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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第三章 訪れる邂逅
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第三十一話 紅羽チームの快進撃




 治癒(ちゆ)を受け終え、咲弥は控室(ひかえしつ)でモニターを眺めていた。

 他チーム同士の戦いが、モニターには映し出されている。

 本来であれば、奇数でやるべき団体戦――二勝二敗と引き分けが多そうな印象を抱くも、不思議とそういった展開にはなかなかならない。


 なぜ偶数なのか不思議だったが、試合を観戦するだけでは飽きが生じるため、国主達の余興(よきょう)として追加されたらしい。

 実際に戦わない観戦者側からすれば、確かにそうなのかもしれないと、咲弥はそう呑み込んでおいた。


 しかし参加している咲弥は、そういうわけにはいかない。

 いずれ当たる可能性を持つ選手を、分析(ぶんせき)する必要がある。

 少し()れた赤髪を耳にひっかけながら、ネイはソファーに深くもたれかかった。


「どちらが勝っても、まあ次も問題なさそうね」

「オメェや紅羽からすれば、大抵はそうだろうよ」


 ゼイドが苦笑をまじえ、ネイに言葉を返した。

 相手側もこうして、いろいろ研究していたに違いない。

 ネタが割れているのだから、油断はできないと思える。


「この副将は、何か奥の手を隠してる気配がありますね」

「ああ。余裕ぶっこいていると、足元をすくわれるぜ?」


 ゼイドの言葉に、ネイは呆れ顔で吐息を漏らす。


「奥の手があるのは、どこも同じ。いつも通り戦えばいいの……まったく、うちの男陣営は(なさ)けないわ。ねえ、紅羽?」


 無表情の紅羽は、小首を(かし)げる。


「私は誰が相手でも、いつも通りですから」

「ほらぁ?」


 ゼイドだけではなく、これには咲弥も苦笑いする。

 いつも通りのハードルが、女性陣は高過ぎるのだ。咲弥やゼイドからすれば、どの戦いも必死になる以外の道がない。


 咲弥はしばらく、無言でモニターを注視(ちゅうし)する。

 どのチームも、それほど長引かない戦いばかりであった。


「どのチームも、すぐ戦いが終わっちゃいますね」

「私や紅羽に、感化でもされたんじゃない?」

「ははは……そうかもしれませんね」


 愛想笑(あいそわら)いで誤魔化したが、実際にありえそうだった。

 ネイは虚空を見上げ、片手をふらふらと振る。


「真面目な話、下手に戦いを長引かせると、いろいろ厄介(やっかい)な状況になるからよ」

「……厄介な状況、ですか?」

「そっ」


 ネイは不敵な笑みを浮かべ、咲弥の額をつんとつついた。

 咲弥が思案していると、ゼイドが代わりに答えを述べる。


「今後のコンディションに、影響を及ぼすからさ。たとえば咲弥が今すぐ戦う場合、クード戦と同じように戦えるか?」

「ああ、そういうことですか……」


 小刻みに(うなず)き、咲弥は生返事をする。

 するとネイが、欠伸(あくび)を漏らしながらまとめに入った。


「今後のペース配分をきちんと考え、次に(つな)げるってわけ。もちろん奥の手は極力残しつつ、不必要な情報を可能な限り与えないままに、ね?」


 それは咲弥自身が、誰よりも痛感している部分であった。黒白の籠手のほか、紋章術もある程度ネタが割れている。

 だからどのチームも、今度は自分が分析される側になると理解している。急ぎ気味の戦いばかりになるのは、その点を考慮すれば仕方がない。


「とはいえ、実力が拮抗(きっこう)すりゃ、そう簡単にはいかねぇが」

「ちょうど、そういうことね」


 ゼイドの言葉に薄ら笑いを浮かべ、ネイは指を差した。

 咲弥は再び、モニターを見る。

 どちらも一進一退(いっしんいったい)といった攻防が、繰り広げられている。


「こりゃあ……長引きそうだ……」


 ゼイドの予感通り、かなりの時間をかけて勝敗が決した。

 そうして――どんどんと、二回戦進出のチームが決まる。


「さて、もうそろそろ二回戦が始まりそうね」


 ネイは猫っぽい表情を見せ、大きく背伸びをした。

 紺色の髪に指を通し、ゼイドは軽めに自身の頭を()でる。


「次の試合は、咲弥が大将でいいんじゃないか?」


 ゼイドの提案に、紅羽がこくりと(うなず)いた。


「はい。傷は完治していますが、オドが万全(ばんぜん)に戻るまでは、まだもうしばらくかかります。回復に専念すべきでしょう」

「一回戦目は私達が、めっちゃ頑張ったからなぁ……?」


 ネイが後頭部に両手を添え、ゼイドをちらちらと見た。

 軽めに頬を引きつらせ、ゼイドは肩を(すく)める。


「オメェらが頑張り過ぎて、出番がまったくなかったんだ」

「そんじゃあ、次はゼイドが先鋒ってことで」


 ネイがニタニタと笑い、出場順を決定する。

 ゼイドは腕を組みながら、不安げに伝えてきた。


「おう、任せろっ! と、言いたいところなんだが……まだエーテルを習得できていないからなぁ……ちょいと心配だ」


 紅羽とネイが少し特殊なだけで、誰もが簡単にエーテルを習得というわけにはいかない。咲弥もまた同様、エーテルを扱えないのだ。

 本来は、気が遠くなるほど、長い鍛錬の末に(いた)る境地だと精霊は言っていた。


 その過程を省いたのだから、至極当然の話ではある。

 とはいえ、白手(はくしゅ)の異能に加え、大会が始まる前日までは、全員での訓練をまったく欠かしていない。だからゼイドも、充分なくらいに強化されている。

 ネイがゼイドの背を、音が鳴るぐらい強く叩いた。


「でっかい図体のわりに、うじうじと情けない。男だったらクード戦の咲弥みたいに、ちょっとはど根性みせなさいよ」

「ははは……その咲弥を心配して言ってんだ。俺が勝てば、あとはオメェらの番だ。つまり、咲弥は二回戦を戦わなくて済むだろうからな……」

「皆さんで訓練していますから、何も問題はありません」


 紅羽がゼイドを、そう(さと)した。

 それは(はげ)ましているというよりは、単純に分析した結果を淡々と述べただけ――という響きのほうが、強い気がした。

 ゼイドもそう思ったのか、(うれ)しそうに顔をほころばせる。


「実力者からのお墨付きであれば、まあ安心だな」

「なあに? 私からの言葉じゃ、不安だったってわけ?」

「まず励まされていたかどうかですら、わからなかったな」


 豪快に笑っているゼイドの頬を、ネイは怒り顔をして拳でぐりぐりしていた。

 いつも通りの光景を眺め、咲弥はふとモニターを観る。


 第一回戦、最後のチームの副将戦が始まるところだった。

 前回の国際大会で、優勝したバルディア皇国(こうこく)――どうやら今回は、かなり劣勢に立たされている。まだ一勝もできず、追い込まれた状況にあった。


 バルディア皇国の副将は、中肉中背といった男だが、その対戦相手は性別すらもよくわからない。不気味な白い仮面をかぶり、黒いフードを着ているからだ。

 ただ映像からでも、ひしひしと伝わってくるものがある。

 オドの流れが目を見張るぐらい流麗(りゅうれい)で、とても力強い。


(まと)っているオドが……凄いや……これって、まるで……)


 試合が開始した直後――男が突然、ぱたりと倒れる。

 何が起こったのか、一瞬まったくわからなかった。

 地に()した男のやや後方で、仮面の者が日本刀に酷似した武器を華麗に振り、それから(さや)へと納めていく姿を捉える。まるで時を止めたにも等しい戦いだった。


 とにかく、瞬間的な速さで試合が終わりを迎えたのだ。

 咲弥は漠然と、妙な違和感を覚える。

 それが何かわからず、もどかしい気持ちを抱えた。


「仮面の方、お強いですね」


 紅羽の可憐な声が聞こえた。

 紅羽はどこか真顔で、モニターのほうを向いている。

 その綺麗な横顔を見つめ、咲弥は紅羽の言葉に応えた。


「うん。恐ろしいぐらい……」

「もし対戦となった場合、仮面の者は私が行きます」

「なになに? そんな強かったの?」


 ネイの問いに、咲弥はぎこちなく(うなず)いた。


「動作やオドの流れが、まるで紅羽クラスです」

「マ、マジか……」


 ゼイドが眉をひそめ、驚きの声を上げた。

 きっと対戦チームとして、ぶつかるに違いない。

 そんな予感を、咲弥は漠然とではあるが感じ取った。

 不意に、アナウンスが部屋に響き渡る。


《第二回戦が始まります。リングのほうへ来てください》


 もうまもなく、第二回戦が開始される。

 ネイは意気込むように叫んだ。


「っしゃあああ! 行くぞぉおおお!」

「おう!」

「了解しました」

「はい!」


 それぞれ返事をしてから、戦いの場へと(おもむ)いた。

 会場はすでに、熱気の嵐に包まれている。

 全員の名前が、あちこちから飛ぶ。

 その多くは、紅羽とネイへの黄色い声援であった。


 一人は、(りん)とした切れのある美少女――

 一人は、神々しいまでに神秘的な美少女――


 タイプこそ違えども、どちらも見惚(みほ)れる容姿をしている。さらに圧倒的なまでの戦力を、第一回戦で見せつけたのだ。

 そのせいか、女性を含めた声援がとてつもなく大きい。


 沸き上がる声援の中、待機所に辿(たど)り着いた。

 遠くのほうにある待機所には、すでに人の姿がある。


《両チームが待機所に入りました。これより、第二回戦――レイストリア王国対ヴァティン共和国の試合を開始します。両チーム、先鋒を選んでください》


 ゼイドは緊張した面持ちで、戦斧(せんぷ)を肩に乗せて前を進む。


「そいじゃあ、ちょいと行ってくるぜ」

「あんたもし負けたら、おしおきするからね?」


 ネイは微笑みを(たた)え、ゼイドにプレッシャーを与えた。

 ゼイドは引きつった笑みを見せる。


「おいおい。初試合だぞ。圧力がものすげぇぜ……」

「とっとと行ってこぉい!」


 ネイに蹴り出され、ゼイドはやれやれとリングへ向かう。

 対戦者もゼイドに似て、大柄な男がやってくる。


《出場者はゼイド選手対、バグム選手に決定されました》


 ゼイドが戦斧(せんぷ)を構え、バグムは大剣で戦闘態勢を整える。

 静寂に包まれる中――アナウンスの声が開始を知らせた。


《それでは、先鋒ゼイド選手対バグム選手――開戦!》


 どちらも雄叫(おたけ)びを上げ、相手との距離を縮めていく。

 バグムが背後に大剣を()えるや、黒い紋様が浮かんだ。


「闇の紋章第二節、暗がりの一閃」


 まるで炎みたいな黒いモヤを、バグムが大剣に(まと)わせる。

 おそらく、補助系統に属した紋章術のようだ。しかし何か嫌な雰囲気がふんだんに漂っており、攻撃を受けるのは少しまずいといった感想を抱かせる。


 真横から迫る大剣を、ゼイドは戦斧で叩きつけて(ふせ)いだ。

 するとゼイドの戦斧が、闇のモヤに深くからめ取られる。

 嫌な予感ほどよく当たる。どうやら触れたものを、即座に拘束する術らしい。


 ゼイドは落ち着いた様子で、戦斧から手を離す。それから前に踏み込んだ左足を(じく)に、くるりと一回転し――バグムの顔面を、勢いを乗せた左拳で(なぐ)りつけた。

 バグムの態勢が大きく崩れ、ぐらりと揺らめく。

 ゼイドは右手を振り上げ、黄土色の紋様を顕現(けんげん)した。


剛力(ごうりき)の開花!」


 ゼイドの右腕が、ぶくりと大きく(ふく)れ上がる。

 強化した右拳で、ゼイドはバグムに渾身(こんしん)の一撃を与えた。


「ぐあぁああああっ!」


 バグムの巨体が宙を舞い、リング外へと吹き飛ぶ。

 しばらくの沈黙のあと、大歓声が飛び上がった。


《先鋒ゼイド選手対バグム選手――ゼイド選手の勝利》

「当然! これぐらいやってくれなきゃね」


 拍手喝采(はくしゅかっさい)の中で、ネイはどこか(うれ)しそうに(つぶや)いた。

 少し照れた顔をして、ゼイドが帰ってくる。


「……オメェらと訓練していたせいなのか、俺自身もかなり強くなってんな。予選ではさほど実感なかったんだがな……相手がのろぉく感じたぜ」


 それは、咲弥にも経験があった。

 きっと修行の成果は、確実に出ている。

 ネイが腰に手を添え、姿勢を(くず)した。


「そんなの、あたりまえじゃない」

「いいチームに巡り合えて、本当によかったぜ」

「ゼイドさん。お疲れさまでした」


 咲弥が拳を突き出すと、ゼイドが拳を当ててくる。


「おう!」

《それでは、両チーム。次鋒を選んでください》

「ほな、次は私が出るわ」


 ネイが颯爽(さっそう)と、数歩だけ進んだ。

 なにやら、妙にうずうずとしている気配がある。

 咲弥は眉をひそめ、ネイに釘を刺しておく。


「ネイさん。やり過ぎないでくださいよ?」

「わかってらぁ!」


 ぷんぷんとしながら、ネイはリングのほうへ飛んだ。

 この後――

 頭を抱えたくなるぐらいの圧勝を、ネイは見せつけた。


 多少は、手加減していたように思える。しかしネイの対戦相手は、客席の真下にある壁に大の字でめり込んでいた。

 咲弥は唖然となり、ぽかんと開いた口が(ふさ)がらない。

 照れ笑いをするネイが、すたすたと帰ってきた。


「いやぁ、まぁた圧勝しちった」

「……だから、やり過ぎなんですってば!」

「力量に差があり過ぎると、どうしても困っちゃうわね」


 反省の色が見えないネイに、咲弥は深いため息が漏れる。

 なぜか急に、ネイがどさっと肩を組んできた。女性として(ふく)らんだ部分の感触が伝わり、途端の恥ずかしさを覚える。


 何を言うわけでもなく、ただ無言のままじっとしていた。

 ネイの行動の意図が、咲弥にはまるで呑み込めない。


「な、なんですか……?」

「じぃー……」

「あ、あの……さっきから、当たってますから……」

「ばかね。()()()当ててんのよ」


 咲弥はぎょっとして、口調を強める。


「何が目的なんですか!」

「八十二回」

「……な、なんの数字ですか?」

「あんたの視線が、当たっている部分に向いた合計の回数」

「え……?」

「気づかないとでも思ってんの? ばればれだからね?」


 震撼の事実に、咲弥の視線が大きく左右に揺れる。

 紅羽の呆れ顔に、咲弥の目が()まった。

 激しい気まずさから、逃れようと試みる。


「いや、あの……ほんと……離れてください……」


 思いのほか、ネイはがっちりと肩を組んでいた。

 身をよじっていると、ネイはぼそっと(つぶや)く。


「なんか、言うことないわけ?」

「え?」

「ほかになんか、言うことない?」


 主語のない問いを、咲弥は必死に考える。


「えぇっと……あの……今回も、鮮烈(せんれつ)でした……?」


 しばらくの静寂を経て、ネイが満足そうに離れた。

 くびれのある腰に手を置き、ネイは子供っぽく笑う。


「まあ、許してあげるわ」


 不意にゼイドと視線が混じり合い、お互いに苦笑し合う。


《それでは、両チーム。副将を選んでください》


 じっと痛い目線を送ってきた紅羽が、肩に弓をかける。

 紅羽は、どこか不満げな声で言った。


「それでは、行ってきます」

「あ……う、うん。気をつけて……」

「了解しました」


 紅羽は華麗に飛び上がり、リングの中央へと降り立った。

 紅羽であれば、そこまでやり過ぎることはない。

 どこか安心しながら、咲弥は紅羽の戦いを眺める。

 しかしそんな安心感は、即座に打ち砕かれた。


 今度は紅羽が、対戦相手を壁にめり込ませたのだ。もはや咲弥の頭の中には、さまざまな疑問しか飛び交わない。

 冷や汗をかき、戻ってくる紅羽を呆然と見つめる。


 帰ってきた紅羽が、なぜか咲弥の両手を握った。

 とても(なめ)らかな手触りが伝わり、心臓の鼓動が速まる。

 無表情は無表情なのだが――紅羽はどこかきょとんとした様子で、咲弥の目のほうをじっと見据え続けてきていた。


「く、紅羽……えっと……?」

「何かおっしゃいたいことは、ありませんか?」

「え……?」

「おっしゃいたいことは、何もありませんか?」

「えぇと……そうだね……とても衝撃的、だったかな」

「そうですか」


 表情に変化はないものの、紅羽は少し満足そうであった。

 ネイの真似をしたかったのか、本気で意味がわからない。

 ネイは紅羽を賞賛(しょうさん)しており、ゼイドは大爆笑している。

 チームメンバーを眺め、咲弥は軽いため息が漏れた。


 その後の試合は、時折――主に咲弥とゼイドの二人だが、なかなかの苦戦を()いられたものの、なんとか決勝へと勝ち上がっていく。

 そして、国際大会はついに――


 決勝戦を迎える二つのチームが、決定したのだった。




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