最終話 朧気な記憶
目の前にある現実を、咲弥は受け止めきれずにいた。
紅羽と過ごしてきた日々が、走馬灯のごとく頭の中を駆け抜けていく。思い出の数が多ければ多いほど、胸の中にある痛みはより激しさを増している。
気が狂いそうな苦しみを抱えながら、咲弥は声を紡いだ。
「だめだ。紅羽……こんなところで、死んじゃだめなんだ。君はちゃんと、幸せにならなきゃ……つらい思いをしたぶん……いっぱい、たくさん……」
なんと、無力なのか――
これまで紅羽に救われた数は、もはや数えきれなかった。
きっと彼女の存在がなければ、咲弥は今この場にいない。どこかで野垂れ死んでいるか、あるいは魔物の餌食となって息絶えている。
それなのに、咲弥が紅羽にしてやれることは何もない。
神がかった力があろうとも、傷を癒す力まではないのだ。
打つ手は何も――たった二つのみ、助ける方法が浮かぶ。
一つは救える可能性が高いが、もう一つは成功率が低い。
咲弥は気づき、まずはメイアのほうへ自然と目を向けた
なんとも言えない顔で、咲弥達のほうを見下ろしている。
咲弥は声を発そうとして、しかし喉のところで留めた。
(言えるか……? 言えるのか……? メイアさんに……)
当然、わかっていた。あまりにも残酷極まりない。
賢者の原石を手に入れるために、メイアはすでに幼馴染のほか、同族の二人を喪っている。すべては竜石化にかかった飛竜達を、治したいがためなのだ。
賢者の原石がなくなれば、メイアは今よりもさらに大切な存在を失う。そんな事実を理解していながら、譲ってほしいなどとは口が裂けても言えるはずがない。
それでも――咲弥は口を開きかけ、再び唇を引き締めた。
遅かれ早かれ、いつかはこんな日が訪れる。
紅羽と出会ってまだ間もない頃から、漠然と考え始めた。冒険者という危険な職業に身を置いてからは、より一層深く考える日が増えたのは否めない。
常日頃からも、その覚悟はしっかりと持っていた。
きっとそれは、紅羽も同様だったに違いない。
だが目の前の現実から、咲弥は改めて痛感する。
確実に耐えられない――胸の奥が握り潰されそうだった。
紅羽が死ねば、もう二度と立ち上がれない。
生きる気力を、きっと失う。そんな予感があった。
だからといって、賢者の原石を貰うわけにはいかない。
もしそれで紅羽が救われたとしても、咲弥は自分で自分を許せなくなる。大切な人を救うため、代わりにメイアの心を殺すことになるからだ。
どちらを選ぼうとも、咲弥の心が救われる道などない。
咲弥はメイアから、紅羽へと視線を戻した。
紅羽の冷え切った手を、咲弥は再び握り締める。
「大丈夫……また絶対、僕が助けてみせるから……」
紅羽の息遣いは、どんどん小さくなっていた。
もう時間はない。一か八かの賭けに出るしかなかった。
さきほどの走馬灯で垣間見た、ある一つの記憶――
光の精霊ならば、紅羽を癒せる可能性はある。
光の精霊の治癒は、どんなものよりも凄まじい。
それは咲弥本人が、一番よく知っていた。
(時間は、一秒でもあればいい……)
まずは白手で紅羽の胸を貫き、精神世界に入る。それから精霊の間へ行き、光の精霊に直接頼み込む。成功するかは、もちろん不明ではある。
本来、紋章石を宿した本人にしか召喚できないのだ。
それでも、ここで諦めてしまうよりはいい。
たとえ、自分の何を捧げたとしても――
咲弥は覚悟を決め、左手を胸の前にまであげる。
そのときだった。
「使え」
咲弥の顔のすぐ傍に、赤い賢者の原石が差し出された。
咲弥は驚き、肩越しに背後を振り返る。
メイアが力強い美貌に、少しばかりの諦めを湛えていた。
「これほどの魔物を、一掃できるような人材を失うのは――正直、もったいない。だから神々の果実で、助けてやれ」
咲弥は別の意味で錯乱する。受け取れるわけがない。
賢者の原石がなければ、なんの意味もなさなくなる。
無駄に人の命を喪っただけでは、済まなくなるのだ。
「でも……それがなきゃ……」
「ばかね、あんた! 紅羽が死ぬわよ!」
怒号を放ったのは、ネイだった。
咲弥はびくりと肩が跳ね、ネイに応じる。
「わかっています……でも……」
「だったら、使え。飛竜達は、私がどうにかするさ」
できるはずがない。だからこそ、空白の領域へ来たのだ。
メイアの優しい嘘に、咲弥の胸が絞めつけられる。
メイアの手から、ネイが賢者の原石を奪い取った。
「あんたがやらないなら、私がやる!」
ネイの手で、咲弥は力強く押しのけられる。
今は一刻を争う状況なのだ。無理もない。
紅羽に向き合うネイを、咲弥は力なく見つめた。
全員が救われる方法など、この世には存在しない。
誰かが得をすれば、反対に失う者がいる。
それは人にかかわらず、どれもこれもがそうであった。
知っている。わかりたくなくとも、理解するほかない。
別世界を訪れてから、あらゆることを学んできた。
この世界のこと、そして人としての在り方――
何もかもすべては、あの天の間から始まったのだ。
そう。天の間から――咲弥の目もとから、涙がこぼれる。
『たとえどんな最悪な状況にあろうとも、決して諦めない。私の知っている咲弥様は、そんなお方です』
昔、紅羽に言われた言葉が、咲弥の脳裏によみがえる。
「そうだね……紅羽」
とはいえ、咲弥のオドは底を尽きかけたまま、まだ充分に回復していない。
もう長く固有能力と付き合ってきた。だから、わかる。
おそらくは、足りない。それでも、諦める気はなかった。
(……やれ……やるしか、ないんだ!)
咲弥は覚悟を決め、声を紡いだ。
「待ってください! ネイさん!」
咲弥はネイの腕を掴み、まずは行動を制する。
ネイの顔は険しい。物怖じせずに、咲弥は告げた。
「もっと、いい方法があります」
咲弥は、メイアに目を向けた。
「すみません。ですが、僕なら欠片だけで充分なんです」
メイアは小首を傾げた。
「欠片……だけ?」
咲弥は頷き、ネイに視線を戻した。
「ネイさんの短剣で、神々の果実を切ってください。親指の半分くらいで」
咲弥には天使から与えられた、神がかった力がある。
限界突破――咲弥の意図を呑み込んだのか、ネイが素早く腰から短剣を抜いた。
咲弥は赤い欠片を受け取り、空色の紋様を浮かべる。
「紅羽、今から助けるからね――」
思い返せば、この世界は本当に不思議で満ちている。
別世界にいた咲弥には、理解に苦しい現実ばかりだった。
そんな場所でも、生きてさえいればわかることも多い。
それはきっと、無我夢中にも等しい行為であった。
世界が静まりかえる。風もない。においも消えた。
しかし、すべてはここにある。マナも、また――
(これが……エーテル……)
咲弥はわずかなオドに、自然界に存在するマナを混ぜた。
肌がひりつく。無数の針で刺されているみたいであった。
エーテルを紋様に込め、咲弥は唱える。
「賢者の原石、限界突破」
咲弥の顕現した紋様が、まるで硝子のように砕け散る
咲弥は即座に、紅羽の口に賢者の原石を押し込んだ。
「さあ、紅羽! 飲み込んで……早く……早く!」
咲弥は絶望するしかない。
紅羽はまだ、かろうじて生きてはいる。
だが物を飲み込む力を、彼女はもうもっていない。
それどころか、息遣いすらも聞こえなくなっていた。
「頼む、紅羽……頼むから、飲み込んでくれ……」
咲弥の目もとから、涙がぼとぼとと落ちていく。
紅羽に応える力は、残っていなかった。
彼女は――もう――
「いや! まだだ!」
紅羽の口の中から、咲弥は賢者の原石を取り出した。
そのまま自分の口に投げ入れ、がりがりと噛み砕く。
同時に頬肉の内側も噛み切り、血だらけにしておいた。
賢者の原石は無味だったが、今は血の味が広がっている。
唾液だけでは足りない。水を口に含む時間すらもない。
咲弥は噛み砕いている最中に、紅羽を少し抱き起した。
口から喉までが、一直線になるように――
咲弥は紅羽の顎をつまみ、それから唇を重ね合わせる。
(これなら、飲み込む力がなくても……)
賢者の原石は、血と混じり合った液体と化している。
紅羽の口の中へ、そっと流し込む。しかし紅羽の舌が盛り上がっており、想像以上にうまく流れていってはくれない。
素早く思考を切り替え、まずはすべて紅羽の口に移した。
そのまま咲弥は舌を入れ、紅羽の舌を押さえつける。
息をゆっくり吹きかけながら、紅羽の口に溜まった液体を体内へと無理矢理に入れていく。すると――紅羽の全身が、まるで電撃でも浴びたかのように跳ねた。
「がはっ! ごほっ! ごほごほっ――!」
「ぐほっ! がはぁ! ごほっごほ――紅羽……」
紅羽がむせた拍子に、やや逆流した液体と空気が、咲弥の喉へと突撃してきた。
お互いに咳き込みながら、紅羽の様子をじっと見守る。
あまりにも凄まじい光景に、咲弥は我が目を疑った。
みるみるうちに怪我が消え去り――失ったはずの左腕が、まるで早送り再生をした植物みたいに伸びている。えぐれた部分も綺麗に治り、潰れた目も復活した。
ほんの数秒で、紅羽の体は完治にまで至っている。
とはいえ、まだ安心には程遠い。
紅羽のふくよかな胸に、咲弥はまず耳を強く押し当てた。
恥じらいや遠慮など、今は考えている余地などない。
どくん――どくん――と、鼓動がしっかりと聞こえる。
次に、紅羽の口に手をかざした。
紅羽の息が手に当たり、少しくすぐったい感触を覚える。
一通りの確認を終え、咲弥はどっと力が抜けた。
彼女はまだ――しっかりと生きてくれている。
その事実が、胸に溜まっていたすべてを解放してくれた。
眠る紅羽の顔を、咲弥はなかば茫然と見据え続ける。
「おい。呆けている場合か」
メイアの声が飛び、咲弥ははっと我に返る。
振り向くと、何かをしまうしぐさをするメイアが見えた。
「ここに、休憩する場所はない。急いで防壁施設に戻るぞ」
咲弥は素直に頷けない。
少し考えてから、メイアに言った。
「ですが……まだ、メイアさんの仲間が、あと二人ほど……見つかっていません」
メイアは黙ったまま、首を横に振った。
「もうきっと、見つからない」
「そんな……ですが――」
咲弥は不意に、言葉を止める。
メイアがさきほどしまっていたところから、何か不気味な首飾りを取り出した。生物の一部なのだろうか、あまりいい趣味だとは思えない。
首飾りの一部を手のひらに乗せ、メイアが見せてくる。
「そこでばらばらになっている、宵の狩人から盗った物だ。なぜか、同族のにおいがするから、おかしいと思ったが……その残り二人の耳が、ここにある」
咲弥は理解に達し、はっと息を呑んだ。
おそらくは、もう――
つまり先発組は、これで全滅したという話になる。
紅羽が無事で喜んだのも、つかの間であった。
重い沈黙が、場を支配する。
結局は、紅羽以外には誰も救えなかった。
「救える命もあれば、救えない命もある……だから、急いで戻るぞ。まだ救える命は、たくさんある。入手できた神々の果実があればな」
メイアの言わんとすることを、咲弥は呑み込んだ。
飛竜達もまた、それほど長くはもたない。
じっとしている場合ではないのだ。
咲弥は重い心を抱えながら、寝ている紅羽を背負う。
「よし――では、これより防壁施設に戻る。夜間の魔物に、充分注意してくれ」
「はい」
「了解!」
咲弥はネイと一緒に、メイアの指示に応じた。
暗い森の中は、嫌な静けさが漂っている。
初めて訪れた空白の領域は、とても不穏に満ち溢れ、人が生きられるような環境では決してないのだと知れた。これが最低等級から、一つ上の領域なのだ。
正直、最高等級の場所など、もはや想像すらもつかない。
しかし今回の経験から、理解できたものは多くある。
ただ一つ、咲弥が秘めた目的は果たせずじまいとなった。
流れで知れるほど、あまくはないのだろう。
空白の領域は、魔神が繋いだ点――
仕方ないとはいえ、残念な気持ちが胸にしこりを残した。
わかることもあれば、わからないこともある。
そんな当然の事実を胸に抱え、咲弥は仲間と一緒に――
警戒を最大限にしながら、防壁施設へと戻っていった。
あれから――
厳重な調査を受け、体内に魔物がいないかも調べられた。
遺跡に関しては、新種の魔物に破壊されたと報告をする。
調査員は顔を青ざめさせていたが、それも仕方がない。
咲弥もまた、残念に思っている部分の一つだったのだ。
その後、飛竜の事情もあってか、わりと早く解放される。
竜人の隠れ里に戻るや、即座に飛竜達の治療が始まった。
賢者の原石を熱湯で茹で続ければ、とても不思議な香りが広がっていく。これが、万病を癒す薬となるらしい。事実、飛竜達はみるみる気力が満ちていた。
飛竜達の復活に、里の半分は明るい光が射し込む。
ただ、いい知らせばかりではない。
レティア達の死が、反対に色濃く暗い影を落としたのだ。
すべてが綺麗に――とは、いかない。
わかってはいても、わかりたくはない現実の一つだった。
あともう少しだけ到着を待ってくれていたら、もっと別の未来があったのは否めない。しかしとはいえ、人生すべてが最良の選択肢を選べるとは限らないのだ。
たった一つの選択が、すべてを壊してしまうこともある。
そして、今現在――
咲弥は渓谷の高い場所に座り込み、夕日を眺めていた。
自分は果たして、最良の選択ができているのだろうか――
そんなことを、ぼんやりと考えている。
「咲弥様……咲弥様……?」
隣にいる紅羽に呼ばれ、咲弥ははっと我に返った。
少し驚き、紅羽へ顔を向ける。
紅羽は紅い瞳で、咲弥をじっと見据えてきていた。
「ん……なに?」
「本当に、高所を克服されたのですね」
「あぁ……ネイさんから?」
紅羽はこくりと頷いた。
里に戻る道中、ネイとそんな話をした覚えがある。
確かに、以前よりは平気になっていた。
「まあ、でも……怖いのは、やっぱり、ちょっと怖いかな」
「ここにいても、平気そうですので」
「いや……落ちたら、喚き叫んでるよ」
「そうですか」
腰まである長い銀髪がふわりと膨らみ、峡谷に流れる風を紅羽は浴びていた。
やや強めの風が吹くと同時に、咲弥達の会話は途切れる。
咲弥が前に向き直るや、紅羽がまた口を開いた。
「朧気な記憶――」
「え?」
再び振り向くと、紅羽は神々しい微笑みを湛えた。
「また、咲弥様に命を救われました」
「あぁ……うん」
咲弥はうつむき、まっすぐに紅羽を見られない。
「……本当にぎりぎりだった。実は僕……悩んだんだ」
メイアの事情のこと。賢者の原石の事情――
そして覚悟に関することを、咲弥は紅羽に語った。
「紅羽が死ぬ――そう、わかっていながらさ……結果的には助けられたけど、僕は心のどこかでは、もうだめなんだって諦めてた部分もあるんだ。だから……」
「咲弥様――」
紅羽に呼ばれ、咲弥は口を噤んだ。
紅羽が咲弥の手を、ぎゅっと握り締めてくる。
唐突な行動に、咲弥はどきりとした。
「どんな困難な状況にあろうとも、決して諦めない――もし過程で諦めても、あなたは最後には立ち向かう選択をする。だから、私は今も生きています」
「紅羽……」
「朧気な記憶――咲弥様の必死な声が、温かな涙が、そして口づけが――私から離れかけた魂を、よみがえらせました。だから、私は咲弥様の隣にいられます」
いまさらになって、咲弥に照れが生じる。
恥じらいの感情を抱えながら、咲弥は訝しく思った。
「それも! ネイさんからでしょっ?」
妙な冷や汗をかいたせいか、少し声がうわずっていた。
あのときの紅羽に、記憶があるとは到底考えられない。
ともすれば、吹き込んだ犯人はネイしかいないのだ。
もちろん、メイアの可能性も捨てきれない。
だがほぼ確実に、ネイだと咲弥は直感する。
紅羽は応えない。咲弥は怪訝だとわかる眼差しを送る。
紅羽は静かに立ち上がり、両手を後ろのほうで組んだ。
そのまま前を進み、数歩先で立ち止まる――紅羽は綺麗な顔に女神のような微笑みを湛え、肩越しに咲弥のほうを振り向いた。
「今度は意識があるときに、してくれると嬉しいかな?」
その顔、その姿勢、その声音、その言葉遣い――
それこそ、爆撃を受けたと錯覚しかねなかった。
紅羽は、本当にずるい。
紅羽にそう言われ、照れない男などいないだろう。
咲弥はなかば、錯乱状態に陥った。そのさなか――
「おっ、いたいた」
「おやおや? 逢引きか?」
ゼイドとネイに加え、メイアもやってきた。
ネイのからかいに、より一層面映ゆくなる。
「なっ、何を言ってんですか」
ネイが呆れ気味に、ちょこんと肩を竦めた。
咲弥は、なんとも言えない気持ちを胸に抱える。
「よし。全員、揃ったな」
メイアが前に出て、話を続けた。
「では、約束通り――明日には、帝国に向けて出発する」
メイアの発言に、咲弥は面をくらった。
咲弥は今まで抱えた感情を置き、メイアに問いかける。
「え……? でも、まだ葬儀も終わっていませんよね?」
「いや……しばらくの間は、家族のもとで弔う」
「ああ……でも、大丈夫なんですか?」
「里長が、私の代わりを引き継ぐさ」
「あ、いえ……そうではなく……」
咲弥は言葉に詰まった。非常に言いづらい。
察したのか、メイアがふっと笑った。
「たとえ目に見えずとも、魂はそこにある――ならば、私についてきてもらうさ。それが、あいつの罰になるからな」
本当に、心が強い。咲弥は素直に、そう感想を抱く。
心が弱い咲弥では、きっと辿り着けない境地であった。
メイアは少しもの悲しげな顔で、咲弥に微笑んでくる。
「生きている限り、戦いは終わらない。難儀な話ではあるが……この世は、そうできている。ならば、抗おう。命が続く限り、失った仲間の夢とともに、だ」
それはまるで、試験官アイーシャみたいな口ぶりだった。
いまさらに思えば、二人は少し似ているかもしれない。
容姿ではない。きっと、覚悟の仕方が同じなのだろう。
咲弥は頷きをもって、メイアに応じた。
「わかりました。では、お言葉に甘えさせてもらいます……ラングルヘイム帝国まで、どうか、よろしくお願いします」
「ああ。きっちりと、お前ら全員を送り届けてやる」
メイアの言葉が終わるや、ゼイドが大きなため息をつく。
「にしても、やっと帝国に行けるな」
「かぁなり、遠回りしちゃったもんね」
ネイが応じてから、咲弥は口を挟む。
「ところで……ゼイドさん。大丈夫……なんですか?」
「ん? ああ。紅羽のお陰で、ぴんぴんしてるぜ?」
「獣人だもんね。あれくらい平気っしょ」
「いやあ、さすがに……死を覚悟したぜ?」
「まあ、実際に死んでたんだけれどね?」
ネイが苦笑する。ゼイドも苦笑してから言った。
「だがしかし……それが、俺のすげぇところだ。聞くか?」
「咲弥が自分の口から、紅羽の口へ神々の果実を流し込んだ以上に凄いの?」
ネイの発言に、咲弥は涎も鼻水も一緒に吹き出した。
一気に恥じらいがよみがえり、咲弥は慌てて立つ。
「ちょ……やめてくださいよ!」
「なんだ? そんな面白いことがあったのか?」
「あんたは知らないでしょうけれど、それはそれはもう」
「ちょちょ! 言わなくていいですから!」
「なら、私が語ってやろうか?」
メイアの突然の参加に、咲弥はぎょっとする。
そうは見えないが、案外メイアは茶目っ気があるようだ。
咲弥はかぶりを振る。
「いや……勘弁してくださいよ」
咲弥はつい、紅羽のほうを覗き見る。
紅羽は岩の上に座り、穏やかに微笑んでいた。
「そう、あれは……」
「いやいやいや! メイアさんっ?」
その日、一日――咲弥はずっとからかわれ続ける。
だが、紅羽が――ネイが――ゼイドが――メイアが――
笑ってくれていた。それが、とても奇跡みたいに思える。
だからいじられても、どこか心が救われる気がしたのだ。
このひとときを、もっとずっと大事にしたい――
紅羽の件から、より一層そう感じるようになった。
ついに明日、ラングルヘイム帝国へ一直線に向かえる。
何が待ち受けているのかは、もちろん何もわからない。
それでも、みんなと一緒ならば乗り越えられる気がした。
たとえ、どんな困難な壁が立ち塞がろうとも――
そう、思っていた――
第四章(下)へ続く
本作をお読みくださり、ありがとうございます。
最終話付近が長くなってしまい、申し訳ありません。
本音を言えば、一話、五千文字付近で決着をつけたい……ですが、物語が進めば進むほど、まとめあげるのがお難しいわけなのです。すみません。
これでも、がっつりと削っておりますですはい。
あと、ここまで! あと、もうちょっとだけ!
これらも、長くなっている原因の一つだったりします。
それでも読者様は、追いかけてくださっているご様子――
もはや、感謝の念に堪えません。ありがとうございます。
当初の予定では、軽く四十話を超えるつもりでした。
しかしふと、ここで区切ったほうが、形式としてはとても綺麗なのでは……? と、思ってしまったため、今回の話で大きな区切りとさせてもらいました。
結果、四章は上と下の二つに分けられます。
ただここで、少し問題が発生しました。
この問題点に関しては、後日活動報告に置いておきます。
そしてまた、恒例の執筆期間へと入ります。
忘れ去られないよう急ぎますが、しばしお待ちください。
遅筆ですみません。がんばります。やってみます。
今回もあとがきにお付き合いくださり、感謝しています。
それでは皆様、よきゴールデンウィークを――
最後にちょっとした、涙ながらのお願い。
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