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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第三章 訪れる邂逅
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第三十九話 いつの日かきっと




 国際大会の閉幕後、咲弥は紅羽の少し後ろを歩いていた。

 銀髪をふわりとなびかせ、紅羽は黙々(もくもく)と前を進む。どこへ向かっているのか、何も聞かされていない。ただついてきてほしいとだけ、そう頼まれたのだ。


 石造りの路地を抜けた先に、(さび)れた小さな広場があった。

 (ひさ)しく人が訪れていなかったらしく、中心にある(こけ)むした噴水はかろうじて機能してはいるが、雑草や落ち葉によってかなり(あれ)れ果てた空間となっている。


 そんな人の気配がない場所に、たった一人――

 黒衣を着た銀髪の美女が、樹を背にして(たたず)んでいた。


(……五號(ごごう)


 未来の紅羽だと思える女の姿に、咲弥は静かに戸惑う。

 閉幕式のときにはもう、五號の気配はどこにもなかった。だから咲弥が昏睡(こんすい)している間に、この場所で五號と落ち合う約束を()わしていたに違いない。


 咲弥達の存在に気づいたのか、五號が優美(ゆうび)に振り返った。

 印象的な紅い瞳が、咲弥達のほうへと据えられる。


「来たか」


 五號の前で、紅羽は立ち止まった。

 事情は知らないが、いつでも動ける準備はしておきたい。

 紅羽の斜め後ろを陣取(じんど)り、素早く空色の紋様を浮かべる。

 しかし紅羽が、すっと左手を横に伸ばした。


「問題ありません」

「……大丈夫?」

「はい」


 紅羽は短く応答してから、五號に問いかけた。


「オドで場所を知らせましたね? なんの用ですか?」


 紅羽の発言に、咲弥はやや引き気味に驚く。

 そんな方法でやり取りしたとは、夢にすら思わなかった。

 五號は感情のこもっていない、淡々とした声を(つむ)いだ。


「じきに、ここを立つ」

「そうですか」

「その前に少し、言っておきたい」

「なんでしょう?」

「あそこがどうなっているのか、知っているのか?」

「私にはもう、何も関係ありません」

「そうか」

「はい」

「お前がいた頃よりも、ずいぶん迷走している」

「そうですか」


 これほど淡々と――感情の欠片もない会話は(めずら)しい。

 まるでAI同士の会話を、咲弥は聞いている気分だった。


「本題を話してくれませんか? 時間の無駄です」


 紅羽が冷たく言い放った。

 五號は眉根一つ動かさない。


「――強くなったな」

「私には、咲弥様がいますから」

「だが、私よりも上は――もはや異次元だ」


 紅羽に負けたとはいえ、五號はとてつもなく強い。

 そんな者が、さらに強い者がいると示唆(しさ)した。

 信じられないといった気持ちを、咲弥はこっそりと抱く。


「特に、一號(いちごう)――あれはもう、()()()()に踏み込んでいる」

「そうですか」

「忠告しておく。ロヴァニクス帝国には戻ってくるな」


 咲弥は、ふと首を(ひね)る。

 ここ最近、どこかで聞いたことのある国名であった。

 咲弥が記憶の糸をたぐっている最中、紅羽が五號に問う。


「一號は、あそこに?」

「ああ。紋章兵団第一将軍をやっている」


 咲弥のほうへ、五號の紅い瞳が流れてくる。


「関わりがあるのかは知らないが、ついでに教えておこう」

「……え?」

「そこの、第四将軍――ルニス・アニマという黒髪の女だ」


 今度は、初めて聞くはずの名であった。

 咲弥は閉口したまま、五號の言葉を待つ。


「お前と同様、天使を()した紋様を持っている」


 咲弥は総毛立(そうけだ)った。

 まさかの情報に、一瞬だけ思考が完全に停止する。


「因果関係は知らないが、聞いて(そん)はなかったか?」

「あ、はい……」

「一號は、あの女を存在として認識しているのかあやしいが――あの女の腹は、かなり黒く(よど)みきっている。充分、気をつけることだ」


 五號の助言に驚きながらも、咲弥はお礼の言葉を告げた。


「あ、ありがとうございます」

「なぜ……?」


 紅羽は短い問いを発した。

 五號は顔色一つ変えずに答える。


他意(たい)はない。ただ、なんとなくでしかない」


 その言葉を最後に、しばしの沈黙が流れる。

 紅羽には、何か思うところがあったのだろう。

 そんな思考の間を経て、紅羽が口を開いた。


「咲弥様の力を使えば、あなたの呪縛(じゅばく)を解除できます」

「呪縛……?」

「心の中にある、私達を制限している呪縛です」

「ふむ。そうか。しかし、遠慮(えんりょ)しておく」

「なぜ?」

「私はもう、手遅れだ。必要ない」


 五號は、きっぱりと紅羽の提案を突っぱねた。

 紅羽はどこか、(さび)しげな表情が浮かぶ。


「心は、お前のように強くもさせれば、弱くもさせるのだ。私はこのままでいい」

「そうですか」

「話は終わりだ」


 五號は去ろうとしたが、紅羽が両手を広げて止める。


「待ってください」

「なんだ?」

「私はいずれ、あそこを破壊しに行きます」


 唐突(とうとつ)すぎる紅羽の予告に、咲弥は驚愕するほかない。

 五號は淡々とした声で応える。


「そうか。ならば、そのときは()()――敵同士だ」

「もう二度と、私達のような者が造られないために――今も無理矢理生かされ続けている、私達の母を長い生の呪縛から解き放ちたいんです」


 紅羽の言葉を聞き、咲弥はそれとなく理解した。

 普段は心情を明かさないが、紅羽もいろいろ考えている。


「好きにすればいい」

「はい。あと――」

「なんだ」

「とあるお方から、あなたへ言伝があります」


 五號から初めて、戸惑いの雰囲気が感じ取れた。


「……? 誰だ?」

「初代白銀の戦姫からです」

()()はもう、人としての(てい)をなしていない」

「白銀の戦姫が、まだ生きていた頃――ある仲間の一人に、私達へと向け、言伝を頼んだようです」

「ほう」

「『心の(おもむ)くままに、自由に自分の人生を歩めばいい』と」


 五號は閉口した。

 おそらくは、母からの言葉に何か想っているに違いない。

 しばらくしてから、五號は(いさ)ましい声を(つむ)いだ。


「そうか」

「はい」

「わかった」


 五號は颯爽(さっそう)と歩いた。

 咲弥の横を通り過ぎる、その瞬間――


()を頼んだ」


 不意の耳打ちに、咲弥は驚きをもって振り返る。

 少しばかり、五號を誤解していたのだと気づいた。


 心のない人間などいるはずがない。たとえどう育てられていようとも、ただ押し殺されているだけに過ぎないのだ。

 五號の言葉から、それがよくわかった。


 紅羽にしたことは、とてもひどい仕打ちであった。だが、五號なりに、何か考えがあっての行動なのかもしれない。

 それを未来永劫(みらいえいごう)、彼女はきっと語らないだろう。


 それでも、そう思わせてくれるだけの言葉はあったのだ。

 五號が去ったのち、紅羽が疑問を述べる。


「何を言われたのですか?」

「え……?」


 五號は知られたくないから、耳打ちしたのだろう。

 それをそのまま告げていいのか、咲弥は少し悩んだ。


「ああ……まあ……いいお姉さんだね。って、ことかな」

「意味がわかりません。ただの敵ですが?」

「ははは……」


 咲弥は苦笑で誤魔化しておいた。


「それに……ネイ達は()()()、何をしているのですか?」


 一瞬、紅羽の言葉の意味を、咲弥は呑み込めなかった。

 紅い瞳が流れたほうへ、咲弥も視線を投げる。

 隠れていた様子の、ネイとゼイドが姿を現した。


「ネイさん……それに、ゼイドさんも」

「いやあ、さすが紅羽。バレちゃってたかぁ」

「俺の気配の殺し方が、まずかったのかもしれん」


 少なくとも、咲弥はまったく気づかなかった。

 紅羽の察知能力が、ずば抜けて高いだけだと思える。

 ネイは紅羽の前で足を止め、両手を腰に置いた。


「何があるかわからないでしょ? だから、念のためにね」

「まあ、取り越し苦労だったな」


 ゼイドは腕を組み、いかつい顔に苦い笑みが張りついた。

 紅羽は顔を少し()せてから、ネイ達のほうを見据える。


「そうですか。ありがとうございます」

「その時が来たら、私達も力を貸すよ?」

「いいえ。しかしこれは、私の問題ですから」


 遠回しに突っぱねるや、ネイが紅羽と肩を組んだ。


「私達の間柄(あいだがら)が何か――言ってごらん?」

「……仲間です」

「だったら、もうわかったわね?」


 紅羽はしばし閉口してから、(やわ)らかに微笑んだ。


「はい。そのときは、よろしくお願いします」

「ほい。了解」


 呆然と眺めていると、ネイが青い瞳を向けてくる。


「それはそうと……あんたらは、もっと練度を高めな?」


 ゼイドと一緒に、苦笑が漏れる。

 全勝者からの言葉に、反論する余地(よち)などどこにもない。

 紅羽が胸に手を据え、静かに、しかし力強い声を(つむ)いだ。


「私も……もっと、もっと強くなります」

「よし! それじゃあ、明後日からみんなで修業しますか」


 ネイは笑みを浮かべ、けらけらと笑った。

 ゼイドが虚空を見上げ、(あご)を指で()でる。


「明日は、王城に(まね)かれるんだよなぁ……緊張するぜ」


 ゼイドの言葉に、咲弥は不安げに問う。


「僕、正装なんかないんですが……どうしましょう?」

「いらないでしょ。今のままの格好でいいんじゃない?」


 ネイの適当な発言に、咲弥は頬を少し引きつらせた。


「えぇ……絶対、何か問題ありますって」

「大丈夫。なぁんも問題ないって」


 咲弥は悩んだが、今から正装を用意するのは難しかった。

 恥を覚悟で、(のぞ)むしかない。


「それじゃあ、今日は二人でお祭りを楽しんでおいでよ」

「お前ら初めてなんだろ? 初めて同士わくわくしてこい」


 ネイとゼイドの提案に、咲弥ははっとさせられた。

 折角(せっかく)のお祭りなのに、いまだまったく楽しめていない。

 咲弥は紅羽を見据え、笑みを作ってから()いた。


「どうする?」

「はい。行きましょう」


 紅羽は小首を(かし)げながら、そっと微笑む。

 ネイはうんうんと(うなず)き、人差し指を立てて言った。


「明日の朝、またみんなで集まるわよ。遅刻厳禁(げんきん)ね!」

「はい!」

「おう」

「了解しました」


 そして、次第に日が(しず)んでいく――

 夜の王都は、イルミネーションで(いろど)られていた。

 さまざまな色が(きら)めき、幻想的な光景が広がる。


「わぁあああああ……凄いや」


 咲弥は感嘆(かんたん)の声を上げ、周囲をゆっくりと眺めた。

 初めて王都に来た頃の記憶が、ぼんやりとよみがえる。

 そんな場所で、こうしたお祭りは初めての出来事だった。

 隣にいる紅羽が疑問を口にする。


「咲弥様。これから、どちらへ行かれるのですか?」

「適当に歩けば、何か見つかるかも? まあ、歩くだけでもたぶん、普通に楽しめるよ。お祭りの楽しみ方の一つだね」

「了解しました」


 咲弥は紅羽と並び、ゆっくりとした足取りで進んでいく。

 ただでさえ、普段から王都には人が多い。しかし、昨日の大会の予選に向け、他国からさらに人が流れてきている。

 警備兵(けいびへい)の数も多く、普段の数倍は強化されているらしい。


 出店の大半は食べ物だが、中にはミニゲームもあった。

 見たことのあるゲームもあれば、内容が(つか)めないゲームもたくさんある。その一つに指を差して、紅羽に声をかける。


「紅羽、あのゲームやってみない」

「ゲーム? なんですか?」

「きっと輪投げだね。離れたとこから輪を投げる遊びかな」

「了解しました」


 咲弥達は輪投げ屋を前にした。

 普通の輪投げとは、少しばかり内容が違う。

 輪投げは輪投げだが、ボーリングに近い形式であった。


「お? 大会優勝者の二人じゃないか!」


 店主に言われ、咲弥は苦笑で応えた。


「映像でだが、ちゃんと応援してたよ」

「あ、ありがとうございます!」

「一回、五〇スフィアだが、やっていくかい?」

「はい! 二人分です」


 咲弥は一〇〇スフィアを、店主に手渡した。


「五つの輪を投げて、棒を倒すんだ。合計の数が多いほど、景品も豪華になるよ」


 店主から輪を受け取り、咲弥は指定の位置に立つ。

 紅羽も並び、じっと咲弥のほうを見据えてくる。


「よし。それじゃあ、僕からいくよ」


 少し遠めの棒に、咲弥は輪を投げる。

 想像した以上に届かず、棒の手前で落ちた。


「あ、あれ? もう一度!」


 今度は力を入れて投げるが、あさっての方向に飛ぶ。

 もはや、苦笑で誤魔化すほかない。

 結局、倒せた棒は三つであった。


「えぇえ……難しいなぁ……これ……」

「ははは……残念だったねぇ。はい、三つ倒した景品だ」


 店主から、飴玉の入った袋を一つ受け取る。

 咲弥が肩を落とすや、紅羽が投げ始めた。

 最初から最後まで、すべてパーフェクトで終える。


「……こりゃあ、驚いたなぁ。さすがチームリーダーだったお(じょう)ちゃん。かなりの腕だねぇ。パーフェクトの景品は……治癒(ちゆ)の紋章具だ。持っていきな」


 かなり豪華な賞品が用意されていた。

 紅羽は治癒の紋章具を受け取る。

 無表情ではあったが、どこか困った雰囲気を感じ取れた。


「凄いね、紅羽!」

「ありがとうございます。これ、いりますか?」

「ははは……紅羽には確かに、そうだね。ありがとう」


 咲弥は紅羽から、治癒の紋章具を貰った。

 それから、またあてもなく歩き始める。

 道中――買い食いをしながら、ゲームの出店を眺めた。


 サイコロやコインを扱うゲームのほか、中には玉転がしに釣り的なものまである。ゲームの種類は本当に豊富(ほうふ)で、ただ見ているだけでも()きない。

 紅羽が楽しめそうなゲームを見極(みきわ)め、咲弥もそこで一緒になって楽しんだ。


 咲弥と違い、紅羽はだいたい豪華景品を獲得(かくとく)していた。

 自信のあった型抜(かたぬ)きでさえ、咲弥は敗北を(きっ)する。

 ふと気づけば、いつの間にか見慣れた公園に辿(たど)り着く。


「だいぶ歩き回ったし、少し休もうか」

「はい」


 王都を訪れてから、よく座っていた長椅子に腰を下ろす。

 夜空を見上げ、咲弥はお祭りの余韻(よいん)(ひた)る。

 (おだ)やかな雰囲気の中――紅羽が(つぶや)くように口を開いた。




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