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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第三章 訪れる邂逅
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第三十八話 その先に見たもの




 咲弥は呼吸を必死に整え、次の行動を模索する。

 まだラグラオに二度、白爪をくらわせたに過ぎない。


「はぁ……はぁ……」


 ラグラオは胸に添えた手を落とし、ククッと笑った。


「使い物にならねぇはずの腕を、(むち)みてぇに扱ったのか……一回戦の試合を観たときにも思ったが、なるほどな……お前、相当イカレてやがるぜ」

「ただ……必死なだけです」

「つまらねぇ大会だと思ったが、面白れぇ。出てよかった」


 固有能力が切れたのか、ラグラオの体が縮んだ。

 首筋に手を当てて、ラグラオは首をコキッと鳴らす。


「俺は()()だ。だから()()()()()が、どれぐらいやばいのか知ってる。気なんか抜かない。お前を全力で叩き潰すぜ――絶対の王者!」


 言いながらに浮かべられた黒い紋様が、激しく弾け飛ぶ。

 再びラグラオの体が、一気に巨大化した。

 ラグラオの言葉は、相手への最大の賛辞(さんじ)だったと思える。

 しかし咲弥はもう、立つことすらも困難な状態にあった。


 水の精霊が脳裏(のうり)をよぎったが、特に反応は感じられない。

 おそらく、()()()()()()()さらさらないのだと思われる。


(それでも、僕は……)


 奥歯を()み締め、咲弥は震えながらに立ち上がる。

 血を流し過ぎたからか体が冷え込み、視界が(かす)んでいた。

 咲弥の胸の中に、さまざまな思いが駆け巡っていく。


 最終的な話でいえば、それは自分のためではあった。

 天使から与えられた使命を果たす。その前にできる限りの準備をしておかなければならない。つまり優勝して、等級を少しでも上げておく必要があるのだ。


 ただそれとは別の想いが、咲弥の胸の大半を占めている。

 この広い世界の中で奇跡的に巡り会い、日々を一緒に駆け抜けてくれている大切な仲間達――自分はいったい、どんな恩返しができるのだろうか。


 応えなくてはならない。立ち上がらなければならない。

 仲間達の頑張りを、無駄にできるはずなどないからだ。

 手助けをしてくれている、仲間達の恩に(むく)いるため――


「僕は絶対……負けられません!」


 咲弥は自身を鼓舞してから、漆黒の腕を構える。

 ラグラオは豪快に笑った。


「いいぞ! ()()()――どっちが生き残るか決めるぞ!」


 ラグラオが咲弥のほうへ、全速力で向かってきた。

 くっと息を詰め、咲弥はただラグラオを注視(ちゅうし)する。

 一撃でもくらわせられれば、(おん)の字に違いない。

 最後の最後まで――咲弥は諦めない。


「さあ、始めるぞぉおおおっ――!」


 ラグラオの鋭い爪が、咲弥の眼前に迫る。

 もはやそれは、無意識での出来事であった。

 ひらりと風に乗るネイのように、咲弥は爪撃(そうげき)を回避する。


 ラグラオの攻撃はやまない。もう片方の手が振るわれた。

 今度は紅羽みたいに、紙一重でラグラオの力を受け流す。

 そしてゼイドに近い構えを取り、全力で黒拳(こっけん)をラグラオの腹に叩き込んだ。


「ぐぉはぁっ……!」


 きっとそれは、ただの見様見真似(みようみまね)だったのかもしれない。

 極限状態に(おちい)った先に見たものは――仲間達の姿だった。


(まだ……僕は、戦える……)


 ラグラオの攻撃を受け流し、かわし、反撃に打って出た。

 あらゆる感覚が、どんどんと遠退(とおの)いて消えていく。

 負った傷のせいで、体力が急激に奪い取られていたのだ。


 無音の世界に(おちい)り、視界は針の穴程度しか見えない。

 それでも、着実にラグラオへダメージを与えている。

 どれほどの時間が経ったのか、もう何もわからなかった。


「やはりな! 手負いの獣ほど、怖いものはねぇよなぁ!」


 ラグラオの声が、ずいぶんと遠く聞こえた気がした。

 少しでも止まれば、もう二度と動けない。

 そんな予感を感じながら、咲弥は最後の一撃を目論(もくろ)んだ。


 咲弥は空色の紋様を虚空に描いた。

 ラグラオもまた、黒い紋様を顕現(けんげん)する。


闇火(やみび)の紋章第二節、黒龍の襲撃」


 闇と火属性の合成紋章術――

 ラグラオの右手付近から、(すさ)まじい黒炎(こくえん)が放たれる。

 黒炎は範囲が広く、咲弥に()ける力は残っていない。


 灼熱(しゃくねつ)が肌を焼き、身が(すく)むような激痛に咲弥は襲われる。

 あまりに激しい熱のせいで、呼吸すらも上手くできない。

 ジッ、ジリッ――と、そんな音が聞こえた。

 咲弥は肺に残った空気を絞り出し、禁断の言葉を唱える。


「げん……かぃ……とっ……ぱ……」


 それはまるで、世界の停止にも等しい空間であった。

 痛みや苦痛がすべて消え、咲弥はラグラオの横へと移る。

 本気でやれば、殺してしまいかねない。だから致命傷(ちめいしょう)にはならない程度の威力(いりょく)で、ラグラオの肩を黒拳で殴りつけた。


(吹き飛べ……!)


 咲弥は即座に、固有能力を解除する。

 確実に訪れる全身の激痛を、わずかでも緩和(かんわ)したかった。

 しかしそれが、判断の(あやま)りであったとすぐに気づく。


「ぁ……」

「ぐぉおおおお――っ?」


 ラグラオを黒拳で打った衝撃が、爆風を巻き起こした。

 吹き飛ぶラグラオと同様、咲弥も大きく弾き飛ばされる。

 意識がそこまで、(いた)らなかった。


 予想外の出来事に対処する力が、もう残っていない。また限界突破で消えていた痛みが、まるで思いだしたかのようによみがえってきたのだ。

 咲弥は火傷(やけど)()った目を、必死に見開く。


 そして、最悪な光景をまのあたりにする。

 咲弥は限界突破の力加減を見誤(みあやま)った。想像を遥かに超え、巨大化で体重が増していたに違いない。ラグラオはリングの(はじ)――落ちる寸前のところで(とど)まっていた。


(くそっ……くそっ……くそぉっ……こんな……)


 そんな光景を最後に、咲弥の視界は暗転(あんてん)する。


《国際大会最後の大将戦、咲弥選手がリング外に出たため、ラグラオ選手の勝利。チームの戦績が引き分けとなり、国主(こくしゅ)方々(かたがた)による投票となります》


 最後の最後で、()めの甘さが出てしまった。

 師のラルカフが観ていたら、きっとため息をついている。

 暗い視界、(うつ)ろな意識の中――

 (くや)しい思いが、胸にじわじわと湧く。


「うぁ……がぁ……あがっがっ……」


 限界突破を全開で扱った代償が、途端(とたん)に生じ始めた。

 受けた傷も(あい)まって、死ぬのではないかと感じられる。

 激痛が限界を超え、咲弥の意識は瞬時に途切れた。






 気がつけば、そこは白い天井のある空間であった。

 ぼんやりとした視界のまま、咲弥は天井を眺める。

 ふと、覗き込んでくる顔が三つ――


「咲弥様……お目覚めになられましたか?」

「まったく……いつもいっつも、あんたは気絶ばっかりね」

「無事そうでよかったぜ。回復にはまだ時間かかりそうか」


 紅羽、ネイ、ゼイドが、それぞれ言葉を発した。

 咲弥は起き上がろうとしたものの、体が(なまり)のように重い。


「いぃ――っ!」


 あまりの激痛に、咲弥は変な声でうめいた。

 まだ体中に、限界突破を扱った代償が残っている。

 ネイがじっとりとした目で(にら)んできた。


「あんたさ……治癒術(ちゆじゅつ)を、万能(ばんのう)な奇跡と勘違いしてない?」

「え?」

「あんたの体……結構、ぎりぎりだったってよ」


 左腕を確認するが、しっかりと動きそうではあった。

 充分に奇跡の(たぐい)に思える。

 咲弥はそっと吐息をつき、ネイに謝罪の言葉を送った。


「無茶して、すみませんでした」

「まあ、無事でよかったわ」

「はい」


 沈黙が訪れ、咲弥はふと記憶がよみがえる。


「そういえば、大会は……?」

「ああ……」


 ゼイドが重い相槌(あいづち)を打つ。

 ネイが、呆れをふんだんに含んだため息を漏らした。


「ほんと、男どもは(なさ)けない。全勝したの、私らだけよ?」


 無表情の紅羽と、ネイは肩を組んだ。

 これには、咲弥も苦笑するほかない。


「あんたが気絶したあと、投票になったんだけどさ……」

「残念ながら……」


 ネイは気落ちした声を響かせ、ゼイドは首を横に振った。

 その様子から、咲弥は察する。

 きっと、投票の差で負けたに違いない。


(そっか……あと、一歩だったのになぁ……)


 じわりとした(くや)しさが、苦しいほど胸に募った。

 大将戦を振り返れば、反省点はいくらでもある。

 静寂に包まれる中で、紅羽がそっけない声を(つむ)いだ。


「私達が優勝になりましたが?」

「ふぇ……?」


 咲弥は目を丸くして、思わず情けない声が漏れた。

 予想外の言葉に、思考が少し停止する。

 ネイとゼイドが、けらけらと笑った。


「びっくりした?」

「俺達、一票差で勝っちまったんだぜ」

「え、ええ? 本当ですか?」

「ああ」


 満面の笑みで、ゼイドは鷹揚(おうよう)(うなず)いた。

 咲弥は開いていた口を閉め、全員の顔を一通り眺める。

 優勝が事実だと知り、複雑な気持ちが咲弥の胸を訪れる。

 (うれ)しさが半分、しかしもう半分は自身への呆れであった。


 なんとも締まらない最終試合となったに違いない。

 できれば投票などではなく、勝利して(まく)を閉じたかった。

 自分らしいといえば、自分らしいのかもしれない。


「つか、私らに票を入れなかったのは、精霊を認めなかった連中だろうね。まったく……ちょっと頭が固すぎるのよね」

「とはいえ……半分以上は、俺らに入れてくれたんだ」

「投票って、結構時間がかかったんですか?」


 咲弥の問いに、ゼイドは答えた。


「かなり()めたらしいが、そこまで時間はかかってないな」

「まあ、そんなわけで――もうすぐ、閉幕式が始まるわよ」


 少し前屈みになりながら、ネイはそう答えた。

 咲弥は少し驚かされる。同時に、疑問が浮く。


「もう終わってるんだと思ってました。今回は僕、どれだけ眠ってたんですか?」

「大将戦が終わってから、まだ一時間ぐらいだぞ」


 素早く解除したからか、それほど昏睡(こんすい)には(いた)っていない。

 ただ早く目覚めた分だけ、激痛の余韻(よいん)もかなり酷かった。

 全開放の限界突破は、どう足掻(あが)こうとも苦痛を(ともな)う。


「最悪、昏睡(こんすい)したまま、閉会式に出るところだったわね」


 ネイの(りん)とした顔に、いたずらな笑みが張りつく。

 いまさらではあるが、それは参加者の一人としてはかなり寂しく感じられた。


 自分が知らない間に閉幕しているのは、きっと肩透(かたす)かしを食らったような気持ち悪さが、胸の中で残ったに違いない。咲弥はどこか、ほっとした。

 突然ゼイドが迫り、咲弥の掛布団をはぎ取る。


「歩けないだろ? 背負(せお)ってやるよ」

「えっ……」


 ゼイドが腕を(つか)んできて、戸惑う咲弥をさっと背負う。

 傷みが響くと同時に、なにやら妙に恥じ入った。

 ゼイドに出会って、まだ間もない頃の記憶がよみがえる。

 ゴブリンの巣窟(そうくつ)から逃げるときも、こうして背負われた。


「あ、すみません……ありがとうございます」

「なぁに。いいってことよ」

「それじゃあ、行きましょうか」


 ネイと紅羽を先頭に、ゼイドも歩き始める。

 長い廊下を進み、そして――

 リングへ通ずる通路に辿(たど)り着くや、アナウンスが響いた。


《まもなく、閉幕式を始めます。選手一同、リングへ》

「ぎりぎりだったわね」


 ネイが短い吐息を漏らした。

 あちこちで破裂音と火花が飛び、大歓声(だいかんせい)が吹き荒れる。

 派手(はで)な会場の中を、紅羽を先頭に進んでいく。

 各国の選手達が、リングに(つど)った。ただ、全員ではない。


 二名だったり、三名だったりするところも多く見られる。不安要素の一つだった紅羽の姉も、どこにも姿はなかった。

 動けないのか、来られないのか、理由まではわからない。

 選手がリングに集い終えるや、アナウンスが響き渡った。


《それではこれより、閉幕式を始めます――》


 閉幕式では、レイストリア国王から言葉が送られた。

 今回の国際大会が、無事に終わりを迎えたことの賛辞(さんじ)から始まり、各国の国主への挨拶、出場者達への(ねぎら)いの言葉――そして、平和への祈りで締め(くく)られる。


 最初は、あまり乗り気ではなかった。

 しかし今回の大会を経て、得られたものはかなり大きい。

 その中でも、使徒と出会えたのは一番の収穫だろう。そのほかにも、戦闘面での足りなかった部分がよく理解できた。

 今後の方針にも、大いに役立つに違いない。


《それでは、皆様――優勝した紅羽チームに盛大な拍手を》


 咲弥はつい、顔がほころんだ。

 この世界にたった一人で放り込まれ、今はこれほど大勢の人達から拍手を送られている。それはどこか(うれ)しくもあり、また恥ずかしくもあった。


 すべては、奇跡の連続に過ぎない。

 何か一つでも(たが)えていれば、今ここにはいないのだろう。


 豪快に手を振るゼイドと、軽快な動きで観客を楽しませるネイに、無表情のまま手を振っている紅羽――本当に心から(ほこ)れる仲間と巡り合えた。

 ()()()()()強くなればなるほど、咲弥の心は(きし)み続ける。


 もう二度と――

 もとの世界で過ごしていた頃の自分には戻れない。


 死ぬ瞬間が訪れる、そのときまでずっと――

 咲弥の心は軋み続けるほかないのだ。




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