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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第三章 訪れる邂逅
109/222

第二十四話 その日はやがて訪れる




 国際大会への出場者が決定し、王都は大賑(おおにぎ)わいしていた。

 東レイストリアに、コンサート会場みたいな場所がある。そこに大勢の人が詰め寄り、舞台へと視線が(そそ)がれていた。


 舞台上にいる咲弥達は、インタビューを受けている。

 金髪の女リポーターが、意気(いき)揚々(ようよう)と声を発した。


「近年レイストリア王国では、優勝を果たしておりません。各国どこもが、おそらく精鋭(せいえい)(そろ)えていると考えられます。それについては、どうでしょうか?」


 チームリーダーの紅羽が、マイクを突き出された。それに(ともな)い、やや遠くのほうにある、大きなカメラも向けられる。

 咲弥はハラハラしながら、紅羽をじっと見守った。


 当然のごとく、紅羽はただ沈黙している。

 綺麗な女リポーターの顔に、困惑の色が宿る。


「昨年はバルディア皇国(こうこく)が優勝したけれど――レイストリア王国の代表として、今年は私達が栄冠(えいかん)を手にしてみせるわ」


 ネイが代わりにマイクを奪い、自信満々に言ってのける。

 女リポーターはほっとした顔で、自身にマイクを戻した。


「なるほど! 何か勝算があるみたいですね。先の予選でも魔獣を瞬く間に討ち取り、さらに上級冒険者をも打破(だは)したとお聞きしました――差し支えがなければ、勝利の栄光に輝くための秘策を、ぜひお聞かせくださいませ」


 今度は咲弥に、すっとマイクとカメラが向けられた。

 映像通信――どこの誰に、またはどれだけの人に見られているのかわからない。それは予選内でも同じはずであった。


 しかし今現在、その上さらに大勢の人を前にしている。

 緊張が最高潮に達し、咲弥はガチガチに固まってしまう。


「あのぉ……えっとぉ……そのぉ……」

「それは、もちろん秘密だ。もしかしたら、各国の選手達が見ているかもしれない。わざに教えてやる必要はないな」


 今度はゼイドが代わりに答え、咲弥の肩をガッと(つか)んだ。


「ただ一つ――俺達の秘策は、各国どこもが度肝(どぎも)抜かれるに違いない。とだけ言っておこうか。楽しみにしていてくれ」

「とっても期待が持てますね。それでは、最後に――チームリーダーのほうから、お言葉をいただければと思います」


 再びマイクが、紅羽のほうへと()えられる。

 体裁上、リーダーの言葉がどうしても欲しいに違いない。

 女リポーターは緊張した面持ちで、マイクを握っている。

 少しの沈黙を経て、紅羽が可憐な声を(つむ)いだ。


「別に王国や他国のことなど、どうでもいいです」

(えぇええええ――っ?)


 絶対に言ってはいけないことを、紅羽は平然と口にした。

 場の空気が凍りついたのを、咲弥は肌で感じ取る。


「咲弥様に、等級を上げてもらいたいだけですから」

「咲弥様……隣の彼のことですね?」

「はい」

「紅羽さんはチームのリーダーなのに、隣の彼を様づけ……いったい、どのような関係でいらっしゃるのでしょうか?」


 紅羽は虚空を少し見上げ、何か思案している。

 それから記者のほうへ向き直り、無表情のままに告げた。


「私は、咲弥様の()です」

「……へっ?」


 あまりに唐突(とうとつ)な紅羽の発言に、咲弥はぎょっとなる。

 どこかの誰かが、冷やかしの口笛を吹いた。

 突然、ゼイドが大笑いする。


「たぁーはっはっはっ!」


 紅羽に妙なことを吹き込んだ犯人が、すぐさま判明した。

 ネイが呆れた様子で、ゼイドのほうを(にら)んでいる。


「まあ! 夫婦でのご参加だったのですね?」

()()()、そうとも言えます」

「……? ありがとうございました。それでは、皆様。ぜひ明日の国際大会を、楽しみにお待ちくださいませぇ!」


 女リポーターがカメラへ手を振り、そう締め(くく)った。

 湧き上がる歓声の中で、咲弥は妙な展開に少し疲弊(ひへい)する。

 撮影が終わりを迎え、撤退(てったい)するカメラマン達を見つめた。

 すると、女リポーターの声が耳に届く。


「明日の大会、楽しみにしています。お疲れ様でした」

「あ、はい。お疲れ様でした」


 咲弥が一礼を送ると、女リポーターは満足げに去った。

 徐々に(きびす)を返す観客達を眺め、安堵(あんど)のため息を漏らす。


「あんたねぇ。紅羽になぁに吹き込んでんのよ」

「ははっ。いいじゃないか。別に困る話でもないだろ」

「そりゃまあ、そうだけどさ。各国にも知れ渡ったわよ」

「そ、そうなんですか?」


 咲弥の問いに、ゼイドが背をぽんぽんと叩いてくる。


「国際大会は各国の(はな)だ。みんな見てると言っていい」

「えぇえええ……」


 咲弥は規模の大きさを、いまさらながらに痛感した。

 当然と言えば、当然の話ではある。

 だからこその不安が、咲弥の胸に募った。


 もし使徒の目に()まれば、どうなるのかわからない。

 使徒の行動を深く考えている最中、紅羽が()いてきた。


「ご迷惑でしたか?」

「え? あ、うんん。驚きはしたけど、そんなことないよ」


 気を使った部分は多少あったが、(おおむ)ね本音であった。

 ただ、少し複雑な気分になったのは(いな)めない。


 (うれ)しい反面、悲しくもある。最終的な目標に向かえば――咲弥は首を左右に小さく振り、故郷への思考を打ち消した。

 考えたところで、何かが変わるわけでもない。

 視線を仲間に戻すなり、ネイが微笑みながら言った。


「さて……それじゃあ、明日に(そな)えて飯にでも行きましょ」

「あんま、酔わないでくださいよ。明日のために」

「さすがの私も、それはわかってらぁ!」


 その言葉に、安心感はまったく芽生えない。

 咲弥は苦笑してから、全員で馴染(なじ)みの酒場へと向かう。


 その道中、多種多様に(もよお)されている祭りの風景を眺めた。普通に楽しみたかったという気持ちが、こっそり胸に湧く。

 しかしだからといって、別に引き返したいわけではない。


 今回の大会が、ゼイドにとっては最後の挑戦となるのだ。

 これまでずっと、彼には本当にお世話になり続けている。だからゼイドには、最後ぐらい優勝で締め(くく)ってほしい。

 咲弥は(うわ)ついた気持ちを、きつく(りっ)しておいた。


 そうしている間に、いつもの見慣れた酒場にやってくる。

 店員の森人(もりと)――女顔にしか見えないレンが声を上げた。


「あ、アニキとアネキ!」

「やあ、レン君」


 (そば)に飛んできたレンに、咲弥は手を振って挨拶する。

 レンは鼻息を荒くして、両手で拳を作った。


「大会の予選、モニター越しにだけどさ、みんなでちゃんと応援してたんだ! やっぱ、アニキとアネキはスゲェや! 俺の目に狂いはまったくなかったぜ」

「みんな?」

「おう、咲弥」


 奥から現れたのは、強面(こわもて)をした酒場の店主であった。


「あ、マスター」

「咲弥も紅羽も、本当によく頑張ったなぁ。今回は、大会の前祝いだ。この店にあるものなら、どれもこれも好きなだけ飲み食いしていけ!」

「えっ? い、いいんですかっ?」

「ああ。明日も頑張れよ」


 にっこりと笑い、マスターは(うなず)いた。

 ネイが喜びの声を放つ。


「よっしゃあああああ! やったぜぃ!」

「さ、レン。いつもの席に案内してやれ」

「了解っす!」


 レンに誘導され、もはや指定席とまで呼べる席に着いた。

 メニューも見ないまま、ネイがレンに伝える。


「とりあえず、いつも通り適当にじゃんじゃん持ってきて」

「はいよ!」


 レンは元気に返事をしてから、厨房のほうへ消える。

 そのとき、出入口から荒々(あらあら)しい足音が聞こえた。


「やぁーん! 紅羽ちゃぁん!」


 冒険者ギルドの受付嬢――青髪のミリアが現れた。

 颯爽(さっそう)と紅羽に抱き着き、頬ずりしている。

 ミリアの柔和(にゅうわ)な顔が、幸せそうな色に満ちていた。


「さすが私の紅羽ちゃん。予選なんか、余裕の突破ねぇ」

「結構、ギリギリだった気がするが……?」


 ゼイドの(つぶや)きを、ミリアは無視して続けた。


「どこも怪我はない? 体調は大丈夫?」

「はい。問題ありません」

「よかった。もし怪我させられていたら、()()()殺そうかと思っていたのよ?」

「あいつ?」


 咲弥は小首を(かし)げる。

 不意に背後から、聞き覚えのある男の声が飛んでくる。


「やあ、皆さん。今日は、お疲れ様でした」

「あれ……アレン、さん……?」


 青髪の上級冒険者、アレンがそこには立っていた。

 その隣には金髪の森人リュイもいる。ただ、ずんっとした重い空気が(かも)されており、なにやら落ち込んでいるようだ。

 アレンは温和(おんわ)な顔を渋くして、ミリアのほうを見据える。


「あのさ、姉さん……その()、ウザがってないかい?」

「あぁっ!」


 咲弥は突然の理解に達する。

 確かによく見れば、かなり似た顔立ちと雰囲気であった。

 ミリアが弟を射るように(にら)んだ。どこか殺意じみている。


「はぁ? そんなわけないわよねぇ、紅羽ちゃん」

「やれやれ……困った人ですね……」


 アレンは(ひたい)に手を添え、呆れたように首を横に振った。

 ため息をついたあと、アレンは(おだ)やかな表情へと戻る。


「ところで、僕達もご一緒してもいいですか?」


 上級冒険者と知り合える機会は、そうあるわけでもない。

 咲弥からすれば、むしろ願ってもない展開だった。


「あ、はい! ぜひ!」

「ありがとうございます」


 咲弥が応えると、アレンはお礼を言いながら席に着く。

 落ち込んでいるのか、リュイは暗い面持ちで椅子に座る。

 すでに用意していたのか、早々と店員達が現れた。


「皆様、お食事をお持ちしましたぁ」


 四人の女店員が、一斉(いっせい)に料理と飲み物を運んできた。

 テーブルの上が一気に、豪勢な食卓へと変化する。

 ネイがまず、酒の入ったグラスを手に取った。


「そんじゃあ、明日の大会出場を祝して……かんぱぁい!」

「乾杯!」


 ネイとゼイドに続き、咲弥達も乾杯の合図を送った。

 いつもと同じリャタンを、まずは一口ごくりと飲む。

 体の疲れが、どこかへ吹き飛ぶような気分になる。

 咲弥が吐息をつくや、アレンがにこやかに言った。


「国際大会への出場、おめでとう。頑張ってくださいね」

「あ、はい。ありがとうございます」


 咲弥が礼を告げると、アレンの視線が紅羽へと流れる。


「正直、驚くほどの強さでした。他国の強者達との試合を、僕も心から楽しみにしています。ぜひ頑張ってくださいね」

「了解しました」


 紅羽は短く応え、いつものパフェを口に運んだ。

 ネイが肉を口にしながら、アレンに尋ねる。


「ところへさ、なんの用でやってひたわへ――ただ単純に、お祝いをしたかったから。って、わけでもないんでしょ?」

「いいえ。お祝いのつもりですよ」

「まったまたぁ。そんなわけないでしょうよ」


 ネイが手首を振り、呆れを含んだため息をついた。

 アレンは悩んだ顔を見せ、テーブルにグラスを置く。


「皆さんは、他国の出場選手をチェック済みですか?」

「わかる程度には、かな」


 ネイが答えてから、ゼイドが続けた。


「前回の優勝国は、いくら調べてもわからなかった。ほかの国でも、そういうのがちょくちょくあったという感じだな」

「僕は伝手(つて)で、ある程度は把握しています。聞きますか?」


 アレンが問うと、ネイがテーブルに詰め寄った。


「当然! 誰が出てくるわけ?」

「まずは前回の優勝を果たした、バルディア皇国(こうこく)ですが――なんと、あの隻腕(せきわん)のリョット一家が出るそうです」

「はぁん……まあ、今の私なら大丈夫かぁ」


 咲弥にはよくわからないが、ネイは少し渋い顔を見せた。

 どうやら皇国では、かなり名の知れた一家らしい。

 アレンはそのまま、淡々と各国の出場者の名を挙げる。

 どれもこれも、無知な咲弥にはわからない人しかいない。


「そして、アルバト女王国ですが……あまりよくわからない出場者でした」

「じゃあ、私達とおんなじ無名が出場するってわけね」

「そうですね。ただ……ここが、今回の本題です」

「何よ?」


 ネイの疑問に、アレンが咲弥のほうに視線を向けてくる。


「もちろん、ただの偶然なのかもしれませんが……ちょっと気になりまして。聞けばどうやら、咲弥君と少し似た感じの出場者みたいなんですよ」

「僕に……ですか?」


 咲弥は小首を(かし)げると、アレンはゆっくりと(うなず)いた。

 この世界の人は、他種族を(のぞ)けば自分とそう変わらない。

 もしかしたら、日本的な場所もある可能性は高かった。


「アルバト女王国から出場者する一人が――咲弥君の紋様と同様の、まるで()使()()()()()()()を浮かべるそうなんです」


 咲弥は一気に血の気が引く。

 これまでずっと、噂程度でしか存在を聞かなかった。

 そんな使徒と、ついに邂逅(かいこう)する時がやって来たのだろう。


「姉さんから話は聞いていましたが、確かに咲弥君の紋様は少し特殊ですよね。やはり、思いあたる(ふし)がありますか?」

「……はい。どんな方なんですか?」

「伝え聞いた程度ですから、そこまで詳しくはありませんが……なんでも、アルバト女王国の王女を救った英雄――と、そう聞いた程度です」


 少なくとも、人を救うだけの心は持っているようだ。

 それが真心か打算なのかは、まだはっきりしそうにない。

 前者であればと願うものの、楽観視はできなかった。


《別の使者と邂逅した場合、遠慮なく殺しても構いません》


 咲弥を選んだ天使がそう告げたように、その使徒を選んだ天使もまた、同様の言葉を伝えていると考えられる。

 願いを叶えるのは、邪悪な神を討った者のみ――


 競争である以上、最悪な選択をしても不思議ではない。

 いずれにしても、どんな人なのか会っておく必要はある。

 じわりとした緊張感が、咲弥の全身をきつく締めつけた。

 アレンは肩を(すく)め、そっと言葉を発する。


「伝えに来た甲斐(かい)は、どうやらあったみたいですね」

「わざわざ、ありがとうございます」

「いいえ。お祝いしたい気持ちが大半でしたから」


 アレンと微笑み合い、咲弥は(うなず)いて応える。

 しかし内心、複雑な心境を隠し通せなかった。

 邪悪な神を討つために、選ばれた同胞であると――紅羽やネイに加え、ゼイドもおそらく(かん)づいたに違いない。


「ところでそちらの方、ずっと落ち込んでるわよ?」


 リュイのほうへ向き、ネイが半目で見つめていた。

 アレンは小さく苦笑する。


「彼女は、ちょっと……プライドが高いと言いますか……」

「私じゃなくったって、普通は落ち込むわよ!」


 リュイはテーブルを、バンッと叩いた。

 それから、もの凄い剣幕(けんまく)でアレンを(にら)みつける。


「あんた、上級冒険者として恥ずかしくないわけ?」

「そう言われましても……まだ精進(しょうじん)しなければ、ですね」

「あんた、マジ……ほんと、ほんとそういうところよ!」

「ははは……」


 アレンは苦笑して誤魔化していた。

 金髪に指を通し、リュイは頭を抱える。


「絶対莫迦(ばか)にされる……絶対あいつらに笑われちゃう……」

「そんなことないですって」

「あるわよ! あるに決まってんじゃない!」

「彼らが大会で優勝すれば、仕方がないなぁで済みますよ」


 リュイははっとした顔をする。


「そうよ。そうだわ! あんた達、絶対に優勝しなさいよ。これは冒険者としての先輩である、私からの命令だから!」

「まあ、当然そのつもりではあるが……」


 これには、ゼイドも苦笑を隠せていない。

 ネイは不敵に笑った。


「安心しなさい。必ず、私達が優勝してみせるから」

「絶対よ! もし優勝したら、()()()()()飲ませるから!」

「よっしゃあああああ! 俄然(がぜん)、やる気が湧いてきたわ!」


 咲弥は頬が引きつり、リュイに忠告する。


「あまりネイさんに、お酒を飲ませないでください。本当に酷いんですから……」

「勝利の美酒に酔いしれず、何に酔いしれるんじゃい!」


 ネイの問いに、咲弥は淡々と言葉を返した。


「ただの喜びに酔いしれてください」

「そんなもんで満足できるかっ!」


 ゼイドがからからと笑った。

 (にぎ)やかになる席の片隅で、ミリアの(つぶや)きが聞こえる。

 もはや呪文に近いそれは、あまり触れないでおいた。


 使徒との邂逅(かいこう)まで、あともうわずか――




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