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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第三章 訪れる邂逅
107/222

第二十二話 獣の爪痕




(あの猫娘……)


 ネイは眉間にしわを寄せ、いら立ちからつい舌を打つ。

 ミラという女獣人は、思いのほかかなりすばしっこい。

 姿を消す一歩手前を延々(えんえん)(たも)ち続け、速度型が追いづらい場所を的確に選んで逃げている。だから身軽なネイですら、まだミラを捕えられずにいた。


 この場はゼイドに任せ、咲弥か紅羽との共闘を考えるが、ミラの素早さは鈍重(どんじゅう)なゼイドでは、かなり(きび)しいと思える。

 だからといって、ゼイドを咲弥達のほうへ送り込めない。


 そうした瞬間、上級冒険者のアレンが妨害(ぼうがい)に入るだろう。正直なところ、今のゼイドの実力では、アレンに勝ち目などいっさいないと断言できる。

 あれこれ考えたが、やはり二人でミラを討つほかない。

 ミラの放置は、絶対にするべきではないからだ。


(紅羽の読み……結構、正解くさいわ……)


 アレンの相方らしき森人のリュイも、(まと)うオドから相当な手練(てだ)れだと推し量れた。そこに上級冒険者のアレンがいるのだから、嫌な予感は拭いきれない。

 紅羽の懸念(けねん)を、実現し()るチームなのは間違いなかった。


 アレンを筆頭(ひっとう)に、リュイとハオがポイントを稼ぐ役目――そしてミラは(ひそ)むのではなく、獣人特有の体力でポイントを抱えたまま、逃げ続ける役目だ。

 アレンは『()()()()()()()』と言っていた。


 つまり裏を返せば、すでに()()()()()()()()ことになる。

 もし紅羽の抱いた懸念が的を射ていた場合、ここでミラを逃せば、予選突破があやしくなる気配が漂っているのだ。

 ネイは再び、眉間に力を込める。


(あいつ……また……?)


 運がいいのか、はたまた獣人ならではの(かん)が鋭いのか――ミラはゼイドの先回りを、ことごとく回避していた。ネイの誘導もずっと失敗が続いている。

 確実に、アレンが何かを仕込んだに違いない。有能な上級冒険者による訓練に加え、秘策的なものを与えられている。


(経験と知識は、財宝というけれど……ほんとそうね)


 上級冒険者であれば、ありとあらゆる場所に(おもむ)き、そこで計り知れないくらい、経験と知識を得ているはずだった。

 現にこうして、ネイは下級の者に上手く踊らされている。


(つっても、まあ。上級冒険者から得られた経験や知識を、そのまま別の人が流用できるかどうかは、また別問題よね)


 紅羽みたいに、才能の塊と呼べる存在ではない限り、必ずどこかに(ほころ)びが生じる――ネイは頬に微笑みを乗せた。

 女と追いかけっこなど、いつまでもしている趣味はない。


(となれば……そうねぇ……)


 ネイは周囲に、気を張り巡らせた。

 一つ、二つと、複数の参加者が付近にいる。


 魔獣の情報が流れたため、参加者達が(つど)いつつある。当然それは、魔獣を倒したチームを討つためにほかならない。

 走る速度を落とさないまま、ネイは小石を拾い上げる。


 やや遠くある気配の方角に、小石を弾き飛ばした。

 ミラを追いつつ、ネイは次々に小石を送り続ける。

 ある程度の種を()き終え、改めて周囲の気配を探った。


 四方八方から、かなりの人数が集まっている気配がある。

 大きく息を吸い込み、ネイは腹の底から声を張る。


「魔獣を討った()()()()の女ぁ! 待ちやがれぇえっ!」


 アシラ族とは、ミラのような獣人の呼称であった。

 猫型獣人という言葉は、思っても口にするのはよくない。それは人間に、猿型人間と言っているようなものだからだ。


 ミラが肩越しに振り返り、唖然とした顔になっている。

 いくつもの(すさ)まじい紋章術が、ミラへ向かって放たれた。


「ちょ、違っ……!」


 何やら(つぶや)いていたが、紋章術の音にかき消された。

 ネイは追うのをやめ、そっと立ち止まる。

 どこからともなくゼイドが現れ、ぼそっと言った。


「えげつねぇな……オメェ……」

「見逃せないとはいえ、ポイント一をこのままばかみたいに追いかけ続けたって、しゃあないでしょうよ」

「そりゃまあ、そうなんだが……」


 紅羽の指示に従えば、付近の参加者達を狩るほうがいい。

 ただネイは、アレンの存在が気にかかっていた。若くして上級冒険者になった彼は、噂では百年に一人いるかどうかの天才らしい。

 会うのは初めてだが、その存在は前々から知っていた。


(まあ、()()の弟なんだから、そりゃそうか……)


 ネイは深いため息が漏れる。


「ミラは、あの中の誰かが討つでしょ……ちょっとあっちが心配だからさ、私達は戻りながら参加者を狩りましょうか」

「あ、ああ……」


 大きく背伸びをしてから、ネイは素早く駆ける。

 ゼイドと一緒に、咲弥達のいる場所を目指した。



    ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 咲弥はハオと(にら)み合い、一定の距離を(たも)っていた。

 一騎打ちが始まったあとに見せた、ハオの不敵な笑み――

 あの時点できっと、何か条件を満たしていたに違いない。自覚は特にないのだが、咲弥にもなんらかの効果を付与した可能性は充分にあり()る。


 それは磁力による反発のみの効果なのか、咲弥からハオに迫っても、こちらが離されてしまうような感覚は、いっさい感じられなかったのだ。

 おそらくは、相手に悟らせない術なのだと考えられる。


 紋章術に(あせ)ったのは、反発の効果が及ばないからだろう。とはいえ、稲妻に等しい速度で動けるハオに、紋章術で狙い撃つのは至難(しなん)(わざ)であった。

 咲弥の実力では、無理にも(ほど)がある。

 種を(あば)けたのはいいものの、とても面倒な事態だった。


「行くぜ! 咲弥!」


 考える暇を与えないためか、ハオが颯爽(さっそう)と動きだした。

 (そで)から出した剣を振りながら、黄金色の紋様が浮ぶ。


「雷の紋章第四節、雷鳴の駆け足」


 また稲光を(まと)い、(すさ)まじい速さで移動を繰り返している。

 目に見えない速度、磁力での反発――

 さきほどのような自爆的な攻撃方法は、もう二度とハオに通じないと思われる。


 直接攻撃するにしろ、紋章術を撃つにしろ、逃げ道のない場所に追い込まない限りは、上手く当てられる気がしない。

 しかしそんなことは、本人なら承知の上だと思えた。


(違う……逆だ!)


 咲弥はいまさらながらに、ある事実に気づいた。

 今現在、見通しのいい広々とした場所にいる。戦っている最中に、どんどんそういう場所に自分が追い込まれていた。

 その事実を呑み込むなり、激しいショックを受ける。


(くっ……)


 もはや打開策がない以上、こちらも追い込むほかない。

 ハオが力強く言葉を吐いた。


「あめぇよ! 雷の紋章第二節、雷神の(ほこ)


 ハオが伸ばした右手から、まばゆい雷撃が放たれる。

 咲弥は雷撃を白爪(はくそう)で裂き、また距離を取らされた。

 追い込まれかければ、紋章術で応対してくる。

 やはりハオは、しっかり自分の弱点を自覚していた。


(くそ、どうする……っ!)

 何もいい案が思い浮かばない。

(こんな状況……紅羽なら、どう切り抜けるんだろ……?)


 紅羽の立場になって考えてみた。だが参考にはならない。

 彼女は彼女で、光速での移動が可能なのだ。

 ハオの斬撃をいなしつつ、思考するも答えは出ない。

 敵としてみれば、想像を遥かに超える厄介(やっかい)さであった。


(動きさえ止められれば……でも……)


 ゼイドのような拘束(こうそく)の紋章術は、まだ編みだしていない。

 紋章術に関しては、まだ考慮する余地が多く残っている。

 今の咲弥では、柔軟(じゅうなん)な対応がかなり困難だった。


「おらおら! どうした!」


 ハオの(にぶ)く光る剣が、空から落ちてくる。

 咲弥は漆黒の手の(こう)で受け、下へ流していく。

 一呼吸の間もなく、咲弥は白爪で自身を引っかいた。


(これなら……どんな紋章術でも解除できる!)


 咲弥は素早く、ハオに黒拳(こっけん)を振るった。

 だがハオの体は、まるで反発されたように後方へ退(しりぞ)く。


 衝撃的な光景に、咲弥は愕然となった。

 なんらかの効果が、咲弥に付与されていたわけではない。

 もはや理解不能でしかなく、咲弥は――


(……いや、もしかしたら……いけるかもしれないぞ)


 絶望的で理解不能な状況が、逆に咲弥を冷静にした。

 ある一つの閃きから、脳が(さわ)やかに晴れ渡る。

 成功するかどうかはさておき、今は試すしかない。

 ハオの高速移動を読み、静かにそのときを待つ。


 そして再び、ハオが大振りの攻撃を仕掛けてくる。

 剣を漆黒の手で受けるや、咲弥は空色の紋様を浮かべる。

 ハオの顔が、ほんのわずかに強張(こわば)った。


「清水の紋章第二節、澄み切る盾」


 輝く紋様が砕け、青白い光の(つぶ)が虚空に生まれた。

 危機を察知したのか、ハオが素早く地を蹴りつけ、回避の姿勢を見せる。咲弥は食らいつくようにハオへ駆け寄って、白爪で攻撃を繰り出した。


 当然、ハオは反発の力で遠ざかる。それを利用するのだ。

 本来は護るために扱う紋章術――反発で弾かれたハオは、水の幕に背中から突っ込み、また前へと強く弾き返された。


「ん、なぁっ?」


 きっと同じ手は、もう二度と通用しない。

 咲弥は全力で、ハオへと突っ込んだ。

 再び磁力で反発されても、水の膜で(とど)まり続けている。

 咲弥に反発の感覚を与えなかったのが、(あだ)となっていた。


「すみません!」


 咲弥は漆黒の拳で、ハオの腹を全力で殴りつけた。

 余裕がなかったせいで、気持ち強めだった気がする。


「がはっ……!」


 悲痛なうめきを漏らすハオに、念のため追撃する。

 白爪を振るい、ハオのオドと補助効果を裂いた。


「く……そぉ……」


 ハオの首飾りが色を変え、そして砕け散った。

 気絶するハオの(そば)に立ち、咲弥は大きく息を切らす。

 緊張と焦燥感(しょうそうかん)が混じり合い、奇妙な感覚に手が(しび)れる。


 策を閃いてから、きっと十秒にも満たない程度の時間ではあったが、とてもゆっくりとした時間に感じられたのだ。

 安堵(あんど)もつかの間、咲弥は背筋に冷たいものが走る。


「氷の紋章第二節、凍てつく刃」


 ハオを倒せた安心感からか、つい警戒を(おこた)っていた。

 女の声のほうを、咲弥は即座に振り返る。

 鋭利そうな氷の破片が、いくつも飛来してきていた。


「し、しま……っ!」

「土の紋章第六節、石霊の加護」


 ゼイドの声が飛ぶ。

 激しく地を砕き走る音が聞こえる。

 咲弥の目の前に、突如として岩壁が地から飛び出した。


「なぁに、ぼうっとしてんの! 気を張り続けなさい!」


 ネイの(かつ)が聞こえ、とても耳と心に痛い。

 ネイは上空から現れ、ゼイドは滑り込むように前に立つ。

 気づけば、無数のオドの気配をあちこちに察知する。

 ゼイドが戦斧(せんぷ)を構え、緊張気味に伝えてきた。


「どんどん集まってくるぞ」

「ハオは自力で倒せたのね」


 ネイの問いに、咲弥は素早く応える。


「なんとか、ですが」

「じゃあ、あんたはこれから、紅羽の援護(えんご)に向かいなさい。見ればわかるけれど、あっちはあっちで結構やばいからさ。ここは私達で処理しておくわ」

「わ、わかりました」


 何がやばいのかわからないが、とりあえず了承した。

 ネイが素早く行動に移り、ゼイドもそれに追従(ついじゅう)する。

 紅羽のオドを探りながら、咲弥も駆けだした。


 お互い別々の戦いのせいで、かなり離れてしまっている。

 とはいえ、そう遠くはない。

 やや遠目に、紅羽の姿を捉える。


(……えぇえええ……)


 咲弥はつい、心の中でうめいた。

 アレンとリュイを相手に、紅羽は一人激闘(げきとう)している。

 一見では、一対二の戦いだった――しかし周辺には多数の参加者に加え、狐の顔をしたニワトリらしき魔物が、点々と地に()している。


 おそらくは乱入者と魔物を蹴散(けち)らしながら、お互い激しく争い続けていたに違いない。ネイがぼかした発言の意図を、咲弥は自然と呑み込んだ。

 恐ろしい激戦(げきせん)だが、わずかに紅羽が押している気がした。


(……ほんと、紅羽は凄いや)


 複雑な心境を抱えたまま、咲弥は素直に感心(かんしん)する。

 その瞬間、不穏(ふおん)な気配を捉え、自然と視線を滑らせた。


「まずいっ!」


 やや遠くから、紅羽達を狙っている参加者がいた。

 咲弥は即座に、遠距離型と思われる者のほうへと向かう。

 だが、こちらの存在が気取(けど)られたようだ。


 対象が、咲弥から遠退(とおの)いていく。

 ここまで残っている参加者――もう一筋縄(ひとすじなわ)ではいかない。

 そのとき、まるで気配のなかった場所から男が現れた。


「霧の紋章第六節、渓谷(けいこく)の警告」


 灰色の紋様が砕け、途端に周囲が深い濃霧(のうむ)に包まれた。

 王都で遭遇した死の狂姫を、咲弥はぼんやりと思いだす。あのときとは違い、屋外だから効力は持続しないと考える。

 オドの気配に注視しつつ、咲弥は空色の紋様を浮かべた。


「水の紋章第三節、精霊の水晶!」


 咲弥の手に水玉が生まれ、狙った方向へと放つ。

 二秒ほどの間を置き、けたたましい破裂音が響き渡った。

 ほぼ同時に、男の悲鳴じみたうめき声が飛ぶ。もちろん、直撃はしていない。あくまでも(すさ)まじい爆風で、濃霧と男を弾き飛ばすのが目的だったからだ。


 濃霧が薄れた瞬間、上空から二名の男女が向かってくる。

 唐突(とうとつ)に横から放たれた猛火の帯に、その男女二名の全身が大きく呑み込まれた。

 一瞬、咲弥は紅羽の姿を連想する。


 しかし火の紋章術を放ったのは、まったくの別人だった。

 今度は炎で攻撃した男が、背後から忍び寄っていたらしい女に斬られる。すぐさま雷が降り注ぎ、その女もまた恰好(かっこう)(まと)となっていた。

 もはや何がどうなっているのか、まるで把握できない。


 乱戦に次ぐ乱戦は、確実に大混乱を(まね)いていた。

 自分を狙う参加者を、一人、また一人と倒していく。

 次第に咲弥の意識と視界が、極端なほど(せば)まった。

 ただただ、目の前の敵と攻撃だけを見据える。


 気がつけば、真っ暗闇の中にいた。

 なぜかとても、不思議な気分に(おちい)る。

 暗い闇の中で、ぼんやりとした光が灯った。


 人は赤く光っており、攻撃は青い光を放つ。

 そして魔物は、やや黒ずんだ赤紫色をしていた。

 色に応じて、咲弥は振るう腕を決める。


 周囲の喧騒(けんそう)がやんだ。

 自分の息遣いも消える。

 心臓の音すらもなくなった。

 いつしか――

 無音の世界へ――


 完全なる闇の中、ただ光に誘われるままに動き続ける。

 不意に、別の色が近づいてくる。

 黄色い光は次第に強く、大きくなった。


 それは、腕を振ってはならない。

 そんな気がした。


「ばかっ! しっかりしなさい!」


 頬の痛みとともに、咲弥の視界が一気によみがえった。

 ネイにビンタされたのだと、ゆっくりと理解に達する。

 周囲からは、無数のうめき声が上がっていた。

 何がどうなったのか、咲弥はまったく覚えていない。


 ただ、そこら中に――

 ()()()()が、強烈なまでに残されていた。




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