第三十一話 紅羽チームの快進撃
治癒を受け終え、咲弥は控室でモニターを眺めていた。
他チーム同士の戦いが、モニターには映し出されている。
本来であれば、奇数でやるべき団体戦――二勝二敗と引き分けが多そうな印象を抱くも、不思議とそういった展開にはなかなかならない。
なぜ偶数なのか不思議だったが、試合を観戦するだけでは飽きが生じるため、国主達の余興として追加されたらしい。
実際に戦わない観戦者側からすれば、確かにそうなのかもしれないと、咲弥はそう呑み込んでおいた。
しかし参加している咲弥は、そういうわけにはいかない。
いずれ当たる可能性を持つ選手を、分析する必要がある。
少し垂れた赤髪を耳にひっかけながら、ネイはソファーに深くもたれかかった。
「どちらが勝っても、まあ次も問題なさそうね」
「オメェや紅羽からすれば、大抵はそうだろうよ」
ゼイドが苦笑をまじえ、ネイに言葉を返した。
相手側もこうして、いろいろ研究していたに違いない。
ネタが割れているのだから、油断はできないと思える。
「この副将は、何か奥の手を隠してる気配がありますね」
「ああ。余裕ぶっこいていると、足元をすくわれるぜ?」
ゼイドの言葉に、ネイは呆れ顔で吐息を漏らす。
「奥の手があるのは、どこも同じ。いつも通り戦えばいいの……まったく、うちの男陣営は情けないわ。ねえ、紅羽?」
無表情の紅羽は、小首を傾げる。
「私は誰が相手でも、いつも通りですから」
「ほらぁ?」
ゼイドだけではなく、これには咲弥も苦笑いする。
いつも通りのハードルが、女性陣は高過ぎるのだ。咲弥やゼイドからすれば、どの戦いも必死になる以外の道がない。
咲弥はしばらく、無言でモニターを注視する。
どのチームも、それほど長引かない戦いばかりであった。
「どのチームも、すぐ戦いが終わっちゃいますね」
「私や紅羽に、感化でもされたんじゃない?」
「ははは……そうかもしれませんね」
愛想笑いで誤魔化したが、実際にありえそうだった。
ネイは虚空を見上げ、片手をふらふらと振る。
「真面目な話、下手に戦いを長引かせると、いろいろ厄介な状況になるからよ」
「……厄介な状況、ですか?」
「そっ」
ネイは不敵な笑みを浮かべ、咲弥の額をつんとつついた。
咲弥が思案していると、ゼイドが代わりに答えを述べる。
「今後のコンディションに、影響を及ぼすからさ。たとえば咲弥が今すぐ戦う場合、クード戦と同じように戦えるか?」
「ああ、そういうことですか……」
小刻みに頷き、咲弥は生返事をする。
するとネイが、欠伸を漏らしながらまとめに入った。
「今後のペース配分をきちんと考え、次に繋げるってわけ。もちろん奥の手は極力残しつつ、不必要な情報を可能な限り与えないままに、ね?」
それは咲弥自身が、誰よりも痛感している部分であった。黒白の籠手のほか、紋章術もある程度ネタが割れている。
だからどのチームも、今度は自分が分析される側になると理解している。急ぎ気味の戦いばかりになるのは、その点を考慮すれば仕方がない。
「とはいえ、実力が拮抗すりゃ、そう簡単にはいかねぇが」
「ちょうど、そういうことね」
ゼイドの言葉に薄ら笑いを浮かべ、ネイは指を差した。
咲弥は再び、モニターを見る。
どちらも一進一退といった攻防が、繰り広げられている。
「こりゃあ……長引きそうだ……」
ゼイドの予感通り、かなりの時間をかけて勝敗が決した。
そうして――どんどんと、二回戦進出のチームが決まる。
「さて、もうそろそろ二回戦が始まりそうね」
ネイは猫っぽい表情を見せ、大きく背伸びをした。
紺色の髪に指を通し、ゼイドは軽めに自身の頭を撫でる。
「次の試合は、咲弥が大将でいいんじゃないか?」
ゼイドの提案に、紅羽がこくりと頷いた。
「はい。傷は完治していますが、オドが万全に戻るまでは、まだもうしばらくかかります。回復に専念すべきでしょう」
「一回戦目は私達が、めっちゃ頑張ったからなぁ……?」
ネイが後頭部に両手を添え、ゼイドをちらちらと見た。
軽めに頬を引きつらせ、ゼイドは肩を竦める。
「オメェらが頑張り過ぎて、出番がまったくなかったんだ」
「そんじゃあ、次はゼイドが先鋒ってことで」
ネイがニタニタと笑い、出場順を決定する。
ゼイドは腕を組みながら、不安げに伝えてきた。
「おう、任せろっ! と、言いたいところなんだが……まだエーテルを習得できていないからなぁ……ちょいと心配だ」
紅羽とネイが少し特殊なだけで、誰もが簡単にエーテルを習得というわけにはいかない。咲弥もまた同様、エーテルを扱えないのだ。
本来は、気が遠くなるほど、長い鍛錬の末に至る境地だと精霊は言っていた。
その過程を省いたのだから、至極当然の話ではある。
とはいえ、白手の異能に加え、大会が始まる前日までは、全員での訓練をまったく欠かしていない。だからゼイドも、充分なくらいに強化されている。
ネイがゼイドの背を、音が鳴るぐらい強く叩いた。
「でっかい図体のわりに、うじうじと情けない。男だったらクード戦の咲弥みたいに、ちょっとはど根性みせなさいよ」
「ははは……その咲弥を心配して言ってんだ。俺が勝てば、あとはオメェらの番だ。つまり、咲弥は二回戦を戦わなくて済むだろうからな……」
「皆さんで訓練していますから、何も問題はありません」
紅羽がゼイドを、そう諭した。
それは励ましているというよりは、単純に分析した結果を淡々と述べただけ――という響きのほうが、強い気がした。
ゼイドもそう思ったのか、嬉しそうに顔をほころばせる。
「実力者からのお墨付きであれば、まあ安心だな」
「なあに? 私からの言葉じゃ、不安だったってわけ?」
「まず励まされていたかどうかですら、わからなかったな」
豪快に笑っているゼイドの頬を、ネイは怒り顔をして拳でぐりぐりしていた。
いつも通りの光景を眺め、咲弥はふとモニターを観る。
第一回戦、最後のチームの副将戦が始まるところだった。
前回の国際大会で、優勝したバルディア皇国――どうやら今回は、かなり劣勢に立たされている。まだ一勝もできず、追い込まれた状況にあった。
バルディア皇国の副将は、中肉中背といった男だが、その対戦相手は性別すらもよくわからない。不気味な白い仮面をかぶり、黒いフードを着ているからだ。
ただ映像からでも、ひしひしと伝わってくるものがある。
オドの流れが目を見張るぐらい流麗で、とても力強い。
(纏っているオドが……凄いや……これって、まるで……)
試合が開始した直後――男が突然、ぱたりと倒れる。
何が起こったのか、一瞬まったくわからなかった。
地に伏した男のやや後方で、仮面の者が日本刀に酷似した武器を華麗に振り、それから鞘へと納めていく姿を捉える。まるで時を止めたにも等しい戦いだった。
とにかく、瞬間的な速さで試合が終わりを迎えたのだ。
咲弥は漠然と、妙な違和感を覚える。
それが何かわからず、もどかしい気持ちを抱えた。
「仮面の方、お強いですね」
紅羽の可憐な声が聞こえた。
紅羽はどこか真顔で、モニターのほうを向いている。
その綺麗な横顔を見つめ、咲弥は紅羽の言葉に応えた。
「うん。恐ろしいぐらい……」
「もし対戦となった場合、仮面の者は私が行きます」
「なになに? そんな強かったの?」
ネイの問いに、咲弥はぎこちなく頷いた。
「動作やオドの流れが、まるで紅羽クラスです」
「マ、マジか……」
ゼイドが眉をひそめ、驚きの声を上げた。
きっと対戦チームとして、ぶつかるに違いない。
そんな予感を、咲弥は漠然とではあるが感じ取った。
不意に、アナウンスが部屋に響き渡る。
《第二回戦が始まります。リングのほうへ来てください》
もうまもなく、第二回戦が開始される。
ネイは意気込むように叫んだ。
「っしゃあああ! 行くぞぉおおお!」
「おう!」
「了解しました」
「はい!」
それぞれ返事をしてから、戦いの場へと赴いた。
会場はすでに、熱気の嵐に包まれている。
全員の名前が、あちこちから飛ぶ。
その多くは、紅羽とネイへの黄色い声援であった。
一人は、凛とした切れのある美少女――
一人は、神々しいまでに神秘的な美少女――
タイプこそ違えども、どちらも見惚れる容姿をしている。さらに圧倒的なまでの戦力を、第一回戦で見せつけたのだ。
そのせいか、女性を含めた声援がとてつもなく大きい。
沸き上がる声援の中、待機所に辿り着いた。
遠くのほうにある待機所には、すでに人の姿がある。
《両チームが待機所に入りました。これより、第二回戦――レイストリア王国対ヴァティン共和国の試合を開始します。両チーム、先鋒を選んでください》
ゼイドは緊張した面持ちで、戦斧を肩に乗せて前を進む。
「そいじゃあ、ちょいと行ってくるぜ」
「あんたもし負けたら、おしおきするからね?」
ネイは微笑みを湛え、ゼイドにプレッシャーを与えた。
ゼイドは引きつった笑みを見せる。
「おいおい。初試合だぞ。圧力がものすげぇぜ……」
「とっとと行ってこぉい!」
ネイに蹴り出され、ゼイドはやれやれとリングへ向かう。
対戦者もゼイドに似て、大柄な男がやってくる。
《出場者はゼイド選手対、バグム選手に決定されました》
ゼイドが戦斧を構え、バグムは大剣で戦闘態勢を整える。
静寂に包まれる中――アナウンスの声が開始を知らせた。
《それでは、先鋒ゼイド選手対バグム選手――開戦!》
どちらも雄叫びを上げ、相手との距離を縮めていく。
バグムが背後に大剣を据えるや、黒い紋様が浮かんだ。
「闇の紋章第二節、暗がりの一閃」
まるで炎みたいな黒いモヤを、バグムが大剣に纏わせる。
おそらく、補助系統に属した紋章術のようだ。しかし何か嫌な雰囲気がふんだんに漂っており、攻撃を受けるのは少しまずいといった感想を抱かせる。
真横から迫る大剣を、ゼイドは戦斧で叩きつけて防いだ。
するとゼイドの戦斧が、闇のモヤに深くからめ取られる。
嫌な予感ほどよく当たる。どうやら触れたものを、即座に拘束する術らしい。
ゼイドは落ち着いた様子で、戦斧から手を離す。それから前に踏み込んだ左足を軸に、くるりと一回転し――バグムの顔面を、勢いを乗せた左拳で殴りつけた。
バグムの態勢が大きく崩れ、ぐらりと揺らめく。
ゼイドは右手を振り上げ、黄土色の紋様を顕現した。
「剛力の開花!」
ゼイドの右腕が、ぶくりと大きく膨れ上がる。
強化した右拳で、ゼイドはバグムに渾身の一撃を与えた。
「ぐあぁああああっ!」
バグムの巨体が宙を舞い、リング外へと吹き飛ぶ。
しばらくの沈黙のあと、大歓声が飛び上がった。
《先鋒ゼイド選手対バグム選手――ゼイド選手の勝利》
「当然! これぐらいやってくれなきゃね」
拍手喝采の中で、ネイはどこか嬉しそうに呟いた。
少し照れた顔をして、ゼイドが帰ってくる。
「……オメェらと訓練していたせいなのか、俺自身もかなり強くなってんな。予選ではさほど実感なかったんだがな……相手がのろぉく感じたぜ」
それは、咲弥にも経験があった。
きっと修行の成果は、確実に出ている。
ネイが腰に手を添え、姿勢を崩した。
「そんなの、あたりまえじゃない」
「いいチームに巡り合えて、本当によかったぜ」
「ゼイドさん。お疲れさまでした」
咲弥が拳を突き出すと、ゼイドが拳を当ててくる。
「おう!」
《それでは、両チーム。次鋒を選んでください》
「ほな、次は私が出るわ」
ネイが颯爽と、数歩だけ進んだ。
なにやら、妙にうずうずとしている気配がある。
咲弥は眉をひそめ、ネイに釘を刺しておく。
「ネイさん。やり過ぎないでくださいよ?」
「わかってらぁ!」
ぷんぷんとしながら、ネイはリングのほうへ飛んだ。
この後――
頭を抱えたくなるぐらいの圧勝を、ネイは見せつけた。
多少は、手加減していたように思える。しかしネイの対戦相手は、客席の真下にある壁に大の字でめり込んでいた。
咲弥は唖然となり、ぽかんと開いた口が塞がらない。
照れ笑いをするネイが、すたすたと帰ってきた。
「いやぁ、まぁた圧勝しちった」
「……だから、やり過ぎなんですってば!」
「力量に差があり過ぎると、どうしても困っちゃうわね」
反省の色が見えないネイに、咲弥は深いため息が漏れる。
なぜか急に、ネイがどさっと肩を組んできた。女性として膨らんだ部分の感触が伝わり、途端の恥ずかしさを覚える。
何を言うわけでもなく、ただ無言のままじっとしていた。
ネイの行動の意図が、咲弥にはまるで呑み込めない。
「な、なんですか……?」
「じぃー……」
「あ、あの……さっきから、当たってますから……」
「ばかね。わざと当ててんのよ」
咲弥はぎょっとして、口調を強める。
「何が目的なんですか!」
「八十二回」
「……な、なんの数字ですか?」
「あんたの視線が、当たっている部分に向いた合計の回数」
「え……?」
「気づかないとでも思ってんの? ばればれだからね?」
震撼の事実に、咲弥の視線が大きく左右に揺れる。
紅羽の呆れ顔に、咲弥の目が留まった。
激しい気まずさから、逃れようと試みる。
「いや、あの……ほんと……離れてください……」
思いのほか、ネイはがっちりと肩を組んでいた。
身をよじっていると、ネイはぼそっと呟く。
「なんか、言うことないわけ?」
「え?」
「ほかになんか、言うことない?」
主語のない問いを、咲弥は必死に考える。
「えぇっと……あの……今回も、鮮烈でした……?」
しばらくの静寂を経て、ネイが満足そうに離れた。
くびれのある腰に手を置き、ネイは子供っぽく笑う。
「まあ、許してあげるわ」
不意にゼイドと視線が混じり合い、お互いに苦笑し合う。
《それでは、両チーム。副将を選んでください》
じっと痛い目線を送ってきた紅羽が、肩に弓をかける。
紅羽は、どこか不満げな声で言った。
「それでは、行ってきます」
「あ……う、うん。気をつけて……」
「了解しました」
紅羽は華麗に飛び上がり、リングの中央へと降り立った。
紅羽であれば、そこまでやり過ぎることはない。
どこか安心しながら、咲弥は紅羽の戦いを眺める。
しかしそんな安心感は、即座に打ち砕かれた。
今度は紅羽が、対戦相手を壁にめり込ませたのだ。もはや咲弥の頭の中には、さまざまな疑問しか飛び交わない。
冷や汗をかき、戻ってくる紅羽を呆然と見つめる。
帰ってきた紅羽が、なぜか咲弥の両手を握った。
とても滑らかな手触りが伝わり、心臓の鼓動が速まる。
無表情は無表情なのだが――紅羽はどこかきょとんとした様子で、咲弥の目のほうをじっと見据え続けてきていた。
「く、紅羽……えっと……?」
「何かおっしゃいたいことは、ありませんか?」
「え……?」
「おっしゃいたいことは、何もありませんか?」
「えぇと……そうだね……とても衝撃的、だったかな」
「そうですか」
表情に変化はないものの、紅羽は少し満足そうであった。
ネイの真似をしたかったのか、本気で意味がわからない。
ネイは紅羽を賞賛しており、ゼイドは大爆笑している。
チームメンバーを眺め、咲弥は軽いため息が漏れた。
その後の試合は、時折――主に咲弥とゼイドの二人だが、なかなかの苦戦を強いられたものの、なんとか決勝へと勝ち上がっていく。
そして、国際大会はついに――
決勝戦を迎える二つのチームが、決定したのだった。