表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神殺しの獣  作者: Key-No.92
第四章 無数にある分岐点(上)
146/222

第十八話 悪しき接触




 夕方に差しかかる前に、サンライト号は島へと到着した。

 ただ船乗り達の仕事は、まだ終わらない。船に積んでいた貨物を搬出(はんしゅつ)したのち、今度は島の港に保管されていた貨物を搬入(はんにゅう)する作業に取りかかるようだ。

 すべての作業が終わるのは、夜の零時を回るらしい。


 島としか聞いていなかったため、もっと長閑(のどか)そうな風景を勝手に想像していた。

 しかしそんな予想とは異なり、視線を巡らせるほどに島は(さか)えている。石やレンガ造りの建物が多く建ち並んでおり、街灯のある歩道もきちんと舗装されていた。


 綺麗な宿屋は外観と同様、内装のほうもかなり満足のいく造りをしている。それこそ、ホテルを彷彿(ほうふつ)とさせるくらい、整った施設であった。

 本日はそんな宿で、咲弥達は一晩を明かすことになる。


 目的の港町への出航は、明日の朝九時頃だと聞かされた。

 だからそれまでは、この島の港町に留まるしかない。


「――というわけで、今日は買い出しに行きましょうか」


 元気になったネイが、両手をぱちんと重ね合わせた。

 すでに荷物は宿に預けており、誰もが身軽な状態となって広場に集合している。

 咲弥は首を(ひね)り、ネイに問いかけた。


「何かたりないものでも、あるんですか?」

「女の子ってのはね、常備しておく物が何かと多いのよ」


 ネイは呆れた面持ちで、胸の前で手を小さく広げた。

 理由は呑み込めなかったが、咲弥は曖昧(あいまい)(うなず)くしかない。

 両手を前で組んだ紅羽が、真顔で口を開いた。


「調味料類が、いくつか切れそうです。特に、お塩です」

「あぁん……なんにでも使っちゃうやつは、やっぱり減りが早いわね。わかった。それも(あわ)せて、補充しちゃいましょ」


 ネイが応じたあと、ゼイドが渋い声を(つむ)いだ。


「必要な物ならいいが、あれもこれもと買うなよ?」

「ただでさえ、荷物は多いですからね……」


 男性陣からの愚痴(ぐち)に、ネイは大袈裟(おおげさ)なため息をついた。


「まったく……うちの男どもは(なさ)けない」

「なら半分、持ってくれても構わないぞ?」

「さぁ! しゅっぱぁーつ!」


 ゼイドの発言を無視して、ネイは陽気に歩き始めた。

 ネイの背後を(にら)んだゼイドが、咲弥へと顔を向けてくる。

 ゼイドは呆れ顔で小首を(かし)げながら、右肩だけを(すく)めた。

 やれやれと言いたげな彼に、咲弥は苦笑するしかない。


「行くか……」

「はい……」


 それから咲弥達は、いろいろな店を巡った。

 この島自体には、資源となるものはほとんどないらしい。それでも多くの店が立ち並び、多種類の品々が扱えるのには相応の訳があった。


 地図上では小さくとも、実際はかなり広い。そんな島には主要となる港町が全部で四つあり、船の向かう先がそれぞれ大きく異なる。

 つまり島全体が、重要な中継地として機能しているのだ。


 さらに、もう一つ――最高の利点が、この島にはある。

 海の魔物に気をつける必要はあるものの、島の中自体には魔物がほぼいない。野生動物ならそれなりにいるそうだが、人に危害を加える動物ではないと聞いた。


 そんなさまざまな理由から、島の中はどこも(さか)えており、中には隠居生活の場として住みつく者もいるらしい。

 確かに道行く人は、殺伐とした世界とは無縁そうに思える者ばかりであった。


(危険を考える必要がないって、なんだか久々だなぁ……)


 もとの世界ではそれが普通で、また当然のことであった。

 自分の適応能力の高さに、改めて驚かされる。あるいは、住めば(みやこ)というように、人はそこに()るしかないとなれば、誰でもそうなるのかもしれない。


 ただ本来の平穏(へいおん)を知っているからか、島内にある安全が、咲弥にはとても貴重なものだと感じられた。こんな機会は、滅多(めった)にないだろう。

 だから仲間とのショッピングを、咲弥は心から楽しんだ。


 しかし次第に、荷物の量がどんどんとやばくなってくる。

 ネイも紅羽も楽しんでいるだけに、強くは言い出せない。


「よぉし! お次は、あの店に行きましょ」


 ネイが指を差した方角は、お酒が並べられた店であった。

 咲弥は苦い眼差しで、ネイに(うった)える。だが、ネイは満面の笑みを見せつけ、気づかない振りをした様子だった。

 先を行くネイとゼイドを見つめ、咲弥はため息が漏れる。


「あれ……? 君達は……」


 不意に、近くで男の声が飛んだ。

 自分ではないと思いながらも、咲弥は男の声を振り返る。

 するとそこには、サンライト号で見た三人の男がいた。

 高貴(こうき)な印象を(かも)した男が、咲弥のほうへ歩み寄ってくる。


「船で見た君達の戦い――正直、驚きの連続だった」

「あぁ……えぇっと……」


 咲弥は少しばかり対応に困った。

 名を聞いた記憶はあるものの、まったく思いだせない。

 それに気づいたのか、気品のある男があっと声を上げた。


「申し訳ない。自己紹介が遅れたね。俺は、アル――」

「こいつはアルベルト。そんで俺がエルヴィンで、そっちのでかぶつはキースだ。よろしく!」


 アルベルトの言葉を(さえぎ)り、代わりにエルヴィンが告げた。

 陽気な彼とは違い、堅物(かたぶつ)そうなキースが不満を口にする。


「おいおい……でかぶつなんて紹介があるかよ」

「事実じゃん。ねぇ、アル?」

「ははは……」


 アルベルトは(しぶ)い面持ちで、苦笑を漏らした。

 微妙な空気感のなか、咲弥も紹介を始める。


「えっと……僕は咲弥です。そして、こちらは紅羽です」

「初めまして」


 アルベルトは挨拶しながら、にっこりと微笑んだ。

 エルヴィンが、アルベルトの胸をぽんぽんと叩く。


「君達の船での活躍、本当に凄かったよ。でもね、実は――ある意味、こいつもなかなか負けちゃあいないんだぜ?」

「お、おい……」


 アルベルトは、軽くうろたえていた。

 咲弥は小首を(かし)げ、感想を伝える。


「オドの流れが綺麗ですから、お強そうだと思います」

「まあそれもそうだが、血統的な意味で……だな」


 キースは不敵な笑みを浮かべ、そう訂正してきた。

 王族か貴族か、やはり雰囲気通り高貴(こうき)な存在なのだろう。

 どう対応すればいいのか、咲弥は激しく悩んだ。

 すると先を進んだネイ達が、(きびす)を返して戻ってくる。


「なあに、あんた達……ナンパァ?」


 咲弥の肩に腕をかけ、ネイが呆れ気味に()いた。

 その態度に、咲弥は焦る。


「ネ、ネイさん……なんか、身分の高い人達みたいですよ」

「ふぅん……まあ、そんな雰囲気はあるかも?」


 ネイにとっては、どうでもいいらしい。

 エルヴィンが途端に、目を輝かせながら声を漏らした。


「これは……凄く、美人なお嬢さんだ」

「あ、えっと……こちらの二人も、冒険者仲間のネイさんとゼイドさんです」

「冒険者……」


 やや驚いた面持ちで、アルベルトがそう(つぶや)く。

 咲弥はゆっくりと(うなず)いた。


「はい。僕達、レイストリア王国の冒険者なんです」

「レイストリア……ああ。レイストリアか」


 咲弥と紅羽を、アルベルトは交互に見ている様子だった。

 そのさなか、エルヴィンはネイをまじまじと眺めている。


 実はこういった展開は、これまでもちょくちょくあった。

 美人過ぎるのも大変だと、咲弥は胸中でこっそりと思う。

 ついにエルヴィンが、意を決したような声を(つむ)いだ。


「あの……お嬢さん。彼氏は?」

「別にいないわよ。私よりも弱い男には興味がないからね」

「それはだいたい、どのくらいの強さがあれば合格?」

「零級の魔物を、一人で討伐できるぐらい」


 ネイは即座に、きっぱりと言い放った。

 エルヴィンは苦い顔をして、大きくうな垂れる。

 キースが豪快に笑い飛ばした。


「そんな奴、そうそういないぜ」

「あと初対面で、人の交際関係を()かない人――かな?」


 ネイが嫌味(いやみ)たらしく言い、いたずらっぽく笑う。

 咲弥は内心、はらはらとしていた。

 咲弥は小声で、ネイを止めておく。


「あ、あの……ネイさん? 高貴なお方達ですよ」

「いや、それは冗談だ。俺達は別に、そんなんじゃあない」


 苦笑気味に断言してから、アルベルトは話を進めた。


「実はこれから、この島にいる知人に会いに行くんだが……もし時間があるなら、またあとで会えないか?」

「えっ……時間、なら……別にありますが……」


 アルベルトの唐突(とうとつ)な誘いに戸惑い、咲弥は曖昧(あいまい)に応えた。

 会って何がしたいのか、いまひとつよくわからない。

 咲弥が問う前に、アルベルトが内情を語った。


「宝具所持者と、お近づきになれる機会は滅多(めった)にないから。そちらの彼女からも、いろいろとお話を伺ってみたい」


 アルベルトの碧眼(へきがん)が、紅羽のほうへと向く。

 視線を据えられた紅羽は、ただ黙って前を向いていた。

 確かに宝具所持者は、珍しい存在ではある。

 漠然と理由を呑み込み、咲弥はこくりと(うなず)いた。


「僕達でよければ……」

「お酒でも(おご)ってくれるなら、貸してやってもいいわよ?」


 ネイが目を細め、にやにやと笑っていた。

 アルベルトは肩を(すく)める。


「わかった。それぐらいなら、なんでもないさ」

 ネイの条件を受け入れ、アルベルトは虚空を見上げた。

「それじゃあ、今から……そうだな、二時間後くらいか……ここの大通りを北に進めば、ティアラという店があるんだ。そこで、先に待っていてくれないか」


 時間的には、晩飯の頃合いではある。

 咲弥が返事をする前に、ネイが疑問を(てい)した。


「好きに注文しても、構わないのよね?」

「ああ。先に食事を始めてくれていても問題ない」

「いいわ。それじゃあ、約束通りこの子達を貸してあげる」


 咲弥は苦笑しながら、ネイをじっと(にら)む。

 ため息をつきたい気分だったが、もう話は(まと)まったのだ。

 アルベルトはどこか安心顔で、軽く微笑む。


「それじゃあ、またあとで……」

「はい。わかりました」


 咲弥が了承するや、エルヴィンが声を飛ばした。


「それじゃあ、ネイちゃん。またあとでね!」

「えぇえ……あんたは別に、いらないんだけれど」

「美人に(にら)まれるのも、なかなか悪くないね!」

「おい。遅れるから行くぞ」


 エルヴィンの(えり)(つか)み、キースが引っ張った。

 そうして、アルベルト達はどんどんと遠ざかる。

 見送っているなか、ゼイドがぼそりと言った。


「結局、誰だったんだ?」

「さ、さぁ……どうなんですかね?」


 咲弥が曖昧(あいまい)に言葉を返すと、ネイがからからと笑った。


「タダ飯が食えるんなら、誰でもいいんじゃない?」

「オメェはもっと、危機感を持つべきだと思うぞ」


 ゼイドの小言に、咲弥も内心で同意する。

 ネイは悪びれた様子もなく、お気楽な声を(つむ)いだ。


「あんたらがいるんだから、何も問題ないでしょ」

「……んで、お前は好き勝手する。と?」

「そのとぉおり!」


 これにはゼイドを含め、咲弥もため息が漏れる。

 ネイはくすりと笑い、右腕を高く(かか)げた。


「それじゃあ、買い物の続きでもしましょうか」

「つっても……もう結構、荷物がぱんぱんになってきたぜ」

「うぅん……確かに」


 咲弥はやれやれと思いながら、(うな)るネイに提案した。


「僕が一度、荷物を宿に持って帰りましょうか?」

「おお、それはいい案ね」


 手伝う気はなさそうなネイが、子供っぽく笑った。

 (そば)にいる紅羽が、咲弥の(そで)をくいっと引っ張ってくる。


「私も、お手伝いします」

「いや、いいよ。すぐ戻ってくるから、みんなと待ってて」


 紅羽は真顔のまま、少ししてからこくりと(うなず)いた。


「了解しました」

「それじゃあ、荷物持ち君! 宿まで頼んだぞ!」

「あ、ああ……はい……」


 咲弥は渋々(しぶしぶ)と伝わるように、ネイに了承しておいた。

 ゼイドが手にしていた荷物を、咲弥は受け取る。もとから持っていた荷物と合わせるや、想像以上に重たくなった。

 大型のリュックに、全部詰め込めるのか心配になる。


「それでは……皆さんはこの辺りで、待っててください」

「おう。荷物、頼んだぜ」

「はい」


 ゼイドに応じてから、咲弥は宿の方角を目指して歩いた。

 街路樹のある歩道を、咲弥は進みながらに周囲を眺める。


 発光石が仕込まれているのであろう街灯が、等間隔に立ち並んでいる。そのため夜が訪れてもなお、港町では明るさを(たも)っていた。

 王都と同じく、この時間帯でも人の数はとても多い。


 ここにいる人達は、だいたいがラフな格好をしている。

 夜でも少し暑いため、男は半袖や半ズボンが目立つ。

 女性はワンピース系の、薄い生地をした者ばかりだった。


 だから咲弥みたいな格好は、よそ者だとすぐにわかる。

 この世界を訪れてまだ間もない頃は、服装の違いで旅人か現地の住人かなど見分けられなかった。そのときの記憶が、咲弥の脳裏(のうり)にぼんやりとよみがえる。


(あの頃は学生服に、かなりだめ出しされたっけ……)


 散々(さんざん)な評価を、各ギルドから受けた記憶があった。

 あの頃に比べれば、だいぶ成長した気がする。


 知識も、戦闘面も、何もかも――

 それなのに、邪悪な神へと近づけているのかわからない。

 空白の領域にですら、まだ一度も入ったことがなかった。


 あとどれくらい、時間を(つい)やせばいいのか――

 ()いたところで、いい結果など生むはずがない。

 ただ実感が得られないのは、不安と苦しさが胸に募る。


「はぁ……」


 我知らず、咲弥はため息が漏れた。ふと潮の匂いを()ぐ。

 ここは海から、結構離れた距離にあるはずだった。

 そこで咲弥は、衝撃的な事実を知る。


「……あっ! 行き過ぎた!」


 曲がらなければならない場所を、咲弥は直進していた。

 別の意味でため息が漏れ、すぐさま(きびす)を返す。

 そして、大通りにある十字路の手前――

 建物同士の隙間と思える細道から、不意に男の声が飛ぶ。


「やあ。こんばんは」

「え? あっ……こんば……」


 咲弥は言葉に詰まった。

 確信があったわけではない。だが、本能が警告を発する。

 挨拶してきたのは、明らかに人と呼ばれる存在ではない。


 漆黒の眼球に、深紅の瞳を持つ――性別は男になるのか、とても中性的な容貌(ようぼう)をしている。そして肌は異常に青白く、そのせいか少し病弱そうな印象を受けた。

 咲弥は瞬時に、魔人(まびと)ニギルの姿が脳裏に浮かぶ。


 しかしニギルとは違い、悪魔的な要素が欠落していた。

 黒い角も翼もない。だが、悪魔的な気配が漂っている。

 たとえ姿形(すがたかたち)が異なろうとも、魔人なのは間違いない。

 混乱を必死に抑え込み、咲弥は即座に――


「落ち着いてくれ。俺は敵じゃない。こっちにおいで」


 (おだ)やかな口調で言い、黒髪を総髪(そうはつ)にした魔人が動く。

 咲弥はとっさに、制止の声を張り上げた。


「ま、待て!」


 魔人は聞き入れない。

 どんどん薄暗い路地の奥へと進んだ。

 咲弥はくっとうめき、(あわ)てて追いかける。


 ほんの少し先で、魔人は急に立ち止まった。

 総髪の黒髪を()でるようにかき上げてから、目の前にいる悪しき存在は腕を組んだ。そのまま壁にそっと背をあずけ、まるで待ち人を待つ姿勢となる。


 咲弥は一定の距離を(たも)ち、荷物を地へと落とした。

 念のため紋様を浮かべ、臨戦態勢を整えておく。

 魔人はまったく動じず、落ち着き払った声音で言った。


「俺はラグリオラス――初めまして。()()()()()

「……っ!」


 神殺しの獣に関しては、仲間の三人にしか話していない。なぜラグリオラスが知っているのかわからず、じわりとした恐怖に心臓の鼓動が速まる。

 咲弥の脳裏(のうり)に、さまざまな疑問が駆け巡った。


(誰かが魔人と()()()()いる……? 絶対ありえない……)


 一瞬の疑いはかき消し、透視や未知の力のほうを疑う。

 この神秘的な世界では、それでもなんら不思議ではない。

 ラグリオラスは片手を軽く振り、(おだ)やかな口調で述べた。


「本当は、まだ接触する予定じゃなかったんだ。でもまあ、なんとも奇妙な(えん)か……ついでに顔合わせでもしておこうと思ってね」

「ついで……? いったい、何が目的なんだ?」


 咲弥の声は強張(こわば)っていた。しっかりと自覚している。

 (しび)れるような緊張感に、全身から嫌な汗をかいた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ