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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第四章 無数にある分岐点(上)
168/222

最終話 朧気な記憶




 目の前にある現実を、咲弥は受け止めきれずにいた。

 紅羽と過ごしてきた日々が、走馬灯のごとく頭の中を駆け抜けていく。思い出の数が多ければ多いほど、胸の中にある痛みはより激しさを増している。

 気が狂いそうな苦しみを抱えながら、咲弥は声を(つむ)いだ。


「だめだ。紅羽……こんなところで、死んじゃだめなんだ。君はちゃんと、幸せにならなきゃ……つらい思いをしたぶん……いっぱい、たくさん……」


 なんと、無力なのか――


 これまで紅羽に救われた数は、もはや数えきれなかった。

 きっと彼女の存在がなければ、咲弥は今この場にいない。どこかで野垂れ死んでいるか、あるいは魔物の餌食となって息絶えている。


 それなのに、咲弥が紅羽にしてやれることは何もない。

 神がかった力があろうとも、傷を(いや)す力まではないのだ。

 打つ手は何も――たった二つのみ、助ける方法が浮かぶ。

 一つは救える可能性が高いが、もう一つは成功率が低い。


 咲弥は気づき、まずはメイアのほうへ自然と目を向けた

 なんとも言えない顔で、咲弥達のほうを見下ろしている。

 咲弥は声を発そうとして、しかし(のど)のところで(とど)めた。


(言えるか……? 言えるのか……? メイアさんに……)


 当然、わかっていた。あまりにも残酷極まりない。

 賢者の原石を手に入れるために、メイアはすでに幼馴染のほか、同族の二人を(うしな)っている。すべては竜石化にかかった飛竜達を、治したいがためなのだ。


 賢者の原石がなくなれば、メイアは今よりもさらに大切な存在を失う。そんな事実を理解していながら、(ゆず)ってほしいなどとは口が裂けても言えるはずがない。

 それでも――咲弥は口を開きかけ、再び唇を引き締めた。


 遅かれ早かれ、いつかはこんな日が訪れる。

 紅羽と出会ってまだ間もない頃から、漠然と考え始めた。冒険者という危険な職業に身を置いてからは、より一層深く考える日が増えたのは(いな)めない。


 常日頃からも、その覚悟はしっかりと持っていた。

 きっとそれは、紅羽も同様だったに違いない。

 だが目の前の現実から、咲弥は改めて痛感する。

 確実に耐えられない――胸の奥が握り潰されそうだった。


 紅羽が死ねば、もう二度と立ち上がれない。

 生きる気力を、きっと失う。そんな予感があった。

 だからといって、賢者の原石を貰うわけにはいかない。


 もしそれで紅羽が救われたとしても、咲弥は自分で自分を許せなくなる。大切な人を救うため、代わりにメイアの心を殺すことになるからだ。

 どちらを選ぼうとも、咲弥の心が救われる道などない。


 咲弥はメイアから、紅羽へと視線を戻した。

 紅羽の冷え切った手を、咲弥は再び握り締める。


「大丈夫……また絶対、僕が助けてみせるから……」


 紅羽の息遣いは、どんどん小さくなっていた。

 もう時間はない。一か八かの賭けに出るしかなかった。

 さきほどの走馬灯で垣間見(かいまみ)た、ある一つの記憶――


 ()()()()()()()、紅羽を(いや)せる可能性はある。

 光の精霊の治癒(ちゆ)は、どんなものよりも(すさ)まじい。

 それは咲弥本人が、一番よく知っていた。


(時間は、一秒でもあればいい……)


 まずは白手で紅羽の胸を貫き、精神世界に入る。それから精霊の間へ行き、光の精霊に直接頼み込む。成功するかは、もちろん不明ではある。

 本来、紋章石を宿した本人にしか召喚できないのだ。


 それでも、ここで諦めてしまうよりはいい。

 たとえ、自分の何を(ささ)げたとしても――

 咲弥は覚悟を決め、左手を胸の前にまであげる。

 そのときだった。


「使え」


 咲弥の顔のすぐ(そば)に、赤い賢者の原石が差し出された。

 咲弥は驚き、肩越しに背後を振り返る。

 メイアが力強い美貌(びぼう)に、少しばかりの諦めを(たた)えていた。


「これほどの魔物を、一掃できるような人材を失うのは――正直、もったいない。だから神々の果実で、助けてやれ」


 咲弥は別の意味で錯乱(さくらん)する。受け取れるわけがない。

 賢者の原石がなければ、なんの意味もなさなくなる。

 無駄に人の命を(うしな)っただけでは、済まなくなるのだ。


「でも……それがなきゃ……」

「ばかね、あんた! 紅羽が死ぬわよ!」


 怒号を放ったのは、ネイだった。

 咲弥はびくりと肩が()ね、ネイに応じる。


「わかっています……でも……」

「だったら、使え。飛竜達は、私がどうにかするさ」


 できるはずがない。だからこそ、空白の領域へ来たのだ。

 メイアの優しい嘘に、咲弥の胸が絞めつけられる。

 メイアの手から、ネイが賢者の原石を奪い取った。


「あんたがやらないなら、私がやる!」


 ネイの手で、咲弥は力強く押しのけられる。

 今は一刻を争う状況なのだ。無理もない。

 紅羽に向き合うネイを、咲弥は力なく見つめた。


 全員が救われる方法など、この世には存在しない。

 誰かが得をすれば、反対に失う者がいる。

 それは人にかかわらず、どれもこれもがそうであった。

 知っている。わかりたくなくとも、理解するほかない。


 別世界を訪れてから、あらゆることを学んできた。

 この世界のこと、そして人としての()り方――

 何もかもすべては、あの天の間から始まったのだ。

 そう。天の間から――咲弥の目もとから、涙がこぼれる。


『たとえどんな最悪な状況にあろうとも、決して諦めない。私の知っている咲弥様は、そんなお方です』


 昔、紅羽に言われた言葉が、咲弥の脳裏(のうり)によみがえる。


「そうだね……紅羽」


 とはいえ、咲弥のオドは底を()きかけたまま、まだ充分に回復していない。

 もう長く固有能力と付き合ってきた。だから、わかる。

 おそらくは、足りない。それでも、諦める気はなかった。


(……やれ……やるしか、ないんだ!)

 咲弥は覚悟を決め、声を(つむ)いだ。

「待ってください! ネイさん!」


 咲弥はネイの腕を(つか)み、まずは行動を制する。

 ネイの顔は(けわ)しい。物怖じせずに、咲弥は告げた。


「もっと、いい方法があります」

 咲弥は、メイアに目を向けた。

「すみません。ですが、僕なら()()()()で充分なんです」


 メイアは小首を(かし)げた。


「欠片……だけ?」


 咲弥は(うなず)き、ネイに視線を戻した。


「ネイさんの短剣で、神々の果実を切ってください。親指の半分くらいで」


 咲弥には天使から与えられた、神がかった力がある。

 限界突破――咲弥の意図を呑み込んだのか、ネイが素早く腰から短剣を抜いた。

 咲弥は赤い欠片を受け取り、空色の紋様を浮かべる。


「紅羽、今から助けるからね――」


 思い返せば、この世界は本当に不思議で満ちている。

 別世界にいた咲弥には、理解に苦しい現実ばかりだった。

 そんな場所でも、生きてさえいればわかることも多い。


 それはきっと、無我夢中にも等しい行為であった。

 世界が静まりかえる。風もない。においも消えた。

 しかし、すべてはここにある。()()も、また――


(これが……()()()()……)


 咲弥はわずかなオドに、自然界に存在するマナを混ぜた。

 肌がひりつく。無数の針で刺されているみたいであった。

 エーテルを紋様に込め、咲弥は唱える。


「賢者の原石、限界突破」


 咲弥の顕現(けんげん)した紋様が、まるで硝子(がらす)のように砕け散る

 咲弥は即座に、紅羽の口に賢者の原石を押し込んだ。


「さあ、紅羽! 飲み込んで……早く……早く!」


 咲弥は絶望するしかない。

 紅羽はまだ、かろうじて生きてはいる。

 だが物を飲み込む力を、彼女はもうもっていない。  

 それどころか、息遣いすらも聞こえなくなっていた。


「頼む、紅羽……頼むから、飲み込んでくれ……」


 咲弥の目もとから、涙がぼとぼとと落ちていく。

 紅羽に応える力は、残っていなかった。

 彼女は――もう――


「いや! まだだ!」


 紅羽の口の中から、咲弥は賢者の原石を取り出した。

 そのまま自分の口に投げ入れ、がりがりと()み砕く。

 同時に頬肉の内側も噛み切り、血だらけにしておいた。


 賢者の原石は無味だったが、今は血の味が広がっている。

 唾液(だえき)だけでは足りない。水を口に含む時間すらもない。

 咲弥は噛み砕いている最中に、紅羽を少し抱き起した。


 口から(のど)までが、一直線になるように――

 咲弥は紅羽の(あご)をつまみ、それから唇を重ね合わせる。


(これなら、飲み込む力がなくても……)


 賢者の原石は、血と混じり合った()()と化している。

 紅羽の口の中へ、そっと流し込む。しかし紅羽の舌が盛り上がっており、想像以上にうまく流れていってはくれない。

 素早く思考を切り替え、まずはすべて紅羽の口に移した。


 そのまま咲弥は舌を入れ、紅羽の舌を押さえつける。

 息をゆっくり吹きかけながら、紅羽の口に溜まった液体を体内へと無理矢理に入れていく。すると――紅羽の全身が、まるで電撃でも浴びたかのように()ねた。


「がはっ! ごほっ! ごほごほっ――!」

「ぐほっ! がはぁ! ごほっごほ――紅羽……」


 紅羽がむせた拍子に、やや逆流した液体と空気が、咲弥の喉へと突撃してきた。

 お互いに()き込みながら、紅羽の様子をじっと見守る。

 あまりにも(すさ)まじい光景に、咲弥は我が目を疑った。


 みるみるうちに怪我が消え去り――失ったはずの左腕が、まるで早送り再生をした植物みたいに伸びている。えぐれた部分も綺麗に治り、潰れた目も復活した。

 ほんの数秒で、紅羽の体は完治にまで(いた)っている。


 とはいえ、まだ安心には程遠(ほどと)い。

 紅羽のふくよかな胸に、咲弥はまず耳を強く押し当てた。

 恥じらいや遠慮など、今は考えている余地などない。

 どくん――どくん――と、鼓動がしっかりと聞こえる。


 次に、紅羽の口に手をかざした。

 紅羽の息が手に当たり、少しくすぐったい感触を覚える。

 一通りの確認を終え、咲弥はどっと力が抜けた。


 彼女はまだ――しっかりと生きてくれている。

 その事実が、胸に溜まっていたすべてを解放してくれた。

 眠る紅羽の顔を、咲弥はなかば茫然と見据え続ける。


「おい。(ほう)けている場合か」


 メイアの声が飛び、咲弥ははっと我に返る。

 振り向くと、何かをしまうしぐさをするメイアが見えた。


「ここに、休憩する場所はない。急いで防壁施設に戻るぞ」


 咲弥は素直に(うなず)けない。

 少し考えてから、メイアに言った。


「ですが……まだ、メイアさんの仲間が、あと二人ほど……見つかっていません」


 メイアは黙ったまま、首を横に振った。


「もうきっと、見つからない」

「そんな……ですが――」


 咲弥は不意に、言葉を止める。

 メイアがさきほどしまっていたところから、何か不気味な首飾りを取り出した。生物の一部なのだろうか、あまりいい趣味だとは思えない。

 首飾りの一部を手のひらに乗せ、メイアが見せてくる。


「そこでばらばらになっている、宵の狩人から盗った物だ。なぜか、同族のにおいがするから、おかしいと思ったが……その残り二人の耳が、ここにある」


 咲弥は理解に達し、はっと息を呑んだ。

 おそらくは、もう――

 つまり先発組は、これで全滅したという話になる。


 紅羽が無事で喜んだのも、つかの間であった。

 重い沈黙が、場を支配する。

 結局は、紅羽以外には誰も救えなかった。


「救える命もあれば、救えない命もある……だから、急いで戻るぞ。まだ救える命は、たくさんある。入手できた神々の果実があればな」


 メイアの言わんとすることを、咲弥は呑み込んだ。

 飛竜達もまた、それほど長くはもたない。

 じっとしている場合ではないのだ。

 咲弥は重い心を抱えながら、寝ている紅羽を背負う。


「よし――では、これより防壁施設に戻る。夜間の魔物に、充分注意してくれ」

「はい」

「了解!」


 咲弥はネイと一緒に、メイアの指示に応じた。

 暗い森の中は、嫌な静けさが漂っている。


 初めて訪れた空白の領域は、とても不穏(ふおん)に満ち溢れ、人が生きられるような環境では決してないのだと知れた。これが最低等級から、一つ上の領域なのだ。

 正直、最高等級の場所など、もはや想像すらもつかない。


 しかし今回の経験から、理解できたものは多くある。

 ただ一つ、咲弥が秘めた目的は果たせずじまいとなった。

 流れで知れるほど、あまくはないのだろう。


 空白の領域は、魔神が(つな)いだ点――


 仕方ないとはいえ、残念な気持ちが胸にしこりを残した。

 わかることもあれば、わからないこともある。

 そんな当然の事実を胸に抱え、咲弥は仲間と一緒に――

 警戒を最大限にしながら、防壁施設へと戻っていった。






 あれから――


 厳重な調査を受け、体内に魔物がいないかも調べられた。

 遺跡に関しては、新種の魔物に破壊されたと報告をする。

 調査員は顔を青ざめさせていたが、それも仕方がない。

 咲弥もまた、残念に思っている部分の一つだったのだ。


 その後、飛竜の事情もあってか、わりと早く解放される。

 竜人の隠れ里に戻るや、即座に飛竜達の治療が始まった。

 賢者の原石を熱湯で()で続ければ、とても不思議な香りが広がっていく。これが、万病(まんびょう)(いや)す薬となるらしい。事実、飛竜達はみるみる気力が満ちていた。


 飛竜達の復活に、里の半分は明るい光が射し込む。

 ただ、いい知らせばかりではない。

 レティア達の死が、反対に色濃く暗い影を落としたのだ。

 すべてが綺麗に――とは、いかない。


 わかってはいても、わかりたくはない現実の一つだった。

 あともう少しだけ到着を待ってくれていたら、もっと別の未来があったのは(いな)めない。しかしとはいえ、人生すべてが最良の選択肢を選べるとは限らないのだ。

 たった一つの選択が、すべてを壊してしまうこともある。


 そして、今現在――

 咲弥は渓谷の高い場所に座り込み、夕日を眺めていた。

 自分は果たして、最良の選択ができているのだろうか――

 そんなことを、ぼんやりと考えている。


「咲弥様……咲弥様……?」


 隣にいる紅羽に呼ばれ、咲弥ははっと我に返った。

 少し驚き、紅羽へ顔を向ける。

 紅羽は紅い瞳で、咲弥をじっと見据えてきていた。


「ん……なに?」

「本当に、高所を克服されたのですね」

「あぁ……ネイさんから?」


 紅羽はこくりと(うなず)いた。

 里に戻る道中、ネイとそんな話をした覚えがある。

 確かに、以前よりは平気になっていた。


「まあ、でも……怖いのは、やっぱり、ちょっと怖いかな」

「ここにいても、平気そうですので」

「いや……落ちたら、(わめ)き叫んでるよ」

「そうですか」


 腰まである長い銀髪がふわりと(ふく)らみ、峡谷(きょうこく)に流れる風を紅羽は浴びていた。

 やや強めの風が吹くと同時に、咲弥達の会話は途切れる。

 咲弥が前に向き直るや、紅羽がまた口を開いた。


朧気(おぼろげ)な記憶――」

「え?」


 再び振り向くと、紅羽は神々しい微笑みを(たた)えた。


「また、咲弥様に命を救われました」

「あぁ……うん」


 咲弥はうつむき、まっすぐに紅羽を見られない。


「……本当にぎりぎりだった。実は僕……悩んだんだ」


 メイアの事情のこと。賢者の原石の事情――

 そして()()に関することを、咲弥は紅羽に語った。


「紅羽が死ぬ――そう、わかっていながらさ……結果的には助けられたけど、僕は心のどこかでは、もうだめなんだって諦めてた部分もあるんだ。だから……」

「咲弥様――」


 紅羽に呼ばれ、咲弥は口を(つぐ)んだ。

 紅羽が咲弥の手を、ぎゅっと握り締めてくる。

 唐突(とうとつ)な行動に、咲弥はどきりとした。


「どんな困難な状況にあろうとも、決して諦めない――もし過程で諦めても、あなたは最後には立ち向かう選択をする。だから、私は今も生きています」

「紅羽……」

「朧気な記憶――咲弥様の()()()()が、()()()()が、そして()()()が――私から離れかけた魂を、よみがえらせました。だから、私は咲弥様の隣にいられます」


 いまさらになって、咲弥に照れが生じる。

 恥じらいの感情を抱えながら、咲弥は(いぶか)しく思った。


「それも! ネイさんからでしょっ?」


 妙な冷や汗をかいたせいか、少し声がうわずっていた。

 あのときの紅羽に、記憶があるとは到底考えられない。

 ともすれば、吹き込んだ犯人はネイしかいないのだ。


 もちろん、メイアの可能性も捨てきれない。

 だがほぼ確実に、ネイだと咲弥は直感する。

 紅羽は応えない。咲弥は怪訝(けげん)だとわかる眼差しを送る。


 紅羽は静かに立ち上がり、両手を後ろのほうで組んだ。

 そのまま前を進み、数歩先で立ち止まる――紅羽は綺麗な顔に女神のような微笑みを(たた)え、肩越しに咲弥のほうを振り向いた。


「今度は意識があるときに、してくれると嬉しいかな?」


 その顔、その姿勢、その声音、その言葉遣い――

 それこそ、爆撃を受けたと錯覚(さっかく)しかねなかった。


 紅羽は、本当にずるい。

 紅羽にそう言われ、照れない男などいないだろう。

 咲弥はなかば、錯乱(さくらん)状態に(おちい)った。そのさなか――


「おっ、いたいた」

「おやおや? ()()()か?」


 ゼイドとネイに加え、メイアもやってきた。

 ネイのからかいに、より一層面映(おもは)ゆくなる。


「なっ、何を言ってんですか」


 ネイが呆れ気味に、ちょこんと肩を(すく)めた。

 咲弥は、なんとも言えない気持ちを胸に抱える。


「よし。全員、(そろ)ったな」

 メイアが前に出て、話を続けた。

「では、約束通り――明日には、帝国に向けて出発する」


 メイアの発言に、咲弥は面をくらった。

 咲弥は今まで抱えた感情を置き、メイアに問いかける。


「え……? でも、まだ葬儀も終わっていませんよね?」

「いや……しばらくの間は、家族のもとで(とむら)う」

「ああ……でも、大丈夫なんですか?」

「里長が、私の代わりを引き継ぐさ」

「あ、いえ……そうではなく……」


 咲弥は言葉に詰まった。非常に言いづらい。

 察したのか、メイアがふっと笑った。


「たとえ目に見えずとも、魂はそこにある――ならば、私についてきてもらうさ。それが、あいつの罰になるからな」


 本当に、心が強い。咲弥は素直に、そう感想を抱く。

 心が弱い咲弥では、きっと辿(たど)り着けない境地であった。

 メイアは少しもの悲しげな顔で、咲弥に微笑んでくる。


「生きている限り、戦いは終わらない。難儀(なんぎ)な話ではあるが……この世は、そうできている。ならば、(あらが)おう。命が続く限り、失った仲間の夢とともに、だ」


 それはまるで、試験官アイーシャみたいな口ぶりだった。

 いまさらに思えば、二人は少し似ているかもしれない。

 容姿ではない。きっと、覚悟の仕方が同じなのだろう。

 咲弥は(うなず)きをもって、メイアに応じた。


「わかりました。では、お言葉に甘えさせてもらいます……ラングルヘイム帝国まで、どうか、よろしくお願いします」

「ああ。きっちりと、お前ら全員を送り届けてやる」


 メイアの言葉が終わるや、ゼイドが大きなため息をつく。


「にしても、やっと帝国に行けるな」

「かぁなり、遠回りしちゃったもんね」


 ネイが応じてから、咲弥は口を(はさ)む。


「ところで……ゼイドさん。大丈夫……なんですか?」

「ん? ああ。紅羽のお(かげ)で、ぴんぴんしてるぜ?」

「獣人だもんね。あれくらい平気っしょ」

「いやあ、さすがに……死を覚悟したぜ?」

「まあ、実際に死んでたんだけれどね?」


 ネイが苦笑する。ゼイドも苦笑してから言った。


「だがしかし……それが、俺のすげぇところだ。聞くか?」

「咲弥が()()()()から、()()()()()神々の果実を流し込んだ以上に凄いの?」


 ネイの発言に、咲弥は(よだれ)も鼻水も一緒に吹き出した。

 一気に恥じらいがよみがえり、咲弥は(あわ)てて立つ。


「ちょ……やめてくださいよ!」

「なんだ? そんな面白いことがあったのか?」

「あんたは知らないでしょうけれど、それはそれはもう」

「ちょちょ! 言わなくていいですから!」

「なら、私が語ってやろうか?」


 メイアの突然の参加に、咲弥はぎょっとする。

 そうは見えないが、案外メイアは茶目っ気があるようだ。

 咲弥はかぶりを振る。


「いや……勘弁してくださいよ」


 咲弥はつい、紅羽のほうを覗き見る。

 紅羽は岩の上に座り、(おだ)やかに微笑んでいた。


「そう、あれは……」

「いやいやいや! メイアさんっ?」


 その日、一日――咲弥はずっとからかわれ続ける。

 だが、紅羽が――ネイが――ゼイドが――メイアが――

 笑ってくれていた。それが、とても奇跡みたいに思える。


 だからいじられても、どこか心が救われる気がしたのだ。

 このひとときを、もっとずっと大事(だいじ)にしたい――

 紅羽の件から、より一層そう感じるようになった。




 ついに明日、ラングルヘイム帝国へ一直線に向かえる。

 何が待ち受けているのかは、もちろん何もわからない。

 それでも、みんなと一緒ならば乗り越えられる気がした。

 たとえ、どんな困難な壁が立ち(ふさ)がろうとも――



 そう、思っていた――




                  第四章(下)へ続く





 本作をお読みくださり、ありがとうございます。


 最終話付近が長くなってしまい、申し訳ありません。

 本音を言えば、一話、五千文字付近で決着をつけたい……ですが、物語が進めば進むほど、まとめあげるのがお難しいわけなのです。すみません。


 これでも、がっつりと削っておりますですはい。

 あと、ここまで! あと、もうちょっとだけ! 

 これらも、長くなっている原因の一つだったりします。


 それでも読者様は、追いかけてくださっているご様子――

 もはや、感謝の念に堪えません。ありがとうございます。



 当初の予定では、軽く四十話を超えるつもりでした。

 しかしふと、ここで区切ったほうが、形式としてはとても綺麗なのでは……? と、思ってしまったため、今回の話で大きな区切りとさせてもらいました。

 結果、四章は上と下の二つに分けられます。


 ただここで、少し問題が発生しました。

 この問題点に関しては、後日活動報告に置いておきます。




 そしてまた、恒例の執筆期間へと入ります。

 忘れ去られないよう急ぎますが、しばしお待ちください。

 遅筆ですみません。がんばります。やってみます。


 今回もあとがきにお付き合いくださり、感謝しています。

 それでは皆様、よきゴールデンウィークを――



 最後にちょっとした、涙ながらのお願い。

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