第三十二話 宇宙人同士
国際大会もいよいよ、決勝戦を残すのみとなっていた。
今現在――準決勝を終えたチームへの配慮のため、一時間程度の休息が設けられている。空いた時間を使い、咲弥達はそれぞれ自由に控室で待機していた。
ネイは眠そうに、ソファーの上で横になって寛いでいる。ゼイドは緊張、または神経を研ぎ澄ましているのか、かなり張り詰めた雰囲気を醸していた。
咲弥は紅羽と並び、録画されたモニターを眺めている。
やはり決勝に残ったのは、仮面の者がいるチームだった。
仮面の者に抱いた違和感の正体は、いまだ掴めていない。
どこかで会ったことがあるような――そんな感覚が、胸の中を漂い続けている。
しばらくして、不意に控室の扉がコンコンと叩かれた。
誰もが扉のほうへ向き、それから全員で顔を見合わせる。
咲弥が腰を上げ、静かに扉を開けた。
廊下にいた者達が目に飛び込み、咲弥ははっと息を呑む。そこには使徒のクードに加え、彼のチームメンバーがいた。
クードが手を上げ、まるで友人かのように挨拶してくる。
「よっ!」
「クードさん……と、その仲間の方々……」
桃色髪の竜人、モニカがひどく不満げな顔をしている。
やや憔悴気味のクードが、咲弥に問いかけてきた。
「今、大丈夫か?」
「あ、はい」
「お前と二人きりで、少し話しがしたい」
それは咲弥にとって、嬉しい誘いであった。
すぐさま、咲弥は首を縦に振って応える。
ネイが咲弥の隣に並び、不敵に笑いながら訊いた。
「なぁに? 早速、復讐かい?」
「ははは……そんな野蛮なことはしないさ」
クードは苦笑まじりに否定した。
ぐいっと、モニカが前に歩み出る。
「ほんと、あんたってば性悪ね! 信じらんない!」
「おや? どこかから声が聞こえた……幻聴かなぁ?」
「こいつ! ほんと、ムカつく! なんなの、ねえっ?」
関係のない咲弥が、なぜか代わりに怒鳴られる。
爬人の男、ドガスが暴れるモニカを羽交い絞めにした。
女獣人のパルは、なりゆきを黙って見守っているようだ。
「場所を移したい。その間、みんなはここで待っててくれ」
「ああ。了解」
ドガスが了承するや、パルは無言の頷きで応じた。
傍に集まって来たネイ達の顔を、咲弥は一通り眺める。
「それじゃあ……僕、ちょっと行ってきます」
「問題ありませんか?」
少し不安そうな紅羽に、咲弥は諭すように言った。
「大丈夫。騙し討ちするような人じゃないよ」
「……了解しました」
「よし。じゃあ、ついて来てくれ」
クードに誘われるがまま、咲弥は黙々とついていく。
すぐ付近にある部屋へ、咲弥は招かれた。そこは殺風景な場所ではあったが、声が漏れなさそうな造りをしている。
椅子の一つに腰をかけ、クードは重いため息をつく。
憔悴気味のクードに、咲弥は自然と声をかけた。
「大丈夫ですか? なんだか、疲れているみたいですが」
「ん? ああ……ははっ……別に、気にしなくていいぜ」
「は、はぁ……わかりました」
生返事をすると、クードは再び深くため息をついた。
「はぁあ……それにしても、一回戦で敗退とは情けねぇ……王女の奴に、絶対あれこれ、耳に痛いこと言われちまうな」
クードは咲弥のほうを眺め、しばし硬直する。
そして微笑してから、諭すような声を紡いだ。
「安心してくれてもいいぜ。この部屋には誰かが見聞きするような物――あるいは、術的なものは存在しないからな」
クードの言葉を聞き、咲弥は漠然と悟った。
咲弥の生まれ育った文明力など、クードが知る由もない。
だから誰でもわかりそうな言いまわしをして、この部屋の事情を伝えてきたのだろう。その点を踏まえ、クードがいた世界の文明力は高そうだと思えた。
咲弥が頷いて応えると、クードは世間話みたいに語る。
「天の間から、女王国の付近で俺は目覚めたんだ。それからまあ……いろいろあったんだが、ざっくり言えば、女王国の第二王女に求婚されてんだ、俺」
「えぇっ……? 凄いですね」
咲弥はやや引き気味に驚いた。
王族に求婚されるなど、結構な事情があったに違いない。
クードは、げっそりとした顔を見せる。
「王族なんて堅苦しい世界、俺は嫌なんだ。って言ったら、『わかりました。私は王族を捨てます』とか言い出してさ、あわや大騒ぎだ……」
「僕は王族と接する機会はないので、想像ですが……確かに面倒そうですね」
クードは首を横に振り、また深いため息をついた。
「そういや、お前の世界ってどこ? 名前とかはあるか?」
「はい。地球と呼ばれていた惑星です」
「あぁ、そうか……映像で咲弥を見たときに、もしかしたら俺と同じかもって思ったんだが、まったく違う惑星なのか」
「クードさんの世界は、どんな世界なんですか?」
クードは顎に指を添え、長めに唸った。
「惑星ルグ。電子に満ちた世界……と、言えばわかるか?」
「電子に、満ちた……世界」
「ああ……やっぱ、わかんねぇか……」
想像しながら、ただ呟いただけであった。
まるでわからないわけでもない。
「あ、いいえ。パソコンの中? みたいな感じですよね?」
「お? まあ、そうだな。空間投影デバイスっていうものを使って――たとえば紋様みたいにさ、ありとあらゆるものを立体的に空中で表示するんだ」
「ああ……」
咲弥は想像しながら、生返事で応える。
クードは肩を竦めた。
「たとえば、そうだな……通信機でなら、立体的に表示した相手との会話が可能だ。パソコンでも情報は、すべて空中に浮かべ、指、または音声で操作をする」
クードは苦笑してから続けた。
「操作をするつっても、まあ……個々に与えられた自立型の人工知能ってやつとやり取りをすれば、済んじまうけどな」
それはまるで、SFじみた世界に感じられた。
咲弥は感嘆の息を漏らし、クードへ素直に伝える。
「僕のところよりも、文明力が高いですね。コンクリートに覆われた建物に、電子機器が盛んな程度の文明力ですから」
「キューブ……あ、いや。民間人でも利用が可能な、空飛ぶ移動機とかあるか?」
咲弥は小さく唸り、ぼんやりと記憶をよみがえらせた。
「飛行機……この世界にある飛行船を、鳥みたいな形にしたものが主流でしたね」
「近代なかば頃、って感じっぽいな。俺のいたところでは、ほぼ光に近い速さで、目的の場所まで自動的に移動できる。形からキューブって呼ばれてんだ」
「光の速度……? そんなものが、ここにもあればな……」
咲弥は心の底から羨んだ。
面倒な手続きや、移動時間の長さが消えるに違いない。
クードは少し悩んだ顔を見せ、咲弥に訊いてきた。
「その繋がりで、咲弥はこの世界の文明って、どう思う?」
「うぅん……まだすべてを、見たわけではありませんから。ただ……無茶苦茶だとは思います。馬車を扱っている場合もあれば、飛行船やパソコンのような物までありますからね。機械系も場所によっては、普通に存在していますし」
咲弥の答えに、クードは小刻みに頷いた。
「だよなぁ……この世界、なんかちょっとおかしいよな」
「でもまあ、魔物がうろついている世界ですからね」
「ん? 咲弥のところには、いなかったのか?」
「猛獣とかはいても、魔物はいませんね」
「まあ、そこは俺と変わらなさそうだな……けどさ……」
咲弥は小首を傾げる。
「はい?」
「少し変な話になるかもだが、俺のいた世界では神話や伝説――つまり空想的でしかなかった存在が、こっちの世界には本当にいるんだよな……」
咲弥ははっと息を呑む。
それは咲弥にも、思いあたる節があった。
「実は、僕もです。まるで同じってわけでもないんですが、創作物でしかないと思っていた生き物とかが、この世界では……魔物として存在してましたから」
「いったい……どういうことなんだ……?」
訝しんだクードと同様、咲弥もまったく見当がつかない。
「わかりません……ですが、本当に変な話ですね。そもそも魔物だけではなく……僕のいた世界では人間以外の種族も、創作の中だけでの存在でしたから」
クードは少し、驚いた顔を見せる。
「そうか。咲弥のところは、まだ遺伝子操作できないのか」
「遺伝子操作ですか? たぶん、食べ物ぐらいですかね」
それは遺伝子操作というよりは、単なる品種改良だった。漠然とした知識のまま口にしたが、言ってから違いを悩む。
クードは腕を組み、話を続けた。
「俺のところでは、他の生物の遺伝子を人体に組み込んで、特性を引き出すなんて手術もあるからさ。まあ、俺は気味が悪いから、そんなのはしてないけどな」
本当にSFじみており、それはそれで異世界に思えた。
咲弥は不意の苦笑が漏れる。
「いまさらなんですが……僕達って宇宙人同士なんですね。なぜか今になって、それを凄く実感しました」
「はははっ! ほんっとうにいまさらだな。この世界にいる奴らも全員宇宙人だぜ? だがまあ、宇宙人なんかいるかもしれないって程度だったのになぁ」
「僕のいた世界でも、そうでしたよ」
咲弥はクードと笑い合う。
住む星が違う者同士なのに、妙な親近感が湧く。
それはおそらく、同じ境遇の者だからにほかならない。
「あのさ、訊いてもいいか?」
「はい。なんですか?」
「咲弥の叶えたい願いって、なんだ?」
咲弥は少し悩んでから、ありのままの願いを答える。
「僕は……ただ、家族にただいまって、言いたいだけです」
「……そっか。行方不明者扱いされてるだろうからな」
「はい……」
重い沈黙が流れ、咲弥は口を開いた。
「クードさんは、どんな願いを叶えたいんですか?」
「俺か? 俺は……また、会いたい奴がいるんだ」
物悲しげに、クードは呟いた。
それは家族というよりは、もっと別の何かだと感じた。
クードの言葉に込めた想いを、ぼんやりと察しておく。
クードは力のない笑みをこぼした。
「でもさ……時々、思うんだ」
「何を、ですか?」
「ばかのモニカに、堅物のドガスに、無口なパル……一緒に過ごして、多くを経験して、いろいろ知ってさ……本当に、こいつらを巻き込んでいいのかなって」
それは咲弥もまた、似た考えを持っていた。
深紫色の髪に指を通し、クードは頭をぽりぽりと掻く。
「なんかちょっと、揺らいじゃうんだよな。邪悪な神なんかほっといて、仲間とばかみたいに、はしゃいでたほうが……実はそれが、一番なんじゃねぇかって」
「本当に……僕も、同じです……少し、びっくりしました」
「ん?」
咲弥は胸の辺りにある服を掴み、言葉を紡いだ。
「……話せない部分があるから、仲間達にはちゃんと事情を説明できません。だからなんだか……仲間を騙してるような気がして、申し訳なく思うんです」
何がきっかけで、天使との誓約が破られるかわからない。だからずっと一人で、言葉や感情を抱え込むほかなかった。
しかし今は、それを気にする必要がない場にいる。
咲弥は濁流のごとく、抱えていた心情を打ち明けた。
「知れば知るほど、仲良くなればなるほど……できる限り、考えないようにはしてるんですが……ふとしたときに、僕の心の中がぐちゃぐちゃになってしまうんです。もとの世界に帰ることが、本当に正しいのか……時々、迷っています」
言い切った咲弥は、重々しいため息をついた。
クードは真面目な顔で、まっすぐ見据えてくる。
「同じ使徒と出会うのは、初めてだったが……最初が咲弥、お前でよかった」
「それも僕と同じで、クードさんが最初でよかったです」
クードと微笑み合い、ほぼ同時に無言の頷きを交わした。
「とはいえ、お前とは協力し合わないぜ?」
クードは言いながら、右拳を突き伸ばした。
「あくまでもこれは、競争なんだ……だから、負けない」
クードの言葉の意図を、咲弥はすぐ呑み込んだ。
握った拳を、クードの拳に当てる。
「僕だって、負けるつもりはありませんから」
「ああ……つっても、今回の勝負には負けたけどな」
クードが渋い顔をして言った。
咲弥は苦笑まじりに首を横に振る。
「ルールのない勝負だったら、僕は何回も殺されてました」
「そこは確かに、ネックではあったかなぁ」
クードは腕を組み、そのまま言葉を続けた。
「でも、連絡先は交換しようぜ。何があるかわからないし、いつでもコンタクト取れるのは、悪いわけではないからな」
「はい。もちろんです……あっ……」
「ん?」
「ただ僕のほうからは、伝えておきたい話があります」
小首を傾げるクードに、魔神の配下について語った。
確かに競争であり、ライバルに情報提供するのは、きっと愚かな行為に違いない。しかし、クードに死んでほしくない――そんな気持ちのほうが勝った。
さらに、もう一つ。
もしクードが自分より先に、邪悪な神を討ったのであれば――もうそれでも構わないと、心のどこかでそう思ったからという部分もある。
それはそれで、重い肩の荷が下りるような気がしたのだ。
咲弥が語っている間、クードはただ黙って聞いていた。
爽やかな顔を硬くし、クードは時折こくりこくりと頷く。
「――僕からは、以上です」
「……魔神……やっぱ、咲弥もそこを睨んでいたか」
「はい」
「事実はわからないが、俺も魔神はあやしいと睨んでいる」
「ほかにも何か、あやしいのがいそうなんですか?」
咲弥は素直に問い、小首を傾げる。
クードは苦笑まじりに、右手を軽く振った。
「いや。ただ多角的な視点から分析や検討をするのが、俺は普通ってだけさ」
クードの発言を聞き、咲弥ははっとさせられた。
それは確かに、間違いではない。今回――神殺しの獣との接触から、知れた情報がある。天上にいる神々が、必ずしも善であるとは限らないのだ。
ただ現状、魔神がもっとも邪悪な神に近い存在ではある。
それでも咲弥は、柔軟な思考も必要だと改めておいた。
「とはいえ……一歩リードされていたことに驚きはしたが、それ以上に……もし咲弥からの情報がなければ、俺は仲間を失ってたかもしれねぇ……」
「気をつけてください。想像以上に、やばい相手ですから」
クードは深いため息をつき、視線を重ね合わせてくる。
「エーテル、か……なんか、貸しを作っちまったな」
「いいえ。貸しなんか、どうでもいいんです。ただ……」
咲弥は、にっこりとした笑みを作る。
「もうこれ以上、誰にも死んでほしくないだけですから」
「ふむ……そうか。でも、それじゃあ、俺の気が済まない。何か情報を手に入れたら、お返しに通信機へ送っておく」
「はい。ありがとうございます」
その言葉を最後に、場に沈黙が訪れた。
クードは、ゆっくりと背伸びをする。
「そろそろ、戻るか。モニカがどうせ騒いでるだろうし」
「ははは……ネイさんが、無駄に煽ってそうですからね」
「悪かったな……決勝前なのに、時間を取っちまって」
「僕もクードさんと、話したいと思ってましたから」
「そっか。ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございます」
そうして、クードと並んで控室へと足を進める。
また喧嘩してそうで、どこか憂鬱な気分に陥った。
だが控室へ戻ると、意外な光景をまのあたりにする。
「ただい……」
「ちょっと! それ、もっとよこしなさいよ!」
「どうしようかな……レイストリア産の名物だからねぇ……アルバト女王国では、絶対に手に入らない一品だしなぁ?」
ネイとモニカが、何やら食べ物を巡って争っている。
「でも……〝ください〟と言えば、あげなくもないけれど」
「うぅう……く……く……くだ、さいっ!」
「しょうがないわね。ほぉら、たんとお食べ」
理解不能だが、どうやら餌付けに成功したらしい。
一方で、ゼイドはドガスとテーブルを囲んで話していた。
「はぁ……女王国ならでは、とも言える話だな」
「まあ、そうだな。別に男の人権がないわけではないが……肩身は狭いな」
「何かほかに、面白い話はないのか?」
「そうだな……」
なにやら、盛り上がっているようだ。
ゼイドは普段からもこうして、冒険者達と会話をしながら情報を得ている。彼らしい一面に、どこかほっと安堵した。
その付近にいる紅羽とパルに、咲弥の視線が移る。
「ふむ……ではあのとき、私が紋章術ではなく、近接戦闘に移行したらどうだ?」
「その場合であれば、私は即座に中距離の間隔を保ちます。相手の出方をうかがうのではなく、もっとも効率的に相手の急所を突くためにです」
「……再び問いたい。紅羽のもっとも嫌がる展開は、どんな展開だったのか」
「……私は速度を活かすタイプですので、そこを殺されると厄介に感じられます――ですが、単純に厄介なだけであり、もしそうなれば、別の策を講じます」
戦闘技術に関しての会話か、紅羽は珍しく饒舌であった。
クードと一緒に、咲弥はぼんやりと眺め続ける。
「知らねぇうちに、こっちも仲良くなったらしいな」
「ははは……みたいですね」
クードと一緒に苦笑し、咲弥達は輪に入っていった。




