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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第三章 訪れる邂逅
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第三十話 ごり押し




 まず視界に入ったのは、落下するクードの姿だった。

 咲弥は肩で息をしながら、周囲の惨状に視線が流れる。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 咲弥は背筋が凍りついた。

 爪痕(つめあと)は観客席にまでは達していない。

 しかしいくつかは、かなり(あや)うい場所も見受けられた。


 現状を把握するや、咲弥の胸に罪悪感が満ちる。

 大きく息を吸い込んでから、深く頭を下げた。


「観客席にいる皆様! 申し訳ありませんでした! 戦いに夢中になってしまい、かなり暴走してしまいました!」


 少しの静寂を経て、観客席からどっとした笑い声が飛ぶ。

 聞こえてくる声に、罵倒(ばとう)らしきものはない――限界突破を用いれば、防壁を砕けると知らないからだと思われる。

 また白爪(はくそう)との(あわ)せなら、限界突破でなくとも砕けるのだ。


 もしも観客に怪我人が出ていた場合、どうなっていたのか想像に(かた)くない。傷の痛みも忘れ、しばし頭を下げ続けた。

 クードに攻撃されたら終わるが、それはもう仕方がない。

 それだけの事態を、咲弥は知らずの内に招いていたのだ。


「おぉーい」


 遠い場所から、ネイの声が耳に届いた。

 咲弥は痛みを抱えたまま、そっと頭を上げる。

 ネイが紅羽と肩を組み、大手(おおで)を振っていた。


「問題ないかぁっ?」


 どうやら咲弥の異常に、仲間達は気づいていたらしい。

 そう察して声を返そうとしたが、さきほど叫んだせいで、(のど)に痛みが走って声が出ない。咲弥は手を上げて応える。

 その(さい)、斬られた傷がズキンッと痛んだ。


「つつっ……」

「おい」


 クードが、静かに歩み寄ってくる。


「まだ続けんのか?」

「……ん、んん……んんん……は、はい。もちろんです」


 喉の調子を整えて応じたものの、すでに満身創痍(まんしんそうい)だった。

 動ける時間は、もうあとわずかしかないだろう。


「最後の最後まで、動ける限り……戦います」

「はんっ。いいぞ、受けてたつ」

「……クードさんって……」


 咲弥は吐き出しかけた言葉を呑み込んだ。

 今はまだ、戦いのさなかにある。


「いいえ。なんでもありません」


 黒白の解放を()き、自身の両頬を叩いた。

 それから少量のオドを流し込み、また解放しておく。


「はぁ……なんだか、頭がすっきりとしました。いろいろとテンパってしまい、なんかすみません。もう、大丈夫です」

「おう。それじゃあ……」


 クードは剣を下段に構える。

 咲弥も両腕を前で垂らし、自分なりの戦闘態勢を整えた。


「行きます!」


 互いに向かい合いながら、咲弥は思案する。

 通常、紋章術の効果から固有能力などは、白爪(はくそう)を用いれば打ち消せるはずだった。だが、クードの能力は消せない。

 爪を刺した端から、オドが常に再生をしているからだ。


 おそらくは、オド全体に命令が継続的にくだっている。

 ならば、どうするか――


(オドのすべてを、一気に消し飛ばせばいい!)


 思い返せば、クードは白手(はくしゅ)のほうばかりを狙っていた。

 紋章術をかき消した映像から、何かを懸念(けねん)したのだろう。扱っている本人だからこそ、しっかり弱点を把握している。

 つまり、必ずしも〝永久不滅(えいきゅうふめつ)〟は無敵ではないのだ。


 いつもながら、ぎりぎりの思いつきを実行するほかない。

 これで無理ならば――仲間を想い、自分の勝利を信じた。


(三回……いや、四回……いける! ぎりぎり!)


 心の内側で意気込み、咲弥は足を速める。

 間合いを詰められるクードが、蒼い紋様を描いていく。

 咲弥は瞬時に、白爪を振るう。


「白爪空裂き!」


 飛ぶ斬撃が、クードの紋様をゆらりと吹き飛ばす。

 咲弥は、渋い顔をするクードの眼前へと迫る。

 ずっと(そば)で、紅羽の戦いを何度も見てきた。

 彼女の異常なまでの強さに、咲弥は(あこが)れを抱いている。


(きっと紅羽だったら、こうする!)


 咲弥はクードの剣技を、紙一重で回避する。

 そのままクードの手元に、咲弥は力の限り蹴りを放った。

 外傷は与えられずとも、ただ剣を握った手に違いはない。

 蹴りの衝撃は手を伝わり、剣の()へと届く。


 あらゆる場所から発生する痛みのせいで、剣を吹き飛ばすまでの力はない。しかし、クードの剣がぐらりと揺らいだ。

 奥歯をぐっと()み締め、咲弥は気力を振り絞る。


(ぐぅ、う、ぅ……ここだ!)

 剣身を黒手(こくしゅ)(つか)むと同時に、空色の紋様を浮かべる。

握撃(あくげき)限界突破!」


 咲弥はついに、クードの剣を破壊する。

 クードの顔が、驚愕に染まっていく。

 表情の移り変わりを見ながら、咲弥は再び紋様を描いた。

 二度と訪れないわずかな隙を、(のが)すことはできない。


黒拳(こっけん)限界突破!」


 下から突き上げる形で、クードの腹部を殴りつけた。

 クードの体が、天高く舞い上がる。

 クードのもう一つの弱点は、その(すさ)まじい再生力にある。


 普通は確実に()けなければならない瞬間も、無敵に等しい再生力があるため、回避など気にする必要がない。だから、回避の練度(れんど)はそこまで高くない。

 その絶対的なまでの信頼が、逆に(あだ)となっているのだ。


 対して咲弥は、死にそうなぐらい痛くて仕方がない。

 傷の痛みが鐘警(けいしょう)となり、脳にずっと知らせてきていた。


(痛い痛い痛い痛い! でも、もう一押しだ!)


 吹き飛ぶクードよりも、咲弥は高く飛び上がる。

 当然、クード側も黙ってはいない。


「清水の紋章第一節、海神の吐息」


 咲弥をめがけ、レーザーに近い放水が放たれる。

 左肩を打ち抜かれ、咲弥は唇を噛み締めて我慢(がまん)した。


(あと二発なら……大丈夫……!)


 咲弥は目をカッと見開き、この瞬間に全神経を(そそ)ぐ。

 漆黒の手の解放を()き、動かない左腕を(つか)みながら紋様を浮かべる。同時に、純白の籠手にオドを大量に流し込んだ。


「白爪巨大化限界突破!」


 通常は三倍ほどまでしか、獣の手は巨大化しない。

 だが限界突破により、爪が十倍以上にまで広がる。

 右手で剣を振るように、まだ滞空中(たいくうちゅう)のクードに向け、縦に(そろ)えた白爪を振るう。


白刃(はくじん)! 限界突破ぁあああっ!」

「うぉおおおおおお――っ!」


 クードの頭から足先の全身を、巨大な白剣(はっけん)で斬り裂いた。それはきっと、ほんの一瞬に過ぎない。それでも、クードの全身をあますことなく呑み込んだのだ。

 お互いに、リングへと激突するように落下する。


 ほぼすべてのオドを削り取られ、クードが落下の衝撃からうめきを上げていた。

 咲弥の苦しまぎれの一撃が、ついにクードへ届いたのだ。


 しかし、どちらも立ち上がれない。

 咲弥は満身創痍のうえに、オドがもう尽きかけている。

 クードもまた、オドがほぼほぼ消えた状態のはずだった。


「ぐっ……ご、ごり……押し……か……」


 オドの枯渇(こかつ)は最悪、死に(いた)る場合がある。

 わかってはいたが、それを気にする余裕はなかった。ただ気絶寸前で済んでいるらしく、そこには安堵(あんど)するほかない。


「お前……俺を……殺す……気か……」

「すみま……せん…………余裕……ありません」


 力を振り絞るように、咲弥はクードと言葉を交わした。

 このままでは、引き分けになる。

 咲弥の体は、もういうことを()かない。


 ついに咲弥の黒白の籠手が、光の(つぶ)となって消える。

 全身の力が抜けていき、気絶する寸前であった。


(あ……やば……もぅ……)

「立てぇえええ! 咲弥ぁあああ!」


 ネイの叫び声が飛んだ。

 次いで、ゼイドが声を張った。


「あと一歩だぞぉおおお!」

「咲弥様ぁ!」


 珍しい紅羽の大声が聞こえた。

 薄れる意識の中、咲弥は最後の力を振り絞る。

 少しずつ、体を起こすように(つと)めた。


「クード! 姫様にどやされるぞぉおおお!」


 クードの仲間もまた、彼を鼓舞(こぶ)していた。

 ゆっくり立ち上がると、クードもまた立ち上がっている。

 立つのが、やっとの状況であった。


「はぁ……はぁ……」

「はぁ……はぁ……」


 この世界に来てから、いったい何度目かわからない。

 いつも満身創痍で、同じ状況へと(おちい)っていた。

 それでも、ずっと――戦い、勝ち抜いてきたのだ。


「絶対……僕が……どの勝負でも……勝つんだぁああっ!」


 咲弥は叫び、心を(ふる)い立たせた。

 そのとき、クードがゆっくり倒れていく。


「根性の……塊か……お前」


 クードが消え入る声で言い放ち、ばたりと倒れた。

 耳鳴りが聞こえるくらい、場内は静寂に包まれる。

 そして――


《副将、咲弥選手対クード選手――咲弥選手の勝利!》


 静まり返っていた観客が、一斉(いっせい)に沸いた。

 それはまさに、音の爆弾だとも言える。


《紅羽チームが三勝したため、第二回戦進出は紅羽チームに決定しました》


 アナウンスが響くや、観客達も最高潮に達する。


「咲弥様ぁ!」


 紅羽の声を聞きながら、咲弥は後ろへばたりと倒れる。

 もう指先一つすら動かせない。

 (かす)んだ視界の中に、紅羽達の姿を捉える。


 紅羽の(ひざ)に頭を乗せられ、(やわ)らかな感触が伝わってきた。

 大衆(たいしゅう)の面前だというのを思いだし、急激に恥じ入る。

 とはいえ、もう体にはまったく力が入らない。


「へへっ。やるじゃない」


 ネイはにっこりと笑っていた。

 ゼイドが腕を組みながら、渋い顔を見せる。


「まったく……こっちはひやひやしたぜ」

「すみません……また暴走して……ました」

「あのぉ……すみません? 咲弥選手を治癒室(ちゆしつ)へ運びます」


 いつの間にか、青いローブを着た治癒師(ちゆし)が二人いた。

 紅羽がそちらのほうを向き、治癒師の言葉を否定する。


「必要ありません。彼は私が治癒しますから」

 紅羽は言いながら、純白の紋様を浮かべた。

「光の紋章第三節、光粒(こうりゅう)の陽だまり」


 お馴染みの温かな光に包まれ、体が楽になっていく。

 治癒師の一人が、驚きの声を上げる。


「……え? ウチらよりも、効力高くねっすか?」


 先輩と後輩の関係なのか、目をパチパチとさせていた。

 咲弥は、つい苦笑する。

 王都の精鋭(せいえい)を驚かせるほど、紅羽の治癒術は凄いらしい。

 不意に、ゼイドが落胆(らくたん)のため息を漏らした。


「しかし……俺、なんもしてねぇな」

「あんた、もしかして役立たずなんじゃない?」

「ははっ。出番すらなかったろうがよ」


 いつものやり取りを眺め、咲弥は上を見る。

 紅羽は紅い瞳を、じっと咲弥のほうへ向けていた。

 無表情ではなく、なんとも言えない顔をしている。


「咲弥様……」

「ん?」

「大丈夫ですか?」


 どの意味で(たず)ねているのか、咲弥は少し黙考する。


「うん」

「そうですか」


 短い言葉で応えると、紅羽は納得してくれたようだ。

 ネイがしゃがみ込み、顔を覗き込んでくる。


「ところで、あっち行ったんでしょ?」

「はい」

「何があったのか、あとで聞かせなさい」

「わかりました」


 咲弥は神殺しの獣について、ぼんやりと思い返した。


《紅羽チームは、控室(ひかえしつ)で待機してください。まもなく、次の試合を始めます》

「あ……」


 思いだしたように、全員が短い声を漏らす。

 ゼイドが(そば)に立ち、咲弥を両腕に抱え上げた。

 お姫様抱っこをされ、それはそれでとても恥ずかしい。


「治癒の続きは、控室に戻ってからだな」

「す、すみません……」

「なあに、お安い御用さ」

「ありがとうございます」


 咲弥は恥じを押し殺し、ゼイドにお礼を告げた。

 ネイが、からかってくる。


「さあ、行きましょうか。咲弥姫」

「や、やめてくださいよ……」


 苦笑まじりに言うと、ゼイドが笑いながら歩き出した。

 咲弥はふと、クードの姿を視線で探る。

 すでに治癒師に運ばれたのか、どこにも姿はない。


(初めて出会った……僕と同じ境遇の使徒……)


 なんとなくではあるが、戦ってわかることは多い。

 きっと彼は、()()()()()()なのだと感じられた。


 状況を察してくれたのか、あるいは人柄なのか――咲弥が頭を下げている間、彼はずっと待ち続けてくれていたのだ。

 本来、そんな(おろ)か者など、何をされても文句(もんく)は言えない。


 咲弥は覚悟したが、彼はいっさい攻撃してこなかった。

 外見同様、内面もよくできた人に違いない。なににしてもこの世界では数少ない、自分と同じ境遇の人物ではある。

 そんな意味もあり、もう一度しっかり話したいと願う。


 ただの予感ではあるが、きっとクードもそう望んでいる。

 大会の合間か、終わってからか――少なくとも、どこかへ去ってしまうその前に、クードを訪ねようと心に決める。


 もうまもなく――

 別の邂逅(かいこう)が訪れることに、咲弥達はきづけなかった。




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