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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第三章 訪れる邂逅
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第二十一話 強敵の出現




 咲弥は(あせ)りながらも、漆黒の籠手でハオの斬撃を受けた。

 結構な高さから降ってきたのもあってか、かなり重たい。咲弥は衝撃に耐えきれず、受け流してから大きく後退する。


 ハオは追撃の気配を見せたものの、咲弥とは一定の距離を(たも)ちながら、紅羽達から遠退(とおの)いた。おそらく、紅羽達からの攻撃を懸念(けねん)したのだと思われる。

 射るような鋭い眼差しで、ハオが(にら)んできた。


「また()()()()を横取りしやがったな! 許さねぇぞ!」

「別に横取りじゃないよね。私達が一番だったんだから」


 ネイが、紅羽に耳打ちをする。そんな姿勢ではあったが、ネイの声はわざとらしいくらい、とてもよく聞こえてきた。

 ハオが苦い顔で、(そで)の中から伸びた剣をネイへと向ける。


「言葉のアレだ! とにかく!」

 ハオはもう片方の剣を、咲弥へと伸ばした。

「一騎打ち勝負だ! 咲弥!」


 ハオがゆらりと戦闘態勢を整え、咲弥も自然と身構える。

 紅羽が静かに、動こうとする気配を感じ取った。堅実的(けんじつてき)な彼女からすれば、一騎打ちを(こころよ)くは思っていないらしい。


 だが、ハオのチームメイトだと思われる、とても(おだ)やかで優しい顔立ちをした青髪の青年――颯爽(さっそう)とやってきた彼が、紅羽の行く道を(ふさ)いだ。

 やや遅れて、ミラに加えて森人(もりと)らしき女も現れる。


「すみませんね。どうしても戦いたいと聞きませんので」

「やっちゃえやっちゃえぇー! ハオ!」


 ミラが右腕を高く(かか)げ、ハオを応援した。

 高身長な森人の女は、困り顔で体をくねらせる。


「まったく……男はばかな生き物ですね」

「まあ、祭りですから。楽しむ心も必要ですよ」


 青髪の男は言いながら、(きら)びやかな剣を抜いた。

 森人の女がすっと、豪華な装飾をした杖を構える。

 ハオのほうへは向かないまま、青髪の男は声を(つむ)いだ。


「仲間は僕達が引きつけます。存分に楽しんでくださいね」

「ああ。ありがとうよ、アレンさん! そっちは頼む!」


 ハオもアレンのほうへは向かず、感謝を述べた。


「最悪……気をつけて、アレンは上級冒険者だから」


 そんなネイの(つぶ)きが聞こえるや、ハオが突っ走ってくる。

 ミラの言っていた秘密兵器の正体が、ようやく知れた。

 上級冒険者の助力を、なんらかの方法で得たに違いない。

 紅羽達のほうを心配するが、そんな余裕はすぐに消える。


「行くぞ、咲弥!」


 緊張が走り抜ける中、咲弥は黒白の籠手を解放した。

 黒と白の獣みたいな手を(たずさ)え、ハオの動きを予測する。

 まるで踊るような剣技が繰り出され、咲弥は黒手(こくしゅ)(ふせ)ぐ。

 ふと視界の端で、黄金色の紋様を捉える。


「雷の紋章第四節、雷鳴の駆け足」


 ハオが稲光を(まと)い、目にも止まらぬ速さで動いた。

 師と同じ雷属性――ハオのオドに全神経を集中して探る。たとえ目で追えなかったとしても、気配なら追えるのだ。

 ハオが翻弄(ほんろう)したのち、(にぶ)い光が咲弥に襲いかかった。


 間一髪(かんいっぱつ)のところで、黒手でハオの剣を受け止める。

 そのままするりといなして、大きく広げた黒爪(こくそう)()いだ。

 ハオが回避した、そのとき――

 ほんの一瞬だけ、ハオが不敵に笑った気がした。



    ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 紅羽は苦い思いを抱え、咲弥の戦いを一瞥(いちべつ)する。

 安心はできないが、今は任せるほかなさそうだった。

 眼前の男女二名が、きっと咲弥の援護(えんご)を許さない。


 どちらも、かなりの手練(てだ)れだと見受けられる。

 特に男のほうが、危険だと判断した。その頼りなさそうな温顔(おんがん)からは、考えられないほど流麗(りゅうれい)なオドを(まと)っている。

 それは、まるで――紅羽の脳裏(のうり)に、ある人物が浮かんだ。


「初めまして、僕はアレン。こちらは仲間のリュイです」


 アレンの物腰はとても柔らかいが、まるで隙がない。

 わずかにでも気を(ゆる)めれば、襲ってきそうな気配がある。


「アレンっていいやぁ……噂に聞く、かなりの実力者だぞ」


 ゼイドの(つぶや)きを聞きながら、紅羽は思案する。

 今後の展開を考えれば、脱落者は出さずに切り抜けたい。

 リュイと紹介された翠眼(すいがん)の女は、こちらの間合いを正確に読み取り、適度な距離を(たも)ち続けている。おそらく、後衛を基本とした補助型だと予測する。


 集団戦で優位に立つならば、まず数を減らすのが鉄則――だがこちらが動いた瞬間、温顔をまったく崩さないアレンが(はば)んでくるに違いない。

 頭の中で、無数の戦略が駆け巡る。

 妙な笑みを浮かべ、ミラが語りかけてきた。


「にっしっしっ! 紅羽と咲弥には悪いけどさ、予選突破はミラ達がもらうかんね。咲弥には、これが罰になるしねぇ」

「はあ……見逃してはくれなさそうね。厄介(やっかい)な話だわ」


 ネイが呆れ声を漏らした。

 ただ、今ここで潰せるならそのほうがいい。

 アレンが、わずかに緊張のこもった声を(つむ)いだ。


「そうそう。リュイ――銀髪の子は紅眼(こうがん)の悪魔の一員です。零級の相手だと思って、充分に気をつけてくださいね」

「零級……紅眼の悪魔……?」

「恐ろしいほど……とても強いです」


 小首を(かし)げるリュイに、アレンは声を低くして答えた。

 ネイが紅羽の頭を、そっと胸に抱き寄せてくる。


「こんな可愛い娘つかまえて、悪魔とは何事か」

「私の同族と、戦いを交えた経験があるのだと思われます。紅眼の悪魔といった名を知っているのは、そんな方達くらいしかいませんから」


 紅羽は簡潔に、ネイに説明しておいた。

 アレンが、どの號持(ごうも)ちと遭遇したのかまではわからない。


 たとえなにであれ――より一層、警戒心が強まった。

 アレンが生きていることが、そもそもその証明と言える。

 紅眼の悪魔と戦って生き伸びた者など、そう多くはない。


「ご明察。でも、君はアレとはずいぶん違うみたいですね」


 紅羽は一呼吸の間だけ目を閉じ、気持ちを入れ替えた。

 ネイ達に指示を送る。


「ハオは咲弥様に任せ、ネイ達はミラを潰したのち、ほかの参加者達か魔物を狩り、ポイントを稼いでおいてください。私が、アレンとリュイを仕留(しと)めます」

「了解」

「マ、マジか……っ?」


 ネイは了承したものの、ゼイドはためらっていた。

 紅羽は冷静に伝える。


「もっとも、予選突破の確率を高める手段です」

「りょ、了解!」

「やっば!」


 ミラが素早く撤退(てったい)した。ネイ達は即座に行動する。

 ほぼ同時に、アレンがネイ達のほうへと動いた。

 紅羽は足に力を込め、瞬時にアレンの進路を妨害(ぼうがい)する。


「ネイ達の邪魔はさせません」

「速いですねぇ」


 アレンが言いながらに、剣を振るってきた。

 紅羽は斬撃を(くぐ)り抜け、剣を握る手元に蹴りを放つ。

 視界の端で、リュイが青い紋様を浮かべたのを捉えた。

 アレンが身を(ひね)り、紅羽の蹴りを回避する。


「水の紋章第二節、恵みの抱擁(ほうよう)


 アレン達の体が、青白い光を(まと)う。

 光の紋章第二節(煌めく息吹)と、似た効果だと予測する。

 アレンは舞うように、華麗な斬撃を繰り出した。

 直後、再び詠唱が飛ぶ。


「水の紋章第三節、水精の加護」


 アレンの剣が、(ほの)かに青い輝きを発した。

 どんな効果かわからない。紅羽は一度、間合いを取る。


 アレンが虚空を斬るや、青白い衝撃波が発生した。咲弥の黒爪空裂(からさ)きと似た現象だが、水の斬撃はまるで破裂に近い。

 紅羽はするりとかわしてから、純白の紋様を宙に描いた。


「光の紋章第二節、(きら)めく息吹」


 自身の身体能力を向上させ、紅羽はアレンを翻弄(ほんろう)した。

 そう見せかけておき、リュイへと駆ける。

 現状、補助系統の紋章術士は厄介(やっかい)であった。ただでさえ、身体能力の高い者が、彼女の紋章術によって強化される。


 戦闘がつらい以前に、勝機を失いかねない。

 相手も後衛が狙われるのは、承知の事実に違いない。この短いやり取りで、連携慣れしているのは明白だった。


 戦いが長引けば、今後の展開に支障(ししょう)をきたす。とはいえ、時間制限のある固有能力には、まだ頼るわけにはいかない。

 一度使えば、二十四時間は再使用できないからだ。


 これまでの自分であれば、きっと固有能力に頼っていた。

 しかし、今の紅羽は違う。

 咲弥の特殊能力のお(かげ)で、身についた力がある。

 紅羽は適度な距離を取り、姿勢を楽にした。


 静かに――

 ただ静かに――


 周囲に神経を張り巡らせる。

 漂うマナを取り込み、自身のオドへと練り合わせた。

 肌がひりつき、(しび)れに近い痛みが宿り続ける


「おっ……なんですか、それは?」


 アレンの問いに、紅羽は応えない。

 エーテルの精製を終え、全身に(まと)ってから突撃する。

 まだ魔人の(いき)へは、足元にすら及んでいない。


 それは、紅羽もしっかり自覚していた。

 付け焼刃程度のものだが、魔人が相手でなければ――

 真上から振り下ろされた剣を、弓を盾代わりにして弾く。そのまま地を踏み締め、アレンの腹部に前蹴りを放った。


 吹き飛ぶアレンを一瞥(いちべつ)し、リュイとの距離を詰める。

 リュイの顔に、焦燥(しょうそう)の念が宿った。

 回し蹴りをしながら、紅羽は純白の紋様を浮かべる。


「光の紋章第一節、閃く剣戟(けんげき)

「くっ――!」


 小さな光球が舞い踊り、リュイを切り裂く。だが、浅い。

 後衛の補助型――やはり()け方が、上手いのだ。

 後方でアレンの気配が動き、紅羽は迅速(じんそく)に弓を引き絞る。


 純白の紋様を顕現(けんげん)し終えるまでの間に、光の矢を射った。

 光の矢がいなされたあと、アレンが唱える。

 ほぼ同時に、紅羽もまた詠唱した。


「闇の紋章第六節、飛翔する黒影」

「光の紋章第四節、白熱の波動」


 アレンの漆黒の光芒(こうぼう)と、紅羽の純白の光芒が衝突する。

 ()り合う紋章術の衝突から、アレンの力強さが伝わった。

 ただ紅羽の紋章術には、エーテルが込められている。

 漆黒の光芒をも呑み込み、アレンのほうへ向かう。


 アレンの気配を捉えたまま、リュイを振り返る。

 杖にオドを込めており、水の軌跡(きせき)が描かれていた。

 空中に(とど)まった青い衝撃が、一気に紅羽へと放たれる。


 紅羽はかろうじてかわした直後、嫌な気配を察知した。

 崩された陣形を、立て直すために違いない。

 アレンが飛ぶ斬撃を放ちつつ、リュイの(そば)へと寄った。


「なんなのよ、この子……強過ぎるわ。てか、ちょっと! 後衛を護るのが、あんたの役目でしょ? 私、あの子に一撃入れられたんだけど!」

「やれやれ。だから紅眼の悪魔には、気をつけてくださいと言ったのに……」


 (なげ)いているアレンの言葉に、紅羽は少し嫌悪感を覚える。


「あなたが、どの號持(ごうも)ちと遭遇したのかは知りませんが――私と紅眼の悪魔は、別に何一つとして関係がありません」

「號持ち?」


 アレンが(いぶか)しげな顔をした。

 紅羽は勘違いに気づき、ありのままの事実を伝える。


「あなたが遭遇したのは、號持ちではなかったのですね――もし五號(ごごう)以上と遭遇していた場合、あなたは今、確実にこの場にはいませんから」

「君は、その號持ちだったのですか?」

「当時、七號と呼ばれていました。ですが今の私であれば、その五號以上とも、必ずやり合える程度の力量はあります」


 紅羽は断言して、戦闘態勢を整える。

 咲弥側も、まだ戦いが長引いているようだ。

 アレン達の戦い方、紋章術の力強さ、戦いにおける心構え――この短時間で、ある程度の情報は入手できた。


 不意に別々の場所から、複数のオドを察知する。

 ほかの参加者達が、集まりつつあると察した。


「早々に終わらせます」


 紅羽は(ことわ)りを入れ、即座に戦闘を再開させた。



    ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆



 ハオの斬撃を受け流し、咲弥は解放した黒白で反撃する。

 だがハオは軽やかに()け、また両刃の剣を振るう。咲弥は斬撃をいなしたあと、素早く黒白の爪か拳で応戦した。


 こうした攻防が、さきほどからずっと続いている。

 お互い決定的な一撃が、いまだ一度も入れられていない。

 無駄に時間が流れ、咲弥は激しい焦燥感(しょうそうかん)に襲われる。


(おかしい……なんでだ……?)


 ハオの攻撃は、(あや)ういながらも(ふせ)げている。だが、咲弥の攻撃は防がれる以前に、まずかすりすらもしていないのだ。

 ここまでかすりもしないのは、さすがに異常でしかない。


 咲弥がどう攻撃をするのか、ハオはまるで最初からすべて知っている――まさかとは思いつつも、現状を考慮すれば、もはやそうだと考えざるを得ない。

 漠然とした予感が、咲弥の脳裏(のうり)を占領した。


(……心を読む、能力……?)


 もし予感通りであれば、もう対処のしようがない。

 頭の中をからっぽにしたまま攻撃など、無理難題だった。

 むしろその時点で、すでに思考が働いているともいえる。


(こんなの、どうすればいいんだ……)

「どうすれば、ってか? ははっ」


 咲弥は愕然とする。

 やはり、心を読まれている可能性が高い。


 これは紋章術なのか、あるいは固有能力なのか――咲弥は攻撃を()けながら、それでも諦めずにハオへ黒爪を振るう。

 当然、また(なん)なくかわされる。

 咲弥はくっと息を詰めた。


(回避ができない速度、あるいは広範囲での攻撃……いや、心を読まれているんなら、結局どれも意味……ないのか? 本当に……?)


 咲弥はふと、閃いた。いったん反撃を(ひか)える。

 そっと目を閉じ、ハオのオドを感知した。


(範囲に入ったら放ちます。範囲に入ったら放ちます――)


 空色の紋様を浮かべ、心の中で何度も言葉を繰り返した。

 ハオのオドは周囲を駆け巡り、そして――咲弥は唱える。


「清水の紋章第一節、降り(しき)る雨」


 咲弥の上空に(きら)めきが流れ、そして巨大な水の塊を生む。

 その水の塊から雨のごとく、小さな水弾が発射される。

 それは、自分すらも狙った捨て身の攻撃――ハオが剣技を放つためには、心を読んでいようがいまいが、咲弥に近づくほかないのだ。


 だから範囲内には入らずに、紋章術での対処をしてくる。そう予想していたが、なぜか平然と間合いに入ってきた。

 途端に、ハオの顔が驚愕に(ゆが)む。


 咲弥が純白の手で身を護っていると、ハオは持ち前の高速移動を駆使し、降り注ぐ水の弾から慌てて逃げていく。

 すべての弾をかわせる、または護れるわけではない。

 ハオだけではなく、咲弥も当然ダメージを負っている。


「ちっ、自分もろともか! 相変わらずイカレてんな!」


 これまでずっと、心を読まれていると本気で思っていた。捨て身の紋章術に加え、ハオの発言からも違うと断定する。

 一つの問題が消えた瞬間、また別の疑問が湧いた。


(だったら、なぜ僕の攻撃は当たらないんだ……?)


 咲弥は不意に、妙な違和感を覚える。

 それはなんとも言えない、奇妙な感覚であった。


(なんだ……気のせいじゃない……なんなんだ?)

「くそっ! 仕切り直しだ!」


 ハオが右袖(みぎそで)から伸ばした剣先を、すっと向けてきた。

 咲弥はあるものを目撃し、心が静かな驚きに満たされる。

 当たらなくて当然だった。

 かわされてあたりまえの現象が起きている。


(なんで……いつ……?)


 あまりに速過ぎて、目で追えなかった瞬間は多々とある。

 そのときに、きっと紋章術を発動したに違いない。

 彼の体は今――磁石に近い状態となっているのだ。




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