第十話 ギルドのあれこれ
マータス町には、四つのギルドがある。
一番近かった裁縫ギルドに、咲弥はまずは足を運んだ。
裁縫ギルドの受付嬢は、種族が小人か――耳が小さな翼の形をした、七歳児程度の体格をしている。身振りや手振りが小さく、どこか愛らしいと感じられた。
ただ咲弥よりも、遥かに大人の雰囲気が醸されている。
「ウチは布や革をメインに扱っているわ。もちろん、必要な素材の調達や精製もしたりするの。ところで君さ、変わった衣服だね? ちょっと見せてよ」
「へ? あ、はい!」
「ふぅん……なるほど。ウール材とポリエステル材を使って作られているんだね。でも、これじゃあ……普通に生活する以外の耐久性は皆無よね」
本来、学生生活をするため以外の用途などない。
咲弥は苦笑で誤魔化しておいた。
「この辺では、あまり見ない格好なんだから、旅人かなんかなんでしょ? ウチで扱っている品でも見てってよ。耐火、耐冷、耐衝撃にすぐれた品もあるからさ」
「はい! いろいろと、見させていただきます!」
まだ手持ちを崩したくないため、購入まではできない。
少しばかり罪悪感を覚えながら、咲弥は一通り見物する。
生活用と旅用から、戦闘を視野に入れた衣類もあった。
こちらの世界にも、ブランド品は当然ある。特に有名人が考案したデザインや性能の品々は、かなり値が張るようだ。
本人がじかに制作した品は、もっと高額になるのだろう。
(なるほど。性能が高ければ、やっぱ高いんだなぁ……)
作業所のほうでは、小人達の姿がたくさんあった。
一見すると、どこかお遊戯会じみた風景にも見える。
しかし誰もが、仕事をてきぱきと手際よくこなしていた。
(見た目が子供っぽい種族なだけで、みんな大人なんだな)
そんな感想を抱きつつ、あちこち見学させてもらえた。
本日中に、すべてのギルドを見回っておきたい。
いったん裁縫ギルドでの、情報収集と物色を終える。
次に近かった鍛冶ギルドへと、咲弥はやってきた。
鍛冶ギルドの窓口には、紫髪をした獣人の大男がいる。
人間ベースの犬か狼――ぱっと見は、ただコスプレをした人にしか見えない。だが、よく観察すれば違うと気づけた。
瞳、動く耳や尻尾などが、獣なのだと強く認識させる。
「ここでは、貴金属を扱った品々がメインだ。そのために、必要不可欠な材料の調達や精製もしている。ところでお前、ずいぶん貧弱な格好だな」
立ち振る舞いや話し方は、人と何も変わらない。
ただ見た目がとにかくごつく、声質も重たかった。
心持ち恐怖心を抱え、咲弥は恐る恐る返事をする。
「え? あ、はい……」
「見たところ……あまり鍛えてるってわけでもない。普通の生活をするだけなら、問題もないだろうが……格好も肉体も貧弱なのは、いただけないな」
そもそも、普通の生活しかしてこなかったのだ。
貧弱なのも自覚しているため、愛想笑いで誤魔化す。
「この辺では、見ない格好だ。まあ、旅人でも軟弱な男でも扱える品々が、ここには多くある。耐久性抜群の防具から、切れ味抜群の武器でも見ていけ」
「はい。たくさん、拝見させていただきます!」
鍛冶ギルドでは、生活用品や仕事道具もあるにはあった。だが、戦闘を視野に入れた品々のほうが、遥かに数が多い。
それから工房のほうでは、まさに驚きの連続であった。
工房にあるほとんどが、自作で賄われているらしい。
(まるで……工場見学にでも、来たような気分がするなあ)
咲弥はふと、過去の記憶を懐かしんだ。
それからまたしばらくして、情報収集と物色を終える。
咲弥は鍛冶ギルドを後にして、別のギルドを目指した。
本日三度目となる見学場所は、自分のいた世界では確実に存在すらしない。そのため、内心かなり楽しみにしている。
紋章ギルドと呼ばれる建物へと、咲弥は辿り着いた。
紋章ギルドの受付には、キリッとした綺麗な女がいる。
細く長い耳をしている様子から、きっと森人なのだろう。
もとの世界では、エルフと呼称されそうな種族だった。
「紋章ギルドでは、紋章石や紋章書。または、紋章符や紋章付加といった、紋章に関わるすべての売買――または調達や精製をしております」
マルニから教わった通り、森人は美しい人が多いようだ。
口調は穏やかで、声音が透き通っている。
つい聞き惚れてしまった咲弥は、はっと我を取り戻した。
「あ、紋章に関わる……すべてですか……?」
「お客様は旅のお方ですね? しかし、お客様の衣服には、紋章効果が付加されていないご様子――普段の生活であれば支障はなくとも、紋章効果を付加した衣服なら、旅をもっとずっと楽にできますよ」
それはもう、三度目の指摘であった。
着ている学生服は、本当にだめな代物なのだと理解する。
しかし現時点では、別の服を購入するのも難しい。
「百聞は一見にしかず。どうぞ、この紋章ギルドをゆっくり見物してください」
「ぜひ、勉強させてください!」
武器、防具、衣服、道具――
紋章ギルドでは、ありとあらゆる品々が揃えられていた。
紋章効果の付加とは、耐性を強化する以外にも、驚くべき情報が眠っていた。
たとえば、靴に風の紋章効果を付加した場合、通常よりも早く走れたり、または高く跳べたりもする。
付加した属性次第では、効果がまるで異なるらしい。
さらに紋章石に関して、ある一つの事実が判明した。
紋章石の等級は、最大で七級までしか販売されていない。
七級の紋章石は、不純物混じりの水晶といった見た目なのだが、最低等級の物は、もはや丸い石にしか見えなかった。
天使から授かった紋章石は、本当に貴重な品だとわかる。
紋章ギルドの見物を経て、咲弥は心の底から震撼した。
(だめだ……ここは数年缶詰になっても、足りないぐらいの情報量があるぞ……)
本音を言えば、ずっとこうして見学していたかった。
とはいえ、そういうわけにもいかない。
有益な情報が眠っている――紋章ギルドで知れたように、ほかの場所でも、何かを発見できる可能性は捨てきれない。
それに王都へ出発するまでは、まだ時間的に余裕がある。
(三つのギルドを回って、わかったこともあるか……)
咲弥は現在、四〇〇〇スフィアを所持している。
安物であれば、旅に使える一式は揃えられそうだった。
ただ手持ちの所持金を、すべて使い果たす結果となる。
(ご飯代分は置いときたいし、まだ使えそうにないや……)
紋章ギルドでの情報収集を、咲弥はここで打ち切った。
そしてついに、最後のギルドへと足を進める。
これまでは、なんらかの品を扱った場所であった。しかし最後のギルドは、おそらくほかとはかなり毛並みが違う。
あくまでも想像でしかないが、異質なものに違いない。
「ここかぁ……」
石造りの建物の前に立ち、咲弥はぼそっと呟いた。
瞬間――
出入口の扉が、破裂したかのように開かれた。
「うわぁ……っ!」
騒々しい物音に驚き、咲弥の肩が飛び跳ねた。
紺の髪色をした、熊っぽい獣人の大男が現れる。
屈強そうな大男は、肌の露出が多い格好をしていた。
それこそ、海にでも出かけそうな装いに見える。
まだ二十歳前後か――とてもいかつい顔立ちだった。
しかも、なにやら機嫌が悪いといった気配がある。
そんな大男の手には、人間の男の子がぶら下がっていた。
十歳にも満たない男の子は、ぽんと外に放り投げられる。
「いってぇな! この腐れ獣人めっ!」
「とっとと帰れ! 目障りだ」
咲弥は素早く、放り出された男の子に駆け寄った。
どこかに怪我を負っていないか、心配が先立つ。
「な、何をしてるんですか! 君、大丈夫?」
「なんだ、オメェ?」
「何があったのかはわかりませんが、乱暴過ぎませんか!」
獣人の大柄な男は腕を組み、やれやれとため息をついた。
「そんなことを言う前に、その小僧に、金ぐらい持ってから来いって……しっかり、教えておいてやってくれないか」
「お金……?」
「その小僧な――フネカルル山の廃坑に生えている、薬草が欲しいんだと。だがな、あそこはもう魔物の巣窟なんだ」
咲弥が実際に見た魔物は、まだ二体しかいない。
どんな魔物にせよ、危険は当然あると考えられる。
つまりものを頼むのなら、対価がいるのだと解釈した。
「いくら、必要なんですか?」
「査定次第だが……最低でも、八〇〇〇はいるだろうな」
咲弥の手持ちでは、まったく足りない。
魔物の巣窟に行くのであれば、命がけになるはずだった。
そのわりには、思いのほか良心的な金額ではある。
「なのに……一スフィアすらも持たず、やれよはねぇだろ」
「君……どうして、その薬草が欲しいの?」
質問した直後、咲弥の腹部に強烈な痛みが広がる。
一瞬、何が起きたのかわからない。
咲弥は重い腹部を抱え、その場で小さく丸まった。
「うるせえ! 使えねぇ奴らだな! ちょっと行って取って来るだけだろ! 冒険者には簡単な仕事じゃねぇか! それぐらいやってみろってんだ!」
「あのなあ……そういうのは、金を払って初めて仕事だって言えるんだ。オメェのは、ただのボランティアでしかねぇ」
「けっ! もういいよ。使えねぇクソカスどもがよ!」
男の子が、どこかへと走り去る音が聞こえる。
絶妙な場所を殴られたせいか、いまだに起き上がれない。
「ったく……どうしようもねぇな。兄ちゃん、大丈夫か?」
「た、た、たぶん……だ、だいじょ、う、ぶ、です……」
「まあ、確かに少し乱暴だったのは謝るが……中でもあんな感じだったんだぞ……あと、あんまああいうのには、下手に情けかけちゃいけねぇ。増殖するからな」
一人の頼みを無償で叶えてしまえば、ほかの者達も同様の扱いをしろと群がってくる。仕事として稼いでいる者には、そんな人物は害以外のなにものでもない。
咲弥は痛みを堪えつつ、その言葉の意味を呑み込んだ。
立てるまでに回復してから、咲弥は重いため息をつく。
獣人の男は腕を組み、じっと待っていてくれたらしい。
「ところで、旅人か? 冒険者ギルドに何か用か?」
「えっと……少し、見学に来てみました」
「見学……? まさか、ギルドに加入希望か?」
「あ、いや……それは、まだわかりませんが……」
獣人の男は、いかつい顔を悩ましげに歪ませた。
「地方のギルドなんか、どこも似たり寄ったりだと思うが」
「いいえ。僕には新しい発見の連続ですので」
「ははっ、そうかい。わかっていると思うが、もしギルドに加入したいのなら、王都のほうまで行かなきゃならないぜ。これはどこのギルドでもそうだが、加入する申請や承認は、主要都市でしか受けつけてないからな」
さっそく、新たな情報が舞い込んできた。
咲弥は話の流れに沿い、疑問を口にする。
「ギルドって、誰でも加入できるものなんですか?」
「審査や試験はあるが、審査自体は誰でも受けられる」
「そうなんですか……審査や試験とかがあるんですね」
不思議そうに呟いてしまったが、当然の話だと思った。
まだすべてを把握したわけではないが、これまで見てきたギルドが、社会に属しているぐらいの認識は持っている。
つまりギルドは、社会を構成する組織の一部なのだ。
審査や試験がない組織など、そうそうあるはずもない。
「審査自体は、そんな難しい話でもねぇさ。ただ……」
「ただ?」
「まあ、こんなところで立ち話もなんだ。中に入れよ」
「あっ、ありがとうございます」
獣人の男に導かれ、冒険者ギルドへと足を踏み入れる。
ギルドの内部は、飲食店も兼ねているようだ。
食べ物の匂いが、かなり充満している。
店員を除けば、物々しい装備をした者ばかりが目につく。
町の住人とは、明らかに異なる存在だと推しはかれた。
そこに一人――見覚えのある赤髪の美人を発見する。
「あ、あれ……? あなたは……ネイさん?」
顔の両サイドで垂れた赤髪が、ふわりと揺れる。
振り向いたネイの青い瞳が、咲弥達のほうへと流れた。
「あら、奇遇ね。確か……咲弥君だったかしら」
「ん? なんだ。知り合いか?」
獣人の男から問われ、ネイは肩を竦める。
「そうか。それなら、知り合いに任せたほうがいいか」
「なんの話?」
「冒険者ギルドについて、いろいろ見聞きしたいんだとさ」
「ふぅん……まっ、別に暇だからいいわよ」
了承してくれた様子のネイに、咲弥は深々とお辞儀する。
「ネイさん、ありがとうございます。それで、えっと……」
「ん、俺か? 俺は、ゼイドだ」
「ゼイドさんも、本当にありがとうございました」
「これぐらいならなんでもないさ。これも何かの縁だしな」
ゼイドは軽く笑ってから、手を振りながら去っていく。
第一印象とは違い、接してみれば気のいい人であった。
「それじゃあ、こっち来なよ」
空いていたテーブルの一つに、ネイが着いた。
咲弥は肩から鞄を降ろし、ネイと対面する席に座る。
「本当に無知なんで、いろいろお話を聞かせてください」
「そっ? それじゃあ、何から話そうか?」
ここぞとばかりに、咲弥はネイに質問をぶつけていった。