表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神殺しの獣  作者: Key-No.92
第四章 無数にある分岐点(下)
172/222

第二話 花のような少女




 咲弥は誘導に従い、帝国城にある長い廊下を歩いていた。

 初めて訪れたからという理由は当然あるが、それにしても城内の構造は、とても複雑だと感じられる。下手をすれば、城の中で迷子も普通にあり得るに違いない。


 また同時に別の不安が、じわじわと咲弥を襲っていた。

 案内役がアイーシャから、帝国軍第二大将軍ジェラルドに代わっている。咲弥に関する今後は、最初から彼が一任する予定となっていたらしい。


 ラングルヘイム帝国は、ただでさえ新天地なのだ。

 知り合いが一人もいない状況は、さすがに少し心細い。

 作法も違えば、冒険者みたいにお気楽な雰囲気でもない。

 久々に味わう孤独感に、咲弥は心の中で苦笑する。


 見知らぬ地、見知らぬ人――生まれ育った世界とは異なる惑星を訪れてから、いつ孤独感を覚えなくなったのか、もうあまりよく思いだせない。

 一日一日を、必死に駆け抜けてきたからなのだろう。


 (あわ)ただしく流れる時のなか、自然と仲間や友人ができた。

 そしてさらに、住めば(みやこ)とはいうが、どうやらその言葉に嘘偽(うそいつわ)りはない。いつしかレイストリア王国が、咲弥にとって第二の故郷と呼べる存在になっている。

 咲弥はどこか、しみじみとそう理解に及んだ。


 不安は当然ある。だが、安心感がないわけでもない。

 帝都にまで戻れば、気心知れた大切な仲間達がいる。

 すぐ(そば)におらずとも、その事実が心を安らがせてくれた。


「咲弥殿。少し、お(うかが)いしてもよろしいですか? 咲弥殿の持つ生命の宿る宝具は、自国で発見されたのでしょうか?」


 ジェラルドが肩越しに振り向き、不意に話しかけてきた。

 澄んだ青色の瞳を見据えながら、咲弥は応答する。


「あっ、はい。ただの偶然ですが……古代ドワーフの跡地で手にいれました」

「ほう――古代ドワーフの跡地で、ですか」


 どこか困惑気味の曖昧(あいまい)な表情を浮かべ、ジェラルドは口に微笑みを(たた)えている。

 それから前を向き直り、彼は喋り続けた。


「世界的に見ても、いまだ宝具は謎多き代物です。おそらく咲弥殿が選ばれたのには、なんらかの(えん)、あるいは意思的なものがあったのでしょうな」


 生命の宿る宝具には、確かに不可思議な力が宿っている。

 だが調べた限りでは、黒白の籠手(こて)と類似した例はどこにも見られない。長い宝具の歴史の中でも、黒白はかなり特殊な存在なのだとよくわかる。


 神殺しの獣――その心臓が、黒白の正体であった。

 (おおやけ)にするつもりはないが、ジェラルドからすれば、まさか黒白の根源と対面済みだとは、夢にすらも思わないだろう。

 咲弥は苦笑をまじえ、ジェラルドに返答した。


「そうかもしれません。とてもありがたく思っています……黒白が僕を選んでくださったお(かげ)で、今もこうしてしっかり生きていられますから」

「宝具に対して、そのような感情を抱く――きっと、そこも選ばれた所以(ゆえん)なのでしょうな。咲弥殿と接させていただき、より理解が深まりました」


 誉め言葉を受け、咲弥は唐突(とうとつ)な照れを覚えた。


「い、いえ。そんな……選ばれたこと自体は、本当にただの偶然なんです。とある町で寝坊してしまい、勘違いで馬車を間違えなければ、ドワーフの跡地まで連れて行かれることもありませんでしたから」


 当時の記憶を振り返りながら、ふと思いだした。


「そういえば、そこで出会えた仲間が……いま帝都のほうに来ているんですが、彼女も最近、宝具に選ばれたんですよ」

「な、なんですとっ――?」


 広々とした廊下に、ジェラルドの驚いた声が響く。

 ジェラルドが足を止め、目を丸くして咲弥を振り返った。

 一呼吸の間を置き、ジェラルドは恥ずかしげに頬をかく。


「ああ、その……本当に、申し訳ない。年甲斐(としがい)もなく、つい興奮してしまいました。宝具所持者と巡り会える機会など、そう多くはありませんから」

「ははは……確かに、珍しいですからね」

「こほん……」


 ジェラルドは咳払いをしてから、後ろを振り返った。

 また歩きながら、太い声が(つむ)がれる。


「それにしても、まさか帝国に宝具所持者が、同日に二人も訪れていらっしゃるとは……アイーシャの奴――どうやら、よき(えん)に恵まれたようですな」


 アイーシャとの関係性が気になり、咲弥は小首を(かし)げた。

 声音か、雰囲気か――

 ジェラルトの言葉から、浅くはない関係性が漂っている。

 問いかける直前に、ジェラルドがぴたりと足を止めた。


「長々と歩かせてしまいましたが――こちらが我々の目的の場所となります」


 ジェラルドが手を示した方角へ、咲弥は目を向けた。

 両開きの豪華な扉がある。


 ただ帝国城の中にある扉は、どれも意匠が()っていた。

 そのため、ほかと比べて特別な扉だとは感じられない。

 ジェラルドは扉を振り返り、大きな拳でノックした。


「帝国軍第二大将軍、ジェラルドと例の御仁(ごじん)が参りました」

「――は、はい! ただいま!」


 ややくぐもった女の声が、扉のほうから響いてきた。

 しばらくしてガチャリと音が鳴り、扉は開かれていく。

 華やかな香りが漏れ、咲弥の鼻腔(びこう)をくすぐる。


 扉を開いたのは、侍女らしき服装をした女だった。

 奥に見える景色は、とても色彩(しきさい)に富んでいる。

 ぱっと見ただけでも、女部屋の特徴が強く漂っていた。


「どうぞ、お入りくださいませ」


 侍女が優雅(ゆうが)に、手のひらで勧めてきた。

 ジェラルドの後に続き、咲弥も先へと足を踏み入れる。


 愛くるしいぬいぐるみに満たされた部屋の中には、同時に彩り豊かな花もたくさん飾られていた。かなりファンシーな風景に、咲弥は少しばかりたじろぐ。

 その際、ある程度の状況はすぐに把握できた。


 壁際にある豪華なベッドの上に、花を連想させるくらいの可憐な少女が、上半身を起こした姿勢でいる。少し(くせ)のある空色の髪が、彼女の魅力を一際(ひときわ)強めていた。

 病的なほど白い肌をした少女は――


(最初の頃の、紅羽みたいな感じだけど……これは……)


 表情に変化がない紅羽も、最初はよくわからない子という印象が色濃かった記憶がある。しかしそれでも、紅羽はまだ魂が宿った人だと認識させてくれた。

 だが目の前の少女は、まるで人形そのものでしかない。


 そんな少女の(そば)に、どこか似た顔立ち――同じ髪色をした母親らしき女が、椅子に座っている。まだ四十代半ば頃だと予想するが、顔がひどくやつれていた。

 そのせいで、想像した年齢よりやや老け込んで見える。


 彼女は少女の手を、優しげに握り締めていた。

 ジェラルドが部屋の中央で、帝国式の深い敬礼を送る。

 咲弥も後に続き、地に膝をつく敬礼をした。


「スイ様、噂の御仁をお連れ致しました。彼が咲弥殿です」

「まあ、あなたが噂の……」


 スイの言葉を聞き、咲弥は姿勢を崩さず自己紹介する。


「お初にお目にかかります……レイストリア王国の冒険者、咲弥です」

「お顔を……」


 スイの指示に従い、ジェラルドと(そろ)って顔を上げる。

 スイは(ほが)らかに笑い、緩やかな声音で自己紹介を始めた。


「私は第四皇妃(こうひ)のスイです。こちらは、娘のシャーロット」


 スイの顔は微笑んではいるが、不安を隠し通せていない。

 咲弥が観察している最中に、スイが問いかけてくる。


「あらかたのお話は、お伺いしておいででしょうか?」

「あ、いえ……その……」


 応じたそのとき、部屋にノックされた音が響き渡った。


「私だ。早く開けろ」


 不躾(ぶしつけ)な言葉遣いに、咲弥は小首を(かし)げた。

 ジェラルドが立ち上がり、咲弥もつられて腰を上げる。

 侍女がやや(あわ)てながら、扉の鍵を外してから開いた。


 すると目つきの悪い長身の男が、ずかずかと部屋のほうへ踏み込んできた。あまりに無礼(ぶれい)な振る舞いから、身分の高い男なのだろうかと予測する。

 うねった長い黒髪をした男は、嘲笑うような表情で両手を小さく広げた。


「はんっ……お前が噂の? まだ、ただのガキじゃねぇか」

「あちらは、呪術師のラクサーヌ殿だ」


 やや耳打ちに近い形で、ジェラルドが紹介してきた。

 咲弥は自分とは別に、招かれた者だと認識する。

 咲弥は一応、胸に手をあてる礼儀をもって接した。


「初めまして、僕は――」

「ああ、いらないいらない。俺は別に、この国の出自というわけじゃない。つぅか、そもそもの話、お前の名前になんかこれっぽっちも興味がない」


 ラクサーヌは不満たっぷりの顔で、咲弥の挨拶を(さえぎ)った。

 そして、近くにある椅子を、乱暴に自分へと引き寄せる。

 椅子の背に()()すかのような姿勢で座り、ラクサーヌは再び口を開いた。


「――で、お前になら、呪いが解除できる。と?」

「い、いいえ……まだ、来たばかりですから……」

「はんっ――一瞥(いちべつ)で判断もできねぇ素人かよ」


 確かに、事実ではある。

 事実ではあるが、さすがに少しばかり不快感を覚えた。


 しかし同時に、気が楽だなとも感じられる。

 こういう不躾(ぶしつけ)な相手のほうが、実際やりやすいからだ。

 これも冒険者ギルドで、(つちか)われた経験のお(かげ)に違いない。


「ラクサーヌ殿。いくらこちらがお招きしたとはいえ、もう少し態度を(つつし)んでもらいたい。こちらの咲弥殿もまた、我々帝国がお招きした大切な御仁なのだ」

「それは、俺には関係ねぇ」


 ジェラルドとラクサーヌが、お互いを(にら)み合った。

 不穏(ふおん)な空気が漂うさなか、咲弥は一歩を前に出る。


「ラクサーヌさんは、もうシャーロット様の呪いに関して、おおよその検討はついていらっしゃるんでしょうか?」

「なんも聞いてねぇの? 神の呪いだよ」

「あ、いえ……神の――どういった呪いなんでしょうか?」


 ラクサーヌは片目を細め、咲弥を睨んでくる。

 沈黙を挟んでから、面倒くさそうにふんと鼻を鳴らした。


「わからねぇ」

「えっ?」

「神の呪いというのは、間違いねぇぞ。呪術式の反応から、神聖なマナが漂ってきやがったから。それは人や悪魔では、絶対に出せない質のもんなんだ」


 咲弥は(うな)る。そもそも、呪術がよくわからない。

 ラクサーヌは呆れた様子で告げた。


「今のところ、魂の欠落といった結果しか見えねぇ。一応、全身を(くま)なく調べたが、異変に思えるところは何もねぇし」


 咲弥は内心で、ぎょっとなった。

 全身とは、つまりはそういうことに違いない。

 何かしら問題はなかったのか、そちらへと意識がいく。


「こう見えて、俺はちった名の知れた呪術師だ。そんな俺が、お手上げの状態なんだ。お前みてぇなガキ一人が、どうこうできるはずがねぇだろ。恥をかかないうちに、さっさと国に帰ったほうがいいんじゃねぇの?」


 ラクサーヌの(あお)り言葉を受け、咲弥は小刻みに(うなず)いた。


「確かに、僕で力になれるのかはわかりません。ですが――やれるだけのことは、やってみたいと思います。皇帝陛下やスイ様に、そのほかの方々……シャーロット様のご無事を、心から祈っておられる方々が、安心してくだされるように」


 ラクサーヌは不満げな表情で肩を(すく)めた。


「まあ、無駄だとは思うが……お手並み拝見といこうか」


 咲弥は再び頷いて応え、シャーロットを振り返った。

 ふと、漠然とした不安が胸に(つの)る。

 咲弥はジェラルドを見た。


「あの……紋様を浮かべても、よろしいんでしょうか?」

「……えっ?」

「いえ、実は……王城に招かれたときは、オドを乱す腕輪を着用させられました。防犯のためなんですが……いまさらに思えば、ここではありませんでしたので」


 不安を打ち明けるや、ラクサーヌが大笑いした。


「そこを規制したら、助けられるもんも助けらんねぇだろ」

「あ、いや……それは、その通りなんですが……一応、念のために、許可だけは貰わないといけない気がしまして」


 ラクサーヌに応じてから、ジェラルドの回答を待つ。

 ジェラルドは苦笑しながら、ちょこんと右肩を(すく)めた。


「なぁに……もしも咲弥殿が、何か粗相(そそう)を起こした場合は、私とアイーシャを含め、そのほかの血族すべてが、(さら)し首にされる程度で済みます」


 冗談めかした口調だったが、事実なのだと感じられた。

 咲弥は冷や汗をかく。


「――えっと、ありませんから……安心してください」

「はい。ですから、遠慮せず紋様を顕現(けんげん)してください」


 安心と不安が混じり、咲弥はひどく微妙な心境になる。

 とはいえ、ジェラルドからの許可はもらえた。

 改めてシャーロットを振り返り、視線はスイへと向ける。


「僕の場合は、生命の宿る宝具――黒白の籠手がなければ、何もできません。今からその宝具を召喚させてもらいます」


 咲弥は断りを入れてから、空色の紋様を虚空に描いた。

 スイのほか、ジェラルドからかすかな(うな)り声が響く。


「話しには聞いていたが、これは稀有(けう)な……美しいですな」

「まるで……天使が宿ったかのような紋様ですわね」


 二人の驚きの声を聞いてから、咲弥は唱える。


「おいで、黒白」


 空色の紋様が弾けるや、淡い光が咲弥の両腕を(おお)った。

 やや強めの輝きを放った瞬間、右には漆黒の籠手、そして左には純白の籠手が、すでに装着された状態で出現する。

 そのとき――黒白のほうから警告の意識が届いた。


(そう……やっぱり、そうなんだね……)

「咲弥殿……? どうかなされましたか?」


 ジェラルドからの問いに、咲弥は我を取り戻した。

 いったん心を整理してから、疑問に応答する。


「いいえ……なんでもありません」


 今回は目的から、左の籠手に少量のオドを流し込んだ。

 瞬間的な速度で、光沢感のあるモヤが左腕にほとばしる。

 どこか神々しい、白と金が交じる獣の手を生み出した。


「これが、黒白の……白手の解放状態となります。こちらの白爪を、シャーロット様の胸に突き刺せば、精神世界へ入り込むことが可能となります――」

 咲弥は一同の顔を眺めてから、スイに視線を据え直した。

「安心してください。白爪は黒爪とは違い、物理的な影響は与えられません。オドや精神的なものは切り裂けますが……今回は突き刺すだけですので」


 自分の肩を白爪で少し引っかき、咲弥は証明して見せる。

 スイは目を閉じてから、鷹揚(おうよう)(うなず)いた。


「貴方のこれからの行動すべてに、信頼を置いております。どうか、シャーロットを……よろしく、お願い致しますわ」

「……了解しました」


 咲弥はシャーロットの(そば)まで歩み寄る。

 いっさいの反応がない彼女の胸に、白爪を突き刺した。


 瞬間――


(なんなんだ……これは……)


 視界に広がった光景に、咲弥は驚きを隠せない。

 これまでは、総じて暗闇からが当然であった。

 だが、初めて――()()()()幻想的な景色が広がっている。


 色とりどりの草花が咲き乱れ、木々の色も豊富であった。

 とても華やかで、乙女チックな世界観ではあるが、ひどく重圧感に満ちた雰囲気が漂っている。音のない場所に、独り取り残されたみたいな寂しさを覚えた。


 シャーロットの姿は、どこにも見当たらない。

 状況を何も(つか)めないまま、咲弥はひとまず前を進んだ。

 風がひとつも吹かない。地を踏み締める音のみが鳴る。

 強烈な圧迫感ばかりが、咲弥の胸をぎゅっと苦しめた。


(いったい……これは……?)


 まるで風景画の中に、入り込んだような心持ちだった。

 あるいは、時間停止した場所といっても過言ではない。

 ひたすら気味が悪く、どんどん息苦しさが強まる。

 ほどなくして、何か奇妙な光景が目に飛び込んだ。


 咲弥は眉をひそめ、おそるおそる歩み寄っていく。

 色彩(しきさい)豊かな森の中にある泉――若葉みたいな色合いをした水面には、揺れが微塵(みじん)も見られない。そのせいか、ゼリーを彷彿(ほうふつ)とさせる質感をしていた。

 おそらくは、ただの水ではないのだろう。


 そんな不思議な泉の中心には、真っ赤な葉をつけた大樹が一本生えている。螺旋状(らせんじょう)()じれているが、全体を見通せば天を(あお)ぐほどまっすぐ伸びていた。

 咲弥の視線は、謎に巨大な大樹の根本付近に奪われる。


 空洞となっている箇所(かしょ)に、見覚えのある人物がいたのだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ