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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第四章 無数にある分岐点(下)
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第四話 シフォンの森




 ネイ達と一緒に、紅羽は帝都を歩いていた。

 事前にアイーシャが手を回してくれていたお陰で、冒険者専用の宿舎へは円滑(えんかつ)に案内をされ、すでに咲弥以外の者達は荷物の整理を済ませた状態にある。


 一息ついた頃に、ネイから観光しようと誘われたのだ。

 咲弥の帰りを待つという選択も浮かびはしたものの、いつ戻ってくるのか予想もつかない。また彼のほうから、仲間と時間を潰すよう言われている。

 少し悩んだ末、ネイからの誘いを承諾する結果となった。


 今は宿舎の付近にある、商店街を散策している。

 王都とは違い、ここには馴染(なじ)みのない香りが漂っていた。


 人か、物か、それとも別の何か――目から得られる情報は多く、においの根源は特定できそうにない。いずれにせよ、不思議な香りに胸の奥が(うず)いていた。

 別にそれは、不快というわけではない。


 普段と異なる何かに巡り会えばこそ、自分は旅のさなかにあるのだと強く認識できるのだ。疼く胸の感覚は心地よく、嫌な感情とは程遠いところにある。

 そんな心の作用から、紅羽はある記憶がよみがえった。


(趣味……)


 咲弥から以前、趣味について問われた経験がある。

 無論、そんなものがあるはずもない。咲弥以外のすべてに関心が持てず、人であれ何であれ、自分には不要なものだと切り捨てていたほどなのだ。


 あの頃から、もう結構な時が流れている。

 もし再び問われたら、今度は答えられるかもしれない。


(私の趣味は、見知らぬ場所を旅すること……)


 胸の内側で(つぶや)き、ふとある疑問が浮かんだ。

 一人旅の場合でも、同様の感想を抱けるのだろうか――

 独りきりという境遇を、今ではもう想像するのが難しい。

 それでも特別な感情など、湧かないような気がした。


(咲弥様……)


 思考するまでもない。答えは、とても単純なものだった。

 咲弥と一緒にする旅が好きなだけであって、旅そのものが好きというわけではない。けれど、それが悪いことだとは、(つゆ)ほども感じていなかった。


 さまざまな目的を胸に秘め、人は誰しもが生活している。

 自分のため、他人のため、何かのため――当然、どこかで敵対する場合はあれども、人と人は深くお互いを支え合い、日々を懸命に生きているのだ。

 きっと本当の孤独の中では、人は決して生きていけない。


 咲弥と出会い、多くを学んできた。だから、よくわかる。

 誰かのために生きる。誰かがいるから生きられる。

 それもまた、人として生きる立派な理由となり得るのだ。


 彼が(そば)にいれば、自分の人生は色づく。

 彼が(となり)で笑えば、胸の奥が温かくなる。

 彼がいなければ、心がかすんでしまう。

 それでも――


 咲弥と出会った頃に比べれば、成長したと実感している。

 咲弥のいない寂しさを、仲間達で埋められるほどだ。

 仲間が自分にとって、大切だと感じている証拠でもある。


(でも……)


 趣味と類似した疑問が、再び紅羽の脳裏(のうり)をかすめた。

 もしこのままずっと、咲弥が消えてしまった場合、自分は仲間達に対して同様の感想を抱けるのだろうか――答えは、闇の中に溶けて消えていく。

 想像がつかない。確かにそれも、理由の一つではある。


 だがそれ以上に、考えたくない気持ちのほうが強かった。

 紅羽はこっそり、己を(りっ)する。

 無駄な予想を働かせるより、現在と未来を大事(だいじ)にしたい。

 紅羽がそう、認識を改めた矢先でのことであった。


「ねぇねえ、君達って旅人さんだよね? 一〇〇〇ルーガ、もしくはスフィアだったらさ、七〇〇で案内するよ?」


 色黒の男が笑みを浮かべ、紅羽達へ詰め寄ってきた。

 メイアが切り捨てるように言い放つ。


「必要ない。私が案内役だ」

「でも、君も現地人じゃないんじゃないか?」

「問題ない」


 メイアの力強い眼差しに、男が肩をびくりと震わせた。

 つかの間の沈黙を経て、男は残念そうに肩を(すく)める。


「そっか、残念だ……旅人達に、ユグドラシール様の加護がありますように」


 男はそう言い捨て、紅羽達とは逆側へ歩き去っていく。

 人か神か――よくわからないが、どうやらなんらかの信仰対象があるようだ。

 先頭を歩くメイアが、肩越しに顔を振り返る。


「もしついて行ったら、面倒ごとに巻き込まれるからな」

「おっかねぇ話だ」


 ゼイドが苦笑まじりにぼやいた。

 メイアはふっと笑う。


「豊かそうに見えても、貧困のせいで悪さをする奴は多い」

「それはどこの国でも、あんま変わらなさそうね」


 メイアは前を向き直ってから、ネイに応じた。


「人が多く集う場所では、自然とどこもそうだ」

「そこに関しては、特に問題なさそうね……それにしても、私の着ている服、熱をまったく緩和できてないから、ほんと暑いわ……メイアのそれ、暑くないの?」


 ネイは大きくうな垂れ、横目にメイアを軽く(にら)んでいる。

 メイアが手で、自身の顔をゆるりと(あお)いだ。


「我慢ができないほどではない――が、そうだな。せっかく異国の地を訪れているんだ。どうせなら、こっちならではの(よそお)いでもしてみるか?」

「いいわね。こっちの服なら、紋章効果もよさそう」

「いい仕立屋を知っている。そちらへ向かおう」

「ほぉいほぉーい」


 ネイが陽気な口調で、メイアの提案に乗った。

 紅羽からすれば、王都にある冒険者ギルドの受付嬢から、あらゆる服装を着させられている。そのせいか、衣装替えに関しては、あまり胸が揺れ動かなかった。


(そういえば……また、()()()くらいになっていた)


 件数しか見ていない。内容は開かずとも明白だからだ。

 紅羽は人知れず、心の中だけでため息をつく。

 そのお陰か、次第に気持ちと思考を切り替えられた。


 このままずっと、腐っていても仕方がない。

 咲弥の用事が済めば、自由時間は必ず生まれる。そのとき改めて、メイアが今やってくれているように、今度は自分が彼に帝都の案内をしてあげればいいのだ。


 正直なところ、完全に残念感が消え去ったわけではない。

 新天地の探索を、彼と一緒にしたかったのが本音だった。ただ今回の事情を経て、のちにどういった感情を抱くのか、楽しみにしている自分も確かにいる。


(そうと決まれば……)


 まず好奇心がくすぐられそうなものはないか、活気溢れる街並みを目で探ってみた。方針が決まったからか、胸の奥がふわふわと(うず)いている。

 こうした新天地は、彼もよく心を(はず)ませた顔をしていた。


 いいものであればきっと、喜んでくれるに違いない。

 そんな彼の表情を見たいと願い、紅羽は視線を巡らせる。

 この帝都には、肌の色が黒い者ばかりが視界に入った。

 そのせいか、より一層異国の地だと感じさせる。


 それぞれの人が多種類の娯楽を(たしな)み、また多種多様な品を売り買いしていた。その中には、帝国兵だと思われる者達もよく目に映った。

 周囲を眺め、ふと生まれ故郷の記憶がよみがえる。


 あちらはもっと、殺伐とした雰囲気で張り詰めていた。

 だがこちらの帝国兵は、うまく民の中に溶け込んでいる。

 おそらくは、国の方針が違うからなのだろう。

 同じ帝国でも、あちらとこちらでは別物だと思えた。


 力こそが正義。力無き者に語る資格などない――

 確かに、それ自体に間違いはなかった。


 武力がなければ、世界中に蔓延(はびこ)る魔物に蹂躙(じゅうりん)されるうえ、そのせいで国力が細れば、いともたやすく他国に奪われる。

 守りも攻めも、どちらも力がなければ何もできないのだ。

 とはいえ――


「こらぁ~! 待ちなさぁ~い!」


 不意に、女の怒声が紅羽の耳に届いた。

 視線を移すと、女が(あわ)てた足取りで走っている。

 その前方に、自転車に乗って逃げている様子の男がいた。


「へっへぇん! 追いつけるもんなら追いついてみな」

「返しなさぁ~い!」


 事情はわからないが、紅羽は一考の余地もなく動く。

 女の物を取ったらしき男へ、神速の勢いで迫った。


「うぇ――っ?」


 男の表情が、瞬時に驚愕へと染まった。

 ほかに被害が出ないよう、自転車を人気のない場所へ蹴り飛ばしながら、男のむなぐらを(つか)んで身柄を拘束する。まだ正確な事情はわからない。

 そのため、怪我がない程度に、男を地に押さえ込んだ。


「いててっ! な、なんだ! お前! 放せ! 放せよ!」


 肌の黒い栗毛をした男は、まだ若かった。

 おそらく、紅羽とさほど年は変わらない。

 また紋章者ではなく、ただの一般人の様子であった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 追いかけていた女が、(そば)で立ち止まるや息を切らした。

 赤毛をした彼女の肌も黒い。容姿から男と同年代だろう。


「だ、誰か、わかん、ないけど……あ、ありが、とう!」


 息を整えながら、女は安堵(あんど)した顔でお礼を告げてきた。

 少ししてから、女が男をじろりと(にら)みつける。


「レクト! 私の物を返しなさい!」

「な、なんだよ。ちょっと見るだけじゃんか」

「だめに決まってんでしょ!」

「なんでだよ」

「恥ずかしいからよ!」

「いい年して恥ずかしがってんじゃねぇよ! シーラ!」


 シーラと呼ばれた女は、憤慨(ふんがい)した面持ちでしゃがんだ。

 それからレクトの腰にある、画帳を抜き取っていた。


「まったく……いつもいつも、いい加減にしなさいよね!」

「んだよ。ちょこっと拝見するだけだろ」

「それをやめろっつってんのよ!」


 シーラは立ち上がり、レクトの顔を軽めに蹴った。


「いってぇ!」

「次やったら、もっと本気でやるからね!」


 シーラの(いきどお)りは、まだ収まらない様子であった。

 むすっとした表情で、レクトのほうを(にら)み続けている。

 紅羽はぼんやりと、なりゆきを見守った。

 するとシーラが右拳を自身の胸に添え、一礼してきた。


「ありがとうございました。もう放しても構いません」

「了解しました」


 紅羽はシーラに応え、拘束する手を(ゆる)めた。

 レクトがするりと抜け出し、(あわ)てた様子で逃げていく。

 彼は肩越しに背後を振り返り、大きな声で言い捨てた。


「恥ずかしがってんじゃねぇよ! ぶぅす!」

「んだとコラァ!」


 シーラは顔を赤くして怒鳴った。

 ただ、もう追いかける気力はないらしい。

 レクトは自転車を拾って乗り、どこかへと去っていった。


 紅羽はなかば茫然と、レクトが消えた方角を眺める。

 不意に、聞き慣れたため息が聞こえてきた。


「あんた。ちょっと、あいつと似てきたわね」


 ネイが呆れ気味に、そう(つぶや)いた。

 ネイの付近には、ゼイドとメイアもいる。

 シーラがきょろきょろと、こちらの様子をうかがった。


「あなた達、旅人ですか?」

「ええ。まあ、そうね」


 ネイが応えると、シーラは小首を(かし)げた。


「どこかへ、向かっていらしたんですか?」

「ああ。シフォンの森という名の仕立屋に行くつもりだ」

「あら……ふふっ。ユグドラシール様のお導きなのかしら」


 メイアの回答に、シーラはやや驚いてから微笑んだ。

 さきほど声をかけてきた男と同じく、また信仰対象らしき名が出てきた。彼女の声の響きから、おそらく人ではない。土地神か何かなのだろう。

 シーラは、どこか得意げな顔をしながら肩を(すく)めた。


「でしたら、お礼も兼ねてご案内します」


 シーラからの提案に、しかしメイアは首を横に振った。


「いや、場所なら知っている」

「いえいえ。私も同じ場所に、行くことになりますから」


 シーラは数歩進んでから、肩越しに誰にとなく言った。


「いらっしゃいませ。我がシフォンの森へ」


 どうやらシーラは、その店に関わりのある人物だと――

 紅羽と同様、ほかの仲間達も気づいた様子であった。



    ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 高級感のあるソファーに、咲弥は腰を落ち着けていた。

 目の前のテーブルには、飲み物と果物類が置かれている。

 侍女が気を利かせ、あれこれと用意してくれたのだ。


 気後れするくらい豪華絢爛(ごうかけんらん)な部屋に、たった一人きり――そう言い切ってしまってもいいものなのか、ちょっとばかり微妙なところではあった。

 少なくとも、咲弥の見える範囲内に人の姿はない。


 客に気を遣わせないための計らいなのか、咲弥の視界には入らない場所でじっと待機をしている。おそらく、いつでも即座に応対するためなのだろう。

 正直、その配慮が逆に、少し居心地を悪くさせている。


 とはいえ、ここ最近、一人で考える時間などなかった。

 いい機会といえば、いい機会なのかもしれない。

 咲弥はぼんやりと天井を(あお)ぎ、過去を振り返っていく。

 すべては、一通のメッセージから始まった。


(そう……あれから、だったんだよなぁ……)


 思い返してもみれば、かなり濃厚な旅だと感じられた。

 獣人至上主義の問題、新時代の力、英雄の末裔(まつえい)一悶着(ひともんちゃく)、飛竜達を苦しめる竜石化――順番に記憶を掘り起こし、ふと浮かんだ魔人ラグリオラスで停止する。

 神々を殲滅(せんめつ)するために、魔神を討ちたいと語った悪魔だ。


 その真偽(しんぎ)はしれない。しかし、(いつわ)りとも思えなかった。

 ラグリオラスから連鎖していき、空白の領域での出来事が脳裏(のうり)によみがえる。


(破壊と再生の神……リフィア)


 この世界で語られる神の御使い、リフィア――

 人類を滅ぼしたとされる神、リフィア――


 この二つが同一の存在か、現状では判断のしようがない。

 御使いに関しての話であれば、英雄の末裔が現代にいる。

 調べようと思えば、きっと調べるすべはあるに違いない。


 だが、もう片方は――想像もつかないほど昔の話なのだ。遺跡にあった記録を鵜呑(うの)みにすれば、現在の人類が誕生する以前に存在していた人類となる。

 だから当時の情報が、そう簡単に見つかるはずがない。

 咲弥は心から、道化師を思わせる魔物を恨んだ。


 消滅させられた遺跡が、復活することは二度とない。あの場所でしか得られるはずのない情報は、もう見聞きできない状態となってしまっているのだ。

 どうしようもないとはいえ、やるせない思いが胸に(つの)る。

 同一かどうか、もはや調べる方法などない気がした。


(やっぱり……言ったほうがいいのかな……)


 実は仲間にすら、リフィアの話はいっさい伝えていない。

 まだ言わずにいた理由は、主に二つある。

 この世界の人達にとって、リフィアは信仰対象なのだ。


 そんなリフィアが、人類を滅ぼす可能性を持つ最悪な神と言えば、いったいどうなるかがわからない。仲間はきっと、信じてくれるだろう。

 そこを疑う余地はない。ただ、別の問題が発生する。


(もし……邪悪な神が……リフィア様なら……)


 討とうものなら、全人類を敵に回す結果を招くだろう。

 だからといって、そのまま放っておけそうにもない。何が起因したのかは不明瞭なものの、再び人類が滅亡させられる可能性がないとは言い切れないからだ。


 たとえ、人類を敵に回したとしても――

 最悪な神殺しの悪魔だと、人類から(ののし)られようとも――

 至上最悪な者として、歴史に名が記されようとも――


 人類を――大切な人達を護れるのならば、咲弥はそれでも構わなかった。

 極端な話をすれば、もし邪悪な神がリフィアだった場合、討てば自分のいた世界へと戻れる。天使の力があればこそ、訪れられた異世界なのだ。

 追われることも、知られることすら何もできない。


(だけど……みんなは違う……)


 仲間達は、とにかく優しかった。

 咲弥の目的を知れば、協力してくれるに違いない。

 だからこそ、巻き込みたくない気持ちが溢れ返った。


 咲弥と同様、神の御使いに牙を()いた者として――

 たとえ仲間達の血族が途絶(とだ)えたとしてもなお、おそらくは未来永劫(みらいえいごう)、歴史に名が残り続ける可能性は(いな)めない。咲弥と違い、仲間はずっとこの惑星の住人なのだ。


『人を――世界を救う必要はありません。あなたの使命は、邪悪な神を討つ。ただ、それだけです』


 天使から送られた言葉が、脳裏(のうり)をかすめた。

 ようやく、すべてを呑み込めた気がする。

 これは、最初から――


(僕一人で、やらなきゃならないことだったんだ……)


 永遠に消えない傷痕を、仲間達には()わせたくない。

 ならば、たった一人でも――ふと、ある思考が巡る。


 決してそれは、妙案といえるようなものではなかった。

 とてもばかげており、異常な考えに過ぎない。

 だがそんな傷痕を、平然と受け入れられる存在があった。


(……ラグ、リ……っ?)


 不意に部屋の出入口から、重いノック音が響き渡った。




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