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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第三章 訪れる邂逅
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第三十七話 負けられない




 紅羽の上半身を抱きかかえ、咲弥は大きく呼びかけた。


「紅羽! しっかりして! 紅羽! 紅羽!」


 紅羽の状態に、咲弥は血の気が引く。

 想像を(ぜっ)した戦いの(すえ)に、紅羽は虫の息となっていた。

 紅羽を呼びかけながら、咲弥は漠然と試合を振り返る。

 まるで、現在と未来の紅羽同士が戦った――そんな感想を強く抱かせる。


 戦いの最中に、紅羽は五號と何か喋り合っていた。しかし激しい激闘(げきとう)から発生した音にかき消され、咲弥からでは聞き取れなかった部分はとても多い。

 ただ(はた)から見ても、しっかりと伝わった部分はある。


 あの紅羽が、本気で激怒した。

 初めて見せる紅羽の姿に、少し戦慄(せんりつ)したのを覚えている。

 髪飾りを壊されたのが、よほど頭にきたみたいであった。


 確かに咲弥も、悲しい気持ちになったのは(いな)めない。

 しかし咲弥からすれば、髪飾りよりも紅羽のほうが遥かに大事だと思っている。だから自分の身を(かえり)みない戦い方は、あまりしてほしくない気持ちではあった。


「紅羽……しっかりしてくれ……」

「咲弥、様……?」


 (うつ)ろではあるが、かろうじて意識を取り戻した。


「紅羽! よかった……」

「……すみ……ません……」


 紅羽の声を聞き、咲弥はひとまず安堵(あんど)する。

 紅羽の震える手が、そっと自身の頭へと向かった。

 髪飾りがあった場所を確認するかのように、彼女は銀髪を()で続けている。


「……髪飾り、すみま……せん……」

「別にいいんだ。紅羽が無事で、本当によかった」

「だって……だってあれは……咲弥様が……くれた……」


 ぽろぽろと涙を流す紅羽を見て、咲弥は言葉に詰まった。

 どう言えばいいのか、少し言葉を選ぶ。


「ほら、あの言葉だけど……想いは形となり、やがて想いの中へ溶けていく……だった、かな? 紅羽の心の中に残ってくれてるんなら、それで全然いいんだ」

「咲弥……様……」

「今はとにかく、ゆっくり休んで……」


 紅羽は力のない笑みを浮かべた。


「はい……オドが……尽きて、しまいました」

「……紅羽の口から、そんな言葉が出るなんて奇跡だね」


 咲弥は苦笑まじりに伝えた。

 おそらくは、二度と聞けない言葉かもしれない。

 治癒師(ちゆし)達がやってきて、紅羽を風の担架(たんか)へと乗せた。


「あとは、僕に任せて」

「はい……」


 治癒室のほうへと、紅羽は素早く運ばれていった。


《これより、リングの修復に入ります。咲弥選手は待機所に移動してください》


 アナウンスの声が、少し遅れて咲弥の脳へと届く。

 ぼんやりとしていた咲弥は、(あわ)てて待機所に戻った。

 紋章具か何かで、施工士(せこうし)達がリングを迅速(じんそく)に修復する。

 そんな光景を眺め、咲弥は仲間達の戦いを振り返った。


 精霊を召喚するほどの戦いを、全員がしいられている。

 精霊との対面がなければ、全敗していた可能性が浮く。


(僕は自由に、精霊様を召喚できないんだよなぁ……)


 大将戦に出るラグラオも、きっと強いに違いない。

 映像を観た限りでは、双剣(そうけん)の使い手であった。


 紋章術もいくつか見たが、どれも自己強化系が多い。

 ラグラオとの戦いを、頭の中でシミュレーションする。

 不意に、アナウンスから声が響いた。


《この大将戦で紅羽チームが勝利、または引き分けた場合、優勝チームが決定します。ラグラオチームが勝利した場合は、国主(こくしゅ)方々(かたがた)による投票となります》


 もし投票ともなれば、勝敗はまったく見えなくなる。

 さすがにここまできて、()()()の結果など迎えたくない。


(僕が勝てば……それで、全部綺麗に終わるんだ……)


 そのことが、咲弥にプレッシャーを与えた。

 そしてついに、リングの修復が完了する。


《両チームの大将、リングに上がってください》


 咲弥は緊張を抱え、リングの中央へ進んだ。

 ラグラオもまた、向かって来ている。

 中央に立つや、ラグラオは双剣を抜いてから喋った。


「正直、驚いたぜ。国が用意した五號を倒すとはな」

「必死です。僕達も、優勝を狙っていますから」

「それは俺達とて、同じだ」


 ラグラオの姿が、たちまち狼っぽくなっていく。

 それはまさに、人狼(じんろう)と呼べる容姿であった。


「さあ、これが最後の戦いだ。得物(えもの)を手にしろ」

「はい」


 咲弥は紋様を浮かべ、黒白の籠手を呼び出した。

 少量のオドを籠手に流し込み、すぐさま解放する。


《それでは、大将の咲弥選手対ラグラオ選手――開戦!》


 咲弥は目を大きく見開く。

 ラグラオが目を見張るくらい、俊敏(しゅんびん)な動きを見せた。

 その脚力は、まさに獣のそれだと思わせる。


「悪いが、倒させてもらうぜ」

 ラグラオは黒い紋様を浮かべた。

「闇の紋章第四節、闇夜(やみよ)の怪鳥」


 ラグラオは全身に、紫黒色(しこくしょく)のモヤを(まと)った。

 ラグラオの動きが、さらに速さを増していく。

 だが、目で追えないほどでもない。


(僕は……もっと速い人を知ってる)


 紅羽やネイの姿を脳裏(のうり)に浮かべながら、咲弥は間を(つか)む。

 タイミングをはかり、ラグラオに白爪(はくそう)を送った。

 ラグラオは片方の剣で弾き、もう片方の剣で突いてくる。

 咲弥は漆黒の手で、向かい来る剣を掴んだ。


 弾かれた純白の腕を回し、下から白爪を振り上げる。

 ラグラオは危険を察知したのか、掴まれた剣を捨てた。

 一本の剣を捨てたラグラオは、()ねるように後退する。


「危ねぇ危ねぇ。その白いのは、本当に厄介(やっかい)だなぁ」


 咲弥は(つか)んだ剣を、リングの外へと放り投げた。

 これで少なからず、ラグラオの戦力はダウンするだろう。

 ラグラオは呆れたしぐさを見せた。


「お優しくないねぇ」

「一応、勝負ですから」

「ははっ! 見た目にそぐわず、修羅場(しゅらば)(くぐ)ってんな」


 いつもなら苦笑していたが、今は試合に集中している。

 注意力が散漫(さんまん)になってしまう前に、咲弥は動きだした。


「次は、僕から行きます!」


 咲弥は突っ走り、漆黒の手を大きく振り上げた。


黒爪(こくそう)空裂(からさ)き」


 やや離れた位置から、黒爪を振り下ろした。

 (くう)を裂いた衝撃は、ラグラオへと飛んでいく。

 ラグラオは持ち前の素早い動きで、当然の回避を見せる。

 しかしそれは、咲弥が予想した範囲内での行動であった。


 (にら)んだ通りの場所へ、ラグラオは逃げている。

 咲弥は即座に飛び上がり、再び空裂きを放つ。


「黒爪空裂き」

「げぇ!」


 驚きの形相(ぎょうそう)をするラグラオに、空裂きが命中する。

 リングにも、少しばかりの爪痕(つめあと)がつく。

 咲弥は着地するや、一気にラグラオへと向かった。

 そのとき――異変を視界に捉える。


(空裂きが……効いてない?)

「なるほど……()()()()()かい」


 ラグラオはにやりと笑い、咲弥のほうへと距離を縮めた。

 空裂きでは、あまりダメージを与えられていない。獣人の防御力をなめていたわけではないが、ここまで効かないのは少しばかりショックではある。


 ラグラオが、咲弥の周囲を素早く駆け巡った。

 咲弥を翻弄(ほんろう)したのち、ラグラオが途端(とたん)に詠唱する。


「闇の紋章第八節、夕闇(ゆうやみ)(たたず)み」


 ラグラオは紋様も浮かべず、いきなり紋章術を発動した。

 驚いた直後、咲弥の体が固まって動けなくなる。

 明らかに、なんらかの紋章術を受けていた。


「え……なん……で……?」

「これまでは見せなかった、奥の手さ」


 ラグラオは剣を四方へと振り、咲弥へとゆっくり迫る。

 咲弥は激しく(あせ)った。

 精神系すべてを切り裂ける、白手(はくしゅ)すらも動かせない。

 ラグラオが鋭く突き、そして剣先を咲弥の(ひたい)(とど)めた。


「さあ、降参(こうさん)するか、斬り(きざ)まれるかを選べ」

「うぐぅ……!」

「無駄だ。どう足掻(あが)いても抜け出せねぇよ」

(こんな……こんなあっさり……)


 咲弥が負ければ、国主達による投票で勝敗が決する。

 試合で()せれば有利になるとは言っていたが、正直あまり期待はできそうにもない。精霊の召喚に関して、少なからず()を唱えた国主がいるからだ。


 だから勝敗がどう転ぶのかが、まったくわからなくなる。仲間達が必死に積み立ててきた努力が、すべて水の泡となる可能性は(いな)めない。

 咲弥はなかば無意識に覚悟を決め、空色の紋様を描いた。

 体は動かせずとも、紋様はしっかりと反応している。


「清水の紋章――」

「チッ!」


 ラグラオがやや慌て気味に、咲弥の左肩を剣で突いた。

 熱にも似た激痛のあと、重みのある痛みが広がっていく。


「ぐがぁっあああ! だ、第一節、降り(しき)る雨」


 咲弥は痛みを()み殺し、それでもなお唱えた。

 空色の紋様が弾け、上空から弾丸の雨が降り(そそ)ぐ。

 咲弥は自分もろとも、紋章術で攻撃を仕掛ける。

 しかしラグラオは、機敏(きびん)な動きで場から離れていった。


 咲弥ただ一人が、水の弾丸に打ち抜かれる。

 心臓の鼓動みたいに、傷を負った箇所(かしょ)がじんじんとした。


「ふぅ……はぁ……ふぅ……はぁ……」


 紋章術が消え、息を整えながらラグラオを見据える。

 ダメージはまったく与えられなかったものの、ラグラオが発した謎の紋章術の効果は解除されていた。どれだけ痛くて死にそうでも、()()()ならまだ戦える。


 人の心は矛盾(むじゅん)に溢れていた。紅羽に自分を(かえり)みない行為はあまりしてほしくないと思っておきながら、自分もまた――仲間のために、似たことをしている。

 負けられない、または(ゆず)れない想いがそうさせた。


 紅羽もきっと、同じだったのかもしれない。

 そんなことを思いつつ、咲弥は足を前に踏み出した。

 自分の紋章術で受けた怪我が、思った以上に酷い。


 足はとても重く、一歩進むたびに体中から悲鳴が上がる。

 ラグラオの獣の顔に、不敵な笑みが張りついた。


「はっ……お前、かなりイカレてんぜ?」

「僕は……絶対に、負けられませんから……」

「人間のくせに、まるで俺ら獣人みたいな奴だ……いいね。最高だ! お前!」


 なかば地を滑るように、ラグラオが向かってくる。

 嬉々(きき)としたラグラオに対し、咲弥はかなり深刻(しんこく)な状況へと(おちい)っていた。ラグラオに剣で左肩を突かれたせいで、左腕がまったく動かせなくなっている。

 まるで左腕が、自分の腕とは思えない重さに感じられた。


(もう白手は使えない。それでも……みんなの頑張りを……無駄にはできない!)


 ラグラオの剣技を、咲弥は漆黒の手でさばいていく。

 現状、速度や近接戦闘の精度は、ラグラオに()があった。斬撃をいなすたびに激痛が響き、どんどん押されている。

 ラグラオが高笑いした。


「はぁーはっはっ! いいぞ! アガってきたぁあああ!」


 ラグラオはなぜか攻撃をやめ、大きく飛び退()いた。

 自ら最後の剣を投げ捨て、黒い紋様を虚空に顕現(けんげん)する。


「絶対の王者」


 ラグラオの体が途端に(ふく)れ、巨人のごとく巨大化する。

 ゼイドに似た自己強化の固有能力――肉体だけではなく、あらゆる面が強化されている様子だった。(まと)っているオドの流れすらも、かなり力強くなっている。


「さあ、行くぜぇ!」


 巨体ではあるが、機敏な動きは(そこ)なっていない。

 むしろ巨体だからこそ、圧迫感(あっぱくかん)が増している気がした。

 ラグラオの大きな手が振られ、咲弥は漆黒の腕で(ふせ)いだ。


 力の差が歴然(れきぜん)であり、咲弥は軽々と吹き飛ばされる。

 宙に浮く咲弥を、ラグラオは踏みつける形で蹴りを放つ。


「がは――っ!」


 背骨が砕けたような不吉な音が、咲弥の耳へと届いた。

 本当に背骨が砕けていた場合、もう二度と動けなくなる。じわりとした焦燥感(しょうそうかん)に駆られ、とっさに最小限の動作のみで体中の反応を確認した。


 どうやら背骨ではなく、リングが砕けた音だったらしい。

 咲弥は奥歯を()み締め、黒爪で反撃しながら空色の紋様を虚空(こくう)に描きだした。


「水の紋章第二節、天空の砲撃」


 咲弥の右手から、蒼く輝いた線がラグラオへ伸びていく。

 軽く片腕で(ふせ)がれたが、距離を取ることには成功する。

 ラグラオは唇に舌を()わせ、恐ろしい速度で迫ってきた。

 ラグラオが繰り出す猛攻撃を、咲弥は黒手で応じる。


(なんでなんだ……?)


 咲弥は戸惑いつつも、応戦しながらに思案する。

 ネイの対戦相手も、思えば似た感じではあった。

 威力(いりょく)を抑えているとはいえ、無傷なのはありえない。

 何かがおかしいと、確かにそう感じられた。


(エーテル……じゃ、ないはずだけど……)


 それは間違いないはずだった。エーテルであれば、存在を知っている咲弥には、見ればすぐに違いがわかる。

 紋章術は通じづらいが、黒爪はちゃんと回避していた。


(あとは……白手……)


 咲弥と戦った相手は、誰もが白手を危険視していた。

 オドを奪われるのは、さすがにまずいと踏んでいる。

 使徒のクードは、少なからずそうだった。オドを極限まで失った場合、本来なら自主的に解除しなければならない固有能力が、勝手に消滅してしまうからだ。


(ラグラオさんは……本当に……それだけか……?)


 疑問の答えなど、出るはずがない。

 唯一(ゆいいつ)のボロは、白手を(おそ)れたということだけなのだ。

 しかし咲弥の左腕は、もう動かせそうにない。

 痛みのせいもあるが、おそらくは神経を斬られていた。


 こちらの世界には、神秘的な力の治癒(ちゆ)がある。だからまだ平静を(たも)てているが、これが仮に地球での出来事であれば、大惨事(だいさんじ)以外の何物でもない。

 逆にいえば、だからこそ多少なりとも無理が()く。

 咲弥は奥歯をギリッと()み締め、痛みを全力で(こら)えた。


(僕は――負けられないんだ!)


 ラグラオの鋭い爪が、咲弥の右肩をかすめた。

 瞬間――咲弥は全力で勢いよく回転する。

 その反動を利用して、純白の腕を(むち)のごとく振り回した。


 ラグラオの狼に酷似した顔が、驚愕に(いろど)られていく。

 白手は動かせないと、そう判断していたからに違いない。


「しまっ――!」

「うぉおおおおっ!」


 咲弥は雄叫(おたけ)びを上げ、ラグラオに白爪を振るう。

 ラグラオの胴体を、打つように白爪で切り裂いた。そして勢いを殺さず、さらに回転して白爪による追撃を浴びせる。

 ラグラオは胸に手を添え、大きく後退していく。


 全力で回転したせいで、咲弥の頭がぐらりとぐらついた。

 リングに黒爪を刺し、膝をついた姿勢で固まる。

 それでも、咲弥は視線をラグラオにじっと(そそ)ぎ続けた。




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