表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神殺しの獣  作者: Key-No.92
第四章 無数にある分岐点(上)
150/222

第二十二話 一瞬の隙




 もとの世界に戻ろうと、考えなければよかったのか――

 さまざまな感情や想いが、咲弥の心を激しく駆け巡る。

 やがてそれらが混ざり合い、胸に激痛と苦痛をもたらす。

 すべては優柔不断(ゆうじゅうふだん)な自分が、(まね)いた結果ではあった。


 静寂に包まれた場で、咲弥は力なく立ち尽くすほかない。

 視線を落としていた咲弥の耳に、アルベルトの声が届く。


「そうか。恋仲ではないのか……そうだ。君が勝った場合を考えていなかったな」


 アルベルトに視線を向けないまま、咲弥は沈黙する。

 決闘の話しなど、今はしていられるような心境ではない。


 これから紅羽とどう接するか、どんな顔をすればいいのか――答えが出せない問題に、ずっと悩まされている。

 そんな咲弥の心情も知らず、アルベルトは話を進めた。


「こうしないか? もし俺が勝った場合、そのときは紅羽とデートをさせてもらう。もし君が勝った場合、魔神に関する最新の情報を提供する」


 アルベルトの提案に、咲弥は自然と顔をしかめた。

 咲弥は理解不能に思い、再びアルベルトに目を向ける。

 アルベルトは楽な姿勢で述べた。


「まだ完全に把握したわけじゃないが、君は魔神と何かしら因縁(いんねん)があるんだろ? ただ実際、神殿に戻らなければ事情はよくわからない。君から聞かされた話をもとに調査を進め、得られた最新の情報はすべて提供する。それで、どうだ?」


 咲弥は驚きを隠せない。

 一般的な方法では、決して得られそうにない約束だった。

 咲弥はくっとうめき、また視線を地へと()せる。


 アルベルトの真意が、まったく読めない。

 咲弥と紅羽が恋人の関係にないのは、アルベルトもすでに理解を示している。だから、極端な話――咲弥を気にせず、紅羽にデートの交渉を直接すればいいのだ。


 だが、彼はやらない。いまだ決闘に固執(こしつ)していた。

 咲弥からすれば、訳がわからないとしか言いようがない。


「決闘する意味なんか……もう、別にありませんよね?」

「そのほうが、あと(くさ)れはない。だろ?」


 アルベルトの言葉を聞き、咲弥ははっとなった。

 ようやく、アルベルトの意図(いと)を理解する。


 咲弥は紅羽に想いを寄せている――

 咲弥が()めていた恋情を、アルベルトに(さと)られたのだ。

 そうでなければ、そんな言葉が出てくるはずがない。


 咲弥は悩み、迷い、そして葛藤(かっとう)が生じる。

 魔神に関した話は、実際のところ今は別にどうでもいい。咲弥が紅羽へ抱く想いを気づかれたのであれば、もはや決闘自体は()けられないだろう。


 ただこれは、一人で決められるような問題ではない。

 最初から最後まで、銀髪の少女を中心とした話だからだ。

 咲弥はもう、視線を()せたままではいられない。

 無理にでも、紅羽と目を合わせて話し合う必要がある。


(なんで……こんなことに……)


 咲弥は心の底から(なげ)いた。

 少し前は協力関係を結ぼうとした魔人が、突如として現れ――それから今度は、紅羽に一目惚れをした英雄の末裔と、一悶着(ひともんちゃく)が起きている。


 正直ラグリオラスよりも、アルベルトのほうがつらい。

 彼との騒動で、曖昧(あいまい)にしてきた部分が浮き彫りとなった。

 ついそう思いはしたが、咲弥は心の中で否定する。


(違う……全部、僕が(にご)してきたせいなんだ……)


 それは事実だが、簡単に答えが出せる代物でもない。

 たとえ、()()()を選択しようとも――本当の意味で自分の人生すべてをかけ、もしどんな状況に(おちい)ったとしても、受け入れる覚悟を必要とした問題なのだ。


 しかしいつまでも、沈黙状態で考えている場合ではない。

 いい加減、アルベルトに対して応える必要がある。


 咲弥は恐怖を抱えながら、紅羽へと視線を流していく。

 彼女は真顔のまま、じっとこちらの様子を見守っていた。

 咲弥は喉の奥から(しぼ)り出すように、紅羽に問いかける。


「紅羽……どうする……?」

「アルベルトとの決闘で、咲弥様の目的へ近づくのであれば――お引き受けすべきだと、私はそう判断しています」


 紅羽の様子は、普段と変わらない。だが、咲弥は気づく。

 表情は変わらずとも、声にはかすかに表れていた。

 それは仲間達ですら、きっと誰も気づかない。

 咲弥だからこそ察せる、紅羽が漏らした感情であった。


 仲間と(にご)した発言に、紅羽はやはり胸を痛めている。

 毅然(きぜん)と振舞った彼女が、とても切なく感じられた。

 そんな紅羽をしっかりと見据え、咲弥は首を横に振る。


「そうじゃない……紅羽が、かけの対象になってるんだ」

「何も……問題ありません」

「……え?」


 紅羽は一度目を閉じてから、小首を(かし)げながら微笑んだ。

 その(まぶ)しい微笑みに、咲弥の胸がひどく(うず)いた。


「咲弥様は、負けません」


 紅羽の言葉に、そして想いに――咲弥は泣きそうになる。

 実際のところ、彼女の心情は彼女にしかわからなかった。

 心を見抜く力など、咲弥は持っていない。


 それでも、紅羽から(あん)に伝わってきたものがある。

 咲弥を信じている――そんな言葉にはされなかった彼女の想いが、確かに咲弥へしっかりと伝わってきたのだ。

 紅羽が込めた気持ちを、咲弥は涙目ながらに受け取る。


 咲弥はそっと、目を閉じた。

 そのまま深呼吸を、二度、三度と繰り返す。

 心を整えてから、アルベルトへと力強い視線を送った。


「わかりました。あなたからの決闘、お受けします」


 咲弥の言葉に、周囲にいる人々が騒々(そうぞう)しい歓声を上げた。

 咲弥は歩き、アルベルトと適度な距離で対峙(たいじ)する。

 そんな咲弥達の間に、またゼイドが立った。

 ゼイドは苦い顔をしている。彼も複雑な心境なのだろう。


「ああ、それじゃあ――さきほどと、ルールは同じだ」

「了解した」

「わかりました」


 咲弥とアルベルトは、お互いに戦闘態勢を整えた。

 黒白を解放した咲弥は、まっすぐアルベルトを見据える。

 そしてゼイドが、再び決闘の開始を告げた。


「それじゃあ……始め!」


 さまざまな感情を、咲弥はかなぐり捨てる。

 絶対に負けるわけにはいかない。

 自分のため、そして紅羽を奪われないために――

 咲弥は覚悟を決め、アルベルトへと駆けていった。



    ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 ラグリオラスは腕を組み、ゆっくりと壁に背をあずけた。

 騒々(そうぞう)しい声が飛び交う中、男二人が激しく交戦している。

 ラグリオラスは静かに、やや遠目からじっと眺めた。


 決闘をしているのは、神の御使いが選んだ英雄の末裔(まつえい)に、神殺しの獣に選ばれた少年の二人だ。純粋な身体能力だけを見れば、英雄の末裔に少し()がある。

 鍛錬(たんれん)を積み重ねた期間の違いが、肉体によく表れていた。


 ラグリオラスは、ふっと鼻で笑う。

 あの時代を生きた英雄達が、現世の子孫を見ればいったいどう思うのか、少し想像してみたからだ。おそらくはひどく(なげ)き悲しみ、深く絶望するに違いない。


 まさか血筋を絶やさないために、子孫達が家畜(かちく)にも等しい扱いを受けているなど、夢にすら思っていなかっただろう。

 魔神や十天魔の復活が周知の事実となれば、きっと英雄の血族は(ふる)い立つ。


 周囲に持て(はや)され、英雄の末裔として――それが、ただの()()()()のものだとも知らずに、戦いに明け暮れ、そうして()()()()()人々の記憶に残る死を迎える。

 あの頃も、たとえどの時代も、人類は何一つ変わらない。


 神々が施した洗脳は、今もなお蔓延(まんえん)しているのだ。そんな神々を疑うことすらもなく、崇拝(すうはい)している人類もまた憐れな生物ではある。

 もちろんすべての人類が、そういうわけでもない。


 遠くに()る神より、身近な何かを大事(だいじ)にする者もいる。

 その一人だと思われるのが、英雄の末裔と闘う少年だ。

 天上の神々を憎み、殲滅(せんめつ)しようとした()()()()神殺しの獣――遥か遠い過去に存在していた破壊神に、どういうわけか少年は()れ込まれている。


 少年が扱う異能は、神殺しの獣が神々から奪い取った力の名残(なごり)と見て間違いない。ただ神殺しの獣が()い殺して奪った力は、一つや二つではないはずだった。

 長い時の流れで、失ってしまった可能性は(いな)めない。


 あるいは、まだ覚醒(かくせい)していない場合も考えられる。

 魔神を(ほうむ)るほどの力が、彼の中でまだ眠っている――

 ラグリオラスは(ひそ)かに、その可能性に期待していた。


 正直、今の少年では使い物にならない。十天魔どころか、幽界からやってきた上位種にですら苦戦、または虐殺される程度の力しか持てていない様子だった。

 ニギルを殺せたのは、神殺しの獣による恩恵が大きい。

 それは少年も、痛感しているとは思われる。


 だから存在を知ったあとも、ラグリオラスは少年を自由に泳がせた。どこかで野垂(のた)()ねば、それはもう仕方がない。所詮(しょせん)はその程度だったと諦められた。

 だが、そうはならない。ラグリオラスは確信していた。

 なぜならば、神殺しの獣が選んだほどの少年なのだ。


 そもそも十天魔の一体として、表向きにはラグリオラスもやらなければならないことは多い。また自分が抱いた目的を果たすために動く必要もある。

 そんな事情もあったが、(おおむ)ね想定通りに事は運んでいる。


 しかしまさか、こんなところで接触するはめになるとは、ラグリオラスにも予想外ではあった。薄々(うすうす)感づいているが、本当に(いびつ)な存在だと思うほかない。

 少年の存在は、ラグリオラスから見ても不可思議なのだ。


 今現在、銀髪の少女を巡っての決闘が(おこな)われている。

 ラグリオラスに言わせれば、()()()()()でしかない。

 英雄の末裔が少女と結ばれる未来は、絶対にないからだ。


 この世のすべてを見通せるほどの力など、ラグリオラスは当然もっていない。

 それは運命を(つかさど)る神ですら、同様に不可能ではあった。

 ただ人同士の(つな)がり程度なら、ラグリオラスにも見える。


 英雄の末裔と少女の繋がりは、かなり希薄(きはく)なものだった。

 反対に神殺しの獣を宿した少年とは、それこそ存在自体を呑み込む勢いで繋がっている。少女の運命に噛みつく形で、少年が自分に繋ぎ留めていた。


 二人の(えん)が、ただ深い。そんな単純な話ではなかった。

 とてもよく似た類似現象を、ラグリオラスは知っている。

 だから察せる点は、一つしかなかった――本来であれば、決して起こり得るはずのない、(いびつ)な運命へと変化した状態を意味しているのだ。


 これはあまりに異常であり、おかしい話でもある。少年はこの世界に()りながら、なぜ在るのかが不明な生物なのだ。

 少年がいなければ、少女はここに存在すらしていない。

 だから英雄の末裔と、すれ違うこともなかった。


 しかし現に、少女を巡って決闘している。

 そしてゆっくり、まるで浸食でもするかのように、英雄の末裔に定められた運命を、少年は変えつつあった。繋がれば繋がるほど、歪な運命へと変えていく。

 それはもはや、運命の破壊者と呼ぶに相応しい。


 神々や魔には、確かに運命を破壊できる存在はいる。だが実際は、それすらも()()()()()()()()()()()に過ぎないと、ラグリオラスはそう考えていた。

 つまりどんな存在も、本当の意味で運命は変えられない。


 しかし少年は、意図的(いとてき)かどうか平然とやってのけている。

 人の身でありながらも、神々をも超える何かがあるのだ。

 最初はただ、ニギルを殺せる存在が現世にはいる――

 そんな興味本位でしかない。


 だからニギルが消滅した地点へと(おもむ)き、砕かれたニギルの残滓(ざんし)を寄せ集め、そこに眠る事情を復元して覗き見たのだ。

 神殺しの獣を宿しているのも、精霊を使役できるのも――

 すべては、そこから得られた情報の欠片(かけら)程度に過ぎない。


 少年の結果は、のちのちでも観察できる。

 ラグリオラスはそう思い、まずは十天魔の責務(せきむ)を急いだ。

 そんなとき、少年とそっくりな人物を偶然にも発見する。

 いい機会だと踏み、相棒と呼んでいる者と接触した。


 そこから少年と相棒の類似性が、少しずつ見えてくる。

 そして次第に、これが()()()()()()に仕組まれたものだとはっきりした。運命の破壊者が、どうやら現世には十天魔と同じ数だけ存在しているらしい。

 より深く、より激しく、ラグリオラスは静かに歓喜(かんき)した。


 真の目的は推し量れないものの、そのお陰で顕界(げんかい)幽界(ゆうかい)もすべてが大きく揺れ動く。その隙に乗じて、ラグリオラスは目的を果たせる可能性が高まるのだ。

 手始めに邪魔となる、十天魔を殲滅(せんめつ)しておきたい。


 次に魔神を殺し、ようやく天上の神々に死をばら()ける。

 ただ目的を果たしたあとは、大いなる存在――この()()()()()()る天上の神々よりも、遥か遠い場所に存在している()()()()にも会ってみたい。


 漠然とだが、(おのれ)の存在意義を確かめられる気がしたのだ。

 ラグリオラスは、ふっと鼻で笑う。

 それよりも先に、果たさなければならない目的がある。


(そのためには、神殺しの獣――君ももっと頑張ってくれ。言っただろう? 俺は目的を果たすためなら、たとえ小数点以下であったとしても、可能性を高めたい)


 英雄の末裔と、いい感じに戦いは続いている。

 二戦目とあってか、少年のほうは少し苦しそうだ。


 頃合いを見計らい、ラグリオラスは動く。

 ラグリオラスは少年に向け、その存在感を軽く放った。

 絶対に誰も気づかない。少年のみに向けたものだ。


 戦いのさなか、少年の視線がラグリオラスへ流れてくる。

 その顔は、その目は、驚愕と恐怖に染まっていく。

 ラグリオラスは少年に、口もとに(たた)えた笑みを送った。

 その一瞬の隙が、少年にとっては命取りになる。


 ラグリオラスはそっと、その場から離れていく。

 ただ一人――少年は()()と、行動をともにしているのだ。

 視認される前に離れなければ、面倒な事態になるだろう。


 当時はそんな怪物がごろごろといたものだが――現世では本当に少なくなってしまった。おそらく神々の仕業(しわざ)に加え、(おろ)かな人類による導きのせいでもある。

 これに関しては、ラグリオラスも予想外でしかなかった。


 なににしても、決闘の結果はもう見なくても構わない。

 少年が見せた一瞬の隙を、英雄の末裔が突いて終わる。

 決闘場が静まりかえるのを察知しながら、ラグリオラスは心の中で微笑んだ。


(運命をいじれるのは、別に君達だけの特殊能力ではない。君にはいずれ、別の災厄が降りかかりそうだが、払い除け、這い上がって来い。そのとき君は、もっと強くなれる。まあしかし……そこで途絶えるようであれば、所詮はその程度の存在だったと諦めよう――また会おう、神殺しの獣)


 数だけ(そろ)えても、質が(ともわ)わなければ一吹きで消し飛ぶ。

 のちに(ひか)えた大戦では、そういった戦いとなる。


 ラグリオラスは闇に溶け込み、次の目的地へと向かった。

 これから少年がどう動くか、もう予測はついている。


(魔神の復活は難渋(なんじゅう)させておき、ついでに十天魔達の動きも(とど)めておくか……相棒のほうは怒りそうだが、対処法を少し授ければ落ち着くか)


 一つ間違えば、自分が消滅させられる危険性がある。

 それでも、ラグリオラスは迷わなかった。

 何千年、何万年、たとえどれほどの時が流れ去ろうと――

 荒れ狂った激しい憎悪は、今もなお決して消えない。


 ラグリオラスは、もとは(まが)(かみ)と呼ばれていた。

 神々からの迫害(はくがい)を受けながらも、たった一体――

 ラグリオラスは思考をとめ、代わりに覚悟を胸に宿す。


(天上の神々に、必ず死の災厄を(もたら)してやる)


 その殺意はあまりに荒々(あらあら)しく、(しず)まることは絶対にない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ