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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第四章 無数にある分岐点(上)
131/222

第三話 戦闘民族




 山々に囲まれた森の中に、ル・ダ村はある。

 まるで自然の一部として溶け込むように、獣人ガルス族は暮らしを(いとな)んでいる。

 長い道のりを歩き、咲弥達は目的の村を前にしていた。


「下等生物が、ここに何用だ?」


 手に長槍を持った門番と(おぼ)しきガルス族の男が、腹に響く重い声音を放った。

 その男の隣には、同じく長槍を持つ女のガルス族がいる。正直なところ、女性特有の服装を見なければ、性別の区別は非常に困難であった。


 (ひょう)を思わせる容姿をしたガルス族――漆黒の毛並みには、どこか刺青(いれずみ)みたいな模様が入っている。どうやら模様の色と形は、人によって異なるらしい。

 片方の模様は白く、もう片方は赤い模様をしている。

 性別で違うのか、または遺伝的なものかはわからない。


 そしてどちらも、二メートルは超える背丈があり、肉体も完璧なぐらいに(きた)え抜かれている。それは素早さを殺さない鍛え方だと思えた。

 凛々(りり)しい顔つきをしており、目力がとにかく凄い。


 戦闘民族――確かに、噂に(たが)わない存在の様子だった。

 力強く(まと)っているオドからも、ひしひしと伝わってくる。


(……なんかちょっと、怖いな……)


 咲弥は胸中で、そんな感想を(つぶや)いた。

 ゼイドが、一歩を前に踏み出る。


「突然の訪問を、許してほしい。実は乗っていた飛行船が、飛行型の魔物と衝突してしまい、ル・ダ村付近にある砂浜に墜落(ついらく)してしまったんだ」

 ゼイドは簡潔(かんけつ)に理由を告げ、落ち着いた口調で続けた。

「ただこちらには、少し込み入った急ぎの用がある。だから可能であれば、どうか迅馬(じんば)をお借りできないだろうか?」


 ゼイドの懇願(こんがん)を聞き、門番二人は同時にため息をついた。

 白い模様をした男のガルス族が、呆れ声で言ってくる。


「我らが同胞よ。実に(なげ)かわしい」

「ああ、実に悲嘆(ひたん)である」

「我ら獣人の(ほこ)りを失ったか?」

「下等生物が造りし代物に頼るなど、言語道断だ」


 話に聞いた通り、本当に人間を受け入れる様子はない。

 ゼイドは困り顔を見せた。


「迅馬さえ借りられれば、すぐこの地から去ると約束する。だからどうか、それで許してはもらえないだろうか?」


 赤い模様をした女のガルス族は、一歩を大きく踏み出た。


「ならん」

「下等生物のために、心を組んでやる気はない」

「去れ。人間ごときに関わっている暇はない」

「ここは、我らの領域だ」

「下等生物の侵入など、即刻排除すべき案件」

「これが我々のしてやっている、最大限の心配(こころくば)りだ」


 ゼイドは首を振りながら嘆息(たんそく)し、咲弥達を振り返った。


「行こう。なあに、歩くのも悪くないさ」


 ゼイドは両手を広げ、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 手振りから離れようといった意図を、咲弥は呑み込んだ。


 ガルス族の説得は、確かに不可能に違いない。こんな短いやり取りからも、そう断定できるくらいの理解には及べた。

 獣人至上主義――想像以上に厄介(やっかい)な壁なのかもしれない。

 少し離れた地点で、女門番の声が飛んだ。


「同胞よ」


 肩越しに振り返ると、こちら側を二人は眺めている。

 女のガルス族が、声を高く張った。


「願わくは、目を覚ますことを祈る」

「下等生物は、淘汰(とうた)されるべき存在だ」


 ゼイドは振り返りもせず、手を振って応えていた。

 ル・ダ村から、大きく離れた場所にある森へと入る。

 不意に、ネイが大袈裟(おおげさ)なため息をついた。


「はぁ……マジ、むかついたわ……」

「ははは……よく我慢できたな。(えら)いぞ」


 いつものネイであれば、完全に(あお)り散らしていただろう。

 交渉はすべてゼイドに任せ、いかなる場合があっても声を発さない――村に着く前に、そう取り決めていたのだ。

 ネイが片目を細め、ゼイドのほうをキッと(にら)む。


()しかったわね。(あや)うく、口から手が出そうになったわ」

「おいおい……戦争が始まっちまうぜ」


 ゼイドは肩を(すく)め、なだめる口調で言った。

 苛立(いらだ)ちが収まらないのか、ネイが(こぶし)でゼイドをぐりぐりと攻撃している。

 ゼイドは苦い顔をして、静かに耐え(しの)んでいた。


 さすがに今回ばかりは、咲弥も口を(はさ)む気にはなれない。

 同じ心をもった人のはずなのに、心のない言葉を発する。

 それはとても悲しく、同じくらい苦い気持ちを抱かせた。


「そこの旅の方々、待たれよ!」


 不意に、(いさ)ましげな男の声に呼び止められた。

 背に長槍を(たずさ)えた一人のガルス族が、こちらのほうへ走り向かってきている。


「げっ――」


 うめいたのは、ゼイドだった。

 咲弥も内心、(おだ)やかではない。話を聞かれたのか、粗相(そそう)があったのか、理由はわからないが勢いよく迫ってきている。


 はらはらとしながらも、まずは見守るほかない。

 金色の模様を持つガルス族が、咲弥達を前にした。


「突然、呼び止めてしまって申し訳ない。オドの流れから、相当な使い手だと判断させてもらった。少々、私にその力を貸していただけないだろうか?」


 唐突(とうとつ)懇願(こんがん)に、咲弥は困惑した。

 なにやら、かなり切羽詰(せっぱつ)まったような雰囲気がある。

 ネイが後頭部に両手を回し、そっけない声を投げた。


「なぁんで、力を貸さなきゃならないわけ? 私達あんたらガルス族に、それはそれはもう、はらわたが煮え返るくらいご丁寧(ていねい)に追い返されたんだけど?」

「お、おい……」


 ゼイドが大慌(おおあわ)てで、ネイを制する。

 ガルス族の男は、くっと息を詰めた。


「村の非礼は、私のほうから()びよう――すまない。だが、今は一刻を争うゆえ、どうか私に力を貸していただきたい」


 さきほどのガルス族とは、明らかに雰囲気が違っていた。

 理由はわからないが、咲弥はネイに告げる。


「なんだかよくわかりませんが、困ってるみたいですよ」

「私らだって、困ってるわよ!」

「それは、そうですが……いったい何があったんですか?」


 ガルス族の男を振り返りながら、咲弥は疑問を(てい)した。

 ガルス族の男は、胸に手を添えて一礼する。


「私はル・ダ村の、ジーク・ガルス――一刻を争うゆえに、簡潔に申し上げる。これより飛竜の住まう山へ、ある人間の娘を救いに行きたい」


 咲弥の肩が、わずかに飛び跳ねる。

 飛竜以上に、人間の娘といった部分に驚きを隠せない。


 ガルス族は人間を、下等生物だと見下している。

 それなのに救いに行くなど、少し(いぶか)しく思えた。

 疑問は尽きないが、しかし咲弥はネイ達を振り返る。


「手を貸しては、いけませんか?」

「出たな! 怪物お節介(せっかい)小僧……!」


 ネイがひどく渋い顔をして言った。

 謎の呼び名が生まれ、咲弥も自然と苦い顔になる。

 ネイは呆れた様子で、ため息を吐きながら小首を(かし)げた。


「絶対、言うと思ったわ。止めても、きかないでしょ?」

「危ないんだろ? 早く行こう」


 ゼイドの言葉に、ジークはぐっと目を(つぶ)った。


「心より……感謝する! 私についてきてくれ!」


 駆けだしたジークの背を、咲弥達は追った。

 最短の道を走っているのか、森の中の足場はかなり悪い。

 そのさなか、ジークが声を(つむ)いだ。


「遅れて申し訳ない。君達の名を(うかが)ってもいいか??」

「あ、すみません。僕、咲弥っていいます」

「ゼイドだ」

「紅羽です」

「ネイよ」


 一通り簡単な自己紹介を終えると、ジークが(うなず)いた。


既知(きち)の事実とは思うが、ル・ダ村は古い考えを持った者が多い。人間は進化できなかった下等生物だと……少なくとも私は、その(くく)りにはいない」


 それは確かに、嘘ではなさそうだった。

 応じ方や目的が、明らかに門番達とは異なっている。


「救出したい人間の娘、ルアンダは……私の恋仲の者だ」


 咲弥はぎょっとする。これには、戸惑うほかない。

 ジークは話を続けた。


「むろん、村の者達はよく思っていない。排他的(はいたてき)な連中だ。私に対する当たりもつらい。しかしそれは、別に構わない。問題は彼女へ矛先(ほこさき)が向くことだ」


 ジークは言いながらに、獣道を楽々と素早く駆け抜ける。

 数年、あるいは数十年――人が出入りしていないと(おぼ)しき獣道は、常人なら進むことすらも困難だろう。硬い草や木の根が張り巡らされ、岩石も非常に多かった。


 一歩間違えれば、それこそ大惨事(だいさんじ)になりかねない。

 そんな危険な場所を、ジークは喋りながらに進んでいる。

 正直なところ、咲弥は追いかけるだけで精一杯だった。


 こういった山の中での訓練は、なかなかできない。

 背負っている大荷物さえなければ、もっと余裕はあったと思える。とはいえそれは、ただの言い訳にしかならない。

 咲弥は自分の修行不足を、心の中でこっそりと(なげ)く。


 きっと普段の会話でなら、相槌(あいづち)に近い疑問を投げていた。

 ただ今の咲弥に、そんな余裕はまったくない。


「いったい、何があったんだ?」


 咲弥が問いたかった疑問を、ゼイドが代わりに()いた。

 咲弥は内心、さすがだなと感心させられる。


 紅羽とネイは当然のこと、ゼイドも咲弥と同様に、丸々と太った大型のリュックを背負っていた。だが咲弥とは違い、ゼイドからは余裕がうかがえる。

 ジークは前を見据えたままに、ゼイドの問いに答えた。


「村の連中がルアンダを(たぶら)かし、飛竜の領域へ向かわせた」

「どうして、そんなことになってんのよ」

「ルアンダは、そこに私がいると思っている」


 ネイに答えたのち、ジークは簡潔(かんけつ)に補足する。


「ルアンダはいつも(うれ)いていた。同じ人であるはずなのに、なぜすれ違うのか……だからガルス族の者に受け入れられた顔をされ、(だま)されてしまったらしい」


 咲弥は漠然と内情を(つか)めてくる。

 ゼイドが(つぶや)くように言った。


「なんつぅーか……ひでぇ話だな」

「返す言葉もない。もっと私が、注意すべきであった」

「そうじゃねぇ。騙した奴らに対してだ。嫌うのはわかる。だが、だからといって、相手を(おとし)めてもいいわけじゃねぇ」

「生まれた頃から、私達はそう教えられてきた……だから、仕方がない」


 咲弥は内心ではっとなる。

 きっと全員が全員、最初からそうだったわけではない。


 しかし同じ気持ちを抱く者達が(つど)い、そこに生まれれば、必然的に人間は下等生物だと、そう教え込まれるのだろう。ある種それは、洗脳にも近いと思える。

 ネイは呆れ声で、ジークに問いかけた。


「じゃあ、なんであんたはそうじゃないわけ?」

「ルアンダに……救われたからだ。魔物との戦いで傷ついた私を、彼女は手厚く看病してくれた。私が心のない言葉を、彼女に対して吐き捨ててもなお、だ」


 ジークは、黙考するような間を置いた。


「ルアンダと出会うまでは、私も同じだ。何も知らない――いや……他種族を知ろうともせず、それが当然かのように、信じて疑わなかった。だが彼女と出会い、心で触れ合い……同じ人だと学んだ。それが経緯(いきさつ)だ」


 不意に、ジークが手を上げてから立ち止まった。

 誰もが足を止め、ジークのほうを見つめている。

 ジークは虚空を見上げ、それから咲弥達を振り返った。


「この先から、飛竜の領域へと入る。充分(じゅうぶん)に注意してくれ。ここの飛竜は、フォティタス――火を操る獰猛(どうもう)な魔物だ」


 それは前日に、ネイから聞いて知っている。

 ワイバーン型の危険な飛竜だ。


「それで、そのルアンダとやらの居場所はわかるのか?」


 ゼイドの問いに、ジークはこくりと(うなず)いた。


「ルアンダは、普通の娘だ。だから私達が通ってきた道は、進みたくても進めないだろう。人でも通れる、古びた旧道を使っているはずだ。私についてきてくれ」


 ジークは再び、咲弥達を誘導した。

 ほどなくして、ジークはまた足を止める。

 崖の先から見渡せる光景に、咲弥は目を大きく見開いた。


 まったくないわけでもないが、見渡せる山々に木々はほぼ生えていない。そこは禿山(はげやま)というよりは、もはやただの岩石地帯に等しい景色だと思える。

 そんな場所に、恐ろしい数の飛竜フォティタスがいた。


 色褪(いろあ)せた黄緑の体色をしたフォティタスは、無数の赤黒い線で(いろど)られている。その両翼(りょうよく)は話に聞いていた通り、まるで蝙蝠(こうもり)と似た形をしていた。

 半数が空を舞い、もう半数は山肌に張りついている。


 咲弥はふと、ある一体のフォティタスに目を奪われた。

 岩肌の山を()うように飛行――咲弥は、はっと息を呑む。


「ルアンダァアッ!」


 ジークが猛獣(もうじゅう)のごとく叫んだ。

 ジークは駆け、崖を素早く下っていく。

 低空飛行を続けるフォティタスの先に、咲弥も一人の女を発見していた。

 しかし現在地からでは、あまりにも遠い。


 道とは呼べない(けわ)しい崖を下り、さらに少し先のほうまで迂回(うかい)する必要がある。飛竜みたいに飛べば話は別だろうが、確実に間に合う距離ではない。

 ジークを追おうとした直後、ネイが声を張り上げた。


「私を信じろ!」


 そう告げるや、ネイが崖から颯爽(さっそう)と飛び降りる。

 紅羽が後を追い、それからゼイドも続く。

 動こうとした咲弥の足が、ぴたりと止まった。


 別に、ネイを信用していないわけではない。

 ただ少々の高さならいざ知らず、ここは恐ろしいくらいに高いのだ。そのせいか、飛行船から落とされたときの記憶が突然フラッシュバックする。

 そのトラウマが、咲弥に一歩を踏み出す勇気を奪った。


(う、うへぇえ……)


 眼下の光景に、咲弥は眩暈(めまい)と吐き気を覚える。

 事態は一刻を争う。人の命がかかっているのだ。

 頭では理解している。しっかりと、わかってはいた。

 トラウマさえなければ――恐怖を()み殺し、咲弥は叫ぶ。


「うぉおおおおっ――!」


 時間にすれば、そこまでの差はなかったのかもしれない。

 それでもやや遅れ、咲弥は心を殺して崖から飛び降りた。

 やや遠くに見えるネイが、かなり呆れた顔をしている。


「おっそぉい!」


 咲弥に応える余裕はない。

 冒険者資格取得試験で生まれたトラウマが、さきほどから際限(さいげん)なくフラッシュバックしていた。少しでも気を抜けば、一瞬で気絶してしまいそうになる。


「光の紋章第七節、明滅(めいめつ)の流星」


 紅羽が浮かべた純白の紋様が、ガラスみたいに砕け散る。

 まず紅羽が、光のごとき速さでルアンダを目指した。

 (すさ)まじい勢いで、ルアンダのほうへと向かっている。


「風の紋章第四節、自在の旋風!」


 ネイが声高らかに唱えた瞬間、若草色の紋様が弾ける。

 ネイが咲弥とゼイドを、柔らかな風に乗せて運んでいく。それは大空を舞う、鳥にでもなれたような感覚ではあった。だが、トラウマのせいで恐怖しかない。


 今は、人命救助が先決――

 咲弥は心の中で、何度も自分にそう念じ続ける。

 震える手を前に伸ばし、咲弥は空色の紋様を宙に描いた。


「おっ……お、いで、黒白(こくびゃく)


 咲弥が命じた瞬間――空色の紋様は砕け、両腕が淡い光に(おお)われる。右手は漆黒の籠手、左手は純白の籠手が装着した状態で現れた。

 咲弥は籠手にオドを流し込み、黒白を解放しておく。

 光沢感のあるモヤが、瞬間的な速さで両腕を呑み込んだ。


 右手は黒と赤が交じる、悪魔を連想する獣の手に――

 左手は白と金が交じる、どこか神々しい獣の手に――


 戦闘態勢を整い終え、咲弥はぐっと前を向いた。

 かなり遠い距離にいたルアンダのところへ、もうまもなく辿(たど)り着ける。

 それでも、まだまだ距離は遠い。


 低空飛行をしていたフォティタスが、もうじきルアンダに到達してしまう。

 ルアンダに向かいながら、大きな口を開けていた。


(僕達では間に合わない……でも……!)


 それはまさに、流星にも等しい輝きを放っている。

 ルアンダを狙ったフォティタスの顔面に――紅羽の強烈な蹴りが炸裂した。




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