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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第四章 無数にある分岐点(上)
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第二十話 複雑な心境を抱え




「咲弥様……咲弥様?」


 紅羽の呼び声が聞こえ、咲弥ははっと我に返る。

 隣の席に座っている紅羽が、どこか不思議そうに紅い瞳で見据えてきていた。


 咲弥達は大人の雰囲気が漂う、酒場ティアラに来ている。

 酒場といっても、いつも利用している酒場とは訳が違う。ここは歌と音楽に耳を(かたむ)けながら、お酒や食事を楽しむ大人向けのレストランともいえる場所だった。


 店の奥に低い舞台があり、その上できっちりと正装をした者達が複数の楽器を奏でている。時折、演奏者の前に誰かが立って歌っていた。

 そんなお店を訪れる者は、気品に溢れた大人しかいない。


 清楚感のある格好の紅羽は別だが、咲弥にネイとゼイドは明らかに場違い感がある。正直それを抜きにしたとしても、居心地はあまりよくないと感じられた。

 咲弥には早い。そもそも、お酒は飲まない性分(しょうぶん)なのだ。


「ここの料理、口に合わなかったかな?」


 対面の席にいるアルベルトが、不安げな表情を見せた。

 白いお皿の上に、芸術的なくらい綺麗に盛られた料理は、どれも味の質は高めであった。まず目と鼻で楽しんでから、少量ずつ舌で味わっていく。


 不味(まず)いわけがない。

 しかし野宿以上に、満足感がないのもまた事実だった。

 コース料理の形式は、もとの世界からも馴染(なじ)みはない。

 だからマナーに加え、食べ方もよくわからなかった。


 もっとがっつける食事のほうが、どうやら自分の性分には合っている。そんな理由から、あまりにも綺麗に整い過ぎた料理は、少し味気なさが際立(きわだ)ったのだろう。

 とはいえ、これ以上の失礼はできない。

 咲弥は気を取り直してから、アルベルトに視線を送った。


「すみません。料理は本当に、とても美味しかったです……でも、こういった雰囲気のお店は初めてでしたので、かなり緊張しています」


 咲弥は、そう言い訳しておいた。

 嘘ではない。だがそこには、別の事情がもう一つある。


 魔人からの接触が、咲弥の心を人知れず(むしば)んでいた。

 酒場の雰囲気に気後れした事実は、確かに(いな)めない。ただ魔人の存在が咲弥の精神状態に、少なからずよくない影響を及ぼしているのも間違いではなかった。


「そうか……俺も最初は、そうだったかもしれない。もっと気楽な店を選べばよかったね。気が利かなくて、すまない」

「いいえ! 貴重な経験をさせてもらい、感謝しています」


 表情を曇らせたアルベルトに、咲弥は(あわ)てて取り(つくろ)う。

 沈黙がお互いを行き来する。かなり気まずい。

 そんなさなか、別のテーブル席から爽快な大声が飛んだ。


「おっしゃあぁあっ! 次の酒、持ってこぉおおおいっ!」

「ちょっ! ネイちゃん! シィー! シィイイーッ!」

「叫ばれたくなきゃ、どんどん持ってこんかぁあああい!」

「ネェーイィーちゃん!」


 場に馴染むという感性を、ネイは持っていないらしい。

 陽気な青年エルヴィンが、ひどく慌てふためいていた。

 ネイ達と同じ席のゼイドとキースは、どちらも渋い表情で沈黙している。


「な、なんか……すみません……」


 ネイに代わり、咲弥はアルベルトに謝罪しておいた。

 アルベルトは苦い表情を浮かべ、ネイ側を眺めている。


「気には入って……くれている、みたいだね」

 アルベルトは苦笑してから、紅羽へと端整な顔を向けた。

「君は、どう?」


 問われた紅羽が、真顔でこくりと(うなず)いた。


「問題ありません」

「……えぇっと、美味しかった?」

「はい。とても上品な味わいでした。定められた順に従って味を楽しみ、お腹を満たしていく料理――私は、そう感想を抱きました」


 アルベルトはどこか、ほっと安堵(あんど)した顔を見せた。

 紅羽は小食ではないが、大食いでもない。自分のペースで淡々(たんたん)と食事をする彼女には、確かにコース料理は合っている気がした。

 料理が運ばれて来る間隔に加え、量もほどよい。


「そうか。気に入ってくれてよかった」

「はい」


 視線を据え合う二人を眺め、咲弥は漠然と思った。


(美男美女同士だから、なんだか映えるな……)


 咲弥は少しばかり、胸の奥がちくりと痛んだ。

 場違い過ぎる自分は、きっと傍目(はため)からは異物でしかない。

 勝手な想像が(ふく)らみ、そして勝手に嫌な気持ちが湧く。


 咲弥は自分自身に呆れ果て、心の中でため息をついた。

 別世界で生まれ育った異物よりは、少なくとも同じ世界で生まれ育った者同士、合うのは至極まっとうな話ではある。

 また彼みたいに、綺麗な容姿をもっているわけでもない。


 自己分析すればするほど、心がじんじんと痛み続けた。

 誰にも知られない程度に、咲弥は首を小さく横に振る。

 自己嫌悪が強まる前に、思考を無理矢理打ち切った。

 咲弥は心を落ち着かせてから、アルベルトに声をかける。


「あの……」

「ん?」

「実は、少し……小耳に(はさ)んだ話なんですが……」

「うん。どうしたの?」

「アルベルトさんって、リフィア様が神器を授けた方の子孫……本当ですか?」


 アルベルトが、はっとした顔を見せた。

 表情の移り変わりからも、咲弥は間違いないと断定する。


「あっ……さ、さすが、冒険者だ。情報が早いな」

「いいえ……たまたま、ただの偶然ですから」


 やはりアルベルトは、英雄となった者の末裔(まつえい)らしい。

 それはつまり、魔人の言葉に信憑性を高めさせる結果へと繋がっていた。ラグリオラスはきっと、嘘をついていない。

 どの情報に関しても、おそらくは事実を語っていたのだ。


「でも……いったいどこで、そんな話を?」

「……荷物を宿へ運ぶときに、町の人達の会話から、です」


 咲弥は言葉を少し(にご)した。紅羽への言い訳も含んでいる。

 あまり変に嘘をつきたくはないが、魔人から聞いたなどと言えるはずもない。仲間には――特にネイには、魔人の話を知られるわけにはいかなかった。


 今の咲弥達では、たとえ全員で戦っても勝てる未来が思い描けない。だがもし彼女が知れば、それでもラグリオラスを討つために無茶をするだろう。

 ネイを想えばこそ、今は黙っていたほうがいい気がした。


 またそれと同じくらい、不信感を抱かれるのが怖い。

 ラグリオラスと邂逅(かいこう)して間もない頃、仲間の誰かが魔人と繋がっている可能性を模索した。しかし理由はどうであれ、実際に繋がったのは疑った咲弥本人だ。

 さまざまな感情が混ざり合い、気分が深く沈んでいく。


 どうするのが正解なのか、何もわからなくなる。

 そんな咲弥をよそに、アルベルトは小刻みに(うなず)いた。


「あぁ……どこかで俺を見かけた人が、そう噂していたのか……なるほど。確かに俺は、神器を(まつ)る神殿で生まれ育った――英雄の血族の一人だ」

「神殿……単刀直入に、お(うかが)いしてもいいでしょうか?」

「ああ。俺に答えられる範囲でならね」

「魔神の封印は……今、どうなっているんですか?」


 アルベルトが言葉に詰まった様子を見せる。

 小首を(かし)げ、アルベルトは気まずそうな声を発した。


「どう、って……なにがだ?」

「魔神の封印は、もう(ほころ)んでいますよね?」

「えっ? そんな……」


 アルベルトは目に見えて戸惑っていた。


「何かの、冗談……? そんな話、聞いたことがない」

「え……?」

「魔神に関しては神殿でも、お偉方(えらがた)管轄(かんかつ)になるが……もし封印が綻んだとなれば、伝わってこないはずがない。だから、何かの間違いじゃないのか?」


 咲弥は驚愕すると同時に、つい顔をしかめた。

 心臓が(いびつ)な鼓動を始め、呼吸が少しばかり乱れる。

 浮かぶ疑問を追及するため、咲弥は別の問いで攻めた。


「――十天魔は、ご存じですか?」

「驚いた……ごく一部の者しか、知らないはずの名称だ」

「十天魔はもう、何体か目覚めていますよね?」


 アルベルトは微妙な面持ちで、軽く苦笑を漏らした。


「まさか……そんな最悪な事実、聞いたことがない」

「え……?」


 極秘事項のため話せないのかと、咲弥は勘繰(かんぐ)っていた。

 だがどうやら、そういうわけでもない様子にうかがえる。

 いったい何がどうなっているのか、さっぱりわからない。


(少なくとも、ニギルに……ラグリオラスは目覚めている)


 神殿側がそれを、認識していないとは到底考えられない。

 咲弥が調べた情報によれば、魔神の封印を徹底的なまでに管理しているのは、三つの神器を(まつ)った神殿なのだ。魔神の配下となる十天魔も、同様だと思われる。


 アルベルトには、何も話が伝わっていないのだろうか――英雄の末裔とはいえ、本当に何も知らないのであれば、今はもう神殿の関係者ではないのかもしれない。

 咲弥からすれば、そう疑わざるを得ない心境であった。


「アルベルトさんは今も、神殿の関係者……ですよね?」


 アルベルトの表情が、少しばかり(けわ)しくなる。

 これはさすがに、失言以外の何物でもない。

 自然と漏れた言葉を(たしな)めながら、咲弥は(あわ)てて言い(つくろ)う。


「すみません……ですが、魔神の配下は最低でも、一体……目覚めていました」

「ははは……そんなの、絶対にありえないな」

「事実です。十天魔の一体を、咲弥様が討ちましたから」


 紅羽の補足を聞き、アルベルトは静かな驚愕を顔に表す。

 咲弥は近くの席にいるネイを気遣い、声を(ひそ)めて告げる。


「あれは人を魔物に変える……最悪な存在でした」

「ちょ、ちょっと待ってくれ……」


 アルベルトは難しい顔をして、腕を組んでから沈黙する。

 咲弥はじっとアルベルトを眺め、彼の言葉を待ち続けた。


「本当にそんな話は聞いたことがない。いくら神殿にとって()()な俺だったとしても、もしそんな事態になれば、絶対に伝わってこないわけがないんだ」

「不要……?」


 咲弥は(いぶか)しく思い、その点を問いかけた。

 アルベルトはやや顔を曇らせる。

 そして静かな声音で、アルベルトは内情を簡潔に語った。


 その内容に、咲弥はとても微妙な心境を抱える。

 神殿の事情や情報は、冒険者ギルドでも情報規制、または知られていない部分が多い。十天魔がそうであったように、いくら調べても出てこないのだ。

 だから英雄の末裔からの話に、ひどく衝撃を受ける。


(血筋を……絶やさないために、か)


 あらかた語り終えたのか、場に沈黙が落ちた。

 アルベルトは微笑をもって肩を(すく)め、(おだ)やかな声を(つむ)ぐ。


「本家と縁遠(えんどお)いとはいえ、それでも……もしも本当に魔神の封印が(ほころ)んだ――あるいは、十天魔が目覚めたともなれば、俺の存在価値はもう少しだけ上がっている。兄姉(けいし)達よりは、俺のほうが武芸に(ひい)でていると自負(じふ)しているからな」


 事情は理解した。しかし、()せない点は多くある。

 なぜ復活に関しての情報が(とぼ)しいのか、何もわからない。

 咲弥が問う前に、アルベルトは言葉を続けた。


「神殿がある地域には、神殿騎士達の努力もあって、魔物がまったくいない。ここの島と同じで、安全そのものなんだ。だから十天魔が復活しているなんて事実があれば、それこそ大混乱する事態に(おちい)っている」

「でも、現に――十天魔は復活していました」


 咲弥はありのままの事実を突きつけた。

 アルベルトの顔は渋い。


「……本当にそれは、十天魔で間違いないのか?」

「え……?」

「十天魔の名を語った何か……と、いうわけではなく?」


 咲弥は言葉に詰まった。断言までは、当然できない。

 リフィアがいた時代に、生きていたわけではないからだ。 


 とはいえ、魔人は明らかに異質な存在で間違いない。

 だから十天魔の名を語るだけの存在だとは、到底思えない――それはあくまで、たんに咲弥側の感想でしかなかった。


 明確な根拠など、今は示せるすべはない。

 咲弥は何も言葉を返せないでいた。


「おいっ! しゃくあ!」


 ネイがいきなり、後ろから咲弥に(おお)いかぶさってきた。

 ネイの柔らかな胸の感触が背後から伝わり、途端の照れが咲弥に生じる。


 咲弥は激しく戸惑い、間近にあるネイの顔を二度見した。

 とろんとした目をしている。顔も真っ赤に染まっていた。

 呂律(ろれつ)も回っていなかったうえに、かなりお酒臭い。


「ちょ……ネ、ネイさん……!」

「あんね……ちょっろ、おもれにでらさい」


 表に出ろと言っているらしい。

 理解するまでに、少しばかり時間を要した。

 酔っ払い特有の嫌な(から)みに、咲弥は自然とため息が出る。

 ネイは咲弥の肩に腕を乗せ、親指をクイッと差した。


「あれろらいけつしれ、らまらせてこんらい」

「え……?」


 これは何を言っているのか、さっぱりとわからない。

 なぜ通じないのか――ネイはそう言いたげな様子を見せ、不満顔で(にら)んできた。


「ららかってこいってころ!」

「いや、あの……本気で、何を言ってるのか……?」

「ネイちゃんがデートしたいなら、君と決闘で勝てってさ」


 ネイに好意がある様子のエルヴィンが、事情を明かした。

 咲弥はぎょっとする。


「なっ……どうして、僕なんですか……」

「あんら、わらしのにおつおちれしょ! やっれろい!」

「えぇえ……」


 咲弥は、頭を抱え込みたい気分に(おちい)る。

 だいたいの事情は把握した。だが、さすがに都合(つごう)が悪い。

 それでなくとも、ラグリオラスの件が尾を引いている。


「君が断るなら、俺の不戦勝ってなるけど……?」


 エルヴィンが片目を細め、不敵な笑みを見せつけてくる。

 咲弥の頬を、ネイが両手でがっしりと包み込んだ。


「あんら……負けらら、こおすかんね?」


 顔を至近距離まで詰め寄らせ、ネイがじっと(にら)みつけた。

 それほど嫌ならば、きちんとお断りすればいい――そんな思いが口から出かけたものの、ぐっと心の中へ押し込める。

 酔っ払い状態では、何を言っても無駄に違いない。


「いくあよ!」


 ネイが離れ、店の出入り口のほうへ千鳥足で向かう。

 なかば諦めの境地に達しながら、咲弥はまず悩んだ。


 魔神に関した大事な話の途中だが、正直これ以上の情報は期待できそうにない。アルベルトのほか、神殿側でも魔人の存在は本当に把握していない可能性がある。

 ある意味では、貴重な情報が手に入れられた。


 神殿側では、魔神関連に沈黙している――

 この事実は、のちに深く考える必要があるだろう。

 ラグリオラスの言葉が、ふと咲弥の脳裏(のうり)によみがえった。


『リフィアが神器を渡した奴の末裔だが、あれは憐れとしか言いようがない』


 魔神や十天魔の気配に、まったく気づけていない――

 そんな意味が、言葉の裏には含まれていたのだと思えた。

 咲弥は内心、かなりのショックを受ける。


 神殿では魔神関連の情報が、大量に眠っている――勝手にそう思っていた。だが神殿の関係者となる、英雄の末裔との会話から考えを根底から改めさせられる。

 実際問題、笑えない話でしかない。


 当然といえば当然なのかもしれないが、()()()()()よりも()()()()()のほうが、遥かに有意義な情報を(にぎ)っている。

 そんな事実を、ひどく痛感させられた。


「咲弥様……?」


 また紅羽の呼び声で、咲弥は我に返った。

 紅羽が小首を(かし)げ、じっと見据えてきている。

 咲弥が気を取り直すや、ネイから怒号(どごう)が飛んできた。


「らにしてんの! はあくこんかい!」


 出入口の付近には、ゼイドとエルヴィン達もいる。

 咲弥は自然と苦笑が漏れ、椅子から立ち上がった。

 すると紅羽とアルベルトも、同時に席を離れる。

 さまざまな心境を抱え、咲弥は紅羽達とネイを追った。




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