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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第四章 無数にある分岐点(上)
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第一話 さあ、歩こうか




 メッセージが届いてから、二日後となる昼頃――

 (やわ)らかな砂浜に座り込み、咲弥はただ遠くを眺めていた。

 海はとても(あお)く、ずっと先のほうまで澄んでいる。まるで大空と繋がっているような、神秘的な光景が広がっていた。


 (おだ)やかな波が時折、涼やかな音を響かせる。

 景色を楽しんでいた咲弥は、ふと首を(ひね)った。


(あれ……なんで、ここにいるんだったっけ?)


 現実逃避の時間は終わり、途端に嫌な冷や汗が湧き出る。

 咲弥はある場所へ、ゆっくりと視線を向かわせた。

 砂浜を深くえぐり、飛行船はただ沈黙している。


 飛行型の魔物に追突されてしまい、飛行するための動力が損傷してしまったらしい。幸い怪我人は出なかったものの、飛行船の被害はかなりひどい状態だった。

 空の船乗り達が今現在、必死になって修理に(はげ)んでいる。


 だが、修理が終わる見通しは立っていない。それ以前に、飛行が可能な状態にまで直せるのか、それすらもわからない雰囲気が漂っている。

 咲弥の右隣で座っている、獣人ゼイドがぼそっと(つぶや)いた。


「海はこんなにも、穏やかだってのになぁ……」

「はあ……うちの男どもは、ほんと(なさ)けないわね……」


 咲弥の左隣にいる赤髪のネイが、呆れ声で応えた。

 彼女はじっと、手にしている地図を(にら)み続けている。そのネイと一緒になり、銀髪の少女、紅羽も地図を眺めていた。


「修理の目処(めど)が立たない以上、徒歩での移動をすべきです」

「うぅ~ん……最悪なのが、この場所なのよねぇ」

「飛行船がある町までは、どうしても五日はかかります」

「あんたや私なら、まあそうなんだけれど……」

「まずこの村で、迅馬(じんば)がないか確認してはどうでしょうか」

「そのためには、ここを通らなきゃならないわよ?」

「それは、おっしゃる通りですが――」

「だとすれば――」


 女性陣の会議に、加われる隙などなかった。

 男性陣はただ、海を茫然と眺めているしかない。

 距離的な話をすれば、まだ隣の大陸へ渡ったに過ぎない。


 昨日の夜にレイストリア王国から乗った飛行船が、咲弥の付近にある残骸(ざんがい)なのだ。無事といってもいいのか――幸い、シルグレイド大陸にまでは到達している。

 本来、このシルグレイド大陸にある、ルーンセッチという名の(みやこ)で、また新たに飛行船を乗り換える予定であった。


 次の大陸を渡る場合、ルーンセッチに行かねばならない。だがその都まで行くには、別の町で飛行船に乗らなければ、あまりにも遠過ぎるのだ。

 それこそ、国を二つ三つと越えなければならない。

 しばらくして、ネイがよしと立ち上がる。


「これ以上は、考えていても仕方がないわね」

 ネイはそう言って、紅羽との会議を打ち切った。

「さあ、歩こうか!」


 紅羽も立ち上がり、こくりと無言の(うなず)きで応えた。

 咲弥は腰を上げ、丸々と太った二つの大荷物を前にする。

 一つは咲弥が背負い、もう一つはゼイドが背負うのだ。

 準備が済み、ネイと紅羽を先頭に歩き始める。


「それじゃあ、簡単に説明するわね。いい? まずは――」


 ネイが淡々と、これからの経路を話し始める。

 今現在、シルグレイド大陸の南西に位置する浜辺にいた。


 ルーンセッチは、真逆となる北東にある。だからまずは、一番近い場所にある獣人の村――ル・ダ村へ行くしかない。

 ここまでを聞き、不意の声を上げたのはゼイドであった。


「待て待て待て。ル・ダ村だと? そこは、やべぇぞ」

「だって、仕方がないじゃない」


 ネイの不満声に、ゼイドはたどたどしい様子で応えた。


「あそこは、獣人至上主義の集まりだぞ」

「ええ、そうね。人間の進化が獣人――って、考えをもった奴らが暮らしてる場所……一筋縄ではいきそうにないわ」

「なんで、他人事だ? 俺だけなら問題はないが、お前らは完全アウトだぞ」


 ゼイドの抗議に、ネイは指を三本立てて見せた。


「どれがいいの? 一つ、獣人以外に超排他的(ちょうはいたてき)な村。二つ、零級(ぜろきゅう)の魔物が君臨(くんりん)する大森林。三つ、飛竜が舞う山道――」

「それは……全部、同じぐらいやべぇだろ……」


 ゼイドは重いため息を漏らした。

 確かにどれもこれも、かなり危険そうな雰囲気がある。

 咲弥は、ふとした疑問を(てい)した。


「零級の魔物ってことは、空白の領域があるんですか?」

「いいえ。普通の大森林……あのね、零級の魔物が存在するからって、空白の領域になるってわけじゃないのよ」


 ネイからの指摘(してき)に、咲弥は苦笑で誤魔化(ごまか)した。

 いじられても困るため、早々に話題を切り替える。


「それにしても、獣人至上主義ですか……」

「老人達の中には、そういうのも多いんだが……まったく。古臭い考えを、いつまで大事(だいじ)にもってんだかなぁ……」


 ゼイドはため息まじりに、そう(つぶや)いた。

 ネイは小首を(かし)げ、なにげない声で述べる。


「まっ。確かに、人の進化と取れなくもないけれどね。ただ現実的な話でいえば、進化の枝分かれって(せつ)が有力よね」

「進化の枝分かれ……ですか?」


 こういった分野は得意ではない。咲弥は首を(ひね)った。

 ネイは肩を(すく)め、微笑する。


「そっ。根源は同じだけれど、枝分かれして人と一緒に似た進化を遂げたってこと。だから人という分類なんだけれど、別の種族ってわけ」

「えぇっと……なんだか、結構難しい話みたいですね……」

「そんな難しく考える必要はない。人は人。同じ心を持った人で間違いはないんだ。だからどっちが上か下かじゃなく、別の進化を対等に()げたってだけの話さ」


 ゼイドの言葉に、ネイがさらに補足を重ねた。


「数多く存在する種族が、()()()()()として進化したという考えなのか、それよりも()()()()としたって考えなのか――その違いに過ぎないのよ」


 完全には、まだ呑み込めていない。咲弥は曖昧(あいまい)(うなず)いた。

 ただ、同じ心を持った人――そこに関しては理解する。


 人と他種族に関しては、あまり調べていない分野だった。だがネイの口ぶりからすれば、解明まではされていない。

 それは、至極当然の話でもあった。

 地球のほうでも、確実と言えるほどの解明は――


(あっ……ようするに猿やゴリラとかが、人と対等な進化を遂げた場合が、この世界ってこと……なのかなぁ……?)


 それはそれで、とても奇妙な想像にも思えた。

 そこから連想が働き、不意の疑問が生まれる。


「そういえば、ちょっと変な話かもしれませんが……」

「ん? なんだ?」


 応じたゼイドに、咲弥はおずおずと尋ねる。


「他種族間でのハーフ……子供ってできるんですか?」

「さすがに、そりゃオメェ……」


 無知さをばかにされるかと、瞬間的にそう思った。

 しかし、ゼイドは奇妙に微笑む。


「実は確率は低いが……あるな」

「あるんですかっ?」

「そりゃそうさ。たとえ種族は違えども、人なんだから」

「あ、あぁ……そうですよね」


 咲弥は曖昧に生返事をすると、ネイが再び補足してくる。


「でもね、可能な種族と、不可能な種族があるの。例えば、人間と獣人、人間と森人は子供を作れるわ。けれど、獣人と森人では子供が作れないって感じでね」

「えっ? なんでですか?」

「同じ人ではあるけれど、同時に別生物でもあるからよ」


 咲弥の頭が、次第にこんがらがってくる。

 今度は、ゼイドが話を続けた。


「人間は、どんな種族とも子をなせる。まさに人の中間たる所以(ゆえん)だな。しかしこれがあるせいで、獣人至上主義みたいなものも生まれたわけなんだがな……」


 ゼイドが苦笑する。咲弥は静かに驚いた。

 その話に関しては、確かに聞いた記憶がある。


 だがそれは、特性や能力的な意味として呑み込んでいた。

 交配に関してまで及んでいるとは、思いもしていない。

 ゼイドはけらけらと笑い、結論的な話を告げた。


「つってもまあ、この広い世界で考えればごまんといるかもしれねぇが、変な話、異種族婚(いしゅぞくこん)ってのはあまり聞かねぇな」

「ははは……」


 極まれによくある的な、そんな物言いに感じられた。

 複雑な種族問題を知り、咲弥は頭を悩ませる。いくらこの世界について調べようとも、知らないことはまだまだ多い。


「あと獣人といっても、大別すれば二種類存在するのよ」


 ネイの言葉を聞き、真っ先にある種族の姿が浮かぶ。

 狐っぽい見た目の、紳士的な性格をもった商人だ。


「あっ……トリッキーさんみたいに、最初からもう昇華(しょうか)した感じの方ですよね?」

「正解。じゃあ、分類としての名称をなんという?」


 ネイの問いに、咲弥は(うな)った。

 実はトリッキーに関して、調べた記憶がある。ただ、もう数か月も前の話となり、記憶がかなりあやふやであった。


「えっと、確か……トリッキーさんみたいなのは不変型(ふへんがた)で、ゼイドさんは変異型(へんいがた)……で、合って、いますか?」


 自信なさげに言った咲弥を、ネイはじっとりと(にら)んだ。

 ネイから無言の圧を受け、咲弥は間違えたのかと(あせ)る。

 ネイは微笑しながら、小さく両手を広げた。


「正解。まっ、昔に比べたら、ちゃんと勉強してるわね」

「なんですか。間違えたのかと思いましたよ」


 咲弥は苦笑まじりに言葉を返した。

 ネイが肩越しに、いたずらな笑みを見せる。


「これから行くル・ダ村はね、その不変型の村ってわけ」

「見た目が(ひょう)っぽい、ガルス族と呼ばれる奴らだ」


 ゼイドの例えを聞き、咲弥は漠然とした想像が浮かぶ。

 ゼイドが優しい声音で(さと)してくる。


「一応、言っておくが……こういった話は、ここだけだぞ。俺はあまり気にしないからいいが、この手の話に過剰(かじょう)なほど反応する奴も多いんだ」

「特にこれから向かう村で口を滑らせたら、おそらくは(はりつけ)のあとに火炙(ひあぶり)りかも」


 咲弥はぞっと背筋を凍らせる。

 獣人はやはり、デリケートな問題が多い。とはいえ、まだ(がく)のたりない咲弥には、どれが逆鱗(げきりん)となり()るのか、判断が難しい場面もあるだろう。


 知らず知らずのうちに――それが一番、怖い部分だった。

 心配を募らせる咲弥をよそに、ネイが話を進める。


「正直、ル・ダ村に期待はしてないわ。だからもし、迅馬が使用できなければ、そこを越えた先にある港町まで徒歩ね」

「距離的な話でいえば、飛竜の住処(すみか)を突っ切れば、港町まで早く辿(たど)り着けます。ですが――()()、危険が多いですから、遠回りをする形となります」


 ゼイドが空笑(そらわら)いを漏らした。


「飛竜を少々の危険って言えるのが、すげぇな……凡人(ぼんじん)にはただの自殺だぜ」

「そんなにやばいんですか?」


 咲弥の問いに、ゼイドは渋い顔で(うなず)いた。


「どの飛竜にしてもだが……相当、やばい。まだ極寒の地を全裸で散歩しているほうが、全然楽かもしれんぐらいにな」

「うへぇ……」


 咲弥はふと、飛行船で見た風神龍を思いだした。

 分類的にいえば、きっとあれも飛竜の一種に違いない。

 そこまで思ってから、確かにやばい雰囲気を感じられた。

 ネイが指を一本立てて、涼やかな声を(つむ)ぐ。


「ちなみに、山を根城とした飛竜の名は――フォティタス」

「うげぇっ……!」


 ゼイドが、ひどく(にご)った声でうめいた。

 咲弥は小首を(かし)げる。


「フォティタス?」

「ええ。ゴブリンみたいに、集団生活をする火の飛竜よ」


 例えから、咲弥はそれとなく察した。

 おそらくは、数が尋常ではないのだろう。

 ネイが目を細め、なにやら(にら)んできているのに気づいた。


「な、なんですか?」

「問題。飛竜は三種類います。それは、なんでしょうか?」

「えぇっ……?」


 唐突(とうとつ)なネイの問いに、咲弥は激しく驚いた。

 咲弥は戸惑い、視線が右へ左へと泳ぐ。


 必死に思考を巡らせ、適切な解答を模索する。とはいえ、知らないことをいくら考えても、答えなど出るはずがない。

 咲弥はなかば諦めの境地に達し、深いため息をついた。


「……わかりません」

「やれやれ……まずは、ワイバーン種。翼と腕が一体化した飛竜ね。次に、ドラゴン種。背中に翼が生えている飛竜よ。最後に蛇龍種(だりゅうしゅ)。これは空、海と二種類いるんだけれど、翼を持たない蛇みたいな飛竜なの。これで三種ね」


 咲弥はさきほどの記憶が、再びよみがえってくる。


「あのときの風神龍ヴァルジアは、三個目ですかね?」

「ヴァルジアは、またちょっと別の枠になるんだけれど……まっ、そんな感じかなぁ。そんで、本題――フォティタスは分類上、ワイバーン種なのよ」

「翼が腕って飛竜ですね」

「そっ。よくできました」


 ネイの茶化しに、咲弥は苦笑を送る。

 ただ漠然とではあるが、飛竜に関しての知識は得られた。

 世の中には、本当にまだまだ知らないことで溢れている。

 自分の勉強不足に呆れ果て、咲弥はため息をついた。


「でも……魔物が活発化している中、そんな危険なところの近くに住むって……怖いですね。大丈夫なんでしょうか?」

「見ればわかるけれど、あれは根っからの戦闘民族なの」

「戦闘民族……」


 ネイの言葉を繰り返し、咲弥は閉口する。

 咲弥からすれば、この世界に生きている人は、だいたいが戦闘民族と言っても差し支えない。そうでもならなければ、魔物に蹂躙(じゅうりん)されるからだ。


 冒険者が言う戦闘民族が、どんなものか想像しづらい。


(見ればわかる……か)


 咲弥は胸中で(つぶや)き、前を向く。

 砂浜から森林を進み――

 咲弥達は戦闘民族の住まう、ル・ダ村を目指した。




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