした。

 困惑しながら、ジェラルドの青い瞳を見据える。

 断れ――そんな気配は、目からは特に感じられなかった。

 戸惑いながら、咲弥は素直な気持ちを伝える。


「確かに、ちょっと、興味はありますが……」

「――なら、決まりだね。私についておいでよ」


 咲弥の返事を聞く前に、パスカはすたすたと歩いていく。

 ジェラルドに視線を移すと、呆れ気味にため息をついた。

 それから、仕方がなさそうな微笑をもって言ってくる。


「まあ、息抜きには、丁度いいかもしれません」


 咲弥は漠然と、ジェラルドの意図を汲み取った。

 任務に拘束される咲弥を、おもんばかったに違いない。


「あ、えっと……ありがとうございます」

「いいえ。それでは、我らも参りましょう」

「……はい!」


 咲弥とジェラルドは、やや速足でパスカの背を追う。

 爆発が生じた建物に入るや、咲弥は視界に広がるロビーの景色に少しばかり目を見張った。清潔感に満ちた空間には、現代的な機器がちらほら確認できる。

 それこそ、王都にある冒険者ギルドを連想させるほどだ。


 視界に映る人達は誰もが、パスカと似た服装をしている。

 そのせいか、研究所といった印象が強く(かも)されていた。


(それにしても……)

「おい! その機材は、地下に運ぶんだぞ!」

「あぁ……まぁた、ぐちぐち所長にどやされちまうよ」

「ねぇ、時間ある? ちょっと紋章学術の八二手伝って」

「ざけんな! 一番面倒なやつだろ。一人でやれ!」

「あらら……あの資材、どこに行っちゃったのよ……」

「お前また遅刻だぞ! いつまで新人のつもりなんだ!」


 誰一人として、さきほどの爆発を気にした様子がない。

 それぞれが多様な目的を持ち、研究所で活動をしている。

 パスカが両手を大きく広げ、咲弥達を振り返った。


「ようこそ! 我らが帝国紋章学研究所へ!」


 研究所の内部に、圧倒されたのは(いな)めない。

 咲弥は沈黙したまま、ただ茫然と周囲を眺めた。




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