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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第四章 無数にある分岐点(上)
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第十話 暗躍する影




 馬車二台を使って進み、約二時間――

 咲弥達は今現在、街道外れにある山の中にいた。

 オリヴィアが腰に両手を置き、周辺を眺めながらに喋る。


「確か場所は、この辺りだったか?」

「情報では、そうみたいだな」


 オリヴィアの御付(おつ)きの一人、金髪のベティナルが答えた。

 襲われた形跡のありそうな場所を、咲弥も視線で探る。


 街道とは異なるが、ここにも道らしき道はある。昔はこの古道が盛んに使われていた様子なのだが、今となってはもう完全に荒れ果てていた。

 そのため、途中からは徒歩に切り替えている。


 実際に訪れてみれば、やや()に落ちない点が浮く。

 地図を見た限りでは、この古道を通る必要性は特にない。

 確かに、近道にはなる。だが咲弥達が途中まで使っていた街道を進めば、それで何も問題はないはずだった。

 何か理由があったのか――ふと妙な気配を感じ取る。


(ん……なんだか……)

「咲弥様」


 紅羽も何か察知したらしい。

 咲弥は、紅羽を振り返った。


「あ、やっぱり……?」

「はい」


 紅羽が言うのなら、間違いはないのだろう。

 咲弥は右手付近に、空色の紋様を描いた。


「おいで、黒白(こくびゃく)


 紋様が砕け、両腕に黒白の籠手(こて)が装着した状態で現れる。

 それに感嘆(かんたん)の声を上げたのは、青髪のリックスだった。


「おお……! マジもんの宝具っすよ!」

「気をつけてください。周囲に複数体、何かがいます」


 咲弥の忠告に、オリヴィア達の顔に緊張が宿った。

 鬱蒼(うっそう)とした山側の森から、草をかき分ける音が響き渡る。

 咲弥が籠手を解放すると同時に、紅羽が弓を構えた。

 オリヴィア達もまた、戦闘態勢に入る。


 やや(あわ)てながら、オリヴィアが腰から細剣(さいけん)を抜いた。

 拳鍔(けんつば)()めたリックスは、どうやら拳闘士らしい。そしてベティナルが湾刀(わんとう)を手に移動していく。男達二人は即座に、オリヴィアを護る陣形を整えていた。


 そんな三人をさらに護るかたちで、咲弥と紅羽が(はさ)む。

 草むらをかき分け、複数の黒い影が道に飛び出てくる。


「なんだ、こいつら……石?」


 石の肌に、ところどころ赤い毛が生えた大型犬――(けわ)しい鬼っぽい顔立ちに加え、ずんぐりむっくりとした体形から、どこか狛犬(こまいぬ)を連想する。

 鈍重(どんじゅう)そうに見えて、なかなか素早そうであった。


「岩石獣デボラ……?」


 咲弥の耳に、リックスの(つぶや)きが届く。

 途端にデボラが地団駄(じだんだ)を踏み、鳴き声を上げた。


「アウォオオオーン」


 呼応するかのように、あちこちから泣き声が飛び交った。

 まず紅羽が、光の矢を放つ。

 途中で枝分かれした光の矢が、複数体のデボラを射抜く。


 想像したよりは、そこまでの強度はない様子であった。

 咲弥は分析しながら、向かいくるデボラを迎え撃つ。

 黒爪(こくそう)を横に(そろ)え、手刀で首を狙った。


(ごめんね)


 咲弥は心の中で(とむら)い、デボラの首を()ねる。

 肌は石に近い硬さだが、体内まで石というわけではない。

 黒爪であれば、充分に対処が可能な強度であった。


 咲弥は森側を警戒したまま、前方のデボラを警戒する。

 咲弥の背後は、紅羽が対処してくれるだろう。


 だから安心して、前方に集中できる。

 デボラが並び走ってきた。咲弥は、この好機を(のが)さない。

 黒手(こくしゅ)を大きく、真横に伸ばした。


「黒爪空裂(からさ)き」


 オドを込めた黒爪を()ぎ、虚空を強烈に断裂する。

 その衝撃が飛ぶ斬撃へと変わり、デボラを一気に討った。

 視界に生きたデボラはいない。気配もまた、なかった。

 咲弥は即座に、周囲に視線を滑らせる。


「ははは……さっすが」


 紅羽側のデボラは、もうすべて息絶えていた。

 咲弥側よりも、明らかに数が多い。

 そして山側の森にある気配が、どんどんと遠退(とおの)いていく。

 危険だと判断して、どうやら逃げている様子だった。


「ふぅ……」


 咲弥は、つい安堵(あんど)のため息が漏れる。

 見た目はともあれ、そこまで危険な魔物ではなかった。


「ふん。なかなかやるな。だが、うちの船員も(おと)ってない」


 細剣を収めながら、オリヴィアが言った。

 リックスとベティナルが、ひどく(しぶ)い表情を見せる。


「いや、国際大会の優勝者達っすよ」

「俺ら二人とは、明らかに次元が違う」

(なさ)けないこと言うな!」


 オリヴィアの叱咤(しった)に、男二人は同時に肩を(すく)めた。

 そんな中、紅羽がすたすたと歩み寄ってくる。


「咲弥様。ご無事ですか?」

「あ、うん。それは問題ないんだけど……」


 一段落つき、やはり何かがおかしいと感じる。

 こうした魔物が現れるのは、別に不思議な話ではない。

 だからこそ、感知力の鋭い迅馬が大事(だいじ)にされているのだ。


(逆に、どうやったら魔物に襲われるんだ?)


 咲弥は、そこが引っかかった。


「あのさ……」


 不意に、ベティナルが声をかけてきた。

 咲弥は首を(ひね)って応える。


「あ、はい?」

「少し思ったんだが、もしかしてデボラを知らないのか?」

「え? ええ。どういった魔物なんですか?」

「魔物というか――こいつらは本来、ただの番犬なんだ」


 咲弥はつい、眉をひそめる。

 ベティナルが簡潔に説明した。


「迅馬と同じ人懐(ひとなつ)っこい生き物で、(あるじ)の命令には逆らわない忠実な番犬さ」

「こんな数、俺は初めて見たっすけど」


 リックスは言いながら、青髪に指を通した。

 咲弥はやっと、不可解な謎が解けた気がする。


「じゃあ、荷馬車を襲ったのは……」

「人――盗賊ということになります」


 咲弥の途切れた言葉を、紅羽が補足した。

 迅馬の危険感知も、完璧ではない。魔物という危険生物は察知しても、悪意を持った人や弱い生物には利かないのだ。

 ベティナルが腕を組み、ため息をついた。


「おそらくデボラに襲わせて、積荷を奪ったんだろうな」

「もしかしたら、この付近に賊のアジトがあるかもっすね」

「昨日の今日のことだ。まだちゃんとあればいいが……」


 不安げな男達の背後に、姿勢を崩したオリヴィアが立つ。


「ならば、急ぐぞ」


 (いさ)ましい声音で、オリヴィアがそう(うなが)した。

 咲弥は心の内側で、こっそりと重いため息をつく。


 魔物だけではなく、人も相手にしなければならない。

 また別の意味で、厄介(やっかい)な展開だと思える。

 戦々恐々(せんせんきょうきょう)としている咲弥に、紅羽が問いかけてきた。


「デボラが逃げた方角を、まずは当たってみますか?」

「そうだね。それで間違いはなさそうかな」

「よし。行こう」


 ベティナルの言葉に(うなず)き、咲弥達は森へ足を踏み入れた。

 古道とは違い、自然に溢れた森の中はひどく視界が悪い。

 何が(ひそ)んでいても、おかしくはない雰囲気がある。

 あちこちに気を張り巡らせ、索敵(さくてき)しながら進むほかない。


 幸いこちらには、察知能力の高い紅羽がいる。

 そこにだけは、ほっと安堵(あんど)できた。


「皆さん。離れないよう、気をつけてください」

「了解っす!」


 リックスが二本の指を立て、額からすっと離した。

 気さくな人だと思いながら、咲弥は微笑(びしょう)をもって応える。

 道とは呼べない場所を、咲弥達はひたすら進み続けた。


 足場は悪く、傾斜(けいしゃ)もかなりある。かなり歩きづらい。

 次第にオリヴィア達の表情が、(けわ)しいものになってくる。

 船乗り達に山は、確かに(きび)しい環境に違いない。

 不意に、紅羽が声を発した。


「咲弥様。前方に、複数の気配があります」


 咲弥に緊張が走る。オリヴィア達の顔も硬い。

 そのまま、慎重に音を殺して前を行く。


 少しして、妙な景色が広がった。それぞれ、木陰に(ひそ)む。

 斜めに(かたむ)いた地に、まるで突き刺さったかのように木造の建物があった。どこか(とりで)みたいな雰囲気を(かも)している。

 大階段の先に、男が二人――抜いた剣を手にしていた。


(デボラから、もうこちらの存在はバレてるっぽいな)


 ただ、あまり察知能力は高くなさそうであった。

 まだ先にあるとはいえ、位置までは気づかれていない。


(まあ、でも……紅羽やネイさんが、特殊なだけか……)


 内心で苦笑してから、咲弥は紅羽に顔を向けた。


「あの二人以外に、まだ気配はありそう?」

「建物の周辺にはありません。ですが、中にならあります。おそらくは、数名――四、五名程度だと思われます」


 紅羽の言葉を聞き、咲弥は砦のほうを改めて観察する。

 砦の周囲には、木の杭で造られた防壁(ぼうへき)が多数あった。

 これは魔物、または襲撃者対策だと思われる。複数の罠が仕掛けられている可能性はあるが、中から攻撃ができそうな場所はどこにも見当たらない。


 門番の様子を見る限り、誰かが来ると警戒はされている。

 だから強行突破は、あまりいい方法だとは思えなかった。

 正直この場合での対処が、咲弥には上手く思い描けない。


 ネイがいれば、きっと――咲弥は、はっとなる。

 彼女の立場になり、言いそうな策を考えてみた。


(きっと……ネイさんなら……)


 咲弥は再び、紅羽を向いた。


「僕が(おとり)になっている間に、あの二人を無力化できる?」

「はい。可能です」


 紅羽の紅い瞳を見つめながら、咲弥は小刻(こきざ)みに(うなず)いた。


「じゃあ、北側から二人の注意を引くから、紅羽は南側から攻めてくれる?」

「了解しました」

「皆さんは、ここで待っててください」


 オリヴィア達が、鷹揚(おうよう)に首を縦に振った。

 咲弥と紅羽は、お互いに顔を見合わせてから行動に移る。


 素早く北側に移動を終え、咲弥は少し様子をうかがった。

 おそらくは、待つ必要などどこにもない。紅羽であれば、咲弥よりも早く位置に着き、待機をしているだろう。だが、万全(ばんぜん)()しておきたい。


(まずは、門番二人の注意を引きつける)


 そこであちら側も、必ず動かざるを得ない状況になる。

 咲弥は、(のど)が焼けつくような緊張感を覚えた。

 自分で考えた作戦だが、上手くいく保障などない。

 それでも――


「よしっ」


 咲弥はわざと音を立てながら、草むらから飛び出る。

 黒白を解放すると同時に、門番二人の顔が振り向いた。

 大階段を駆け下り、男二人が咲弥を向いて剣を構える。


「へっ! まさか一人で攻めてくるたぁな! ばかが!」

「デボラの様子が、おかしいと思っ――ぐはっ」


 それはまさに、あっという間の出来事であった。

 男二人の背後に(すさ)まじい速さで迫った紅羽が、喋っていた男の首に蹴りを放つ。もう片方の男の顔が驚愕に染まるや、紅羽の足裏が頬にめり込んだ。


 頬を蹴られた男が吹き飛び、砦の大階段へと激突する。

 すると重い足音とともに、砦の扉が強く開いた。

 同時に、紅羽の右手付近に純白の紋様が描かれる。


「光の紋章第四節、白熱の波動」


 紅羽の右手から、砦の大扉に向かって閃光が放たれた。

 純白の光芒(こうぼう)が飛び出てきた男達を呑み込み、轟音(ごうおん)を立てて激しい爆風をまき散らす。()げた大扉が弾け、大階段を転げ回っている。


 咲弥はただただ、そんな光景を漠然と眺めていた。

 むしろ、それ以外に何もしようがない。


(……えぇえ……)


 明らかに、想定していた出来事ではない。

 もっと隠密的な展開を、ぼんやりと想像していたのだ。

 これでは、強行突破とさほど変わりない気がする。

 しんと静まりかえる中、紅羽が軽快に歩み寄ってくる。


無事(ぶじ)、無力化いたしました」

「ああ……えっと……」


 咲弥はふと、大扉があったほうへ目を向けた。

 どうやら、男達は完全に気絶しているらしい。

 少ししてから、前に立つ紅羽へ視線を戻した。


「……ちょっと、強引じゃ……ない?」

「そうですか?」


 紅羽は真顔だが、どこかきょとんとした雰囲気を(かも)した。

 小首を(かし)げ、紅い瞳をまっすぐに向けてくる。


「いっそ、まとめて始末したほうが早いかと思われます」

「ああ……うん……そうだね。うん。間違いないよ」


 咲弥はなかば諦めながら、紅羽に同意を示しておいた。

 思い返せば、彼女は前々からそうだった気がする。清楚(せいそ)で神々しい見た目にそぐわず、横紙破りのところがあるのだ。それを、つい失念していたのは否めない。


「いやぁ……凄いっす。ほぼ一撃っすね」


 やや唖然とした顔で、歩み寄りながらリックスが言った。

 オリヴィアとベティナルは沈黙したまま、歩きながら(とりで)のほうを見ている。

 咲弥は苦笑で応えてから、ふと気づく。

 三人が両手に、太めのツタを丸めて持っていた。


「そのツタ……どうしたんですか?」

「ん? 君達が頑張ってくれている間に、(そば)にあった樹から採ってきたんだ。ツタで縛るだけじゃ安心はできないが……まあ、ないよりはマシだろ?」


 ベティナルの説明中、リックスが賊の男を身体検査した。

 かなり念入りに調べており、口の中まで探っている。

 おそらく、隠した刃物がないか見ているようだ。


 ただオドを(みだ)す拘束具ではないため、本当に気休め程度の処置には違いない。ただ、そのままにしておくよりはいい。咲弥は素直に、ありがたい気持ちが湧く。

 機転を利かしてくれた三人に、咲弥はお礼を告げる。


「ありがとうございます」

「これぐらい、なぁんも、問題ないっす!」


 リックスが採取したツタで、男を縛りつけながら言った。

 見た感じからも、かなり手際がいい。おそらくは、荷物が崩れないための結び方だと思える。誰かが切るか、紋章術で抜け出さない限り、ほどくのは困難だろう。


 オリヴィアが、縛った男の前でしゃがみ込んだ。

 咲弥は茫然と眺める。そして、はっとさせられた。

 それはもはや、顔面拘束具ともいえる。

 確かにこの猿轡(さるぐつわ)であれば、紋章術は使えそうにない。


(そうか……だから、口の中まで調べてたのか)


 口の中に刃物、または()み切られないか調べていたのだ。

 この世界を訪れ、もう結構長くなる。

 だがこんな方法で縛るなど、咲弥は初めて目にした。

 かなり久々に、生きてきた世界が違うのだと実感する。


「さて、目的の品を回収しようか」


 立ち上がったオリヴィアが、ぱんぱんと手払いした。

 咲弥は気を取り直して、冷静に告げる。


「待ってください。まだ砦の中に賊がいるか、もしくは罠があるかもしれません」

「それはそうだ。充分に警戒しておいてくれ」

「え? あ、はい」


 まずは紅羽と二人で――そう思ったのだが、オリヴィアの言葉に、咲弥はつい同意を示してしまった。とはいえ、何が起こるかわからない。

 それならば、まだ(そば)にいてくれたほうが安心感は持てる。


「それでは、後ろにいてくださいね」

「了解っす!」


 (さわ)やかに青髪をかき上げながら、リックスが応えた。

 ベティナルが腕を組み、オリヴィアへと視線を投げる。


「船長は、俺らの前だぞ」

「わかっている! いちいちうるさい奴だ」


 少し憤慨気味(ふんがいぎみ)で、オリヴィアは頬を(ふく)らませる。

 ベティナルはばつが悪そうに、やれやれと肩を(すく)めた。

 まず咲弥と紅羽を先頭に、砦の大階段を上がる。


 その道中――

 階段にめり込んだ男も、最初の男と同様に縛られた。

 大扉のあった付近で倒れている男達もまた、一気にツタで雁字搦(がんじがら)めにされる。


 船乗りだからか、本当に縄の扱いにたけていた。

 真似をしろと言われても、正直できそうにはない。

 ネイやゼイドとは、また違った心強さを感じる。


 咲弥はそんな三人を見てから、砦の中へと視線を移した。

 想像以上に、広い空間が広がっている。

 ふと、何か妙な違和感を覚えた。


「紅羽、何か変な感じがしない?」

「いいえ。特には――罠らしきものも見当たりません」


 確かに、そういった雰囲気はない。

 なぜ違和感があるのか、その正体が(つか)めそうになかった。

 また咲弥と紅羽を先頭に、砦の内部へと足を進める。

 だだっ広い空間には、生活品から何からと(そろ)っていた。


 少しきついくらい、木の香りが充満している。

 どうやら建てられてから、まだ間もないらしい。

 どこから調べればいいのか――

 そのとき、咲弥の視線が一か所に(とど)まった。




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