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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第四章 無数にある分岐点(上)
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第三十八話 避けられない戦い




 咲弥は一人、現実逃避に近い心持ちになっていた。

 魔神の脅威(きょうい)から救った神の御使い、リフィア――

 破壊と再生を繰り返している神、リフィア――

 単なる同名といった可能性は、もちろん捨てきれない。


 だが心のどこかで、そうだとは思えなかった。

 自分の中で出した予測を、自分で疑っている。


『人を――世界を救う必要はありません。あなたの使命は、邪悪な神を討つ。ただ、それだけです』

 咲弥を選んだ天使は、最後にこうも言った。

『それはいずれ、理解する日が来るでしょう』


 魔神の復活と同様、別の意味で天使の言葉が()み合った。

 魔神が復活すれば、人類の大半が滅亡する。

 きっとそれは、嘘偽(うそいつわ)りのない事実ではあるのだろう。


 その一方で――もし神の御使いが破壊と再生の神と同一の存在だった場合、魔神とは()()()()()()()から、世界を救う必要はないと解釈できてしまえるのだ。

 きちんとした場所のほか、辺境地にある(まず)しい農村でも、食前には祈りを捧げるくらい、神の御使いリフィアは信仰の対象とされている。


 いまだ未踏(みとう)の地となる根強い信仰を示す国に加え、英雄の末裔(まつえい)が生まれ育つ強大な権力を持った神殿などもある。仮にリフィアを()()ともなれば――

 それこそ、世界中の人達を敵に回すことになりかねない。


(そうだと、決まったわけじゃない。でも……)


 もっとも、予感通りであれば()せない点が生まれる。

 そんな恐ろしい神だったとすれば、なぜ魔神が()()()()で済んでいるのか――仮に力が拮抗(きっこう)していたとしても、ならば魔人までもが封印されているのはおかしい。


 魔神と同等の力など、魔人は持っていないはずであった。

 だからこそ、魔人ラグリオラスは魔神の力を欲している。

 やはり、単に同名というだけの可能性は高い。

 そこまで考えてなお、咲弥は自分を信じきれなかった。


「あの……魔神と戦ったリフィア様と、同じなんですか?」


 咲弥はパラケルススに問いかけた。

 パラケルススは肩を(すく)め、両手を小さく広げる。


「ごめんね。君の質問には答えられない。その疑問は、僕の知識にはないからさ」


 どうやら魔神が現れた時代よりも、ずっと昔の人らしい。

 もはや古代どころか、太古(たいこ)より昔ではないのかと疑った。


 事実の確認ができない状況に、咲弥は歯噛(はが)みする。

 同じか、別か――真偽(しんぎ)を知るすべが、何も見つからない。

 また悩みの種が増え、咲弥は重い気持ちを抱え込んだ。


「昔の人がそうしてくれたみたいに……僕もまた未来の君に事実を伝えたかった。だから、現状もてる最高の科学力で、このアジトを強固に改造したのさ」


 寂しそうに微笑むパラケルススを、咲弥は見据え続けた。


「いつの日か、また――人類が誕生して、僕の言葉がわかるレベルに達したときのために……神に破壊されない限りは、たとえどれほどの月日が流れようと、決して壊れない建物と記憶を、最後まで生き残った人達と一緒に(のこ)したのさ」


 パラケルススの目もとから、静かに涙が流れた。


「どうか未来の人が、僕らや昔の人とは違う道を……そして願わくは、あの憎き神を討てる人類であることを――僕らの科学力ではさ、あれは倒せなかった」


 つらさを耐え忍ぶように、パラケルススの表情が崩れる。


「どんなに対策を練っても……村が、町が、(みやこ)が破壊され、人々はまたたく間に殺された。誰もが恐怖に(おび)え、苦しみ、悲しみ……あっという間に世界は崩壊した。アジトに遺した資源は、何を使ってもらっても構わない。だからさ――」

「ンぅ……? 内緒ばなシ?」


 いきなり背後から飛んだ声に、咲弥はぞっと怖気立(おぞけだ)つ。

 甲高(かんだか)い声には、聞き覚えがあった。

 メイアと一緒に、咲弥は後ろを振り返る。

 そこには、まるで道化師を連想させる――瞬間的な転移を強制する魔物がいた。


「お前は――お前はぁっ!」


 低い声で怒鳴ったメイアの瞳が、まるで爬虫類(はちゅうるい)を思わせる形へと変化する。それは怒りが限界を超えたときに見せる、竜人特有の瞳であった。

 道化師はしかし、余裕たっぷりな姿勢を貫いている。

 細長過ぎる指を揺らし、チッチッチと舌を鳴らした。


「ノけ者は、かなシいネ。罰を与えちャおうかナ」


 道化師が両手を大きく広げていく。

 何が起こるかわからない。咲弥は途端の寒気を覚えた。


「んなっ……やめろぉおおおお!」


 咲弥は叫び、我知らず走りだした。

 メイアもすでに、道化師へと向かっている。

 だが、間に合わない。道化師は(おだ)やかに後ろへと()ねた。


「神の裁き」


 道化師は両手を叩き、強烈な破裂音を鳴り響かせた。

 火が放たれたわけではなく、温度が変わった様子もない。それなのに、まるで猛火に包まれたかのように遺跡中が焼け(ただ)れ、次第に灰となって散っていた。


 進行速度が(ゆる)やかなためか、まだ灰と化していない箇所(かしょ)が重力に従ってどんどん崩落する。すると形作られた人工物と同様、パラケルススもふっと姿を消した。

 最悪な事実をまのあたりにして、咲弥は短くうめく。


 彼からはもっと、有益な情報が得られたかもしれない。

 もう二度と、よみがえらせることはできないと思えた。


 通信機やパソコンみたいに、その物自体の理解はできる。だからといって、内部構造や、使われている素材や原理を、事細(ことこま)かく熟知しているわけではないのだ。

 それ以前に、破壊の規模があまりにも大きい。

 そこら中が、次々に崩壊していっていた。


「な、なんて……ことを……」


 いったい何が目的なのか、まったく理解できない。

 道化師は楽しそうに、けらけらと笑った。


「アハッ! 絶望シてる? すンごい顔してるョ!」

「貴様ぁっ――! 覚悟しろ!」


 メイアが勇ましい声を放ち、瓦礫(がれき)()けて進んだ。

 メイアの刃が届く瞬間、道化師はふわりと消える。

 気配で追えない。おそらくは、瞬間移動の(たぐ)いだった。


 周囲に視線を――咲弥は不意に、左肩に重みを覚える。

 ほぼ同時に、咲弥の顔が細長い指で覆われた。


「なァ、お前サ? 神殺しの獣……ダろ? あノね、神様ガとても怒ってるョ? 神殺しの獣ヲ、よみガえらせたカら」


 それは低く重く、腹に響く声音だった。

 咲弥は(きょ)()かれ、電撃にも似た(しび)れが全身に走る。

 咲弥は恐怖に襲われながらも、急いで黒爪を振るう。

 道化師は再び、蝋燭(ろうそく)の火のごとく姿を消してしまった。


「あッ! ヒャひゃッ! あッ! ひゃヒャヒャひゃッ!」


 道化師はぱちぱちと手を叩き、あちこちに瞬間移動する。

 やがて道化師を見失い、咲弥は視線を大きく(すべ)らせた。

 すると今度は、背にもたれられたような重みを覚える。


「だめダメだめ。そいツはネ、大罪。バグ――なんだョ?」

「なっ、にを――!」


 咲弥は再び攻撃したが、やはり届かない。

 不規則な場所への瞬間移動が、ずっと繰り返されていた。

 咲弥は見失わないように、道化師の姿を必死に目で追う。

 そのとき、金色の紋様を浮かべて走るメイアが見えた。


「雷鳴の紋章第一節――夜裂(よざ)きの紫花(しばな)


 紫色の放電を始めた途端、メイアの姿がふっと消えた。

 気配で追えている。すでに彼女は十数メートル先にいた。


 勢いよく宙を舞い、何もない空間へ紫色に輝く刃を放つ。

 それは単なる奇跡、あるいは偶然だとも感じられた。だが不規則に思える道化師の瞬間移動に関して、メイアは何かを(つか)んだに違いない。


 そこに来ると()んでか、道化師を見事に雷の刃で貫いた。

 紫色をした強烈な電撃を、道化師は浴びている。

 それはまるで、本当に咲いた花にも見えた。


「ぐぎャああアァ! いィーたァー……くはないンだナァ、こレが! あヒャ!」


 道化師はなおもおどけ、細長い手でメイアに襲いかかる。

 かろうじて(ふせ)いでいたが、メイアは強く吹き飛ばされた。


「くっ……」


 メイアは崩落中の瓦礫(がれき)を飛び移り、難なく地へ降り立つ。

 上級冒険者となれた者の身体能力に、咲弥は舌を巻いた。

 人の心配よりも、まず自分の身を案じるべきなのだろう。


 メイアみたいな動きは、紅羽やネイにしか真似できない。

 咲弥は思考を切り替え、道化師に神経を(そそ)ぐ。

 道化師は拍手しながら、瞬間移動を繰り返している。


「アッひゃっヒャッ! たのシいね! たのシいねェ!」


 道化師が嬉々(きき)とした声で言い、再び煙のごとく消える。

 顔がくっつきそうな距離で、道化師が咲弥の前に現れた。


「人をおチョくるのッテ、たのシいィ。困ッて、絶望シてる姿が滑稽(こっけい)だネ!」


 道化師の行動原理を、ようやく呑み込めた気がする。

 ()()は悦楽のためだけに、人をもてあそぶのだ。

 レティアの無残な亡骸(なきがら)を眺める、暗く重い雰囲気を(まと)ったメイアの後ろ姿――少し前に見た光景が、胸を痛めるくらい鮮明に、咲弥の脳裏(のうり)に思い浮かぶ。


 空白の領域を訪れるなら、死を覚悟するのは当然だった。

 多かれ少なかれ、その意識は持たなければならない。

 充分にわかっていた。

 それでも――


「お前がいなきゃ……そうは、ならなかったかもしれない」


 咲弥は目に力を込め、真っ向から道化師を(にら)みつける。

 道化師は(いや)しく、嘲笑を宿した表情を見せた。

 道化師の態度が、咲弥の怒りをひどく刺激する。


「ならバ、どうスる? 殺すカ? ほかノ神々ノように――我もマた、神だゾ」


 咲弥の心臓が、どくんと力強く()ねた。

 真偽(しんぎ)は知れないが、確かに異質な存在ではある。

 咲弥は素早く気を改め、道化師に向かって言った。


「だから()()()……お前をこのまま、野放しにはさせない」


 咲弥は、白爪と黒爪を同時に振るった。

 道化師は人差し指を振りながら、軽快に後退していく。


「でも、むりィ! 神殺しの獣、弱すぎィッ!」

「くそ……!」


 咲弥は短くうめいた。

 メイアの張った声が響く。


「咲弥、目を()らせ! 転移場所に小さな魔法陣がある!」


 言われて初めて、ようやく認識できた。

 何か妙な光が、そこにはある。


 咲弥は思考を巡らせつつ、体が勝手に動き始めた。

 数ある光の欠片(かけら)に向け、力を込めた黒爪を放つ。

 ただの偶然でしかないが、ついに黒爪で道化師を貫けた。


「グギャあああッ! やァ~らァ~れェ……なァい!」


 道化師の胸部を、黒爪が確実に貫いていた。

 手応えはある。貫いた感触すら手に残っていた。

 それなのに、まるで何も効いていない。

 道化師はけらけらと笑った。


「希望が見えタ? 活路が見えタか? 残念。ソれ、ただの罠なンだ。ほらッ!」


 咲弥の位置、メイアの位置、道化師の位置――

 崩壊する遺跡の中のまま、場所自体に移り変わりはない。だが景色がぐるぐると、(すさ)まじい速度で切り替わっていた。

 何度も繰り返される転移に、ひどい吐き気が込み上がる。


 脳の処理が追いつかない。意識が混濁(こんだく)状態に(おちい)った。

 もはや、理解不能な心境でしかない。魔法陣を顕現(けんげん)せず、魔法が扱える――それは少し前に知った新世界の力と、よく似ている気がする。

 それもまた、ここ最近から謎に広まった力だった。


 人と連動している可能性が、漠然と咲弥の脳裏をよぎる。

 そうでなければ、何者かによって与えられたのか、技術を盗まれたのか――もしくは、道化師が口にした通り、本当に神だからなのかもしれない。


 (うつ)ろな意識を正してから、咲弥は気を取り直していく。

 その瞬間での出来事であった。


「んなっ――」


 咲弥一人が、夜空に向かって転移が繰り返される。

 あっという間に、遥か上空にまで到達していた。

 転移が止まれば当然、今度はもの凄い勢いで落下する。


「うぉあぁあああ――っ!」


 咲弥は我知らず、悲鳴をあげていた。

 光る葉をつけた大樹が、とても小さく見える。

 肌寒い空気に凍えながら、トラウマのせいで身が(すく)む。


 ひどい恐怖が心を――そして、全身を強烈に(むしば)んでいく。

 道化師の笑い声が、激しく風を切る音に混じって届いた。


「お前は神殺しの獣ノ、まがいモノだナァ――」

 咲弥はくるりと仰向けにされ、道化師に顔面を(つか)まれる。

「こノまま、落下すレば死ぬ。最高速に達シた瞬間、場所を地ノ付近へ戻せバ、そレでも死ぬンだ。(もろ)いナァ、人の子は実に脆いナァ――あッヒャッ!」


 対策を何も取らなければ、落下の衝撃で死ぬ。

 至極当然の事実に、咲弥は逆に冷静さを取り戻せた。


(そうか……僕は、もう……()()()の、僕じゃないんだ)


 ろくに紋章術が、扱えなかった頃とは違うのだ。

 黒白の籠手(こて)を、上手く扱えなかった頃でもない。

 今の咲弥には、着地前にできることなどたくさんあった。

 咲弥は胸の内側から湧き出る恐怖を、ぐっと()み殺す。


「たとえ死んでも、僕はお前を許さない!」


 道化師の腕を、咲弥は黒手で(つか)んだ。

 どこにも逃がさない。転移しても、きっとついていける。

 なかば懇願(こんがん)じみた希望を胸に宿し、咲弥は白爪を振るう。


 しかし咲弥の抱いた願いは、呆気(あっけ)なく崩壊する。

 道化師だけが、空気に溶け込むように消えたからだ。


「むだムダむだぁ! 残念、無念! あひゃヒャひゃぁ!」


 何がどうなっているのか、まったく理解できない。

 どうすれば一撃を入れられるのか、予想もつかなかった。

 たとえ無事に着地できたとしても、なにも意味がない。

 道化師に対抗する手段がなければ、いずれは殺される。


(くそっ……いったい、どうすれば……)

「もう、おシまいッ!」


 やや遠くにいる道化師が、両手を大きく広げた。

 落下寸前の地点へ、強制的に転移する気なのだろう。

 最悪なことに、ネイや紅羽とは違い、咲弥は空中での移動方法をもっていない。


 咲弥の胸は苦渋に溢れ、自然と死を覚悟する。

 そんなとき、なにやら黒い影が上空へ駆けのぼった。

 それは――咲弥は目を見開き、心が安堵感(あんどかん)で満ち溢れる。


「風の紋章第七節、蒼天の亀裂(きれつ)!」


 激しい烈風が、ネイの右手から放たれた。


「ネイさん! そいつ、()()です!」


 説明不足もはなはだしいが、迅速に伝えたかったのだ。

 第七節(蒼天の亀裂)を介せば、きっと意味を呑み込んでくれるだろう。

 だがここで、予想外の事態を目撃した。


 道化師が姿を消さない。

 それどころか、ネイの紋章術が直撃していた。

 道化師の顔は苦い。怒っている表情にもうかがえる。


「どぉこが! ()()じゃいっ?」


 そう言われても仕方がない。

 同時に、やっと理解に(たっ)した。

 エーテルを込めた一撃であれば、道化師に通じる。


(でも、ならどうして黒白が効かない……?)


 もしかしたら、黒爪ではなく白爪ならば――

 悩む咲弥に、黒白から不意の意識が流れ込んできた。


(なんだ……?)


 咲弥は不思議に思いながら、まずは状況を確認した。

 ネイが道化師を相手に、立ち回る姿勢を見せている。

 道化師はネイを、ひどく警戒していた。


(ほんの、一、二秒なら……)

 

 そう結論づけ、咲弥は白爪を自身の胸に刺した。

 黒い闇が――視界一杯に広がる。

 自分の精神世界を訪れたのは、思えば久々な気がした。


「やあ」

「ねえ」


 咲弥は二つの声を振り返る。

 小さな子供の背丈をしたクロとハクが、そこにはいた。


「あっ……お久しぶり、です……」

「果てなき戦いから」

「あなたは、あの瞬間から」

(のが)れられなくなった」


 交互に告げたクロとハクに、咲弥は首を(ひね)って応じた。


(いにしえ)の神々は気づいている」

「あなたという存在に」

「神殺しの獣の存在に」

「古の神々は意識しつつある」

「ごめんね」

「ごめんなさい」

「僕達は、君を引きずり込んだ」

「私達は、あなたを巻き込んだ」

「恨んでくれても構わない」

「呪われても仕方がない」


 いつも唐突(とうとつ)な発言に加え、理解に苦しい言い回しをする。

 それでも、咲弥はなんとか呑み込めた。

 道化師に言われた言葉が、漠然と脳裏(のうり)によみがえる。


「えっと……神様が、本当に……怒ってるんですか?」

「いずれは君を抹殺しにくる」

「神殺しの獣ともども消滅させにくる」

「君は(のが)れられない戦いに身をおいている」

「決して()けられない戦いが待っている」

「ごめんね」

「ごめんなさい」


 クロとハクの発言に、圧倒されたのは(いな)めない。

 まさか神々に、命を狙われるはめになるとは――と、そう思いはしたが、よくよく考えてもみれば、当然の展開だとも感じられた。

 神々を殺戮(さつりく)した存在を、復活させた事実に間違いはない。


 神殺しの獣を知った時点で、想像くらいはできただろう。

 事情は理解した。同時に、不可解な点も浮かぶ。

 とはいえ、今は正直それどころの話ではない。

 何か理由があるのか、わからないままに咲弥は応じた。


「えぇっと……なぜいまさら、そんな話をされているのか、あまりよくわかりませんが……でも、別に……謝る必要は、ありません」


 クロとハクを、咲弥は交互に見据えてから続けた。


「僕が今、生きてここにいられるのは――あのとき、黒白の籠手が、僕を助けてくれたからなんです。もちろん、仲間のみんなのお(かげ)でもあるわけですが……でも、みんなと一緒に戦えているのは、やっぱり黒白の籠手があるからなんです」


 咲弥は言いながらに微笑みを作り、結論を述べた。


「だから、恨んだりとか、呪ったりとかしません。むしろ、感謝してもしきれないくらい、僕は黒白の籠手に――そして神殺しの獣さんを大切に思っています」


 咲弥は告げ終えた瞬間、少しばかりぎょっとなった。

 これまで一度も見た記憶のないものが、そこにはある。

 クロとハクが、ほんのわずかに微笑んだ。


「そんな君だからこそ」

「私達は、あなたの力になる」

「眠っていた力の一端を」

「今、解放しましょう」

「力の一端を……解放……?」


 クロとハクは、こくりと(うなず)いた。


「今はまだ、一つが限界」

「また一日に一回が限界」

「それでも、充分に通用する」

「あの神を〝(かた)る〟道化に」

「死の制裁を加えよう」

「さあ、ともに行きましょう」

「果てなき戦いの世界へ」


 そう言い、クロとハクが手を差し出してきた。

 咲弥は少し茫然と見とれてから、まずは(うなず)いて応える。


「はい。よろしくおねがいします」


 クロとハクの手を取った瞬間――

 咲弥の視界は、現実世界へと戻ってきていた。




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