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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第三章 訪れる邂逅
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第?話 国境を越える飛行船




 飛行船は悠然(ゆうぜん)と大空を()ける。

 豪華な客室には、いろいろな設備が整っていた。機械的な代物もあれば、暇潰しになりそうな物まである。また食事も頼み放題で食べ放題となっていた。


 あまりに待遇のいい接待を受け、言葉なき重圧感がひどく胸にのしかかる。

 女王国側はどうやら、本気で優勝を狙っているのだろう。それは栄誉(えいよ)が得られるほかに、おそらくは莫大(ばくだい)な経済効果を期待できるからだと思われる。


 深紫色の髪をした少年――クードは静かにため息をつく。

 本来であれば、こんな遊びに付き合う義務はない。だが、優勝した場合に得られる報酬が、とても魅力的であった。

 そのため、渋々ながらも参加する運びに(いた)ったのだ。


(まあ、腕試しには……ちょうどいいかもしれないか……)

「ねぇねぇねぇねぇ! ちょっと、見て見てぇ! クー!」


 桃色の髪をした竜人(りゅうじん)の女が、元気に愛称で呼んできた。

 いたずらな笑みを浮かべ、ある遺物を差し出してくる。


 手にしているのは、近世頃にある古臭いノート型パソコン――ややぼやけている画面には、多人数と戦っている黒髪の少年が映し出されていた。

 クードはひとまず、じっと映像を見つめる。


 彼女が何を見せたいのか、その意図がよくわからない。

 クードは首を(ひね)り、軽口を叩いた。


「なんだ……? モニカのタイプは、そんな感じの子か?」

「ちっがぁうっ!」


 モニカは片頬を(ふく)らませ、(しゃ)に構えて(にら)んでくる。

 クードは肩を(すく)めて応え、彼女の怒りをいなした。


「もぉ! 巻き戻すから、ちゃんと見てみてよ!」

「んぅ……? モニカのタイプをか?」

「だぁかぁらぁっ! 違うってばぁ! もぉ!」


 なぜ主語をもって話さないのか、クードは呆れ果てる。

 ふと思えば、彼女は出会った当初から、主語を(はぶ)いて話す傾向があった。見た目もそうだが、中身もまだ子供っぽい。

 とても同じ十七歳だとは、思えない成長をしている。


 そんな彼女だが、里では稀代(きだい)の天才と呼ばれていたほど、戦闘に特化していた。

 これには、クードも素直に同意を示している。

 実際、これまでも彼女に救われた場面は少なくない。


「ほらほら! ここからだよ!」


 映像がやっと、目的の場所まで巻き戻せたようだ。指定の時間まで言葉一つで巻き戻せないのは、かなり不便で面倒な遺物だと感じられる。

 クードはそう思いつつ、頬杖(ほおづえ)をついてから映像を眺めた。


 黒髪をした少年の年頃は、自分とそう変わらないだろう。どこにでもいそうな見た目をしており、平凡な少年といった感想を持つ。

 ただ、少年の戦い方は独特で、どこか獣じみていた。

 漆黒の右手と純白の左手にある爪が、主な武器らしい。


(結局、何を見せたいんだ……これ……?)


 心の中で(つぶや)いた矢先、クードに静かな驚愕がやってくる。

 少年のある一部分に、完全に視線を奪われた。

 モニカが嬉々(きき)とした声で()いてくる。


「ね、ね? これって、クーと()()()()じゃない?」

「ちょ、ちょっと! それ貸してくれ!」


 なかば奪うように、クードはモニカの手から受け取った。

 モニターを凝視する。その形には、ある違いがあった。


 クードの紋様は少年の紋様とは異なり、どこか機械じみた天使の形をしている。しかし少年が浮かべた紋様は、まるで天女を連想する天使を模していた。

 ただの偶然なのか、それとも――


(まさか、コイツ……使徒、なのか……?)


 もしそうであれば、ありえない展開に震撼する。

 これまでの間、噂にですら耳にした記憶はない。


 それも当然の話ではあった。なぜなら、このとてつもなく広い世界に、たったの十人しか放り込まれていないからだ。

 それがまさか、こんな形で知るとは思いもよらなかった。


(コイツも別世界の住人……どこの惑星なんだろう?)


 少なくとも、見た目は自分と変わらない普通の人だった。

 尻尾や(つばさ)が生えているわけでもない。

 クードは食い入るように、映像を眺め続ける。

 不意に、モニカが疑問を(てい)した。


「ねねっ? もしかして、クーのお知り合いなの?」


 クードは一度、頭の中で言葉を選んだ。

 あまり下手な発言はできない。


「会うのは初めてだが、ある意味な。あっちもおそらく――びっくりすると思う」

「へぇ、そうなんだぁ」

「なあ、モニカ。この人の名前は、わかるか?」


 モニカは唇に指を添え、小さく(うな)った。


「ええっと、確かぁ……咲弥って、名前だったかなぁ?」

「咲弥……?」


 自分のいた世界では、あまり聞き慣れない名前に思える。しかし世界のすべてを、完全に把握しているわけではない。

 同じ惑星の出身といった可能性は、充分に考えられた。


 クードは映像を(にら)み、深く悩む。

 ある程度の予想はついていたが、モニカに()いた。


「この咲弥って人も、()()()()に参加するのか?」

「うん。そうみたい。ちょっと前に、決定したみたいね」


 モニカの笑みを見据えながら、クードに緊張が宿った。

 それはつまり、明日にはもう対面することとなる。


 どんな力なのかはわからないが、咲弥も天使から恐ろしい力を授かっているはずだった。その力を駆使(くし)すれば、大抵の物事は切り抜けられるだろう。

 クードはまた、モニター画面に目を移した。


(いったい……天使から、どんな力を授かった……?)


 映像をじっと観察するが、決定的な場面が見つからない。

 基本は両手に装着した武具で戦い、そのほかは紋章術での対処ばかりしている。全体を通してあやしいと(にら)んだのは、巨大な魔獣と戦っているシーンであった。


 クードは首を振り、つい深いため息が漏れる。

 もっと鮮明に、映像と音声が残っていたらと(なげ)いた。


(固有能力名がしっかりと聞こえてたら、確信も持てたのに……まぁ、こっちの世界でそれを望むのは、さすがに(こく)か。修復デバイスがあればなぁ……)


 この世界の文明は、はっきりと言えば滅茶苦茶であった。

 (いにしえ)の時代でしか見られないような馬車もあれば、飛行船やノート型パソコンという、近世的な代物まで存在している。また国内でも、文明差がわりと激しい。


 創作的な世界ではあるが、文明力はかなり低かった。

 この世界には光速で移動する(はこ)もなければ、立体投影する装置すらもない。もとの世界でなら、動画も空間に投影し、現実的な動作と音声を表示できるのだ。


 ただクードが知らない、または見ていないというだけで、この世界のどこかの大陸には、そんな現代的と感じる文明があるのかもしれない。

 そう思わせるほどに、この世界の文明はおかしかった。


(それにしても……コイツの能力は……?)


 見た限りでは、増強系だと考えられた。

 少なくとも、自分と似た能力ではないらしい。

 ほかの使徒達にも、別の固有能力が与えられる――天使の発言からも、類似(るいじ)した力が与えられているとは考えづらい。


 だからこその、問題点が浮上する。

 火は水に弱く、水は土に弱い。

 万物のすべてには、相性というものが必ず存在している。


 それは固有能力とて、例外ではないのだ。咲弥との相性が悪ければ、非常に面倒な展開に(おちい)るのは予想に(かた)くない。

 クードが思案していると、途端に背に重みを感じた。


「ねぇえええ! クー! アタシもみぃーたぁーいぃー!」


 モニカが言いながら、後ろからぎゅっと抱き着いてきた。

 彼女の柔らかな胸が、背を通じて伝わってくる。

 クードは戸惑いつつ、必死に恥ずかしさを押し殺した。


「わ、わかったから! ちょっと、離れろって!」

「ああ、クー! 照れてるんでしょ? もぉーえっち!」


 いまだ離れず、クードの頬にモニカは自身の頬を添える。

 モニカの(なめ)らかな頬の感触に、クードはどきりとした。

 こちらの気も知らず、モニカは(ひそ)んだ声で言ってくる。


「王女様に知られたら大変ね。嫉妬(しっと)で殺されるかもぉ?」

「俺じゃなく、お前がな?」


 クードは(つと)めて冷静に告げた。

 モニカの腕を外そうとするが、なかなか引き(はが)がせない。

 モニカは陽気な声を上げた。


「クーから抱き着いてきたって、誤魔化すもぉん」

「お前から抱き着いてきて、なぁに言ってんだ。()()!」

「あぁあああ! ばかってゆった! ばかってゆったぁ!」


 モニカが叫び、クードの背を押すように離れた。

 肩越しに見ると、モニカは目に涙を()めて震えている。

 決壊したように、モニカはぽろぽろと泣きながら歩いた。


「うぇえん、ドガスゥー! クーが、ばかってゆったぁ!」

「……ああ、そうだな……」


 赤い皮膚を持つ爬人(はびと)、ドガスが面倒そうに(なぐさ)め始める。

 今でこそ見慣れたが、初めて遭遇したときは驚かされた。見た目がまるで、空想にあるようなリザードマンと呼ばれるモンスターでしかない。


 大きく二種類に分けられる獣人とは違い、爬人と呼ばれる種族は、トカゲや蛇を連想する容姿をした者しかいない。

 クードのいた世界には、存在していない種族であった。


 とはいえ、手術次第では似た容姿を作れないこともない。

 クードのいた世界では、それだけの文明力があった。


(やれやれ……あいつの性格、どうにかならんもんか……)


 クードは半目で、ドガスの(そば)にいるモニカを見据えた。

 とても愛らしい顔をしているのに、もったいなく思える。

 性格を年相応にすれば、おそらく魅力は増すに違いない。

 クードは首を振り、嘆息(たんそく)する。


「ん……?」


 ウサギの耳を持つ、女獣人のパルが視界に入った。

 難しそうな顔をして腕を組み、壁にもたれかかっている。何か思案でもしているのか、この騒ぎに動じる気配はない。


 寡黙(かもく)な彼女もモニカと同様、自分の里では随一(ずいいち)の戦闘力を(ほこ)っていた。正直、もし特殊な力を抜きにして戦えば、誰も勝てる気がしないぐらい強い。

 ただとても無口で、扱い方が少々難しいのが難点だった。


 思えば、奇妙な(えん)ではある。一見、なんの(つな)がりもないと感じられる者達が、クードの目的を手伝うために、こうして一か所に(つど)い合っているのだ。

 愉快(ゆかい)な仲間達を想い、クードはまた深いため息が漏れる。


(まあ……それよりも、今は……)


 クードは、映像のほうに視線を戻した。

 なににしても、邂逅(かいこう)のときはもう近い。


 いい人であればと願うが、それも難しく感じられた。

 邪悪な神を討った者だけが、願いを一つ叶えられる――

 どの戦いであれ、クードは負けるつもりはない。


(問題は……やっぱ、相性だよなぁ……)


 咲弥の戦い方を分析するため、じっと観察した。

 クードが気づくまで、まだもうしばらくの時間を(よう)する。

 唯一と言えるほどの天敵が、その咲弥だったのだ。




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