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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第三章 訪れる邂逅
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第三十五話 風の大ギャンブル




 精霊の性格を知っているネイは、渋々ながら声を(つむ)いだ。


「……ちょっと、力を貸してくんない?」

「えぇええ……どうしよっかなぁ……」

「早くして! オドの消耗が激しくなるでしょうが!」

「大丈夫よ。私は別に、何も消耗しないわけだし?」


 噂や伝承以上に、風の精霊は自由気ままであった。

 ネイはやや(あせ)りながら告げる。


「ちょ……ほんと、お願いだから!」

「んぅ……?」

「精霊といえども、我が打ち砕いてみせるわ!」


 フェリアティールへ迫り、マジェンは大斧を振り下ろす。

 まるで虫を払うように、フェリアティールは手首を振る。


「慌てない慌てない」

「ぐぉおおお――っ!」


 やはり、風の精霊の力は(すさ)まじい。ネイでは身構えさせることしかできなかったが、マジェンの巨体を風で軽々と吹き飛ばしていく。

 どこからともなく、フェリアティールが(さい)を取り出した。


「もぅ、しょうがないわね。さあ、どんな目が出るかしら。もし最悪な目が出れば、どうなってしまうか――しっかりとわかっているわね?」


 目が出なければ、最大で三回やりなおせる。

 もし四回目に目が出ない、あるいは一、二、三と目が出た場合、攻撃は何も実行されない。さらにネイのオドだけが、根こそぎ奪われるはめとなるのだ。


 そして四のゾロ目が出た場合、紋章者の命ともいえる(せつ)の一つがランダムに奪われてしまい、以後は同系統の紋章術が二度と編み出せなくなる。

 ネイが応える前に、マジェンが声を張った。


「ならば、術者を先に倒してくれるわ!」


 マジェンが素早く襲いかかってきた。

 ネイは脇腹の激痛をぐっと(こら)え、短剣を持って応戦する。

 そんなさなか、一の妖精が声を張った。


「全員整列!」


 マジェンの大斧が上空から迫り、ネイは素早く後退する。

 リングが大斧にえぐられ、砕けた破片がネイに飛来した。

 傷つきながらも、ネイは若草色の紋様を描いて唱える。


「くっ――風の紋章第四節、自在の旋風」


 第四節は攻撃系統に属した紋章術ではない。

 扱い方次第では攻撃にも使えるが、本来は自由自在に風を操って運搬(うんぱん)を目的とした術なのだ。だがきっと、マジェンは持ち上げられないだろう。

 (あん)(じょう)、マジェンが即座に無色の紋様を顕現(けんげん)した。


「力の紋章第二節、自縛の平地」


 まるで大岩のごとく、マジェンは微動だにしていない。

 予想した通りの展開に、ネイは頬に軽い笑みを乗せた。

 マジェンの行動を(しば)れている。今はそれで充分なのだ。


 ネイは妖精達を、ちらっと見る。

 横一列に、妖精達は並んでいた。


無我(むが)の領域!」


 固有能力を発したマジェンが、唐突(とうとつ)に暴風を突き抜けた。

 ネイははっと息を呑み、驚愕が胸を訪れる。

 同時に、やっとマジェンの固有能力の効果を呑み込んだ。


 相手の放った紋章術を、かき消せる能力で間違いない。

 咲弥の白爪(はくそう)と似ているものの、明らかに劣化版ではある。とはいえ、きっとマジェンは素の状態でも、紋章術に対して耐性が高い。その事実は無視できなかった。


「点呼! はい、一!」

「ニィ」

「サァン」

「シー……」

「グォウ!」

「ロォオオオオオクゥウウウウウウウ」

「停止ぃっ! やり直し! イーチ」

「ニィー!」

「サンサン!」

「フォォオオオ!」

「停止ぃいいい! やりな――」

「とっとと(さい)を振れぇえええっ!」


 ネイは脇腹の激痛をも忘れ、人生で初めてと言えるくらい腹の底から絶叫した。

 マジェンの大斧を短剣でいなし、ネイは声を張り続ける。


「私のオドが、やられるつってんでしょうがぁっ!」

「やれやれ……本当に、せっかちさんねぇ……」


 フェリアティールが(つぶや)き、賽が高く放り投げられる。

 ネイは即席のエーテルを精製して、紋章術を発動した。


「風の紋章第二節、妖精の輪舞」


 激しい風が巻き起こり、マジェンの全身を(おお)い尽くした。

 風の牢獄(ろうごく)に捕らえた直後、賽がリングを大きく跳ね返る。

 ネイは再度紋様を描き、じっと待機(たいき)しておく。


「ゾロ目はダメ。ゾロ目はダメ!」

「一のゾロ目は特にダメ。一のゾロ目は特にダメ!」


 妖精達が祈るように、手を合わせている。

 これにはネイも、妖精達に同感を禁じ得なかった。


 もし一の目が(そろ)った場合――この会場全体が、吹き飛んでしまう事態になりかねない。風の精霊フェリアティールは、ギャンブル要素がとても強い精霊なのだ。

 だからこそ、あまり精霊を召喚したくなかった。


「しゃらくせぇえええっ!」


 マジェンの行為を、ネイは(いぶか)しく思う。

 風の牢獄をなぜか、力任せに(やぶ)ろうとしている。

 ネイは第二節(妖精の輪舞)を、連発する覚悟をしていた。

 思いと裏腹に、マジェンは固有能力を扱う気配がない。


(そうか……そういうことね……)


 ネイはようやく、マジェンの分析(ぶんせき)が完了した。

 やはり、咲弥の劣化版(れっかばん)に過ぎない。もし咲弥が相手だった場合、この手法は絶対に使えない。オドの消耗もなく、彼は白爪で簡単に切り抜けてしまうからだ。


 しかしマジェンが紋章術を打ち破るには、紋様を浮かべて固有能力を発するしかない。そこにどうしても、少なからず間が生じる。

 だから連続で拘束するのは、悪くない策だと踏んだのだ。 


 思わぬ好機が、ネイのもとを訪れてくれた。

 マジェンは固有能力の再発動に、時間的な制限がある。


(これなら……いける!)


 ネイは放った第二節(妖精の輪舞)に、全力でオドを流し込んだ。

 マジェンを拘束中に、最初の出目は一と出る。

 次いで、二の数字が出た。


(うっ、嘘でしょ……?)


 愕然(がくぜん)としてしまい、ネイは血の気が一気に引いた。

 ゾロ目とは別の、最悪な目である可能性が高まる。

 オドを根こそぎ奪われるだけなど、まったく笑えない。


「あぁ! やばぁい!」

「もうだめだぁ!」

「サンサンきちゃうー!」

「きゃー!」

「やだぁ!」

吾輩(わがはい)を呼んだかい?」


 そして、最後の一つが――一の目を出した。


「あぁー! よかったぁ!」

「よっしゃあ!」

「やったぜい!」

「ふむ、我かぇ」

「やってやれぇい!」

「ぶちかませぇー!」


 二の妖精がキリッと、額に手をかざした。


「我! これより、出陣しまする!」

「うむ。死なばもろともよ」

「兄つぁん! さようなら!」


 そしてついに、風の拘束をマジェンに打ち破られた。

 ネイはかなり疲労がひどく、だらんと姿勢が垂れる。

 しかし、気力を振り絞って怒鳴(どな)りつけた。


「しょうもない劇してる暇あんなら、早くやりなぁあっ!」


 ぴんっと伸ばした手を(ひたい)()え、二の妖精が振り返った。


「了解であります! 上官!」


 二の妖精が、マジェンのほうへ数歩向かった。

 マジェンは大斧を振りかぶり、激しく重い足音を立てる。


「クソがぁあああ!」

「我、やっちゃうであります! 死んだら、すまんね」


 マジェンが無色の紋様を浮かべ、二の妖精へ詰め寄った。


「精霊だろうがなんだろうが、消し飛ばし――」


 二の妖精は手を前にして、マジェンの言葉を(さえぎ)った。


「地獄の烈風」


 それはまさに、一瞬の出来事であった。

 四方八方から吹く風が、濁流(だくりゅう)のごとく巨体に襲いかかる。

 マジェンの体は強制的に()じられ、同時に切り刻まれた。

 強烈な衝撃音を響かせ、尋常ではない風が吹き荒れる。


「さぁてと……帰ってみんな寝ましょうか。ふぁぁあ……」


 欠伸(あくび)を漏らしながら、精霊と妖精は一斉(いっせい)に消え去った。

 途端にネイの中にあるオドが、ごっそりと消滅する。


「うっ、うぇえええ……」


 激しいオドの消耗に、ネイはひどい吐き気をもよおした。

 眩暈(めまい)も覚え、頭がくらくらとする。

 静寂に包まれる中、ちらっとマジェンの様子をうかがう。


 身動きが少しも取れそうにないくらい――まるで、惨劇(さんげき)に近い状態に(おちい)っていた。両手足が複雑に折れ曲がっており、ところどころで血が噴き出している。

 一見して、立ち上がることは絶対にないと理解できた。


(まぁた、咲弥に……なんか言われちゃいそう……)


 そう思うものの、精霊の力がなければ確実に負けていた。

 それほどまでに、マジェンは本当に強かったのだ。

 紅羽以外に――久々に出会った強敵に、ため息をつく。


 これでも真面目に、日々訓練してはいるつもりでいた。

 それでも届かない相手が、世界には数多くいるのだろう。

 まだまだ、練度(れんど)がまったく足りない。


 ただ――新しい力の存在を知った。精霊の存在も知った。

 そして付け焼き刃のエーテルでは、届かない相手もいる。

 今回の経験を踏まえ、ネイはさらなる目標を立てられた。

 訓練次第ではあるが、高みへの道はすでにひらけている。


《次鋒ネイ選手対マジェン選手――ネイ選手の勝利》


 アナウンスが響くや、観客席から大歓声が飛んだ。


(ちぇっ……もっと格好いいところ……見せたかったのに)


 ネイはその場にへたり込み、ぐったりと力を抜いた。



    ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 へたり込んだネイの(そば)に、咲弥は紅羽と駆け寄った。

 胴が裂かれており、血が流れ出ている。


(酷い怪我だ……すぐ治癒師(ちゆし)に、(いや)してもらわなきゃ)


 咲弥はそう思い、ネイに声をかける。


「ネイさん、すぐに治癒を……」

「へへっ……やってやったぜぃ」


 ネイは無理矢理作ったような、力のない笑みを見せる。

 咲弥は(うなず)きで応じてから、治癒師の到着を待つために立ち上がろうとした――突然、ネイに腕を(つか)まれて(とど)められる。

 その行為のせいで痛みが響いたのか、ネイは震えている。


 しばらく待つが、特に何か言ってくるわけではない。

 咲弥は小首を(かし)げ、閉口したまま待ち続ける。

 これまでの流れから、ふと言葉が浮かんだ。


「戦っている姿、格好良かったですよ」


 ネイは驚いた顔を見せ、にっこりと笑った。

 そうしている間に、治癒師がやってくる。

 ネイは風の担架(たんか)へと乗せられた。


「気をつけて。なんか……普通じゃないから」


 何が普通ではないのか、咲弥にはよくわからない。

 確かに、とても強そうな相手ではあった。だが、見ていた限りでは、特に異常的なものは何も感じられない。


 しかしネイが言うのであれば、きっと何かあるのだろう。

 咲弥は了承しておく。


「わかりました。気をつけます」

「……うん。頑張ってね……」


 むしろ普通ではないのは、ネイのほうではないかと疑う。

 普段は見せない弱気な雰囲気が、()()()()になっている。


「はい」


 ネイが運ばれていく姿を、少しぼんやりと眺めた。

 不意に、背後から殺気に近い気配を感じ取る。

 振り返ると、そこには仮面の者がいた。


(なんなんだ……この人……)


 すっと刀を抜き、仮面の者が紅羽へと剣先を向ける。

 それは無言での、宣戦布告であった。


「次は、私が出場します」


 紅羽は仮面の者のほうへ、数歩だけ歩み寄った。

 紅羽の雰囲気から不安を覚え、咲弥は声をかける。


「紅羽……?」

「今ようやく、この者の正体が判明しました」


 つい眉間に力を込め、咲弥は首を(ひね)った。

 仮面の者と(にら)み合うように立つ、紅羽の後姿を見つめる。

 仮面やフードを、ゆっくり脱ぎ捨てていく。咲弥は言葉を失い――仮面の下にある素顔を、ただじっと凝視した。


 風に流れる長い()()に、()()()をした――紅羽の数年後を彷彿とさせる、神々しいほど美しい容姿をした女であった。

 紅羽よりも少し背が高く、また大人びた顔をしている。

 その見た目から、紅羽の()にあたる存在だと考えられた。


五號(ごごう)

「まだ生きていたとは驚いた。元七號(もとななごう)


 紅羽の声を、初めて聞いたときのことを思いだした。

 とても機械的であり、感情の感じられない声をしている。


「お前の死骸(しがい)が見つからないと、聞いた記憶がある。こんな遠く離れた地にいたとはな。失敗作の元七號」

「私は……元七號ではありません。紅羽です」

「欠陥品には不相応(ふそうおう)な名。君が現在の(あるじ)か?」


 五號の紅い瞳が、咲弥のほうへと流れる。

 まるで射殺すような、激しい威圧感が放たれていた。

 たったそれだけで、計り知れないほどの実力を察知する。


「咲弥様。待機所へ移動してください」

「……大丈夫……?」

「はい。お任せください」


 紅羽はどこか、ぎこちない微笑みを(たた)えた。

 聞きかじった程度だが、紅羽の過去はとても辛辣(しんらつ)だった。その事実を思えば、おそらくは止めるべき展開に違いない。


 だが、何かしら思うところがあるのだと察する。

 咲弥は悩んだ末に、こくりと(うなず)いた。


「わかった。気をつけて」

「了解しました」


 五號のほうを振り返り、紅羽は静かな声で了承した。

 咲弥は一人、待機所に戻る。


《出場者は紅羽選手対ルイ選手に決定されました》


 ルイという名は、きっと五號の偽名なのだろう。

 謎の多い団体なだけに、咲弥の胸に激しい不安が募る。


《それでは、副将の紅羽選手対ルイ選手――開戦!》


 開戦の合図が飛んだ。瞬間――

 紅羽達は同時に、同じ速度で純白の紋様を虚空に描いた。


「光の紋章第二節、(きら)めく息吹」

「光の紋章第二節、煌めく息吹」


 当然といえば当然の話だった。

 相手もまた、紅羽と同様の術が使える。

 それはまるで、合わせ鏡にも等しい光景であった。紅羽と五號は身体強化の術を浴びながら、お互いに恐ろしい速度で距離を詰め合う。


 開幕早々、激烈(げきれつ)な戦いが始まった。

 五號の斬撃を弓でいなしつつ、紅羽は鋭い蹴り技を放つ。

 華麗に刀で(ふせ)ぎ、五號もまた蹴りで応戦している。

 どちらも紙一重で防ぐと同時に、次の攻撃に移っていた。


 剣を握る五號の手を、紅羽が蹴りつける。

 その衝撃を利用し、五號は回転斬りへと転じた。

 舞うように紅羽は()け、素早く光の矢を射る。

 光の矢を裂き、五號は紅羽の弓を蹴り上げた。

 紅羽も同時に、五號の剣を蹴り上げる。


 二人の武器が、ふわりと宙を舞う。

 今度は紅羽が刀を、五號が弓を手にした。

 初めて見せる紅羽の剣技に、そして即座に相手の弓を使いこなしている五號に、咲弥はただただ驚かされるほかない。


 さすがに、見間違(みまちが)うことなどは絶対にない。

 それでも、いったいどちらが紅羽で、五號なのか――

 気を抜けば、わからなくなるような心持ちではあった。


 もはや二人の戦いは、理解不能の領域にまで達している。咲弥が一つの動作を呑み込む間に、彼女達はすでに三つ先の行動へと移っているのだ。

 音が遅れて聞こえるほど、激しい攻防の速度が上がる。


 紅羽と五號は、お互いに一歩たりとも引かない。

 また武器が、もとの所持者へと舞い戻った。

 すでに漠然とでしか見守れない戦いの中――

 咲弥は我知らず、叫び上げる。


「紅羽!」


 鬼気迫る攻防の末、先制したのは五號であった。




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