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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第四章 無数にある分岐点(上)
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第九話 港町ヴィチット




 ガルス族ジークの別邸から、馬車で四時間程度――

 咲弥達は目的の港町、ヴィチットへと辿(たど)り着いていた。

 借りた迅馬(じんば)厩舎(きゅうしゃ)に預け、今現在は船着き場に来ている。


 ここは陸から海の上にまで、人の活動領域が伸びていた。聞いた話によれば、海に生える特殊な樹木で土台が造られ、そこに通路や建物などが建設されている。

 そのため船着き場もまた、海の上に設置されていたのだ。


「おしいねぇ……昨日なら、夜の便もあったんだが……」


 大柄な船乗りの男が、残念そうに肩を(すく)めた。

 ネイの顔は(しぶ)い。そして、(うな)るようにうめいた。


「えぇえ……じゃあ、次はいつになるわけ?」

「そうだねぇ……北にあるパンレン行きなら……」


 船乗りの男が、大きく指を差した。

 そこには、大型の立派な船が停泊している。


 ここにある船はどれもこれも、やや特殊な形をしていた。

 木造や鉄製の船と種類はさまざまなのだが、そのすべてに謎の歯車みたいな物が取りつけられている。それはまるで、機械仕掛けを彷彿(ほうふつ)とさせる外装であった。


「たぶんだけど、あそこの船が明日の早朝に出ると聞いた。人を乗せてくれるかはわからないが、そこは船長か副船長と交渉してみればいいよ」

「はぁあ……明日かぁ……」


 (つぶや)くネイの隣にいるゼイドが、船員に問いかけた。


「パンレンまでは、だいたいどれぐらいかかるんだ?」

「大抵は一つの島を経由するから、明後日の夜くらいだ」

「だいたい……二日、くらい……ですね……」


 咲弥は苦い思いを抱え、自然と声が漏れた。

 王都を()ってから、今はもう四日目の昼頃となる。

 間に合うのかどうか、咲弥の胸に際限なく不安が(つの)った。

 ネイが腕を組み、ため息まじりに述べる。


「かなりぎりぎりになるわ。港町パンレンまでで六日目の夜――七日目の朝に迅馬で移動になるから、最寄りの飛行船のある町には、十日目の夕方頃に到着。かな」

「そこから飛行船を乗り継ぎするから、だいたい三日ぐらいかかるんだよな?」

「ええ。十日目の夜に飛行船に乗れれば、余りは一日ね――無理なら次の日に飛行船で、指定の二週間目って感じかな。アクシデントが何もなければ、だけどね?」


 ゼイドに伝えたあと、ネイが片目を細めて(にら)んできた。

 咲弥はなんとも言えず、苦笑で誤魔化しておく。

 最悪の場合、指定の二週間目に到着となる計算だった。


(絶対、アイーシャさんに何か言われそうだなぁ……)


 本来は、今日か明日に帝国へと到着している予定だった。

 ロイに頼んだ返信から、アイーシャもそう判断していると思われる。それがまさか、二週間目に到着するなど、確実に怒鳴られるに違いない。


 それはそれで、重い気分にさせる展開ではある。

 ただ最初の事故に関しては、個人が(ふせ)げるものではない。

 ロイに返信を頼みはしたが、咲弥は念のため、そのときにアイーシャの通信機IDを手に入れている。だからこちらの事情は、事故のあった日に伝えていた。


 しかしアイーシャからの返答は、いまだにいっさいない。

 メッセージを見て、おそらく自己完結しているのだろう。

 今さらどうしようもないが、咲弥はだめもとで()いた。


「ほかに、早く行ける方法は――」

「ない。これが、最短」


 咲弥の言葉を(さえぎ)り、ネイは断言した。

 渋い顔を作って見せ、咲弥は無言の了承を示す。

 ゼイドが腕を組み、諦め半分といった声を(つむ)いだ。


「まあ、(あわ)てたところでどうしようもないさ。今日一日は、ここでゆっくりだな」

「……そうですね」


 咲弥は小刻(こきざ)みに(うなず)き、ゼイドに同意する。

 船乗りの男が、気さくに笑った。


「方針は決まったみたいだね。じゃあ、俺は仕事に戻るよ」

「親切に教えてくださって、ありがとうございました」


 咲弥がお礼を告げると、満足そうに男はどこかへと去る。

 ネイが途端に、思いだしたような声を上げた。


「あっ! 港町なら、何かいいお酒あるかも!」

 ネイが陽気に、数歩先へ進んでから振り返った。

「ちょっと行ってくらぁ! 宿の手配、よろしく! 当然、風呂付きだぜ!」


 ゼイドが(あわ)てて、右手を前に伸ばした。


「いやっ……おい!」

「あと、船の手配も頼んだ! ほな!」


 ネイはゼイドの制止を振り切り、軽快な足取りで進んだ。

 ゼイドが深いため息をつく。


「やれやれ。うちのお姫様はずいぶんと気楽だな」

「ははは……そうですね」

「でも、せっかくの別大陸だ。息抜きには丁度いいか」


 言いながらに、ゼイドがひょいっと大荷物を二つ(かつ)いだ。


「え?」

「宿の手配は俺がしておく。咲弥は船の手配のほうを頼む。それが済んだあとは、どこかのんびり散歩でもしていいぞ」

「いや、僕も一緒に手伝いますよ」

「宿の手配ぐらい、なんでもないさ」


 負い目を感じるが、ゼイドの好意を無駄にはしたくない。

 咲弥は少し悩んでから、首をゆっくりと縦に振る。


「すみません。よろしくお願いします」

「おう。宿が決まったら、通信機に場所を入れておくぜ」

「ありがとうございます」


 咲弥が礼を告げるや、ゼイドが颯爽(さっそう)と歩いた。

 ゼイドは振り向かないまま、背後に手を振る。


「あんま危ないことには、首を突っ込まないようにな」


 おそらくは、お節介(せっかい)に関して言っているに違いない。

 ゼイドの忠告に、咲弥はつい苦笑が漏れた。


「はい……」


 ゼイドの背後に、咲弥は了承の言葉を投げる。

 それから、銀髪の少女へ視線を移した。

 木の柵に手をあずけ、じっと遠くのほうを見つめている。


 ここは海の上だからなのか、時折強い風が吹く。

 陽光を受けて輝く銀髪が、ふわりと広がった。

 どこか神秘的な美しさに、咲弥は茫然と見惚(みほ)れる。

 視線に気づいたらしく、紅羽の綺麗に整った顔が向いた。


「咲弥様。もう移動されますか?」


 はっと我に返り、咲弥はまず照れ笑いで応えた。

 紅羽の隣に並び、彼女と同様に柵の上に手を乗せる。


「そうだね……でも、ちょっとのんびりしてから行こうか」


 波の音が響く港町の風景を、ぼんやりと眺めた。


「海の上に建物があるのは、とても不思議な感じがします」

「こんなの、僕も初めて見たよ」

「世界には、まだ私の知らないことで溢れています」

「うん。僕もそうだ」


 顔だけ振り返ったのがわかり、咲弥も紅羽を向いた。

 印象的な紅い瞳を見ていると、途端に紅羽が微笑む。


「これからも世界中を、一緒に見て回ってくれますか?」


 咲弥が閉口したのには、それこそいろいろな理由がある。ただ一番の原因をあげれば、紅羽の純粋なまでの微笑みに、つい目を奪われたからであった。

 それはなかば、無意識での発言だったのかもしれない。


「あ……う、うん。もちろん。一緒に、世界中を回ろう」


 紅羽は一度目を閉じてから、また前を向き直った。

 だめだと頭で理解していても、実際の行動には移れない。紅羽のどこか(うれ)しそうな横顔を見ると、どうしても(くも)らせた表情にさせたくないと思ってしまうのだ。

 答えの出せない問題が、咲弥の胸をぎゅっと絞めつける。


 この世界を訪れ、彼女と巡り会い――

 とても卑怯(ひきょう)で、凄く怖がりで、事なかれ主義だったのだとよくわかった。自分をきっちり分析できても、それでだめな部分を変えられるわけでもない。


 願いを叶える瞬間まで、きっと悩み続けているのだろう。

 同じ問題を、延々(えんえん)と――あるいは――

 どこかの船から、不意に汽笛(きてき)らしき音が鳴り響いた。

 咲弥は、はっと我に返る。気を取り直し、紅羽を向いた。


「さて、船の手配をしに行こうか」

「了解しました」


 紅羽はいつも通りの真顔で、こくりと(うなず)いた。

 まずは、船長か副船長を探す必要がある。教えてもらった船にまで行けば、きっとなんらかの情報は手に入るだろう。

 咲弥は紅羽と並んで歩き、大型船のある場所を目指した。


 進むたびに、板のほうから(きし)んだ音が響き渡る。

 ただ、足場が崩れそうな不安は特に感じられない。ここは非常に重そうな木箱を運ぶ迅馬が、頻繁(ひんぱん)に行き交っていた。かなり頑丈に、土台が造られている。


 そんな木造の船着き場には、船員の服に身を包む筋肉質な男の姿が多く見られた。屈強(くっきょう)な男達に交じって、勝気そうな容姿をした女達の姿もちらほらとある。

 ふと――あまり似つかわしくない雰囲気を漂わせた女が、咲弥の視界に入った。


 長く綺麗な黒髪をした彼女は、どこか正統派美少女とでも呼べそうな見た目をしている。しかし着ている服は、どこか船員らしさのある意匠をしていた。

 無理して船員の格好をしている。そんな印象を抱いた。


 ただ紋章者らしく、(まと)うオドはわりと綺麗に流れている。

 そんな女が筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)な男達を従え、荒々(あらあら)しい声を張った。


「なぜ、もっと早くに言わないんだ!」


 見た目にはそぐわない言葉遣いだと思えた。

 対面している腰の低そうな男が、頬をハンカチで拭う。


「それが……自分も、今しがた耳にしまして……」

「まったく……お前らは、まともに連携すら取れないのか」

「いやはや……ごもっともです……」

「どう落とし前をつけるつもりだ」

「どう……と、申されましても……」

「自分のケツは自分で拭く。そんな道理も知らないのか?」

「咲弥様?」


 咲弥は我に返り、そして気づいた。

 いつの間にか足を止め、揉め事を眺めていたらしい。

 紅羽が小首を(かし)げ、じっと見据えてきている。


「あ、いや……」


 紅羽はすっと両手を前のほうで組み、静かに目を閉じた。

 仕方がない――そう言わんばかりの顔へと変化する。


「咲弥様といると、退屈しません」


 ため息まじりの声を聞き、咲弥は苦笑するほかない。

 咲弥はいたたまれない気持ちを抱え、また視線を戻した。


「なんのために、事前に伝達したと思っているんだ!」

「……いや、しかし……」

「しかしもかかしもない!」


 女は怒号(どごう)を放ち、男をキッと(にら)みつけた。


「あれがなきゃ、パンレンまでもつ余力がないんだ」

「……あぁ……はい……」


 女の言葉を聞き、咲弥はピクリと反応する。

 まさかとは思いつつも、しかし否定などできない。

 咲弥は歩み寄り、怒りに満ちた女を前にした。


「あ、あの……すみません」

「ん? なんだ?」

「パンレンって……明日、出向予定の……ですか?」


 機嫌の悪い女は腕を組み、怪訝(けげん)そうに小首を(かし)げた。


「その予定だったが、出航は無理だろうな。忌避機(きひき)の燃料を積んだ馬車が魔物に襲われたらしく、このド阿呆(あほう)がきちんと仕入れていなかったんだ」


 魔物と聞き、咲弥は漠然と事情を(さと)った。

 忌避機がどんな代物なのかよくわからないものの、これも魔物の活発化による被害に間違いはない。こうした事例は、王都のほうでもちょくちょくある話だった。


 腰が低い男へ、咲弥は目を向ける。

 冷や汗たっぷりで、女の様子をうかがい続けていた。


「どこで襲われたんですか?」

「なんだ……? あんた、何者だ?」


 咲弥は女のほうを向いた。


「あっ……僕、冒険者の咲弥って言います。実は、ちょっと他人事ではなくて……今ちょうど、パンレン行きの船に乗る手続きをしに船へ向かっていました」

「冒険者……?」


 女が片目を細め、咲弥の顔を覗き込んできた。


「ふんっ。そういうことか。私がそのサンライト号の船長、オリヴィアだ」


 咲弥は少し、内心で驚かされる。

 まさかこの身なりで、船長だとは夢にも思わなかった。

 オリヴィアは黒髪を後ろへ払い、渋い顔をして告げる。


「だが残念だったな。明日は出向できそうにない。船員達の命を、こんなつまらないことで無駄に失いたくないからな」

「襲われた場所まで行って、取り戻してきましょうか?」


 オリヴィアの眉が、ピクリと跳ね上がる。

 少しして、オリヴィアは(あざけ)るように言った。


「はんっ。これは、珍しいこともあるもんだ。規則か何かは知らないが、あんたら冒険者様ってのは、ギルドを通さない依頼は受けないんじゃなかったのか?」

「ははは……仲間やギルド員からも、よく怒られます」


 咲弥は苦笑まじりに答え、言葉を続ける。


「困っている人を、見過ごせない性分というのもありますが……ただ今回は、自分の事情が大きいです。パンレンまで、どうしても行かなきゃだめなので……」

「ふぅん……」


 オリヴィアが、途端に片手を上げた。


「リックス。ベティナル」

「へい」


 オリビアの背後にいた男二人が、前へと歩み出てくる。

 陽気そうな青髪の男と、かなり筋肉質な金髪の男――(まと)うオドの流れから、この二人もどうやら紋章者の様子だった。


 どちらも、海の船乗りらしい。そんな(よそお)いをしている。

 オリヴィアが腕を組み、不敵な笑みを見せた。


「私を含め、この二人も同行させてもらう」

「えっ……?」


 咲弥も驚きはしたが、声を発したのは男達のほうだった。

 青髪の男が、おずおずと右手を前に伸ばしていく。


「いや、お嬢……」

「リックス。お嬢じゃない! 船長だ!」


 オリヴィアが(けわ)しい目つきで、リックスを(にら)みつけた。

 金髪の男ベティナルが、呆れ気味に声を(つむ)いだ。


「船長。俺ら二人だけで、別に充分だぞ……」

「ばかを言うな。こんなときに出張ってこそ、船長だ」


 オリヴィアは、(がん)として受け入れない。

 リックスの視線が、咲弥達へ向いた。


「ちなみに君達の等級は、どれぐらいっすか?」

「僕は下の一級ですが、こちらの紅羽は中の一級です」

「ほう……」


 オリヴィアが顎をしゃくり上げ、感心したように(うな)った。

 (なさ)けない話ではあるが、紅羽の等級を聞けば大抵の人達は安心してくれる。冒険者の等級は決して飾りではないのだ。高ければ高いほど、信用は得られる。


 黙考しているのか、沈黙が広がる。

 不意に、リックスがあっと声を上げた。


「思いだしたっすよ。このお二人、どこかで見かけたことがあると思ったら、今年の国際大会優勝者じゃないっすか?」


 周囲がざわつく。ベティナルが(あご)()でながらに(うなず)いた。


「確かに、そうだ。しかもこちらの娘は、無敗の王者だな」

「国際大会?」

「そういうの興味ないから、お嬢は知らないんすよ」

「リックス、お嬢じゃない! 船長だと言っているだろ!」


 オリヴィアの雷が飛び、リックスは肩を(すく)めていなした。

 憤慨(ふんがい)した様子のオリヴィアは、腰に手を置く。


「まあそれなら、実力は申し分ないってことか。わかった」


 オリヴィアはそう言い、腰の低い男を(にら)みつけた。


「お前らの失態を、私達で拭ってやる。感謝しろ」

「は、はい……ありがとうございます」

「残りの者達は準備をしておけ! これより、忌避機の燃料奪還に入る」


 男達が一斉(いっせい)に声を上げた。まるで勝鬨(かちどき)にも聞こえる。

 颯爽(さっそう)闊歩(かっぽ)するオリヴィアを向き、御付(おつ)きの二人が一緒にため息を漏らした。


「やれやれっすね……」

「俺達はお嬢の護衛に集中する。魔物の駆除は頼んだぞ」


 ベティナルが、忍び声でそう伝えてきた。

 咲弥はこくりと(うなず)いて応える。


「はい。よろしくお願いします」

「ああ、こちらこそ」


 ベティナルはにっこりと笑った。


「何をしているんだ! 早くついて来い! 鈍間(のろま)どもめ!」


 言葉遣いは少し悪いが、どこか憎めない雰囲気がある。

 咲弥達は苦笑してから、オリヴィアを追って歩き始めた。

 そのさなか、咲弥は隣を歩く紅羽を見る。


「……さすがに、今回ばかりは仕方がないよね?」


 咲弥はそう言い訳をした。

 紅羽の紅い瞳が向く。しかし、すぐに前へ向き直った。


「そうですね」

「怒ってる?」

「いいえ。ただ咲弥様といると、飽きません」


 呆れというよりは、諦めのほうが近そうだった。

 とはいえ、船出の延期は困る。

 紅羽の機嫌をうかがいつつ、咲弥は前を進み続けた。




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