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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第四章 無数にある分岐点(上)
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第二十六話 アスクレピオス




 森を突き抜けた先には、雄大な峡谷(きょうこく)の景色が待っていた。

 谷底では川が流れ、あちこちに草花や木々の緑も見える。

 そんな大自然に満ちた峡谷の壁を()うように――また切り立った崖同士を(つな)ぐかたちで、人が歩ける道は頑丈なくらい丁寧(ていねい)に造り上げられていた。


 つまり竜人の隠れ里は、峡谷の狭間(はざま)や内部にあるのだ。

 人工的に岩壁をくりぬき、住居や通路は建設されている。

 それはどこか、古代ローマを彷彿とさせる造形に感じた。

 だから魔物が(ひそ)む洞窟とは違い、独特の雰囲気がある。


 部屋にある机や椅子のほか、(たな)や物置も空間を造る過程で得られた石を使っているようだ。また景観と保護のためか、どれもこれもむらなく塗装してある。

 咲弥達は今現在、客室的なところへ(まね)かれていた。

 咲弥は石の席に着き、前に立つメイアに顔を向けている。


「それでは、目的の場所について説明しようか」


 メイアは言いながら、石机の上に丸められた紙を広げた。

 見た限りでは、大雑把(おおざっぱ)な島の地図といった印象を受ける。

 簡易的なマークのほか、地名っぽい文字も入っていた。


「空白の領域――通称、アスクレピオス」

「アスクレピオス……」


 星座か、神話か――どこかで聞き覚えのある名称だった。

 よく思いだせないまま、咲弥は誰にとなく(つぶや)く。


「この空白の領域は、なんだかとても広そうな島ですね」

「いや、これはこの大陸の中にある、アスクレピオス()()を描いたものだ」


 メイアからの訂正を受け、咲弥は静かに驚いた。

 そもそも一般的な地図では、領域のある部分は文字通りに空白となっている。それを大雑把とはいえ、これほど明確なものは今まで見た記憶がない。

 それも当然の話ではあった。


 空白の領域は、ほぼ国家機密に近い扱いの場合が多い。

 だから一般人、または低級程度の冒険者では、そう簡単に具体的な情報が得られないのが実情であった。しかしそんな貴重な情報源が、今なぜか目の前にある。

 咲弥は戸惑いながらも、改めて地図を凝視した。


「まずここが、神々の果実が発見された場所だ」

 メイアは赤い星印に指を差した。今度は青い線をなぞる。

「その発見した者が進んだルートが、この線となる……だが、このルートはもう使えない。資料を読めばわかるが、領域の地形が大きく変化しているからだ」


 咲弥は眉を寄せた。どう変化したのか、とても気になる。

 しかしそれについては語らず、メイアは無数の紙を放つ。


「これは現在確認された危険生物の、容姿と特徴の資料だ」


 気味の悪い絵や写真の横に、ずらりと文字が並んでいる。

 咲弥達は各々(おのおの)、近くにある資料を手に取った。

 その間に、メイアが淡々と説明を始める。


「最大級にやばいのは、強者を求め流浪(るろう)する(よい)の狩人ニニ。生命を(むさぼ)る鉱石獣ルピラス。他生物で()ぎ木する植物パーラ――ほかにもやばいのはまだ多数いるが、それぞれの資料に目を通して記憶しておいてくれ」


 咲弥は隙を見計らい、抱えた疑問をメイアへと投げる。


「地図もそうですが、よくこれだけ資料が手に入りましたね……下級とはいえ、冒険者の僕でもここまでは不可能です。どうやって集められたんですか?」

「冒険者ギルトとの(つな)がりが、まったくないわけではない。交流の始まりは遥か大昔からだが、今でも時折、とある事情次第で軽い交流は続いている」


 メイアの回答自体は、別に不思議な話ではない。

 むしろ村や町どころか、国単位での交流をしているのだ。そして冒険者ギルドの設立に関係のなかった国々が、のちに加盟していたりもする。

 そうでなければ、ギルドの支部など作れない。


 ただこの里には、それらしい気配は見られなかった。

 また軽い付き合いで、入手できるような資料でもない。

 咲弥は(いぶか)しく思い、自然と首を(ひね)った。


「アスクレピオスの調査をするにあたり、冒険者ギルドから協力を求められた過去がある。隠れ里の存在など、どうやら彼らには容易に知られていたようだな。ふっ……今も昔も、もう隠れ里と呼べたものではないが」


 メイアは肩を軽く(すく)め、言葉を続けた。


「とまあ、そんな経緯(けいい)から――得られた情報、または物資を平等に分配するといった条件で、当時の里長が了承した……だが、結果は最悪の一言だった」

「最悪……?」


 咲弥のおうむ返しに、メイアはゆっくり(うなず)いた。


「手始めに、上空での調査が(おも)な任務だったため、里にいた飛竜の半分くらいが、冒険者達も乗せて飛び立った。そして目的地となるアスクレピオスを、多方向から調査に入り――結果、わずか十数分で全飛竜が撃墜(げきつい)された」

「え……」

「魔法、投擲、飛行型の魔物――その理由は、さまざまだ」


 メイアは両手を小さく広げ、小さなため息をついた。


「問題は、そこで終わらない。飛竜は墜落してしまったが、無事に生存した同族や冒険者達がいた。だから今度は、救助任務へと移行したが……また飛び立った飛竜を含め、生存者及び救出隊も全滅した」

「まさか……またばか正直に、上空を飛んだわけ?」


 ネイからの問いに、メイアは首を横に振った。


「いいや……(そば)までは飛んだが、安全地で待機させていた」

「なら、どうして飛竜も全滅なんかしたんだ……?」


 ゼイドが重い声音で質問を飛ばした。

 メイアの黄金色の瞳が、ゼイドのほうへと流れる。


「怪我をした救助者の中に――空白の魔物が(ひそ)んでいた」


 咲弥ははっと息を呑み、ひどく冷たい悪寒が背筋を走る。

 まるでホラー映画の、最後にあるような話だと思えた。

 メイアは腕を組み、少し沈黙してからまた口を開く。


「まあ、それは……遥か大昔の話だ。当時と今では、かなり事情が異なる。そんな事態は二度も起きていない。先人達の犠牲(ぎせい)があればこそ、今があるんだ」


 メイアの発言を(さかい)に、場は静まりかえる。

 咲弥は手元の資料に、視線を落とした。


 想像を超える最悪な危険地帯――そう簡単にはいかない。そもそも遥か大昔からあるのに、いまだに空白の領域として安全が確立されていないのだ。

 魔人ラグリオラスの言葉が、漠然と脳裏(のうり)によみがえる。


『自然的にあらゆる要因が重なり合い、色濃く繋がる場合は多々とある。魔神は世界中のあちこちを、ある一定の法則でさらに色濃く繋いだ。幽界からの限定で』

(まさか、空白の領域って……魔神が繋いだ……点?)


 咲弥の思考が、より深く巡る。

 仮に繋いだ点を空白の領域と仮定した場合、ほかの地域に現れる魔物は――その点を(じく)に拡散された誘発効果、またはブレに近いものなのかもしれない。


 本来なら自然現象に過ぎないはずが、魔神の力で強制的に生じている。ただ点ほど繋がりは色濃くないため、領域外に存在する零級の魔物は数が少ないのだろう。

 実際問題、世界各国に空白の領域は存在している。

 その事実からも、自分の思考が奇妙なくらい()み合った。


 ラグリオラスは言っていた。繋がれた道は(ふさ)げない――

 これまで真実を語り、この部分だけが虚実なのはさすがにおかしいと思える。もし(いつわ)りだったとして、なぜそんな嘘をつくのか理由がまるでわからない。

 ただ、一つ――ラグリオラスはこうも言っていた。


『少なくとも、俺には無理だ』

(じゃあ、僕――神殺しの獣に、なら……?)


 黒白であれば、不可能だとは言い切れない。

 もし魔神の繋いだ道が、精神系統に属するものならば――

 ハクが消滅させられる可能性は、ゼロではないのだ。


 咲弥の胸の奥に、ある思いがじわじわと湧き上がる。

 しばらく続く沈黙を、ネイの疑問が打ち破った。


「あのさ、アスクレピオスへ進入――これって当然、正規の話じゃないわよね?」

「ああ。アスクレピオスに関連した情報のほか、入る許可もすでに得ている。だが、冒険者ギルドのほうからの恩恵は、それ以上にはもうない」


 ネイは石机に(ひじ)をつき、げんなりとしたため息をついた。


「ふぅ……やっぱりね」

「そう。我らのみで、神々の果実を入手するほかない」


 沈黙が場を支配する。

 メイアは神妙な面持ちで、意を決したような声を(はっ)した。


「……ここまで説明しておいてなんだが、改めて問いたい。危険は最上級――やめると言われても、それは仕方がない。冒険者諸君には、関係のない事情だからな」

 メイアの黄金色の瞳が、左から右へゆっくり流れていく。

「安全を優先し、この話はなかったことにしても構わない。仮にやめたとしても、事情を聞いてくれた礼として帝国には送ってやる――どうする?」


 これまで遭遇してきた魔物の大多数が、ただの動物としか思いかねないくらい、空白の領域には危険生物しかいない。

 お抱えの情報屋からも、話だけはよく聞いていた。


 だが実際、それがすぐ目の前にあるともなれば――

 正直なところ、この世の地獄に飛び込むのにも等しい。

 たった一歩を間違えただけで、即座に死へと直結する。


 咲弥は心を落ち着けながら、ゆっくりと悩んだ。

 死への恐怖が、咲弥の心を静かにじわじわと(むしば)んでいく。今まで感じてきた恐怖とは、まるで別ものの感情であった。また、もう一つ――それが、もっとも怖い。


 自分の死以上に、仲間の死という連想が手を震わせた。

 嫌な汗をかき、眩暈(めまい)にも近い不快感を覚える。

 咲弥はある決心を固め、メイアに言い放った。


「……僕には果たさなければならない、使命があります……これは僕にとっても、またとない機会なのかもしれません。ですから、手伝わせてください」


 当然、飛竜の治療が第一ではあった。

 ただ神々の果実を入手する過程で、幽界と繋がった痕跡(こんせき)を発見できるかもしれない。もしも自分の予測が正しければ、実際に目で見て判断したかった。

 ラグリオラスの言葉通り、本当に(ふさ)げないのか――


 とはいえ、これはまだ(おおやけ)にはできない。

 思考の道筋を問われでもしたら、困るほかないからだ。

 まずは自分の目で確かめる。話はそれからのほうがいい。

 メイアは少し不思議そうに、小首を(かし)げて見せた。


「使命?」

「僕は、邪悪な神――魔神を討つといった使命です」

「魔神……? 神の御使いの話に出てくる魔神か?」


 やや裏返った声を発して、メイアは美貌(びぼう)に驚きを(たた)えた。

 咲弥は首を縦に振ってから、軽く事情を伝える。


「空白の領域も、僕の目的の一つでした。魔神の封印場所もまだわかりませんし、いつ復活するのかもわかりません――空白の領域の中かもしれませんし、領域の中を通らなければ行けないような場所なのかもしれません」


 メイアは相槌(あいづち)を打ち、小刻みに(うなず)いた。


「なるほど。つまり空白の領域に怖気(おじけ)づいているようでは、使命を果たせはしない。そう考えているということか……」

「……はい」

「しかしあれは、ただのお伽噺(とぎばなし)か何かではないのか……? 本当に魔神が封じられており、復活なんかするのか?」


 メイアの質問に、咲弥は少し考えてから応えた。


「間違いなく、復活します……十天魔という魔神の配下が、最低でも一体――ほかにももう何体か目覚めているらしく、魔神の復活を目論(もくろ)んでいました」

「十天魔……?」

「神器を(まつ)る神殿でも、一部の人しか知らない存在です」


 メイアは腕を組み、難しそうな顔をして黙った。

 これが、当然の反応ではある。魔神は気が遠くなるほど、遥か大昔の存在なのだ。実際に魔人と遭遇した者か、仲間達以外は信じられないのも無理はない。


 それを証拠に、ネイの故郷で現れた魔人ニギル――当然、訪れた調査班達に話はしたものの、結局は魔物による襲撃と処理された事実もある。

 ただ、その気持ちはわからなくもない。


 魔人の発言に、懐疑的(かいぎてき)な自分と理屈は同じなのだ。

 実際に目で確認しない限りは、理解にまで行きつかない。

 閉口しているメイアから、咲弥は仲間へと視線を移した。


「あ、えっと……皆さんは、ここで待っててください」

「へぁあ……?」


 ネイが間の抜けた声を漏らした。

 目が点となったネイに、咲弥は落ち着いて告げる。


「ネイさんと紅羽は、確かに中級ですが……今回は正規で、空白の領域に挑むわけではありません。僕のわがままで付き合ってもらうには危険過ぎます」

 咲弥は前置きを終え、ネイ達を(さと)しにかかる。

「今回は、僕一人で行きます。もし、僕が戻らなかった場合……アイーシャさんに、代わりに返金しておいてください」


 あまりにも大金すぎて、怖くて使えなかっただけなのだが――実はこれまでの間、アイーシャから送られたお金には、いっさい手をつけていない。

 それは仲間達も、渋々(しぶしぶ)ながらに承知していた。


「ですから……」

「はあ? ばか?」

却下(きゃっか)します」


 ネイと紅羽が、(そろ)って否定の声を上げた。

 咲弥は言葉を(さえぎ)られ、軽くうめく。

 ネイが呆れ顔となり、咲弥へと指を差してきた。


「あんただけとか、普通に考えて絶対に死ぬでしょ」

「咲弥様はエーテルを未習得のため、不安しかありません」

「なんなら、あんたがお留守番している側じゃないの?」

「また少し目を離せば、すぐぼろぼろになるのですから」

「無知なあんた一人じゃ、お話にならないでしょうが」

「物事を冷静にお考えになってから、提案してください」


 ネイも紅羽も――可愛い顔をして、言うことがきつい。

 女性陣から怒涛(どとう)の反感を買い、咲弥は冷や汗をかいた。

 ただ、間違ってはいない。

 そう理解すればこそ、余計に咲弥の胸に突き刺さる。


「当然、私も行く。そもそも、冒険者の到達点の一つだし」

 ネイがため息をつき、次いで紅羽が淡々(たんたん)と言葉を(つむ)いだ。

「私も同行します。宝具と治癒(ちゆ)は必須だと思われますから」


「ちゃんとわかった?」

「ご理解いただけましたか?」


 ネイと紅羽が、声を揃えて咲弥に了承を求めた。

 (うなず)く以外の所作など、許さないといった雰囲気がある。

 メイアが腕を組み、やや得意顔をしながら鼻で笑った。


()()の国の女も……性格が強いな」


 紅羽とネイが特別だと言いかけ、咲弥は言葉を呑み込む。

 オドの訓練次第で、女性が肉体的に男性を圧倒する場合は多々とある。容姿が可憐(かれん)な少女だからといって、か弱いとは決して限らない世界なのだ。


 それ以前に、魔物による影響でいつ死ぬともしれない。

 そのせいか、非戦闘の女性も図太(ずぶと)い性格は多い気がする。

 これまで出会ってきた女性は、ほとんどがそうだった。

 しかし今回ばかりは、簡単には同意できない。


「正直、怖いんです。皆さんの身に、何かあったらと……」

「それは、私達も同じじゃない?」


 ネイはやや呆れた顔を見せ、肩をちょこんと(すく)めた。

 紅羽はこくりと(うなず)く。


「私達には、その気持ちがないとおっしゃるのですか?」

「そうは言ってないよ。でも……」

「俺が力になれるかは、さておき……()()、だろ?」


 静観していたゼイドが、静かな声音で口を(はさ)んだ。

 仲間の気持ちは、痛いくらいにわかる。

 同時に、それを否定する自分もいた。


 心配や不安が、咲弥の心の中で食い違いを起こしている。

 何を言ったところで、確実に反論してくるに違いない。

 咲弥はなかば無理矢理、首を縦に振るしかなかった。


「わかり……ました。でも、無茶はしないでください」

「あんたがそれ言う?」

「そのお言葉、そっくりそのままお返しします」

「はっはっはっ。確かに、そうだ」


 ネイ、紅羽、ゼイドの言葉に、咲弥はまた冷や汗をかく。


「話はまとまったようだな。詳細な作戦は、のちに伝える。それまでの間は各自、体を休めておいてくれ。いずれにしろ――出立は明日になる」


 メイアの提案に、一同は(うなず)いて応えた。

 するとメイアが腕を組み、難しい顔をして小首を(かし)げた。


「ところで……」

「はい……? なんでしょうか?」


 咲弥も首を(ひね)り、メイアに続きを(うなが)した。

 メイアは片目を閉じたあと、横目に咲弥を見つめてくる。


「さきほど出てきたエーテルとは、いったいなんだ?」


 可愛げのあるしぐさをして、メイアは問いかけてきた。

 力強い美貌(びぼう)には似合わず、とても女性らしい一面がある。

 そんな感想を抱きつつ、咲弥は言葉に詰まった。


「あぁ……えぇっと、ですね……」


 それから、しばらくの間――

 興味津々(きょうみしんしん)なメイアに、咲弥は根掘り葉掘り()かれた。

 とはいえ、そう簡単に話せる内容でもない。

 咲弥は必死に、言葉を取り(つくろ)うはめとなった。




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