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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第四章 無数にある分岐点(上)
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第零話 メッセージ




 (まぶ)しい()の光に目を細め、少年は(にぎ)わう商店街を進んだ。

 いつもの黒いジャケットとブーツに、(こん)のズボンをはいた少年――咲弥は不安を抱えながら、酒場を目指している。


 本日は珍しく、昼前までぐっすりと眠りこけてしまった。

 連日の無理が(たた)ったのだと、しっかりと自覚している。


 修行に依頼の請負(うけおい)と、今回は無茶が過ぎたのは(いな)めない。

 ただ働かなければ、日々の暮らしもままならなくなる。

 唐突(とうとつ)に腹が(うな)りをあげ、咲弥はそっと右手を当てた。


(……お腹、減ったな……)


 普段なら、銀髪の少女が部屋まで迎えに来てくれる。

 それから朝食を済まし、軽く修行するのが日課であった。

 起こされた記憶はないが、部屋を訪れたのは間違いない。

 起きない咲弥に呆れ果て、何かをしている様子だった。


(紅羽、どこで何をしてんだろ……?)


 目覚めた直後、咲弥は慌てて通信機の確認をした。

 すると紅羽から『少し出ます』とだけ、メッセージが一通入っていたのだ。


 咲弥は謝罪のメッセージを返したが――どういうわけか、いまだに紅羽からの反応がない。そんな状況もまた珍しく、漠然とした不安を抱かざるを得なかった。

 昼食時であるため、いつもの酒場にいる可能性は高い。


 酒場に辿(たど)り着き、咲弥は木造の扉をゆっくり開いた。

 女顔をした森人(もりと)の少年が、明るい笑みをもって出迎える。


「あ、アニキ! いらっしゃい!」

「やあ、レン君。おはよう」


 レンは呆れ気味な笑みを浮かべ、小首を(かし)げた。


「なんだ、アニキ。起きたばっかりなのか?」

「ははは……そうだね。つい、寝坊しちゃったかな」

「やれやれ。ぐうたらはいけねぇぜ」


 レンの小言に、咲弥は苦笑する。

 指摘された通り、あまり変な気の(ゆる)み方はよろしくない。

 レンは不敵に笑った。


「まあ、でも……ちょうど良かったね」

「ん? 何が?」

「いいからいいから。早く席に着きなよ」

「あっ、その前に……紅羽、来てない?」

「ん? さあ? まあ、いつもの席に行って待ってなよ」


 酒場には来ていないのか、嫌な不安が胸に募る。

 レンの言葉の意味を呑み込めないまま、席へ案内された。

 お馴染(なじ)みの席に着くなり、レンが問いかけてくる。


「注文はまた、適当でいいだろ?」

「ああ、そうだね。任せるよ」

「あいよ!」


 レンを見送ったあと、咲弥は素早く通信機を取り出した。

 再び確認してみたが、やはり紅羽からメッセージはいまだ返ってきていない。


 気づいていないのか、または手が離せないのか――紅羽は普段から、あまり通信機をいじるという習慣はない。だから可能性としては、前者が高そうに思えた。

 メッセージを入れていただけ、まだマシなほうではある。


 咲弥はため息をつき、そのまま通信機をいじり続けた。

 冒険者専用サイトに(つな)ぎ、真新しい情報がないかを探る。

 載っている情報は、レイストリア王国だけには限らない。各国に散らばっている冒険者達のお(かげ)で、多彩(たさい)な情報が随時更新されている。


 国別に分けて表示も可能だが、基本は一括(いっかつ)表示であった。

 魔神に関する情報は、どこに転がっているかわからない。

 そのため咲弥は、一括表示しか扱ったことがなかった。


(うぅ……ん……魔人に関する情報は、なさそうかな……)


 もし魔人が関わっていた場合、ルートゥミレス町で起きた事件と酷似(こくじ)、または類似(るいじ)している可能性は高いと思われる。だから情報を(あさ)るポイントは――

 規模のでかい失踪事件、陰惨(いんさん)な事件、人の魔物化といった情報を追っていた。


 見落としているのか、はたまた起こってはいないのか。

 それらしき情報は、今のところどこにも転がっていない。

 これは他国の話だが――行方不明となっていた少女達が、魔物の巣窟(そうくつ)となっていた洞窟で、喉元(のどもと)()っ切られた状態で発見されたという事件がある。


 しかしこの件は賊に(さら)われてしまい、賊同士による抗争に巻き込まれた(すえ)での悲劇と断定されている。これはこれで、陰惨で、とても悲しい事件ではある。

 だが魔人が関与していれば、より最悪だったに違いない。


(目覚めつつある……まだ、魔人全員は目覚めてない……)


 魔人の発言など鵜呑(うの)みにはできないが、魔神関連の情報は何一つとして進展していないのも、また事実ではある。その流れから使徒も探るが、同様に成果はない。

 咲弥が嘆息(たんそく)を漏らした直後、不意の足音が聞こえた。


「よう。おはようさん」

「あ、ゼイドさん! おはようございます!」


 紺色の髪をした熊型獣人、ゼイドが気さくに手を上げた。

 いかつい顔に微笑を(たた)え、ゼイドはテーブル席に着く。


「今日はずいぶん、遅いお目覚めだったらしいな」

「あっ……レン君から聞いたんですか? そうなんですよ。なんだか、ここ最近の疲れが、どっと出たみたいなんです」

「はは。体調管理は、冒険者としては基礎だぞ」


 似た言葉を、別の仲間からも送られた記憶がある。

 咲弥は自身の頭を()で、苦笑して誤魔化しておいた。

 苦い空気を裂くように、両手にトレイを持った女店員――酒場の店員に(ふん)した、紅い瞳を持つ銀髪の少女が現れた。


「はぇ……? く、紅羽?」


 咲弥は目を見開き、驚きをもって少女の名を口にした。

 レンの意味深な言葉の意味が、今になって理解に(たっ)する。

 トレイをテーブルに置き、紅羽が無表情で挨拶してきた。


「おはようございます。咲弥様。こんにちは、ゼイド」

「く、紅羽……何してるの?」

「咲弥様がお目覚めになられませんでしたので、少し厨房をお借りしていました」

「そ、そうなんだ……ごめんね」

「いいえ。問題ありません」


 咲弥はどこか安堵(あんど)しつつ、置かれた料理を眺めていく。

 どれも酒場では、見られない料理ばかりであった。王都の料理というよりは、ルートゥミレス町での品々だと思える。

 紅羽の行動を、それとなく察した。


「これ全部……紅羽が?」

「はい。お食べになってください」


 ゼイドが不敵な笑みを見せた。


愛妻(あいさい)料理かい? なら、俺は口にできねぇな」

「ちょ、ゼイドさんっ……」


 途端の恥じにうろたえ、咲弥は言葉に詰まる。

 国際大会前のインタビューで、紅羽が咲弥の嫁と公言して以来、たまにこうしてからかわれていた。何度やられても、慣れるものではない。


 そうなる理由は、国際大会後の祭りで紅羽から不意打ちのキスを受けたからだ。からかわれるたびに、あの日の記憶が鮮明によみがえってしまう。

 ただ、あの日から――紅羽と進展があったわけではない。


 そもそも、本当にキスしたのかどうか疑うくらい、いつも通りの日常、普段と変わらない対応を紅羽から受けている。

 だから彼女は、ゼイドにも淡々とした声で応えた。


「いいえ。どうぞ。たくさん作りましたから」

「ほう。それじゃあ、お言葉に甘えていただくか」


 ゼイドが料理を取り皿に盛り始める。

 その間に、咲弥は紅羽にお礼を告げた。


「ありがたくいただくね。紅羽」

「はい」


 紅羽が表情を変えずに(うなず)き、椅子にちょこんと座った。

 ゼイドが料理を盛った取り皿を、差し出してくる。


「ほい、咲弥のぶんだ」

「あ、ありがとうございます」

「それじゃあ、いただくとするか」

「はい! いただきます」


 まず口に運んだのは、新鮮そうな野菜だった。

 ルートゥミレス町で味わった記憶のあるドレッシングが、ほどよくかけられている。甘味と酸味が絶妙に混じり合い、舌の上を激しく踊った。

 ゼイドも野菜を食べ、感嘆(かんたん)の声を上げる。


「話しには聞いていたが、こりゃあ……確かにうめぇなぁ」

「料理を始めた頃から、すでに美味しかったですからね」


 ゼイドに応じてから、紅羽へ視線を移した。

 どこかぼんやりと、こちらのほうを見据えてきている。


「今回も、とても美味しいよ。ありがとう」

「喜んでいただけて、よかったです」

「紅羽は何も食べないの?」

「はい。調理中につまみ、お腹は満たされています」

「ん……そっか」


 咲弥は相槌(あいづち)を打ち、()いで魚料理へと手を伸ばした。

 スパイスの利いた料理は、胃袋を大いに満たしていく。

 少し重く感じはしたものの、味の質がそれを忘れさせた。


「酒場のメニューに、加えてほしい料理ばかりだ」

「マスターに、のちほど頼んでみましょうか?」


 紅羽の提案に、ゼイドは大きく(うなず)いた。


「ああ。ぜひ、頼んだぜ」


 ゼイドが応じた直後、奥のほうから複数の足音が鳴る。

 現れたのは、三人の――


「やぁあああん! 紅羽ちゃぁああん!」


 冒険者ギルドの受付嬢――柔和(にゅうわ)な顔立ちをしている青髪のミリアが、まるで飛びつくような形で紅羽に抱き着いた。

 紅羽は微動だにせず、なされるがまま頬ずりされている。


「もう来てたのね、あんた達」


 後頭部で赤髪を(まと)めたネイが、呆れ声を投げた。

 (りん)とした顔立ちの彼女の青い瞳が、右へ左へと揺れる。


「私の故郷(こきょう)にある料理ばかりじゃない。どうしたの?」

「紅羽が厨房を借りて、作ったみたいです」

「料理もこなせるなんて、最高じゃない紅羽ちゃぁん」

「へぇ。私もついでに、いただこうかな」


 ミリアを無視したネイの言葉に、紅羽がこくりと(うなず)いた。


「はい。たくさん作りましたから」

「そんじゃあ、いっただきぃ!」

「あぁん! 私も食べる食べるぅ!」


 ネイとミリアも席に着き、料理を取り分けていった。

 冒険者ギルドの職員――栗毛のロイが紅羽に問いかける。


「わりぃけど、俺も一緒にいいか? 腹減っちまってさ」

「はい。遠慮はいりません。食べてください」

「いやぁ、マジ! 助かるぜぇ!」


 了承を得たロイも、輪に混じって料理を食べ始めた。

 食事の最中、ロイが思いだしたような声を(つむ)ぐ。


「ああ、そうそう。あのさ、咲弥君」

「あ、はい」

「実は今日、お前にある人からメッセージが届いてんだ」

「僕に……ですか?」


 咲弥は首を(ひね)る。

 誰からなのか、まったく予想もつかない。


「ああ。咲弥君の通信機のIDがわからねぇから、ギルドのほうへわざわざメッセージを飛ばしてきたって感じだな」

「そうなんですか。どなたからのメッセージなんですか?」

「オメェや紅羽が、よく知っているはずの人物さ」


 もったいぶるロイに、咲弥は閉口したまま待ち続ける。

 ロイは不敵に笑い、予想外の人物の名を口にした。


「ラングルヘイム帝国出身の上級冒険者――アイーシャだ」


 咲弥ははっと息を呑む。

 冒険者資格取得試験の(さい)、試験官を(つと)めた者であった。

 かなり気性の荒い性格だったと、咲弥は記憶している。


「アイーシャさんが? どうして……?」

「さあ? 事情はよく知らんが、メッセージには――どんな事情を差し置いても、二週間以内に我らが帝国に来るべし。って、そう書いてあった」


 咲弥はつい苦笑が漏れる。

 確かに、アイーシャらしいメッセージではある。


「あとな……メッセージとは別に……」

「ははは……まだ、何かあるんですか?」


 なんとも言えない渋い顔をして、ロイは重く口を開いた。


「一〇〇〇万スフィアが送金されてた……」

「グフォッ……!」


 咲弥は(あや)うく、口のものを吹き出しそうになる。

 どんな事情か知らないが、ただ事ではないと予感させた。

 ロイは片手を振り、苦い声を発する。


「たぶんその金を使い、大陸を渡って来いってこったな」

「えぇえ……」

「まあ、ラングルヘイム帝国なら、飛行船で行けるが……」

「あぁあ……」


 咲弥は途端に、ひどく重い気分を抱える。

 飛行船は、なるべくなら乗りたくはなかった。咲弥にそう思わせる原因を作った張本人が、そのアイーシャでもある。

 咲弥が深く悩んでいると、ネイがお気楽な声を投げた。


「別にいいじゃない。つか、私らも連れてってよ」

「ラングルヘイムか……俺は行ったことがねぇな」


 ゼイドがフォークを(くわ)えたまま、虚空を見上げた。

 ネイは口の中にあるものを、ごくりと飲み込む。


「私もないわね。観光がてらに行きましょ。咲弥のお金で」

「いいなぁ……私も紅羽ちゃんと、旅行したいなぁ……」


 ネイとミリアの発言に、咲弥はつい苦笑する。

 行く気満々(まんまん)のネイが、片目を細めてミリアのほうを(にら)む。

 ゼイドは身を抱え、ぷるぷると震わせている。


「しかし一〇〇〇万なんて大金……そう(おが)めないぜ……?」

「私の全財産ぐらいですね」


 紅羽がそっけない声で、会話に参加する。

 ネイが空笑いを飛ばした。


「そういえば、あんたもなかなかにお金持ちだったわね」

「俺ら庶民(しょみん)には、なかなか手の届かない世界だぜ」

「昔はあんたが、お金の工面(くめん)をしてたってのにね」


 ネイの発言に、咲弥は衝撃を受ける。

 確かにあの頃は、ゼイドに散々(さんざん)お世話になっていた。

 ゼイドに恩を返す意味も込め、咲弥はこくりと(うなず)く。


「わかりました……アイーシャさんに、明日に立つとお伝えできますか?」

「ああ。明日に出るなら、着くのは()()()ぐらいか」

「えぇっ?」


 咲弥は震撼する。

 飛行船ですら、四日もの旅路(たびじ)となるらしい。


「あんたね……大陸を二つ三つと越えるのよ?」

 ネイが呆れた声で続けた。

「私の故郷までの道のりとは、そりゃあ訳が違うわよ」


 信じたくない事実に、咲弥はただ身を震わせる。

 ほんの数時間ですら、地獄に思える耐久の連続であった。四日間など、耐えられるはずがない。


「えぇ……ちょっと、さすがに無理ですよぉ……」

「海での船旅なら、二週間以上はかかるかもしれんぞ?」

「指定の二週間には、間に合わないかもね?」


 ゼイドとネイの言葉に、咲弥は眩暈(めまい)を覚える。

 ネイはいたずらっぽく笑った。


「最悪。固有能力を使って気絶したら? ゼイドが(かつ)ぐし」

「はははっ!」


 無茶苦茶なネイの提案に、咲弥は逆に笑ってしまった。

 しかし確かに、背に腹はかえられない状況ではある。

 飛行船での恐怖か、限界突破での激痛か――


「別に普通の睡眠薬で、よろしいのではないですか?」


 心底(あせ)った咲弥は、二択しかないと本気で思っていた。

 紅羽の言葉が、まるで神の一言だと感じられる。


「さ、最悪……それで、お願いできますか?」

「オメェがそれでいいってんなら、別に構わんが」


 ゼイドは苦笑まじりに、了承してくれた。

 ずんっと重い気分を抱え、咲弥は深いため息をつく。

 それに対して、ネイは陽気(ようき)な声を飛ばした。


「そんじゃあ……目指すは、ラングルヘイム帝国ね!」

「今日はちっと、帝国関連の情報でも(あせ)ってみるか」


 ゼイドは腕を組み、うんうんと(うなず)いた。

 咲弥はふと、紅羽と視線が重なる。


旅支度(たびじたく)を整えておきます」

「うん。そうだね」


 (ほが)らかに微笑んだ紅羽を見て、咲弥はつい頬に熱が宿る。

 神々しい美貌(びぼう)を持つ少女に、再びミリアが抱き着いた。


「お洋服たくさん持って行きましょうね。あっちは暑いから……あと、写真もたくさん送ってね。危ない目に()ったら、すぐに言ってね。お姉さん仕事ほっぽり出して、すぐにでも駆けつけるから。それに何があるかわからないから――」


 ミリアがいつもの呪詛(じゅそ)を始めた。

 石像みたいに固まる紅羽を眺め、咲弥は食事を進める。




 一通のメッセージから――

 咲弥達の長い旅の幕が上がったのだ。





 大きな変更はありません。

 こまごまとした部分を修正しました。

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