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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第三章 訪れる邂逅
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第三十二話 宇宙人同士




 国際大会もいよいよ、決勝戦を残すのみとなっていた。

 今現在――準決勝を終えたチームへの配慮(はいりょ)のため、一時間程度の休息が(もう)けられている。空いた時間を使い、咲弥達はそれぞれ自由に控室(ひかえしつ)で待機していた。


 ネイは眠そうに、ソファーの上で横になって(くつろ)いでいる。ゼイドは緊張、または神経を研ぎ()ましているのか、かなり張り詰めた雰囲気を(かも)していた。

 咲弥は紅羽と並び、録画されたモニターを眺めている。


 やはり決勝に残ったのは、仮面の者がいるチームだった。

 仮面の者に抱いた違和感の正体は、いまだ(つか)めていない。

 どこかで会ったことがあるような――そんな感覚が、胸の中を漂い続けている。


 しばらくして、不意に控室の扉がコンコンと叩かれた。

 誰もが扉のほうへ向き、それから全員で顔を見合わせる。

 咲弥が腰を上げ、静かに扉を開けた。


 廊下にいた者達が目に飛び込み、咲弥ははっと息を呑む。そこには使徒のクードに加え、彼のチームメンバーがいた。

 クードが手を上げ、まるで友人かのように挨拶してくる。


「よっ!」

「クードさん……と、その仲間の方々……」


 桃色髪の竜人、モニカがひどく不満げな顔をしている。

 やや憔悴気味(しょうすいぎみ)のクードが、咲弥に問いかけてきた。


「今、大丈夫か?」

「あ、はい」

「お前と二人きりで、少し話しがしたい」


 それは咲弥にとって、(うれ)しい誘いであった。

 すぐさま、咲弥は首を縦に振って応える。

 ネイが咲弥の隣に並び、不敵に笑いながら()いた。


「なぁに? 早速、復讐かい?」

「ははは……そんな野蛮(やばん)なことはしないさ」


 クードは苦笑まじりに否定した。

 ぐいっと、モニカが前に歩み出る。


「ほんと、あんたってば性悪(しょうわる)ね! 信じらんない!」

「おや? どこかから声が聞こえた……幻聴かなぁ?」

「こいつ! ほんと、ムカつく! なんなの、ねえっ?」


 関係のない咲弥が、なぜか代わりに怒鳴られる。

 爬人(はびと)の男、ドガスが暴れるモニカを羽交(はがい)()めにした。

 女獣人のパルは、なりゆきを黙って見守っているようだ。


「場所を移したい。その間、みんなはここで待っててくれ」

「ああ。了解」


 ドガスが了承するや、パルは無言の(うなず)きで応じた。

 (そば)に集まって来たネイ達の顔を、咲弥は一通り眺める。


「それじゃあ……僕、ちょっと行ってきます」

「問題ありませんか?」


 少し不安そうな紅羽に、咲弥は(さと)すように言った。


「大丈夫。(だま)し討ちするような人じゃないよ」

「……了解しました」

「よし。じゃあ、ついて来てくれ」


 クードに誘われるがまま、咲弥は黙々(もくもく)とついていく。

 すぐ付近にある部屋へ、咲弥は(まね)かれた。そこは殺風景な場所ではあったが、声が漏れなさそうな造りをしている。


 椅子の一つに腰をかけ、クードは重いため息をつく。

 憔悴気味のクードに、咲弥は自然と声をかけた。


「大丈夫ですか? なんだか、疲れているみたいですが」

「ん? ああ……ははっ……別に、気にしなくていいぜ」

「は、はぁ……わかりました」


 生返事をすると、クードは再び深くため息をついた。


「はぁあ……それにしても、一回戦で敗退とは(なさ)けねぇ……王女の奴に、絶対あれこれ、耳に痛いこと言われちまうな」


 クードは咲弥のほうを眺め、しばし硬直する。

 そして微笑してから、(さと)すような声を(つむ)いだ。


「安心してくれてもいいぜ。この部屋には誰かが見聞きするような物――あるいは、術的なものは存在しないからな」


 クードの言葉を聞き、咲弥は漠然と(さと)った。

 咲弥の生まれ育った文明力など、クードが知る(よし)もない。


 だから誰でもわかりそうな言いまわしをして、この部屋の事情を伝えてきたのだろう。その点を踏まえ、クードがいた世界の文明力は高そうだと思えた。

 咲弥が(うなず)いて応えると、クードは世間話みたいに語る。


()()()から、女王国の付近で俺は目覚めたんだ。それからまあ……いろいろあったんだが、ざっくり言えば、女王国の第二王女に求婚されてんだ、俺」

「えぇっ……? 凄いですね」


 咲弥はやや引き気味に驚いた。

 王族に求婚されるなど、結構な事情があったに違いない。

 クードは、げっそりとした顔を見せる。


「王族なんて堅苦(かたくる)しい世界、俺は嫌なんだ。って言ったら、『わかりました。私は王族を捨てます』とか言い出してさ、あわや大騒ぎだ……」

「僕は王族と接する機会はないので、想像ですが……確かに面倒そうですね」


 クードは首を横に振り、また深いため息をついた。


「そういや、お前の世界ってどこ? 名前とかはあるか?」

「はい。地球と呼ばれていた惑星です」

「あぁ、そうか……映像で咲弥を見たときに、もしかしたら俺と同じかもって思ったんだが、まったく違う惑星なのか」

「クードさんの世界は、どんな世界なんですか?」


 クードは(あご)に指を添え、長めに(うな)った。


「惑星ルグ。電子に満ちた世界……と、言えばわかるか?」

「電子に、満ちた……世界」

「ああ……やっぱ、わかんねぇか……」


 想像しながら、ただ(つぶや)いただけであった。

 まるでわからないわけでもない。


「あ、いいえ。パソコンの中? みたいな感じですよね?」

「お? まあ、そうだな。空間投影デバイスっていうものを使って――たとえば紋様みたいにさ、ありとあらゆるものを立体的に空中で表示するんだ」

「ああ……」


 咲弥は想像しながら、生返事で応える。

 クードは肩を(すく)めた。


「たとえば、そうだな……通信機でなら、立体的に表示した相手との会話が可能だ。パソコンでも情報は、すべて空中に浮かべ、指、または音声で操作をする」

 クードは苦笑してから続けた。

「操作をするつっても、まあ……個々に与えられた自立型の人工知能ってやつとやり取りをすれば、済んじまうけどな」


 それはまるで、SFじみた世界に感じられた。

 咲弥は感嘆(かんたん)の息を漏らし、クードへ素直に伝える。


「僕のところよりも、文明力が高いですね。コンクリートに(おお)われた建物に、電子機器が(さか)んな程度の文明力ですから」

「キューブ……あ、いや。民間人でも利用が可能な、空飛ぶ移動機とかあるか?」


 咲弥は小さく(うな)り、ぼんやりと記憶をよみがえらせた。


「飛行機……この世界にある飛行船を、鳥みたいな形にしたものが主流でしたね」

「近代なかば頃、って感じっぽいな。俺のいたところでは、ほぼ光に近い速さで、目的の場所まで自動的に移動できる。形からキューブって呼ばれてんだ」

「光の速度……? そんなものが、ここにもあればな……」


 咲弥は心の底から(うらや)んだ。

 面倒な手続きや、移動時間の長さが消えるに違いない。

 クードは少し悩んだ顔を見せ、咲弥に()いてきた。


「その(つな)がりで、咲弥はこの世界の文明って、どう思う?」

「うぅん……まだすべてを、見たわけではありませんから。ただ……無茶苦茶だとは思います。馬車を扱っている場合もあれば、飛行船やパソコンのような物までありますからね。機械系も場所によっては、普通に存在していますし」


 咲弥の答えに、クードは小刻みに(うなず)いた。


「だよなぁ……この世界、なんかちょっとおかしいよな」

「でもまあ、魔物がうろついている世界ですからね」

「ん? 咲弥のところには、いなかったのか?」

「猛獣とかはいても、魔物はいませんね」

「まあ、そこは俺と変わらなさそうだな……けどさ……」


 咲弥は小首を(かし)げる。


「はい?」

「少し変な話になるかもだが、俺のいた世界では神話や伝説――つまり空想的でしかなかった存在が、こっちの世界には本当にいるんだよな……」


 咲弥ははっと息を呑む。

 それは咲弥にも、思いあたる(ふし)があった。


「実は、僕もです。まるで同じってわけでもないんですが、創作物でしかないと思っていた生き物とかが、この世界では……魔物として存在してましたから」

「いったい……どういうことなんだ……?」


 (いぶか)しんだクードと同様、咲弥もまったく見当がつかない。


「わかりません……ですが、本当に変な話ですね。そもそも魔物だけではなく……僕のいた世界では人間以外の種族も、創作の中だけでの存在でしたから」


 クードは少し、驚いた顔を見せる。


「そうか。咲弥のところは、まだ遺伝子操作できないのか」

「遺伝子操作ですか? たぶん、食べ物ぐらいですかね」


 それは遺伝子操作というよりは、単なる品種改良だった。漠然とした知識のまま口にしたが、言ってから違いを悩む。

 クードは腕を組み、話を続けた。


「俺のところでは、他の生物の遺伝子を人体に組み込んで、特性を引き出すなんて手術もあるからさ。まあ、俺は気味が悪いから、そんなのはしてないけどな」


 本当にSFじみており、それはそれで異世界に思えた。

 咲弥は不意の苦笑が漏れる。


「いまさらなんですが……僕達って宇宙人同士なんですね。なぜか今になって、それを凄く実感しました」

「はははっ! ほんっとうにいまさらだな。この世界にいる奴らも全員宇宙人だぜ? だがまあ、宇宙人なんかいるかもしれないって程度だったのになぁ」

「僕のいた世界でも、そうでしたよ」


 咲弥はクードと笑い合う。

 住む星が違う者同士なのに、妙な親近感が湧く。

 それはおそらく、同じ境遇の者だからにほかならない。


「あのさ、()いてもいいか?」

「はい。なんですか?」

「咲弥の叶えたい願いって、なんだ?」


 咲弥は少し悩んでから、ありのままの願いを答える。


「僕は……ただ、家族にただいまって、言いたいだけです」

「……そっか。行方不明者扱いされてるだろうからな」

「はい……」


 重い沈黙が流れ、咲弥は口を開いた。


「クードさんは、どんな願いを叶えたいんですか?」

「俺か? 俺は……また、会いたい奴がいるんだ」


 物悲しげに、クードは(つぶや)いた。

 それは家族というよりは、もっと別の何かだと感じた。

 クードの言葉に込めた想いを、ぼんやりと察しておく。

 クードは力のない笑みをこぼした。


「でもさ……時々、思うんだ」

「何を、ですか?」

「ばかのモニカに、堅物(かたぶつ)のドガスに、無口なパル……一緒に過ごして、多くを経験して、いろいろ知ってさ……本当に、こいつらを巻き込んでいいのかなって」


 それは咲弥もまた、似た考えを持っていた。

 深紫色の髪に指を通し、クードは頭をぽりぽりと()く。


「なんかちょっと、揺らいじゃうんだよな。邪悪な神なんかほっといて、仲間とばかみたいに、はしゃいでたほうが……実はそれが、一番なんじゃねぇかって」

「本当に……僕も、同じです……少し、びっくりしました」

「ん?」


 咲弥は胸の辺りにある服を(つか)み、言葉を(つむ)いだ。


「……話せない部分があるから、仲間達にはちゃんと事情を説明できません。だからなんだか……仲間を(だま)してるような気がして、申し訳なく思うんです」


 何がきっかけで、天使との誓約が破られるかわからない。だからずっと一人で、言葉や感情を抱え込むほかなかった。

 しかし今は、それを気にする必要がない場にいる。

 咲弥は濁流(だくりゅう)のごとく、抱えていた心情を打ち明けた。


「知れば知るほど、仲良くなればなるほど……できる限り、考えないようにはしてるんですが……ふとしたときに、僕の心の中がぐちゃぐちゃになってしまうんです。もとの世界に帰ることが、本当に正しいのか……時々、迷っています」


 言い切った咲弥は、重々しいため息をついた。

 クードは真面目な顔で、まっすぐ見据えてくる。


「同じ使徒と出会うのは、初めてだったが……最初が咲弥、お前でよかった」

「それも僕と同じで、クードさんが最初でよかったです」


 クードと微笑み合い、ほぼ同時に無言の(うなず)きを交わした。


「とはいえ、お前とは協力し合わないぜ?」

 クードは言いながら、右拳を突き伸ばした。

「あくまでもこれは、競争なんだ……だから、負けない」


 クードの言葉の意図を、咲弥はすぐ呑み込んだ。

 握った拳を、クードの拳に当てる。


「僕だって、負けるつもりはありませんから」

「ああ……つっても、今回の勝負には負けたけどな」


 クードが渋い顔をして言った。

 咲弥は苦笑まじりに首を横に振る。


「ルールのない勝負だったら、僕は何回も殺されてました」

「そこは確かに、ネックではあったかなぁ」


 クードは腕を組み、そのまま言葉を続けた。


「でも、連絡先は交換しようぜ。何があるかわからないし、いつでもコンタクト取れるのは、悪いわけではないからな」

「はい。もちろんです……あっ……」

「ん?」

「ただ僕のほうからは、伝えておきたい話があります」


 小首を(かし)げるクードに、魔神の配下について語った。

 確かに競争であり、ライバルに情報提供するのは、きっと(おろ)かな行為に違いない。しかし、クードに死んでほしくない――そんな気持ちのほうが(まさ)った。


 さらに、もう一つ。

 もしクードが自分より先に、邪悪な神を討ったのであれば――もうそれでも構わないと、心のどこかでそう思ったからという部分もある。

 それはそれで、重い肩の荷が下りるような気がしたのだ。


 咲弥が語っている間、クードはただ黙って聞いていた。

 (さわ)やかな顔を硬くし、クードは時折こくりこくりと(うなず)く。


「――僕からは、以上です」

「……魔神……やっぱ、咲弥もそこを(にら)んでいたか」

「はい」

「事実はわからないが、俺も魔神はあやしいと睨んでいる」

「ほかにも何か、あやしいのがいそうなんですか?」


 咲弥は素直に問い、小首を(かし)げる。

 クードは苦笑まじりに、右手を軽く振った。


「いや。ただ多角的な視点から分析や検討をするのが、俺は普通ってだけさ」


 クードの発言を聞き、咲弥ははっとさせられた。

 それは確かに、間違いではない。今回――神殺しの獣との接触から、知れた情報がある。天上にいる神々が、必ずしも(ぜん)であるとは限らないのだ。


 ただ現状、魔神がもっとも邪悪な神に近い存在ではある。

 それでも咲弥は、柔軟(じゅうなん)な思考も必要だと改めておいた。


「とはいえ……一歩リードされていたことに驚きはしたが、それ以上に……もし咲弥からの情報がなければ、俺は仲間を失ってたかもしれねぇ……」

「気をつけてください。想像以上に、やばい相手ですから」


 クードは深いため息をつき、視線を重ね合わせてくる。


「エーテル、か……なんか、貸しを作っちまったな」

「いいえ。貸しなんか、どうでもいいんです。ただ……」


 咲弥は、にっこりとした笑みを作る。


「もうこれ以上、誰にも死んでほしくないだけですから」

「ふむ……そうか。でも、それじゃあ、俺の気が済まない。何か情報を手に入れたら、お返しに通信機へ送っておく」

「はい。ありがとうございます」


 その言葉を最後に、場に沈黙が訪れた。

 クードは、ゆっくりと背伸びをする。


「そろそろ、戻るか。モニカがどうせ騒いでるだろうし」

「ははは……ネイさんが、無駄に(あお)ってそうですからね」

「悪かったな……決勝前なのに、時間を取っちまって」

「僕もクードさんと、話したいと思ってましたから」

「そっか。ありがとう」

「こちらこそ、ありがとうございます」


 そうして、クードと並んで控室(ひかえしつ)へと足を進める。

 また喧嘩してそうで、どこか憂鬱(ゆううつ)な気分に(おちい)った。

 だが控室へ戻ると、意外な光景をまのあたりにする。


「ただい……」

「ちょっと! それ、もっとよこしなさいよ!」

「どうしようかな……レイストリア産の名物だからねぇ……アルバト女王国では、絶対に手に入らない一品だしなぁ?」


 ネイとモニカが、何やら食べ物を巡って争っている。


「でも……〝ください〟と言えば、あげなくもないけれど」

「うぅう……く……く……くだ、さいっ!」

「しょうがないわね。ほぉら、たんとお食べ」


 理解不能だが、どうやら餌付(えづ)けに成功したらしい。

 一方で、ゼイドはドガスとテーブルを囲んで話していた。


「はぁ……女王国ならでは、とも言える話だな」

「まあ、そうだな。別に男の人権がないわけではないが……肩身は(せま)いな」

「何かほかに、面白い話はないのか?」

「そうだな……」


 なにやら、盛り上がっているようだ。

 ゼイドは普段からもこうして、冒険者達と会話をしながら情報を得ている。彼らしい一面に、どこかほっと安堵(あんど)した。

 その付近にいる紅羽とパルに、咲弥の視線が移る。


「ふむ……ではあのとき、私が紋章術ではなく、近接戦闘に移行したらどうだ?」

「その場合であれば、私は即座に中距離の間隔(かんかく)(たも)ちます。相手の出方をうかがうのではなく、もっとも効率的に相手の急所を突くためにです」

「……再び問いたい。紅羽のもっとも嫌がる展開は、どんな展開だったのか」

「……私は速度を活かすタイプですので、そこを殺されると厄介(やっかい)に感じられます――ですが、単純に厄介なだけであり、もしそうなれば、別の策を講じます」


 戦闘技術に関しての会話か、紅羽は珍しく饒舌(じょうぜつ)であった。

 クードと一緒に、咲弥はぼんやりと眺め続ける。


「知らねぇうちに、こっちも仲良くなったらしいな」

「ははは……みたいですね」


 クードと一緒に苦笑し、咲弥達は輪に入っていった。




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