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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第三章 訪れる邂逅
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第三十三話 仲間として




《まもなく、国際大会の決勝戦が始まります》


 アナウンスが響き、観客が熱狂的なまでの声援を発した。

 咲弥の心臓が、素早い鼓動を繰り返していく。


《戦績は、まさに圧巻の一言。今年こそは優勝を(つか)めるのか――レイストリア王国代表、紅羽チームの入場です》


 場内に破裂音が響き、ちかちかとした光が舞い踊る。

 紅羽を先頭に、咲弥達はリングへと歩いた。

 アナウンスがさらに、歓声を突き抜ける。


《こちらも、これまで圧勝を重ね、ついには決勝へ進出――サイラハス共和国代表、ラグラオチームの入場です》


 対向の出入り口から、ラグラオチームが向かってくる。

 獣人、森人(もりと)、巨人――最後の一人である仮面の者は、その容姿からでは種族どころか、性別すらも判然としなかった。

 これまでの試合すべて、紋様すら一度も見せていない。


 お互いに、リングの中央付近で立ち止まる。

 狼を思わせる獣人が、すっと手を差し出した。


「リーダーのラグラオだ。互いに、よき試合にしよう」


 紅羽は沈黙したまま、ラグラオの手を取らない。

 気まずい空気が流れ、獣人のゼイドが前に歩み出た。


「申し訳ない……うちのリーダーは、少し人見知りなんだ。こちらこそ、いい試合になれるよう、どうかよろしく頼む」


 ラグラオの手を取り、獣人同士で握手を交わした。

 銀髪の少女に視線を流し、咲弥の冷や汗は止まらない。


《両チーム、先鋒以外は待機所へと移動してください》


 ゼイドが咲弥達を振り返り、腰に両手を置いた。


「それじゃあ、先鋒は俺でいいな?」

「決勝だからって、緊張して負けないでよ?」


 赤髪を耳にかけながら、ネイがいたずらな笑みを見せる。

 ゼイドは豪快に笑い飛ばした。


「ああ。全力で頑張ってみるさ」


 ラグラオチームは、どうやら森人の選手が先鋒らしい。

 映像を観た限り、中距離型の槍使(やりつか)いだと記憶している。


 紋章術は不得意だが近接戦闘にたけた獣人に、紋章術には(ひい)でているが近接戦闘は不得意な森人――もちろん個人差はあれども、一般的な()われではそうだった。

 どちらも一長一短ではある。


 もし実力が拮抗(きっこう)すれば、どうなるのか見当もつかない。

 咲弥は胸の前に両拳を(かか)げ、意気込むように応援する。


「ゼイドさん。頑張ってくださいね」

「おう!」


 ゼイドをリングに残し、咲弥達は待機所へと向かった。


《先鋒は、ゼイド選手対ピプル選手に決定されました》


 待機所に移動したのち、咲弥はゼイドを振り返った。

 期待と不安が混じり合い、よくわからない気分になる。

 どこか祈るような気持ちで、咲弥はまっすぐに見つめた。

 ゼイドは戦斧(せんぷ)を両手に持ち、ピプルは槍をすっと構える。


《決勝戦先鋒、ゼイド選手対ピプル選手――開戦!》


 ゼイドが素早く、(さき)んじて動いた。

 距離を詰められ、ピプルは鋭い槍を繰り出す。

 ゼイドは幅の広い斧腹で、槍の先端を横に反らした。

 その直後、ピプルの深緑色の紋様がぽんっと生まれる。


「大樹の紋章第七節、極楽の楽園」


 映像では見た記憶のない、新たな紋章術であった。

 かなりの広範囲に草花が生え、一輪の大きな花が咲く。

 しかし何事もなく、そのまま草花は枯れていった。


 どんな紋章術なのか、咲弥にはさっぱりわからない。

 だが、このとき――

 すでに異変は起こっていたのだ。



    ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 ゼイドは雄叫(おたけ)びを上げ、高く戦斧(せんぷ)をかざした。


「うぉおおおお!」


 戦斧を力強く縦に振り下ろした。

 ピプルは機敏に動き、華麗に回避する。

 周辺には、枯れた草花の残骸(ざんがい)が散らばっていた。

 紋章術が放たれたはずだが、いまだ効果を読み解けない。


(おおっと……)


 突かれた槍を、ゼイドは余裕をもってかわした。

 ネイ達との訓練が、実を結んでいるのだと実感する。

 女性陣ほど速くはなく、咲弥ほどの威力(いりょく)は感じられない。


 ピプルの槍術(そうじゅつ)は、まだ発展途上であった。現状、そこまで危険な使い手には(いた)っておらず、かなりの(あら)が目立つ。

 それはおそらく、ピプル自身も理解しているだろう。

 だから基本的な動作を(じく)に据え、攻撃し続けているのだ。


(俺もまた、結構な成長をしたもんだ……)


 そんなことを、ピプルとの攻防中にしみじみと思う。

 咲弥と知り合い、明らかな変化を()げた部分がある。


 これまでも自分なりに、研鑽(けんさん)を積んできたつもりだった。だが日を追うごとに成長する咲弥を見て、少し悔しくなる。

 まだまだ自分は、努力が足りないに違いない。


《ばぁか! あんたが冒険者になれるわきゃないでしょ?》


 ふと幼馴染の言葉と姿が、ゼイドの脳裏(のうり)によみがえる。

 勝気そうな顔に呆れた笑みが浮き、彼女は言ってきた。


《ああいうのは、才能のある奴しかなれないんだって》

(やっぱり、お前が言った通り、才能の差なのかねぇ……)


 ピプルの槍を打ち落としてから、ゼイドはため息をつく。

 出会った頃は、本当に何も知らないただの少年であった。だから、ついお節介(せっかい)を焼きたくなり、行動を共にしたのだ。

 彼はどこか、ほうっておけない雰囲気を持っていた。


 一緒に過ごすにつれ、無知な少年から優しい少年に(いた)り、それから、邪悪な神を討つといった――重い使命を背負った少年なのだと知る。

 仲間となったのは、本当にただの流れに過ぎなかった。

 そうであっても、無責任なことは当然できない。


 だからゼイドは人知れず、こっそりと訓練に明け暮れた。

 咲弥達がネイの故郷を訪れていたとき――ゼイドは自分も故郷に帰っていたと、〝つい〟嘘をついて誤魔化した。

 実際は師のもと、一から(きた)え直してもらっていたのだ。


(まあ、俺が強くなっている間に、咲弥も強くなるよな)


 どうやらネイの師匠に、鍛えてもらっていたらしい。

 予選前の一週間、あまりの成長にゼイドはひどく驚いた。

 咲弥と一緒に修行しているとき、ふとある予感を覚える。


 少年はいつか、救世主と呼ばれる存在になる――そういう星の元に生まれた者なのだと、ゼイドは漠然と理解した。

 そんな救世主の卵に、仲間に誘われたのだ。

 だから――


(仲間として、冒険者の先輩として、俺も頑張るぜ!)


 ゼイドの猛攻撃をかわし、ピプルは少しばかり離れた。

 ピプルがまた、深緑色の紋様を宙に浮かべる。


「大樹の紋章第八節、目覚める茨王(いばらおう)


 映像にはなかった紋章術ばかり、ピプルは発動している。

 研究されないために、隠し持っていたに違いない。

 枯れた草花から茨が生まれ、ゼイドに襲いかかってきた。

 いくつかはかわしながら、戦斧で切り裂いていく。


(へへっ。この程度なら――)


 心の中の声が、不意に途切れた。

 目に見えない何かに、右肩を唐突(とうとつ)にえぐられたのだ。

 熱をもった痛みを覚え、ゼイドはくっと息を詰める。


(なんだ……いったい!)


 ゼイドはいったん、ピプルから大きく距離を取った。

 突然、ピプルの姿がどろりと溶け落ちる。


「な――っ! がはっ……!」


 驚きに満ちた直後、再びゼイドの腹部に激痛が生じる。

 なんの脈略もなく、背後から槍で突かれた。

 遠くに立つピプルを確認してから、視線を滑らせていく。


「くそぉ……! そういうことかい!」


 槍を引き抜かれ、ゼイドはまた大きく離れる。

 おそらくは、状態異常系の紋章術に違いない。何もないと感じていたときには、すでに(まど)わされていたと気がついた。

 視覚を惑わす紋章術か、なににしても厄介(やっかい)だと思える。


 ゼイドは脇腹を抑え、幻影らしきピプルを見据える。

 この程度の傷では、まったく致命傷にはならない。だが、ピプルはぎりぎり動けなくなる場所を、的確に狙っていた。

 昇華(しょうか)しなければ、もうじき動けなくなるかもしれない。


「うぉおおおおおお――っ!」


 ゼイドは咆哮(ほうこう)し、熊みたいな獣の姿へと昇華する。

 それから即座に、黄土色の紋様を作った。


「土の紋章第五節、砂漠の砂塵(さじん)


 紋様が砕けるや、リングを包むほどの砂が舞い始めた。

 リングの上にいる者であれば、何も見えなくなるだろう。

 しかし、術者のゼイドだけは違った。

 砂の流れから、相手の位置が明確に特定できる。


 視覚を惑わされていようとも、感知すれば問題はない。

 ゼイドはピプルの反応を捉え、素早く接近していく。

 戦斧を振り上げ、姿の見えないピプルを捉える。


「ここだぁああ!」


 何かを切ったような、確かな手応えを得る。

 次いで、攻撃に転じた瞬間――体のあちこちから、無数の痛みが脳へ直撃する。

 まるで刺されたことを、()()()()()()かのようであった。


「がはっ……! なん……だと……」


 重い音を立てて、ゼイドはリングに前から倒れた。

 少しずつ、砂塵が薄れていく。

 (そば)に立つピプルが、どこか気品めいた声で喋った。


「砂を扱い敵の位置を捕捉するのは、よい考えです――が、私の紋章術は()()()を狂わせますから、意味はありません」

「うぐぐ……」


 ゼイドはうめきながらも、必死に立ち上がろうとする。

 ピプルがゼイドの脚に、槍を突き刺した。


「ぐぁああああ――っ!」

「私の勝ちは揺るぎません。どうか、敗北宣言を」


 ピプルは、冷ややかな声で提案してくる。

 必死に呼吸を整えてから、ゼイドは言葉を返した。


「へっ……へへ……生憎(あいにく)だがな……そりゃあ、できねぇ」


 脚に刺さった槍を、ゼイドが(つか)んだ。

 ピプルは即座に、槍を回転させながら引き抜いた。


「うぐぉおおっ……」


 傷をえぐられる痛みが、電流に近い感覚をもたらす。

 反撃を恐れてか、ピプルが少し遠退(とおの)いた。


 朦朧(もうろう)とした意識の中、ゼイドは再び過去を振り返る。

 幼馴染の彼女が力強く微笑んで、握った拳をゼイドの胸にぽんと当ててきた。


《ただの凡人でもさ、最高の男になれるって証明してみな。そうしたら、私が素直にあんたの嫁さんになってやるから》

《なれなかったらどうするんだ?》

《そのときは、私がぶんなぐって叩き直してやるよ》


 幼馴染の(まぶ)しい笑顔が、今もまだ気力を与えてくれる。

 ゼイドはゆっくり、立ち上がった。


「ここで、負けちゃあ……あいつに叱られちまうからよ」

「おぉい! 出し()しみしてんじゃないわよ!」


 ネイが野次を飛ばしてきた。

 仲間を振り返らないまま、ピプルに語り続ける。


「負けたら、仲間になに言われるかわかったもんじゃねえ」

「では、もう少しばかり、痛めつけるほかありませんね」

「しかしまあ……さすが森人(もりと)だ。奇妙な紋章術が多いぜ」


 何かが、(のど)を逆流してくる。

 嘔吐(おうと)かと思ったが、吐き出したそれは血であった。

 ゼイドは、もう限界に近いのだと悟る。

 ピプルは優雅(ゆうが)な声を(つむ)いだ。


「お()め、ありがとうございます。お礼に手早く楽に――」

「だがな……こんなもの、お前さんは見たことあるかい?」


 ピプルの言葉を(さえぎ)り、黄土色の紋章を浮かべる。

 警戒したように、ピプルも深緑色の紋様を宙に描いた。


「来い、土の精霊バグラカブラ!」


 強く輝いた黄土色の紋様が、盛大に破裂した。

 地に円陣が描かれ、流砂を思わせる大渦が発生する。

 (くさり)が巻きつく、鉄製の黒い(ひつぎ)を背負った――汚れた包帯で全身をぐるぐる巻きにしているミイラが、流砂の中から浮き上がるように出現してきた。


 ピプルは大口を開け、その顔は蒼白(そうはく)に転じている。

 観客席のほうからも、騒然とする声が飛び上がっていた。


「ゲハハハ。窮地(きゅうち)満身創痍(まんしんそうい)。我の仲間となるか、ゼイド」

勘弁(かんべん)してくれ……つか、立っているのが、やっとだ」


 ゼイドは振るえる足を、戦斧を杖代(つえが)わりにして支える。

 ピプルが驚愕の声で問いかけた。


「な、なんだ……これは……?」

「我は土の精霊バグラカブラ。さあ、始めようか」

「大樹の紋章第九節、飛翔する樹片(じゅへん)


 ピプルの付近に小さな木が生え、無数の木片が飛来する。

 バグラカブラの(そば)に、宝石を思わせる鉱石が浮遊した。

 飛来してきた木片を、すべて浮遊する鉱石で(ふせ)ぎ切る。


「森人よ、次はこちらの番だ」


 バグラカブラは、耳をつんざくほどの咆哮(ほうこう)を上げた。

 あまりの爆音に、鼓膜が破れそうになる。


 瞬時に、ピプルの全身を土が(おお)った――球体となった土に向け、あちこちから発生した岩石が次々にぶつかっていく。

 激しい土埃(つちぼこり)が起こり、何がどうなっているのか見えない。


「残念。今のゼイドじゃあ、ここが限界だ」


 バグラカブラはそう言い残し、空気に溶けて消え去る。

 オドを大量に消耗し、ゼイドは地に(ひざ)をついた。


「おいおい……マジかよ……頼むぜ、おい……」


 ゼイドは驚愕の思いで、声を振り絞った。

 崩れ落ちていく土の中に、ツルに覆われた球体がある。

 そこから、ピプルが(まゆ)を破るように()い出てきたのだ。


「はぁ……はぁ……はぁ……危な、かった……」


 ピプルは息を切らしているが、まるで無傷であった。


「精霊……そんなものが、本当に……?」

「くそったれめ……俺の実力じゃ……こんなもんかよ……」


 ゼイドはぱたりと、リングに這いつくばった。

 (くや)しい思いだけが、ゼイドの心の中を()める。


 ネイや紅羽みたいにはいかない。

 才能も違えば、おそらくは努力の数も違うのだろう。

 所詮(しょせん)は凡人――そんな理解が、悔しくて仕方がない。


 いずれ、救世主と呼ばれる可能性を持った少年に対して、ゼイドは心から申し訳なく感じた。仲間だと思っているし、向こうもそう思ってくれているに違いない。

 本当に仲間でいてもいいのか、少しわからなくなる。


 足手まといになるぐらいであれば、いっそ――

 そんな考えが、薄れる意識の中で巡り続けた。




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