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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第四章 無数にある分岐点(上)
169/222

第?話 死の宣告


システム上の諸事情により、再掲載というかたちになりました。

詳しくは活動報告の〝【お知らせ】嘘……これできないんだ。〟をご覧ください。


内容はそれとなくいじっていますので、またお読みいただけたら幸いです。





 夜の闇が広がる樹海の中を、多くの影が走り抜けていた。

 木々をすり抜ける影もあれば、樹上を飛び移る影もある。

 移動方法が(こと)なれども、すべて同じ方角を目指していた。


 この樹海には、国の者ですら滅多に足を踏み入れない。

 そのため、魔物にとってはいい住処(すみか)となってしまい、より一層人を遠ざける結果に(つな)がっていた。だが今現在、樹海の中を進んでいる影の正体は魔物ではない。


 れっきとした人間と呼ばれている種族であった。

 ガラが悪い見た目の男達が、一様に(けわ)しい顔をしている。

 先頭を突っ走るシェウパが、ギリッと歯を鳴らした。


(クソがっ! 舐めやがって!)


 シェウパは激怒しながらも、冷静に状況を把握していた。

 怒りで我を失うのは、愚行(ぐこう)以外のなにものでもない。

 幼い頃からの経験が、呆れるくらい身に染みついている。


 戦争の()えない国で、シェウパは生まれ育った。

 親については、何も知らない。一番古い記憶にあるのは、(まず)しい農村で暮らす老婆の姿であった。しかしその老婆が、別に血族というわけではない。


 (あわ)れな孤児を不憫(ふびん)だと感じたのか、はたまた孤独な環境に耐えきれなかったのか――理由は不明だが、まだ幼子だったシェウパをどこかから拾ってきたらしい。

 隠し事のできない、(おだ)やかで優しい老婆であった。


 正直なところ、物心つく前のことなど気にならない。

 老婆の(そば)で飯を食い、ただ生きていられればよかった。

 だが老婆は、シェウパが七歳になる前に他界する。

 敵国の野盗に、何から何まですべてを奪われたのだ。


 シェウパは老婆に逃がされ、かろうじて命を拾う。

 そこでこの世の真理というものを、幼いながらに(さと)った。

 弱い者は食い殺され、強い者だけが生き残る――


 そこからは一人で生き抜き、十五の年になる頃には山賊の(かしら)として、略奪と暴虐の限りを()くす。幸い、シェウパには明晰(めいせき)な頭脳と屈強な肉体があった。

 別世界を訪れてもなお、それは変わらない。


 欲望の(おもむ)くままに生きるのが、シェウパの美徳なのだ。

 天使から面倒な使命を与えられたが、正直どうでもいい。

 もし邪悪な神が目障(めざわ)りであれば、誰に頼まれずとも消す。

 そうでなければ、関わる必要性はまるでない。


 これまでシェウパは、ずっとそうやって生きてきた。

 腹が減れば飯を食い、女や物が欲しくなれば奪えばいい。

 それが今や、自分が奪われる側の状況へと(おちい)っていた。


 明確な目的は不明だが、おおかたの予想はついている。

 (うら)みを買うのは、それこそ数えきれないほどにあるのだ。

 苦労して手に入れたアジトまで、もうまもなく辿(たど)り着く。

 事の真相が明らかになるまで、時間はさほどかからない。


 問題は、()()ではない――()()()()なのかであった。

 やむを得ない事情で、アジトを(おろそ)かにしたのは(いな)めない。

 しかし今にして思えば、誘導されていた(ふし)がある。

 ともすれば、相当の切れ者が(から)んでいるのは間違いない。


「お頭!」


 側近として据え置いた禿頭(とくとう)の男が、緊迫した声をあげた。

 アジトの出入口が、シェウパの視界に入る。

 そこはもともと、鬼みたいな魔物の住処であった。天然の洞窟を要塞へと造り変えていたのが気に入り、計画を綿密に練ってから殲滅(せんめつ)して奪い取ったのだ。


 シェウパはアジトを前に立ち、冷たい空気に総毛立(そうけだ)つ。

 鼻の奥に溜まるような、酷い血臭が漂っている。

 不穏(ふおん)な雰囲気のせいか、少し空間が歪んで見えた。


「お、お頭……」


 禿頭の男が不安げな声を吐いた。

 ほかの男達も、怖気立(おぞけだ)った表情を浮かべている。

 シェウパは応えない。洞窟の中へ、慎重に踏み込んだ。

 しばらく進んだ先で、またぴたりと足を止める。


「んな、なっ……」


 別の側近――巨漢(きょかん)がうめく。

 まさに惨劇の跡と呼べる光景が、眼前には広がっている。


 (なぐさ)み者としてさらった女を含め、全員が殺されていた。

 半裸の女達は喉元(のどもと)を斬られ、死体に損傷が少ない。反対に男達のほうは、全身がズタボロになるぐらい、激しい怨みを込めた甚振(いたぶ)られ方をしていた。


 惨状を考慮すれば、国の兵ではない。

 怨恨を抱いた者の仕業(しわざ)だと思われた。


「こりゃあ、ひでぇな……」


 禿頭の男が、数人を連れて先を進む。

 なにやら妙な気配を、シェウパはとっさに感じ取った。


「バルガ! 待てぇっ!」


 制止の声もむなしく、バルガの指先が男の死体に触れる。

 その瞬間、男の死体を縛りつけるかのごとく、淡く輝いた(くさり)らしき何かが唐突(とうとつ)に浮かび上がった。目を(くら)ませるほどの光を放ち、(すさ)まじい爆発音が(とどろ)く。


 バルガを含め、数名の男達が強烈な爆風に飲み込まれる。

 紋章術をろくに扱えない下っ()はまだしも、紋章者として鍛えられたバルガまでもが、呆気なく肉片を散らばらせた。

 紋章術とは考えられないが、それに近い能力に違いない。


 シェウパの眉間に力がこもる。目をすっと細めた。

 あれほどの爆発が生じてもなお、付近に転がっている女の死体には、かすり傷一つついていない。つまり男達のみを、正確に狙い撃ちしているのだ。


「お頭ぁ!」


 シェウパは我に返り、すぐさま背後を振り返った。

 知らぬうちに、紅い瞳を持つ黒髪の美女が立っている。

 視界に入ってようやく、その存在を認識できた。


(気配が……まったく、感じられねぇ……)


 内心で驚愕しながら、シェウパは冷静に分析を始める。

 王族や貴族にでも(つか)えていそうな、気品のある執事らしき格好をした女だった。彼女自身もまた高貴な雰囲気が漂い、客観的に見ても極上の美女だと感じられる。


「これは、これは。ようこそ、おいで下さいました」


 (りん)とした眉目秀麗(びもくしゅうれい)の女が、優雅な一礼を送ってくる。

 シェウパはキッときつく(にら)みつけた。


「はぁ……? ここは、俺様のアジトだ」

「おや? あなた様方の理論では、奪った者が次なる新たな主となるのでは?」

「まだ完全には奪われてねぇ。俺様がいるからな」


 女は口を指で隠し、忍び笑いを漏らした。

 シェウパはいら立ちを抑え、女に問いかける。


「なにもんだ。答えろ」

「そうですね――さしあたり、死の案内人でございます」

「はんっ! ざけんなっ!」


 シェウパは鼻で笑い、金色の紋様を右手付近に浮かべた。


「雷鳴の紋章第一節、閃光の侵略」


 死の案内人と名乗る女に向け、小手調べの雷撃を放つ。

 死の案内人は身動き一つ取らない。()ける気がないのだ。

 雷撃が命中するや(いな)や、下っ端の一人が悲鳴をあげる。


「ぎゃあああああっ! お、お頭ぁあああああっ!」


 なぜか下っ端が雷撃を浴び、痙攣(けいれん)しながら絶命した。

 火で(あぶ)られたように黒焦げ、黒煙を立ち昇らせている。

 方法は不明瞭だが、反射されたと呑み込むほかない。

 死の案内人はまた、くすりと笑った。


()()()()というものを、ご存じでしょうか?」


 シェウパは答えない。周囲の状況に神経を(とが)らせた。

 隙を狙っているのなら、わざわざ乗ってやる必要もない。

 死の案内人は肩を(すく)め、淡々と声を(つむ)いだ。


「マナの力を扱う術でございます。たとえば……」


 死の案内人は虚空に、淡く光る人差し指を踊らせた。

 シェウパは息を呑み、絶句する。

 宙に浮かぶ文字が、次から次へと書き綴られた。


「これが、魔導文字――術式。ここに最後の一文字を、書き足せば?」


 無数の文字が輝き、紋様に酷似した模様を形作った。

 死の案内人はそっと、右手を前に伸ばしていく。

 まるでひび割れにも似た雷光が、四方八方へ駆け抜けた。

 シェウパ以外の者すべてが、骨すらも残らず消滅する。


「なん、なんだ……これは……」

()()()()()()ではまだ、同様の使い手と巡り会えた記憶はございませんが――私が()()()()()()()()では、魔導文字はとても一般的な術なのでございます」


 シェウパは、ようやく理解する。

 眼前の女は、自分と同じく天使に選ばれた存在なのだ。

 別世界の者だと、この世界の住人に知られてはならない。


 禁を破れば、自分と耳にした者は命を失うと教えられた。

 だから今この場には、もう使徒しかいない。

 自分以外の全員を消したのも、納得の話であった。


「お前が、十人のうちの一人か……」

「あなた様が狙われる理由を、ご理解いただけましたか?」


 無論、殺しに来た以外の解答などない。

 シェウパは思考を切り替え、戦闘態勢を整える。

 理解不能な術を扱うが、見た目はただの人に過ぎない。

 魔物でもなければ、天上の存在でもなかった。


「原住民だと(あなど)っていた……悪かった。本気でやるぜ」


 シェウパは言いながら、金色の紋様を浮かべた。


「雷鳴の紋章第二節、暗雲の羽織」


 紋様が砕けるや、シェウパは全身に雷を(まと)った。

 シェウパの移動は、まさに電閃(でんせん)の速度にも等しい。

 シェウパは硬くした拳を、死の案内人へと突き入れた。


「チッ……」


 シェウパは舌を打つ。空間がぐにゃりと(ゆが)んでいる。

 見えない謎の壁が張られており、拳が届きそうにない。


 死の案内人から飛び退()き、シェウパは距離を取る――その矢先でのことだった。足元に何か妙な違和感を覚え、素早く視線を(すべ)らせて確認する。

 泥に足を突っ込んだかのように、土塊(つちくれ)が付着していた。


 見る見るうちに、シェウパの体が土塊に呑み込まれる。

 重量感が強まり、やがて一歩先すらも進めなくなった。


「なん……だ……」

「聖人には夢幻のひとときを――下種(げす)には相応の地獄を」


 どこからともなく、まだ幼さのある女の声が響いた。

 シェウパは即座に視線を投げる。

 きめ細やかな金髪をなびかせ、白磁(はくじ)の肌を持つ――気品に満ち溢れた一人の少女が、悠然(ゆうぜん)と歩き向かってきていた。


 見た目こそ少女だが、シェウパは違うと断定する。

 横に(とが)った両耳を持ち、爬虫類を彷彿(ほうふつ)とさせる紅い瞳――シェウパのいた世界では、吸血鬼と呼ばれる怪物の特徴と、完全に一致していた。


 死の案内人がそっと、優雅な一礼の姿勢を(たも)つ。

 その様子に、シェウパは混乱せざるを得ない。


「なん……で……まさか……?」

「下種の分際で、頭は働くようですわ」

「姫様。下賤(げせん)(やから)と会話など……(けが)れますよ」

「まったく……お前は口うるさいですわね」


 これまで噂にすら聞かなかった使徒が、二人同時にいる。

 しかもそのうえ、手を組んでいるというよりは、古くから主従(しゅじゅう)関係にありそうな気配が濃厚に漂っていた。シェウパは本能から、危機を察知する。


 だが土塊に、首から上以外のすべてを覆われてしまった。

 これにはさすがに、シェウパも冷静ではいられなくなる。


「くそっ……! テメェら! 使徒同士のくせに、いったいどういうことだ!」

「あら? そんなことを知りたいんですの?」

「とっとと答えやがれ!」

「私達は()()()()使()により、選ばれた使徒ですわ」


 ありえないとは思ったが、実際にはありえる話であった。

 天使の口ぶりからすると、同じ世界から選ばれる可能性は充分にある。シェウパは一体の天使だけを前にしていたが、ほかの使徒のことまでは何も知らない。

 死の案内人が、深いため息を漏らした。


「姫様。いい加減、早く終わらせましょう」

「お待ちなさい」

「まさか、下賤な輩の血を飲むとは言いませんよね……?」

「やっぱり、テメェ! 吸血鬼か!」


 シェウパは声を荒げた。

 すると体を拘束する土塊が、きつく絞めつけられていく。


「ぐぉぁああああっ――!」

「さきほどは、我慢致しましたが……口の利き方を、少しは学ばれてはいかがですか? いえ――そもそも下賤な輩が、声など発さないでいただきたい」

「……アイフォリア?」


 少女の(たしな)めるような声が響き、締まる力が少し弱まる。


「くそっ! くそぉっ! くそがぁあああっ!」


 少女は酷薄(こくはく)な笑みを浮かべ、歩み寄ってきた。

 それからシェウパの頬に、すらりとした指を這わせる。

 その爪は鋭利なのか、切られるような痛みが走った。


「殺すのはたやすい――でも、もっといい使い道があるわ」

「どうなさるおつもりですか?」


 死の案内人は呆れ気味に、首を横へと振った。

 少女は冷徹な表情を崩さず、にたりと笑う。


「その前に、聞かせてちょうだい。お前はなぜ、(みだ)りに人を殺すのです?」

「仲間や女を殺したのは、テメェらだろうが!」

「あまりに少女達が不憫(ふびん)でしたわ。救ってさしあげたのに、なぜか殺してほしいと、泣き崩れながら懇願(こんがん)してきましたの――だから少し、問いかけてみました」


 少女はくすりと笑う。


「死を望む前に、やりたいことはないのか――と」


 (むご)たらしく死んだ男達の事情が、いまさらに呑み込めた。

 シェウパと同様に拘束され、(なぶ)り殺しにされたのだろう。

 少女はカッと目を見開き、シェウパを見据えてくる。


「再び、問いましょう。なぜ、人を(みだ)りに甚振(いたぶ)るのです?」

「俺様はな、自分のやりたいように生きる。天使だろうが、なんだろうが、そんなのは知ったこっちゃねぇ。ほかの奴がどうなろうと、知るかってんだ」

「ふふっ……」


 少女の顔が、恐怖を覚えるくらいひどく(ゆが)んだ。

 その冷ややかな笑みには、いたずらっぽさも宿っている。


「まさに、下賤(げせん)のクズ。よろしい――」


 少女は両手の人差し指を、淡く光らせた。

 虚空に無数の文字が、一気に刻み込まれていく。

 死の案内人の魔導文字よりも、遥かに文字数が多い。


(なんじ)、三つの(とき)()により、非業の死を()げん」


 宙に浮く文字が、少女の右手の人差し指に集まっていく。それは途端に複雑な模様を形作り、シェウパの(ひたい)のほうへと近づけられた。

 全身に悪寒が走り、シェウパは叫ぶ。


「な、何をしやがるつもりだ!」

「使命は()()()使()()一体の滅殺なり。禁じれば、破裂せよ」


 少女の指先が、シェウパの(ひたい)へと到達する。

 ひどく気味が悪い。脳に指を刺されたような気さえする。

 少女がそっと、シェウパから離れた。


「お前の命は()()()()()――期間内に使命を果たせなかった場合は、破裂して死ね。あと使徒と魔物以外の殺害も、死の対象となりますので、ご注意を」

「なっ……なんだと……!」

「悪しきの定義が何か、それは――お前の心次第」


 少女は忍び笑いを漏らしてから、言葉を(つむ)ぎ続けた。


「ふふっ……自分の心に、正直に生きてよろしいですのよ。その場合、お前に待っているのは死の微笑みだけ。それでもよろしければ、ですけれども」


 シェウパへは向かずに、少女は片手を振って歩き出した。


「待ちやがれ、おい! メスガキ! 絶対、殺してやる!」

「ああ。そうそう……言い忘れていましたわ」


 少女は肩越しに、身の毛もよだつような微笑みを見せた。


「その土塊(つちくれ)は、自身の力で破りなさい。まあ、破れないまま……死を迎え入れるのもまた、一興ですけれど。それでは、ごきげんよう」


 少女の背後を、死の案内人は追うかたちで歩き始めた。

 どれほどシェウパが声を張ろうが、振り向きもしない。

 少女から受けた術――おそらくは、呪いの(たぐ)いであった。


 初めて目にした呪いに、シェウパは心の底から(あせ)る。

 即刻、女達へと詰め寄りたい。だが、土塊が邪魔をした。

 どれだけ力を込めても、破れる気配がまるでない。


「クソが! 絶対許さねぇ! ぐちゃぐちゃに犯したあと、時間をかけて殺してやる。覚えておけ! クソ女どもが! いいか、絶対だ! 絶対だからな!」


 シェウパが破裂するまで、あと三か月しかない。

 呪いを受けた者の牙は、やがて――




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