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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第一章  王都を目指して
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第十六話 次は王都で!




 町に帰還後、アズロはお礼を口にするなり去っていった。

 母親のことが、よほど気にかかっていたに違いない。

 病気の母親を救うためだと知り、さすがにネイも護衛料を諦めたらしい。ただ普通に、アズロの後ろ姿を見送った。


 その後、咲弥達は冒険者ギルドに到着する。

 ネイの言葉通り、スムーズに報酬の支払いが終わった。

 咲弥とゼイドは、その場で報酬の分け前を受け取る。

 そして――


「それじゃあ、依頼の達成を祝し――乾杯!」

「カンパーイ」

「あっ……か、乾杯です!」


 ゼイドとネイは、お酒らしき飲み物をごくごくと飲んだ。


「ぷはぁっ! 仕事を終えたあとの一杯はうめぇな」

「体に染み渡る、この感じ。たまんないわ」

「さあ! 咲弥君もぐぐっと!」


 咲弥は冷や汗をかいた。

 咲弥が手渡された飲み物もまた、酒類だと思われる。

 漂う臭いが、明らかにアルコール的なものだったからだ。


「い、いや、あの、僕……お酒は、ちょっと……」

「ははっ! それ、酒じゃねぇぞ」

「えっ! こんなお酒の臭いがしてるのに……ですか?」

「飲んだらわかるって。飲んでみな」


 ネイの勧めから、咲弥は意を決し――口の中に流し込む。

 甘味の強いオレンジらしく、炭酸のきいた飲み物だった。


「うぉわっ……これ、もの凄く美味しいです!」

「だろ? それは、俺のお勧めだ」

「リャタンナって地方で採れる、果実飲料なのよ」

「へえ……とっても美味しいです」


 咲弥が飲んでいる最中、ゼイドが説明してくる。


「酒は一般人なら、十八歳以上からだぞ。冒険者になれば、いつ死ぬかわからないってんで、十六から飲めるけどな」

「そ、そうなんですか……」

「そっ! だから、私は飲んでも問題なぁーし! 残念ね、咲弥君」


 ネイがいたずらな笑みで言い、咲弥はつい苦笑した。

 仮に飲めたとしても、おそらくお酒は飲まないだろう。

 国の法がどうのというより、単純に好ましくないからだ。

 それは、過去の出来事が起因している。


 物心がついたばかりの頃の記憶――

 興味本位からか、お酒を舐めた経験がある。

 父親が美味しそうに飲んでいたから、美味しい飲み物だと勘違いしたのだ。だが想像とは違い、苦く不味い味だった。

 そのときのトラウマが、大きくなった今も根づいている。


(お酒を飲むことは、生涯ないだろうなぁ……)


 咲弥は心の内側で、そんな感想をもった。


「お待たせしましたぁ! ご注文の料理でぇーす」


 かなり目のやり場に困る服――胸元がたっぷりとひらけた制服を着た女が、大きなおぼんを両手に持ってやってきた。

 料理が乗ったおぼんが、そのままテーブルに置かれる。


「さあ、食え食え! 咲弥君の分は全部、俺の(おご)りだ!」

「――えっ? あ、ありがとうございます!」

「いっただっきぃー!」


 ネイは颯爽と、骨付き肉へと手を伸ばした。

 その行動に、咲弥は少しばかり驚かされる。


「あ、あれ……? お祈りとかは、しないんですか?」

「お祈り……? ああ、リフィア様へってやつかな? 私、信心深くないからね」

「俺もあまり信心深くはない。まあ、公式の場ではやるが、ここじゃあな?」


 ネイとゼイドは言い終えるや、食べ物を口へと運んだ。

 咲弥は軽く事情を説明する。


「最初に立ち寄った村では、毎日してましたので……」

「信心深い人や、一般の人らはそうでしょうね」

「面倒だよな。俺にはこんな場のほうが性に合っている」

「私が信仰してるのは、リフィア様よりお金だからね?」

「だははっ。リフィア教徒の奴らが聞いたら発狂するぜ?」


 ネイは肉を飲み込み、骨をゆらゆら揺らした。


「リフィア教の教えでお金が貰えるなら、毎日でも信仰してあげるけれど」


 この世界でも、信仰の自由はあるのだと知った。

 ネイが(いぶか)しげに、咲弥の顔を覗き込んでくる。


「なぁに? あんた、熱心なリフィア教徒だった?」

「あ、いいえ。別に、そういうわけじゃありません」


 遥か大昔の――別世界の御使(みつか)いを信仰する理由などない。

 とはいえ、ゼイドには礼を尽くす必要がある。


「それでは、僕も――ゼイドさん、ご馳走(ちそう)になります」


 咲弥は頭を下げてから、目の前の料理に手を伸ばした。

 この世界を訪れてから、味が濃い物を食べたことがない。だからネイと同じ、色合いが濃い骨付き肉を(つか)んだ。

 肉の種類は不明だが、とても食欲をそそる香りがする。


 唾液(だえき)を飲み込み、骨付き肉を大きく口を開けて頬張った。

 ()むたびに、スパイスの利いた色濃い味付けが爆発する。


「うわぁあ……スパイスが利いてて、凄く美味しいです!」

「でしょっ? 私、これ好きなんだよねぇ」

「ほう? ならこれは、俺のお勧めだ。ちっと食べてみな」


 対抗心を燃やした様子のゼイドが、すっと皿を滑らせた。


「生魚……ですかね?」

「ああ。そうさ!」


 ゼイドが咲弥の取り皿に、魚料理を盛りつけてくれた。

 咲弥は少し眺め、生魚の料理をフォークで突き刺す。

 味はカルパッチョによく似ており、とてもほどよい弾力のある食感だった。


「これも美味しいですね! さっぱりとしてて、いくらでも食べられそうです」

「ここで、もうひと手間だ。この柑橘系の果汁をかければ、もっと旨くなる」

「わぁ……やってみます!」


 どれもこれも、本当に美味しい料理ばかりだった。

 文化どころか、住んでいる惑星すらも違う。それなのに、味覚は故郷よりも、こちらのほうが合っていると思えた。


「冒険者は命がけだからな。料理人も頑張ってくれるんだ」

「調理ギルドに行けば、もっと美味しいものがあるわよ」


 ネイの補足を聞き、咲弥は興味を()かれる。


「そんなギルドもあるんですね」

「この町にはないが、王都に行けばあるぜ」

「王都……」


 咲弥は記憶に(とど)めておいた。

 明日にはもう、王都に向けて出発している。

 ゼイドが小首を(かし)げ、疑問を(てい)した。


「そういえば、咲弥君はこれからどうするんだ?」

「えっと……明日には、王都へ向かいます」

「明日……? えらく急だな」

「最初からその予定でしたので。隊商の方々と向かいます」

「それじゃあ、しばしお別れだな」

「はい。とても寂しく思います」

「つっても、王都の冒険者ギルドに行くんだろ?」


 実力はゼイドやネイには、今はまだ遠く及ばない。

 咲弥自身、それはよくわかっていた。


 それでも、情報収集にしろ、空白の領域にしろ――使命を果たすためには、やはり冒険者になるのが必須に違いない。

 咲弥はフォークを置き、ゼイドをまっすぐ見据える。


「まだ勉強不足ですが、冒険者になるつもりです」

「そうか。俺は二週間後、王都に戻るつもりだ」

「私は、四日後ぐらいかなぁ」

「また王都で会えるな。俺らわりと、いいチームだよな?」


 ネイは虚空を見上げ、小さく(うな)った。


「まあ、悪くはなかったわね」

「また王都で再会して、チームを組もうぜ」


 咲弥はただただ、喜びに打ち震える。

 たとえそれが、お世辞や社交辞令でも嬉しく思った。


「はい! ぜひ、お願いします!」

「その前に、あんたは冒険者の資格を取らなきゃね」

「おっと、そうだったな」


 どんな審査や試験が待ち受けているのか、果たして無事に受かるのか、咲弥の胸には大きな不安が募った。


「審査は問題ないだろうが、受かるかどうかだな」

「嫌な奴が試験官にならなきゃいいけれどねぇ」

「ここ最近、受かりにくいって話も聞くからなあ……」

「まっ、そこは運次第ね」


 ゼイドは豪快に笑った。


「上を目指すなら、それぐらいの関門は突破しないとな?」

「はい。頑張ります!」

「王都まで結構かかるし、少しは訓練しておきなさいよ」

「た……確かに、そうですね」


 今回は、本当にいい経験になった。

 紋章術と固有能力を、もっと試行錯誤(しこうさくご)したほうがいい。

 ふと、紋章術について疑問があるのを思いだした。


「あ、そういえば――」

「おい、ゼイド! 聞いたかあっ?」


 別のテーブルの席に着いていた男が、咲弥の言葉を(さえぎ)る。


「すっげぇー情報があるんだが、聞いちゃうかい?」

「もったいぶるなよ。なんだ?」

「アーネメル大陸にある、ルパドナ帝国の話なんだがよ」

「アーネメル? またずいぶんと遠い大陸の話だな」

「その遠いルパドナ帝国にある、冒険者ギルドに……なんか〝俺は天の使いだ〟とか言う男が、やってきたらしいぜ?」


 咲弥はゾワッと背に悪寒が走り、一瞬で体が冷え込んだ。

 焦燥、恐怖、疑問――多くの感情が、一気に押し寄せる。

 ゼイドは愛想笑いを飛ばした。


「天の使い? はは……なんだ、そりゃあ?」

「なんでも、ここで一番強い奴を出せとか言ったらしいぞ。それで出てきたのが、なんとあの竜印のジャレクだとよ」

「ほう……かなり有名な上級冒険者じゃないか」

「ああ。一騎打ちってことになったらしいが……」

「ぼろぼろに返り討ちか?」

「あの竜印が手も足も出せず、半殺しにされたんだとさ」

「おいおい、嘘だろ? 上の中級冒険者様だぞ」


 嫌な汗が、じわりと湧き出る。

 同じ使徒なのだとすれば、信じられない気持ちであった。

 咲弥は与えられた能力を、まだ使いこなせてすらいない。

 それなのに、その者は計り知れない実力があるようだ。


「それで、その天使さんは、その後どうしたんだ?」

「雑魚だなって言葉を残して、どこかに去ったんだとよ」

「上の冒険者を雑魚扱い、か……どんな戦いをしたのやら」

「さあな。本当、ただ一方的にやられたとしか聞いてない」

「まあ、りゅうえんが、じゃこらったんれしょ……」


 戦々恐々(せんせんきょうきょう)としているさなか、咲弥はネイを見た。

 髪の色と同様に頬を赤く染め、目がぐったりとしている。

 別の使徒の話に気が向き、ネイの状態に気づかなかった。


「えっ。いつの間にこんな飲んで……あの、酔ってます?」

「酔ってらんからいやい! まらまら飲めるんらから」

「……これは、だめだな。完全にいっちまっている……」

「それらもう一杯! かん……うぅ……きもてぃわゆい」

「あわわぁっ!」


 ネイが吐きそうなしぐさを見せた。

 咲弥はとっさに両手で器を作り、激しく慌てる。

 しかしネイは、寸前で(こら)えきったようだ。


「しゃあねぇ。お開きにするか……」

「そうですね」

「すまないが……そいつを、宿舎まで送ってやってくれ」

「宿舎……ですか?」

「ここを出て右に進めば、ギルドの紋章が刻印された看板の建物がある。そこは冒険者専用の、宿屋みたいな感じだ」


 ゼイドが指を差した方向へ、咲弥は視線で辿(たど)った。

 そこには、ギルドの印だと思われる紋章が刻まれている。


「あれと同じだから、すぐにわかるさ。頼めるか?」

「あ、はい! わかりました」

「すまんな。俺は、ちょっとこいつと話があるんでな」

「ゼイドさん、本当にいろいろとお世話になりました」

「おう。また絶対、王都で会おうな」

「はい! あと、ご馳走様でした!」


 お互い(うなず)き合ったあと、咲弥はネイに寄った。


「行きますよ。ネイさん」

「えぅ……うぉ……」


 うめきしか漏れておらず、咲弥は困り果てる。

 異性のため、下手に触れるのもよろしくない。

 どうするか思案していると、ネイが抱き着いてきた。


 華やか匂いと同時に、とても柔らかな感触が咲弥を襲う。

 心臓がはち切れそうなほど、力強い鼓動を繰り返した。


「ネネネネネ、ネイさんっ?」

「おっしゃ! ちゅぎのぼうれんに行きゅぜぃ!」


 完全に出来上がってしまっている。

 咲弥は意を決し、そのままネイを背負った。

 背中や両手に、ネイの柔肌が食い込んでくる。

 咲弥は、無心だと心で何度も念じ続けた。


 ゼイドが無言のまま、手で合図を送ってくる。

 咲弥はお辞儀してから、冒険者ギルドを後にした。

 夜の冷えた道を、咲弥はとぼとぼと歩き続ける。


 ネイの薄着では、寒いのではないかと心配になった。だが彼女のほうからは、ほんのりと温かい熱が伝わってくる。

 おそらくは、そういった紋章効果の宿った服なのだろう。

 不意にネイがぎゅっと、後ろから抱き締めてくる。

 ぎょっとしていると、ネイが寝言のように(つぶ)いた。


「らいじょうぶ……姉ちゃんが、みんら護ってやるかられ」

「ネイさん……?」

「……孤児院ら……れぇちゃんが護るらら……」


 ある種、衝撃を受けた気分だった。

 ネイがお金に執着していた理由が、今になって判明する。

 咲弥はふと、アンカータ村にいるシェイを思いだした。

 もちろん、ほかの理由はあるのかもしれない。ただ、この世界では、魔物に両親を殺された者も多いのだと思われる。


 なんとも言えない気持ちのまま、宿舎へとやってきた。

 扉を開けようとした瞬間、偶然にも開かれる。


「あら……? まぁた、酔っぱらちまってんのかい」


 宿舎から出てきた、五十代ぐらいの女が言った。


「あの、宿舎の方ですか?」

「ああ。部屋は二階の一番奥だから、寝かせてやりな」

「え? あ、はい! わかりました」


 代わりに連れていってくれると思ったが、違うらしい。

 宿舎は木造造りで、木の香りが充満していた。

 質素な造りだが、おもむきのある空気感が漂っている。


 言われた通りの場所へ向かい、ネイの部屋の前まで来た。

 当然、扉には鍵がかかっている。


「ネイさん、鍵をください。鍵です」

「うぅうううん……」


 ネイがどこかからか、鍵を取り出した。

 部屋へ入り、近くにあったベッドにネイを優しく降ろす。それから、彼女のややごつい靴を、なんとか脱がし終えた。

 咲弥はほっと、大仕事を終えた気分になる。

 魅惑に満ちたネイの体を眺め、とっさに恥じを覚えた。


 視線を()らした先で、つい目に入ったものがある。

 広いテーブルの上にある道具は、綺麗に整理されていた。そこに、誰かの手作りだろうか――木製の写真立てがある。

 数名の大人達のほか、小さな子供達と写ったネイがいた。

 さきほど(つぶや)いていた、孤児院の子供達に違いない。


「うぅん……」


 ネイのうめきにドキッとして、咲弥は慌てて振り返った。

 ただうめいただけらしく、ほっと胸を()で下ろす。

 下手に長居し続けるのも悪いが、咲弥は少し黙考する。


(うぅん……やっぱり、これはネイさんに使ってもらおう)


 ネイから貰った分け前を、咲弥は(ふところ)から取り出した。


(……孤児院にでも、あててください)


 咲弥はお礼の意味も込め、貰った分け前を写真立ての下に挟んでおく。これで残りは、また四〇〇〇スフィアとなる。

 それだけあれば、しばらく食うのに困らないはずだった。

 ただ王都につけば、働いてお金を稼ぐ必要はあるだろう。


 働きつつ、冒険者になる道を探したほうがいい。

 咲弥は静かに、部屋の出入口まで進んだ。

 扉の前で、眠っているネイにお礼と別れを告げる。


「ネイさん。本当にありがとうございました。また王都で」


 ネイの部屋の鍵は、施設の者に預けておいた。

 寒空の下、咲弥は冒険者専用の宿舎を後にする。

 どこか寂しい気持ちを抱えつつ、自分の宿へ帰ったのだ。





 ここまでお読みくださり、ありがとうございます。

 王都へと向かう、明確な目標ができました。


 一月三十日――(改)とつくのがげんなりですが、追記。

 本文から省いた、蛇足コーナーを追記します。


 アズロの母親が患っていた病――筋萎縮性側索硬化症。

 大地のマナを色濃く浴びて育った薬草がなければ、少年の母親は、次の日に呼吸不全に陥り亡くなっていました。

 自然の加護を受けた薬草で、無事に難病が寛解します。


 ちょっとした、ささやかなお願い。

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