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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第四章 無数にある分岐点(上)
165/222

第三十七話 ただ強く、ただ美しい




 森の一部が大きく震え、太い黒煙が立ちのぼっていた。

 木々がぽっきりと折れ、爆心地では地面がえぐれている。

 紅羽は状況を分析しながら、ひどく戦慄(せんりつ)していた。

 体中で嫌な汗をかき、焼かれた肌がひりつく。


 なかば無理矢理に精製したエーテルのほか、自然と防御に(てっ)した体が、間一髪(かんいっぱつ)のところで紅羽の命を救った。とはいえ今回ばかりは、さすがに無傷とはいかない。

 さらに身に(まと)ったエーテルが、根こそぎ吹き飛ばされた。


 逃亡していた魔物が、まさか爆発を仕込まれた(おとり)だとは、予想すらもしていない。とても残酷非道な行為に思えるが、同時に賢いとも感じられた。

 真の敵がいったい()か、ぼんやりとだが見えてくる。


(くっ……)


 予感が正しければ、もっとも遭遇したくない魔物だった。

 いまだに肥大化(ひだいか)している不安要素さえなければ、想像した魔物を相手に、力試しがしたいという気持ちは持っている。しかし今は、仲間の安否(あんぴ)確認を急ぎたい。


 そうは思っても、もう始末する以外の選択肢はなかった。

 たとえ紅羽が撤退(てったい)を選ぼうとも、確実に妨害(ぼうがい)を受ける。


 どこで標的にされたのかは不明だが、進行方向付近に囮と罠を用意していたのは、まぎれもない事実だからだ。そこが少し、()せない点でもある。

 紅羽の行動を、的確に予知しているかのようであった。


 何にしても、危険な魔物に追われながら仲間を探すなど、正気の沙汰(さた)ではない。ほかにどんな罠が張られているのか、もはや予想すらもつかなかった。

 もし奇跡的に仲間と合流ができたとしても、それはそれできっと問題が生じる。

 仲間のほうも、万全(ばんぜん)ではない可能性が高いからだ。


(最善の選択は……迅速に始末!)


 ()ねる矢を撃ったのは、爆発した魔物ではない。

 確実に別種だと(にら)む。であれば、紅羽を視認できる位置に(ひそ)んでいるのだ。

 紅羽はエーテルを(まと)い直してから、戦闘態勢を整える。


 周辺には、複数の気配が漂っていた。

 さきほどの爆発で、呼び出された別物らしい。


「グォオオオォ――ッ!」


 獣の太い咆哮(ほうこう)が、腹の底に重く響いた。

 そこかしこから、気配がぽつぽつと色濃く湧き出る。


(魔法……!)


 紅羽は神経を(とが)らせ、気配をより深く探った。

 左側のほうから、黒い影が走り抜ける。


 熊を連想させる、漆黒の毛を生やした魔獣――紅羽の二倍以上は背が高い。筋肉質でごつごつとした巨体に似合わず、(ひらめ)く速度で迫ってきた。

 右手の(するど)い爪をすぼめ、紅羽の胴を貫こうとしている。

 紅羽は紅い刃でいなしてから、即座に後方へ宙返りした。


 別の方角から黒い火炎が()き、一直線に地面を焼き払う。

 ほぼ同時に、三方向から黒毛の魔獣が姿を見せた。

 紅羽は魔獣を丁寧(ていねい)に処理しながら、不可解な疑問が湧く。


 人を狙うのは、特に不思議ではない。

 爆発で気が立っているのもまた、おかしくはなかった。

 だが、なぜか――何か妙な違和感を覚える。

 紅羽の存在自体に、いら立っている雰囲気があった。


(なに……?)


 紅羽は思考を巡らせ、ふと気づく。

 血ではない液体が、民族衣装のあちこちに付着していた。

 おそらくは、爆発の(さい)に飛び散ったものだと考えられる。


(これは……?)


 液体の一部を指で拾い、試しに黒毛の魔獣に飛ばした。


「グォアアアア――ッ!」


 どうやら謎の液体は、眼前の魔獣が怒り狂う効果がある。

 興奮剤に近いのか、いずれにしろ好ましい成分ではない。

 紅羽は民族衣装を、即座に脱ぎ捨てる。

 もっとも魔獣の標的からは、もう(くつがえ)りそうになかった。


 十重二十重(とえはたえ)――仕掛けられた罠は、やはり一つではない。

 狡猾(こうかつ)な人をも思わせる周到さに、紅羽は素直に畏怖(いふ)する。

 早々に(あぶ)り出さなければ、事態はさらに悪化するだろう。


 真の敵は、罠を軸にしている。

 そう簡単には姿を現さないと、結論を導き出した。


(それなら……私を、攻撃するしかなくさせる……?)


 瞬時に作戦を立て、紅羽は実行に移る。

 純白の紋様を浮かべ、静かな声音で唱えた。


「魔女の悪戯(あくぎ)


 時間停止にも等しい世界へと、紅羽は身を投げ入れた。

 魔女の悪戯は、発動時間が非常に短い。

 だから付近にいる魔獣の首だけ、迅速に()ねておいた。

 最後の一匹を討つ寸前で、再び純白の紋様を顕現(けんげん)する。


「光の紋章第七節、明滅(めいめつ)の流星」


 紅羽が上空へ行ったところで、魔女の悪戯は終わる。

 もうほとんど、太陽は沈みかかっていた。

 光る葉を持つ大樹のお(かげ)なのか、あまり暗くは感じない。

 ほかにも光を発する何かが、点々とある様子であった。


 そんな観察をしながら、紅羽は手を高く上げる。

 見せびらかすように純白の紋様を描き、そのときを待つ。


(さあ……急がないと――かかった!)


 徐々に落下する紅羽に、紋様みたいな矢が飛来してきた。


「光の紋章第七節、明滅の流星」


 矢が飛んできた方角へ、紅羽は光速で移動していく。

 ややひらけた森の中に降り立ち、真の敵を目で(とら)える。

 そこにいたのは、やはり予想通り(よい)の狩人ニニであった。

 太い木の枝に立ち、手には黒い長弓を持っている。


 どこか騎士を彷彿(ほうふつ)とさせる風貌(ふうぼう)をしており、光沢感のある漆黒の甲冑(かっちゅう)は、ニニにとっては肉体そのものとなるらしい。

 さながら動く鎧だと、資料のほうに記載されていた。

 ニニに(あわ)てた様子はない。むしろ、落ち着きすらある。

 ただ己の失策を、恥じている雰囲気が漂っていた。


 忽然(こつぜん)と姿を消した獲物が、気がつけば上空にいたのだから無理もない。逃げられると予感したからこそ、()()()()矢を放ってきたのだ。

 ニニが手にある得物を、ぽんっと(ほう)り捨てる。

 地面に到達するや、長弓は灰のごとく散って消え去った。


「お見事なり。人の子よ」


 低く重い、どこか電子的な声色に聞こえた。

 ニニが木の枝から飛び降り、数歩だけ詰め寄ってくる。

 素早く紅い大太刀を構え、紅羽は臨戦態勢に入った。

 しかしニニは鷹揚(おうよう)な姿勢を(たも)ち、電子的な声を(つむ)ぐ。


(きそ)も強敵二体と巡り会えた。(なんじ)は超えられるか、(いな)か」


 わずかに紅羽の眉が()ねた。先行した竜人達に違いない。

 ニニが、ここに居る。それはすなわち、もう――

 心に少し感傷が湧くが、すぐに警戒で塗り潰される。


 ニニは広げた左手に、右の拳を横にあてた。

 まるで左手が(さや)のごとく、ゆらりと漆黒の剣が抜かれる。

 魔法か――灰と化した長弓も、同様の物だったのだろう。


「良き構えだ。我が獲物――さあ、狩り合おう」


 ニニが告げた瞬間、ふわっと姿が消える。

 目では追えない速度で、ニニが紅羽の背後に回っていた。

 紅羽は蹴りをまじえ、ニニの剣を紅い大太刀で(すべ)らせる。


 姿勢、力加減、刃の角度――(すさ)まじく強靭な一撃だった。

 ここまでの一撃を受けたのは、とても久しい気がする。

 いなし方を誤れば、紅い大太刀ごと斬られていた。

 ふとニニの一撃から、ある人物の姿が漠然とよみがえる。


(これは……)


 ニニは神速で動き、上下左右と多彩な斬撃を放つ。

 紅羽はからくも()け、隙を(とら)えては反撃する。

 お互いに致命(ちめい)の一撃を、(つね)に狙い続けていた。

 切迫した状況下、金属が打ち合う音のみが鳴り渡る。


 (おとり)や罠を扱わずとも、恐ろしいくらい強い。

 人でたとえれば、達人の(いき)(だっ)した者で間違いはない。

 おそらくは、さぞ名高い剣士となれたことだろう。


 紅羽は浮かんだ感想を捨て、ニニと大きく距離を取った。

 お互いに(にら)み合い、いつ仕掛けるか――

 ニニが不意に、だらんと剣を下げた。


()い。とても良い。最高の強敵だと改める」


 ニニは立ち()くしたような姿勢だが、隙はいっさいない。

 下手に動けば、返り討ちにあう。

 ニニがすっと構え直した。そして――

 紅羽ははっと息を呑み、目を()く。


「次に止まるは――どちらかが、(かばね)と化す時のみ」


 ニニが強烈に(ほとばし)ったエーテルを身に(まと)った。

 やがてそれは、漆黒の剣をも飲み込んでいく。

 電撃のごとく体中が(しび)れ、紅羽も力強いエーテルを生む。

 ニニはどうやら、魔人と同等の(いき)に達していたらしい。


「さあ、共に踊り狂おうか」


 ニニがついには、気配ですらも追えない領域に入った。

 なかば勘に近い。ニニの斬撃を、大きく打ち返していく。

 紅羽は純白の紋様を浮かべ、口早に唱えた。


「光の紋章第二節、(きら)めく息吹」


 紅羽は光を(まと)い、紋章術で身体能力を向上させた。

 それでもなお、届かない。わずかに、ニニが押している。

 ニニが弾かれた剣に、指を(すべ)らせた。

 黒炎を纏った刃が、紅羽に襲いかかる。


(これは――受け流せないっ!)


 紅羽は直感に従い、後方に飛び退()いた。

 黒炎は地面を裂き、瞬時に消し炭にしている。


 魔法陣もなく、魔法を扱える魔物――

 少なくとも資料には、載っていなかった情報であった。

 きっと誰一人、ニニの本気を引き出せていない。


 紅羽は紅い大太刀を純白の弓に転化させ、光の矢を放つ。

 無論、命中するはずがない。ただし、退路は予測できる。

 紅羽は弓から翡翠色(ひすいいろ)の短剣に変え、接近戦に入った。

 黒炎の斬撃は、直撃しなくても熱が襲ってくる。


 紅羽の髪の一部が、ジッと音を立てて消し飛んだ。

 紅羽は気にしない。

 ニニの(もろ)そうな部分に、短剣を突き入れる。

 ニニもまた、寸前の回避をして反撃してきた。


 斬撃と同時に、左手を紅羽に向けている。

 紅羽は純白の紋様を浮かべた。


「光の紋章第四節、白熱の波動」


 ニニが左手から放った黒い光線を、純白の光線で弾く。

 おそらく第五節(極光の障壁)では、突き破られている。

 紅羽は流れるように再び紅い大太刀に変え、回転しながらニニに斬撃を放つ。

 ニニは紙一重でかわしながら、漆黒の剣を下から振るう。


 もはや、直感のみの行動をしいられている。しかし直感に次ぐ直感こそが、今現在もかろうじて紅羽の命を、この世に(つな)ぎ止めていた。

 たった一つの失敗が、即座に死へと直結する。


 強烈な圧迫感に満ちた場に、覚えがないわけではない。

 それはまだ、紅羽が幼い頃の記憶であった。


 紅羽にとって五號(ごごう)は、言わば種違いの姉となる。

 唯一(ゆいいつ)、一人のみ――()()()()()が存在していた。

 ニニの剣筋や威圧感は、ふとその姉を鮮明に想起させる。


 あの頃は、心の底から絶望した。

 たとえどれほど足掻(あが)き、鍛錬(たんれん)を積み重ねようとも、決して届くことのない領域というものがある。人々はそれを、()()()()()()()(しょう)していた。

 その姉と、紅羽はよく似ている。だが、容姿だけだった。


 この世に誕生した瞬間から――

 姉はすでに紋章者として、開眼していたらしい。

 四年目には紋章術に加え、武具の扱いにも合格した。

 五年目には、歴代最速で號数(ごうすう)が与えられている。


 彼女は最高傑作――初代をも凌駕(りょうが)する逸材(いつざい)――

 所長を含め、研究員や施設員達も口々に賛美(さんび)していた。

 当時の號持(ごうも)ちのほか、號無(ごうな)し全員が感じたに違いない。

 あれは、()()()()()。あれは、別の何かだ。と――


 同じ遺伝子で作られた紅羽も、最高の期待が寄せられた。

 さらに加えて、初代と同じ固有能力が発現している。

 当然、届くはずもない。姉には、遠く及ばなかった。


 失敗作、欠陥品だと――一際(ひときわ)、誰からも言われ続けていた原因は、最高傑作たる姉の影があったからなのは(いな)めない。

 強さはすなわち、恐怖。

 才能はすなわち、畏怖。

 姉を間近で見れば、誰もがそう感じられるはずだった。


(そうか……私は……)


 咲弥の顔が、今度は脳裏(のうり)に思い浮かんだ。

 彼にとっては、強さは恐怖ではない。羨慕(せんぼ)だった。

 彼にとっては、才能は畏怖ではない。羨望だった。


『それにしても、紅羽は本当に凄いね。もしかしたら、僕がこれまで出会ってきた誰よりも、強いんじゃないのかな』


 彼は恐怖も畏怖もしない。

 凄いものを見た――そんな顔をして、言っていたのだ。

 彼が姉に会えば、どんな顔をするのだろうか――

 苛烈(かれつ)な戦いの際中だというのに、紅羽は少し夢想する。


 もうすでに、紅羽の体は限界に近いところまできていた。

 体はひどく傷つき、手に力が入らなくなりつつある。

 度重なるニニの斬撃は少しずつ、しかし確実に紅羽の命を()み取りかけていた。


 紅羽はじわりと迫る死を、体中から感じ取っている。

 エーテルの扱いがうまくなり、強くなったつもりだった。

 (いな)、間違いなく向上している。


 けれども、あと一歩が届かない。

 姉のときと同じで、深く絶望してしまっている。

 どこまで頑張ればいいのか、もうわからなくなった。

 少し前に(おご)っていた自分を、引っぱたきたい気分になる。


 まだまだ未熟なのを、ニニを通して実感した。

 ただ――

 それでも――


(……咲弥に、会いたいな……)


 ニニから姉へ、そして姉から彼の姿へと(いた)った。

 たったそれだけのことで、紅羽の気力は満ち溢れる。

 こんなところで、死ねるはずもない。

 紅羽は目をかっと見開き、神経のすべてを戦闘に(そそ)ぐ。


 ニニの(くせ)は、戦い方からもよくわかった。

 (かぶと)の隙間には目があり、しっかり視界は存在している。

 ただ気配で動くということも、当然ながら熟知していた。

 紅羽は瞬時に作戦を立て、純白の紋様を浮かべて唱える。


「光の紋章第四節、白熱の波動」


 地面に放った閃光が、大きく弾けて土埃を舞い上げた。

 薄暗い森の中では、より一層見えづらくなっている。

 紅羽は紅い大太刀に、エーテルを色濃く(まと)わせた。

 もちろんこのままでは、気配で察知されて(ふせ)がれる。


 それは、視界が悪かろうが関係ない。

 重々、承知している。だからこそ、できることがある。

 紅羽はニニの気配に向け、紅い大太刀を素早く()いだ。


「転化ぁ!」


 紅羽は我知らず、自然と叫んでいた。

 触れ合った金属音が、強烈に響き渡る。

 それと同時に、受け止められた衝撃で土埃が吹き飛んだ。


 紅羽は動かない。

 ニニもまた、動かなかった。

 紅羽は視線を()らさない。

 ニニもまた、紅羽に顔を向けていた。


驚嘆(きょうたん)だ……人の子よ」


 漆黒の大鎌に頭を貫かれたニニが、電子的な声を(つむ)いだ。

 (まと)わせたエーテルは、まだ紅い大太刀の形を(たも)っている。

 正直これは、単なる賭けであった。


 実際に試した経験など、一度たりともない。

 とっさの思いつき――眼前の強敵に通ずるのか、果たして(だま)されてくれるのか、しかしそれを熟考している暇はない。その前に、紅羽の体力が()きている。


 極限状態が生んだ思考は、どうにか的を射たようだ。

 ほんのわずかに、鉄製みたいなニニの顔面に笑みが浮く。


「――真の狩人よ。お見事なり」


 電子的な低い声から伝わる。ニニは死を覚悟していた。

 魔物から賞賛されるのもまた、初めての経験ではある。

 (よい)の狩人は、そういった存在なのだと呑み込んだ。


 紅羽は賛辞に応えるため、エーテルを大鎌に(まと)わせる。

 まず頭部を横に斬り、勢いを殺さないまま腕と胴を一緒に裂いた。そして、最後に股下から、ニニを一刀両断する。

 神速の攻撃に、ニニの体はいまだ形が崩れていない。


 少しずつずれ、ニニの体は地にぼとぼとと落ちていく。

 紅羽は楽な姿勢に移行してから、夜空を大きく(あお)いだ。

 世界は、ひどく静まりかえっている。

 よく見えない夜の星空が、少し紅羽の頭を朧気(おぼろげ)にした。


 休憩している暇などない。

 仲間達の生存を信じて、向かわなければならなかった。

 とはいえ、体がなかなか動きそうにない。

 宵の狩人ニニは、それぐらい強く、そして気高かった。


「はぁ……はぁああ……はぁ……」


 紅羽は夜空に向けて、深呼吸を繰り返した。

 少しずつ体力を蓄える。次第に気力が回復しつつあった。

 動ける程度まで(いた)れば――紅羽は、はっと息を呑む。

 気のせいかと感じられるほどの、わずかな気配を(とら)えた。


 紅羽は視線を(すべ)らせ、そして絶句する。

 血の気が引き、自然と腕の力がだらんと抜けた。

 そこには、絶望しかない。

 メイアの用意していた資料が、ふと脳裏(のうり)によみがえる。



 (よい)の狩人ニニ――


 (おおむ)ね強者以外には興味を示さず、下手な行動に出なければ見逃されることもままある。だがひとたび強者と認識された場合、執拗(しつよう)につけ狙われるだろう。

 また詮索(せんさく)を非常に嫌っており、調査の対象が自身なのだと(さと)られた場合も同様、狩人の標的となるので注意が必要だ。


 あまり群れることはなく、基本的には単独を好む。

 彼らの求める強者とは別種の生物であり、そのため同種は(はぶ)かれているようだ。

 されども中には、複数で行動を取る個体もいる。


 その生態を(つか)もうとした調査班は、音声記録を最後に――

 上級冒険者及び、手練(てだ)れの調査班計十三名が消息を()つ。



 紅羽の視線の先には、宵の狩人が()()――

 やや遠くから、紅羽の様子をじっとうかがっている。

 まるで他人事みたいに、なかば茫然と狩人達を眺め返す。


 ふと気づけば、宵の狩人達だけではなかった。

 ほかにも、虎視眈々(こしたんたん)と狙っている気配があちこちにある。

 現実逃避に近いものに、もはや身を(ゆだ)ねるほかない。


一號(いちごう)……あなたならば、この状況をどう対処しますか?」


 紅羽は我知らず、この場にはいない姉に問いかけた。

 どんな返答がくるのか、聞かずともわかる。

 彼女は声を発さない。彼女は振り向きすらもしない。


 無表情のまま、背丈と同じ細長い紅の大太刀を抜くのだ。

 それから瞬く間に、眼前の敵を皆殺しにしていく。

 華麗に、鮮烈に――彼女はただ強く、ただ美しい。

 きっと場にいる全員が、彼女の姿から目を離せなくなる。


 紅羽は、ごくりと生唾(なまつば)を呑み込んだ。

 生命の宿る宝具、ヴァルキリー――

 漆黒の大鎌を紅い大太刀に転化させ、戦闘態勢を整える。


(咲弥……もう少しだけ、待っていてね……)


 想い人の姿を脳裏(のうり)に浮かべ、紅羽は目に力を込める。

 死ぬわけにはいかない。彼のもとへ行くために――

 紅羽は想いを胸に乗せ、まず宵の狩人達へ駆けていった。




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