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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第三章 訪れる邂逅
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第二十話 空からの贈り物




 開始地点まで帰還した咲弥は、ただ静かに驚いていた。

 倒れた参加者の姿が、あちこちにある。気絶している者、うめき苦しむ者、なぜか幸せそうに横たわる者もいた。


 もしかすると、先発した咲弥達よりも倒した数が多い。

 紅羽が広げる地図を覗き込み、ネイがぼそっと言った。


「ゎっ……外回りすべてと、中の部分が五つ消えるのね」

「これどんどん消えて、閉じ込められたらどうするんだ?」


 ゼイドの問いに、ネイは呆れ声で応えた。


「さすがに、それはないでしょ……どんどん消していって、最終的には一部分へと押し込める。きっと、そんな感じよ」

「そうかぁ……? 何やるか、わかったもんじゃねぇぞ」

「そもそも、こうして禁止区域を(もう)ける理由が、じっと待ち()せする参加者への処置のはず。迎撃(げいげき)タイプが多かったら、時間もかかるし、見ていてつまらないもの」


 なるほどと思いつつ、咲弥も地図を深く覗き込んだ。

 地図には縦と横に、線が複数(きざ)まれている。四角形に切り分けられた場所に数字が振られ、それが一区画となるのだ。


 禁止区域の発表が何度あるかは、明言されていなかった。

 ネイの話はもっともだが、ゼイドの懸念(けねん)も捨てきれない。再び発表された場合、閉じ込められる可能性は充分にある。

 ネイが(うな)ってから口を開いた。


「まあでも……私も絶対とは言い切れないから、次に向かう地点は五の七――きっと、みんなそう考えちゃうわよねぇ」

「そうですね。おそらくは、激戦区になります」


 紅羽が、ネイに同意を示してから続けた。


「だからこそ、私は向かうべきだと考えています」

「実力がある奴らは確実にやってくる。危険が増すぜ?」


 ゼイドの疑問に、紅羽は答える。


「危険は増しても、ここで潰せるなら潰すべきです。予選が最終的にどうなるのかが不明である以上、下手にポイントを稼がれるのは好ましくありません」

「あ、そうか。いくらポイントを稼いだチームを倒しても、最大で得られるのは、十三ポイントしかないもんね……」


 紅羽の言葉の意図を呑み込み、咲弥はそう(つぶや)いた。


「はい。ですから、一人が安全な場所に身を隠し――残りのメンバーが失格を覚悟で、ポイントを荒稼ぎしてしまえば、こちらはポイントが稼げなくなり、結果としては予選突破が困難な状況へと(おちい)ります」


 紅羽は言い切ってから、簡潔にまとめた。


「道中、強そうな者は積極的に排除(はいじょ)します」


 場が静寂に満ちる。

 紅羽の考えは、別に何も間違ってはいない。ただ、あまり踏み切れないだけの理由もまた、そこには(ひそ)んでいるのだ。

 ゼイドが(なげ)きながら言った。


「後半への体力の温存は、(きび)しそうだな」

「よし。それじゃあ、リーダーの指示に従いましょうか」


 ネイが了承し、咲弥も(うなず)いて応えた。


「では、行きましょう」


 紅羽の合図で、全員が駆けだした。

 南東の方角にある、五の七を目指す。


《禁止区域発動まで、残り十分。制限時間内に禁止区域から脱出できなかった場合、首飾りは自動的に砕け散ります》


 何事もなければ、残り時間内に目的地へ到達できる。

 咲弥は、ふと思う。


「あの……」

「なんだ?」


 前を向いたまま、ゼイドが反応を示した。


「最悪、これ……足止めとかされたら、終わりませんか?」

「それだと、ポイントにならないでしょうが」


 ネイが呆れ気味に言い、片目を細めて(にら)んでくる。

 咲弥は苦笑で誤魔化した。


「ははは……ですよね」

「ただ、禁止区域を利用する奴は、絶対に出てくるわよ」

「利用……ですか?」


 咲弥は素直に問い返した。

 ネイに代わり、紅羽が淡々とした口調で述べる。


「禁止区域の境目付近で待ち()せ、罠の設置、紋章術で進路妨害(ぼうがい)、不意打ちなど、考え()る展開は非常に多いです」

「そっ。つまり、何も考えずに移動しているチームは、頭の回るチームの餌食になるってこと」


 咲弥は心の中で感心する。

 紅羽とネイは、さまざまな展開を思い描いていた。咲弥の思いつきなど、彼女達の思案の一粒(ひとつぶ)に過ぎないのだろう。

 この想定という分野が、今後の課題になるのだと考える。


「ほぉーら。早速、想定内の出来事が起こったわよ」


 ネイが不敵な笑みを浮かべた。

 視線の先にある禁止区域の境目と思われる付近に、複数のオドの気配がある。どうやら身を(ひそ)めているようだ。

 純白の紋様を、咲弥は視界の端で捉える。


「光の紋章第二節、(きら)めく息吹」


 チーム全員の体が、キラキラとした光を(まと)う。

 紅羽が補助系統の紋章術について補足した。


「人数制限を超えていますので、効力も持続時間も通常より遥かに少ないです。ないよりはいい程度に思ってください」


「はいよ、了解!」

 若草色の紋様を浮かべ、ネイが先に飛び出した。

風雷(ふうらい)の紋章第一節、神々の争い」


 若草色と金色が交じり合って輝き、紋様は砕け散る。

 ネイの付近から、小さな竜巻が前方へと進んだ。どんどん巨大化していく竜巻は、次第にあちこちに雷撃を放つ。

 もはやそれは、災害にも近い状態だと思える。


卑怯者(ひきょうもの)達全員、あぶり出してあげるわ!」


 ネイの言葉通り、慌てて飛び出す人達の姿がうかがえた。

 察知していたより、遥かに上回る人数だ。何チームか――気配を完全に()ち、漁夫(ぎょふ)()を得ようとしていたらしい。


「クソッ! せっかくいい所に隠れてたってのに!」


 そんな不満の声が、次々に飛び交う。

 咲弥は紅羽達に遅れまいと、その足を速めた。

 手当たり次第に、そこかしこで戦いが勃発(ぼっぱつ)する。


 火蓋(ひぶた)を切った紅羽チームも、その中へと飛び込む。

 雑に乱れ撃たれた紋章術を白爪(はくそう)で裂き、咲弥は素早くその術者へと詰め寄った。できれば首飾りのみを狙うが、無理な場合は直接、漆黒の拳でダメージを与える。


 仲間の状況を確認しつつ、敵の行動も捉え続ける。きっとラルカフの修行を受けなければ、一人の敵に集中、あるいは棒立ちしていたに違いない。

 とはいえ、あまりにも人の数が多過ぎた。


 咲弥のそんな未熟(みじゅく)さを察知したのか――意識が行き届いていなかった場所へ、気がつけば紅羽が対処を終えている。

 何度も死線を越え、(きび)しい修行にも耐えてきた。

 自分でも信じられないくらい、強くなれたはずだった。


 だからこそ、わかることがある。

 紅羽のいる場所が、あまりにも遠く感じられた。

 どこまで強くなろうとも、まるで追いつける気がしない。


(あぶ)ねぇ!」


 途端に、ゼイドの声が耳に届いた。

 咲弥ははっと我に返る。

 ゼイドが咲弥の盾となり、雷撃を浴びた。


「ぐぁあああああっ!」

「ゼイドさん!」


 咲弥は即座に白爪で、ゼイドを軽めに引っかいた。

 多少はオドも削るが、雷撃の紋章術はかき消せる。


「すみません!」

「ばか! ぼうっとしてんじゃないわよ!」


 怒鳴ったのは、ゼイドではなくネイであった。

 顔を苦痛に(ゆが)めているゼイドに、咲弥は再び謝罪する。


「本当にすみません、ゼイドさん!」

「なあに。仲間の盾となるのが、俺の仕事だ」


 ゼイドの首飾りが、透明から一段階目の青に転じている。

 信じられない失態に、咲弥は厳しく自身を()め立てた。

 同じ失敗は繰り返せない。

 (あせ)らずゆっくり、しかし咲弥は即座に行動に移る。


 このまま戦闘が長引くのはよくない。

 集中力の限界が近いのだと(さと)る。

 乱戦に次ぐ乱戦は、もはや収集がつかない。


 戦いの音を聞きつけ、別のチームも集結しつつあるのだ。

 終わる気配など、微塵(みじん)も感じられない。

 不意に、けたたましい警報が(とどろ)いた。


《ボーナスタイムに突入します。繰り返します――》


 電子的な声が飛び、咲弥はふと異物を視界に捉える。

 たくさんの飛行船が、上空をゆっくりと()けていた。どの飛行船も大きな箱を()っており、なかば呆然と見つめる。


(ボーナスタイム……?)


 訳のわからない展開に、誰もが一時的に静止していた。

 しかしまたすぐに、乱戦は再開される。何が起きるのかはわからないものの、咲弥も気を取り戻して戦いへと戻った。

 そのさなか、アナウンスは続く。


《小型の魔物は三ポイント、中型は六ポイント得られます。そして、目玉となるのは上の三級――魔獣リュオウグです》


 飛行船が吊っている箱の一つ――下側が途端に開いた。

 咲弥は唖然となる。我が目を疑うほかない。

 岩の肌をした巨大な魔物が、空から降ってきているのだ。


 また別の飛行船が吊っている箱からは、まるで雨のごとく魔物がぱらぱらと投下されていっている。アナウンス通り、大きさは小型から中型なのだろう。

 信じられない展開に、さすがに咲弥の思考は停止する。


「上の三級って……え……? ありえないんだけれど……」


 どこかの誰かの、そんな(つぶや)きが聞こえた。


《魔獣を討ったチームには、三百ポイントが与えられます。腕に覚えのあるチームは、ぜひとも挑戦してみてください》


 何を考えているのか、こんなのを毎年開催しているのか、もはや咲弥の頭の中には、さまざまな疑問しか浮かばない。

 魔獣が地に降り立ち、激しい地響きを鳴らした。


「グォアアアア――ッ!」


 王都の外側まで届きそうなほど、強烈な咆哮(ほうこう)であった。

 その瞬間――ただ茫然と、誰もが立ち尽くしている。

 静寂に満たされた場に、アナウンスの声だけが響いた。


《魔獣の場合のみ、付近にいる担当者に、チーム名と挑戦を宣言してください。その間、別のチームは挑戦者と魔獣には手出しできません。もし仮に手を出した場合、チーム全体の失格となりますので、ご注意ください》


 誰も挑戦するはずがない。そう思った矢先のことだった。

 まず動いたのは紅羽、次いでネイが駆けだした。おそらく女性陣は、魔獣のポイントの高さに釣られたに違いない。


(えぇえええ……)


 貪欲(どんよく)な紅羽達を見て、気持ちがどんよりとする。

 とはいえ、そのままほうっておくわけにもいかない。

 咲弥はやや遅れ気味に、ゼイドと一緒に追った。


 先を越されたら諦めるほかないからか、紅羽とネイはもの凄い速度で魔獣へと向かっている。正直、追いつけない。

 全力疾走をしているが、確実に距離が離されている。


 紅羽とネイの本気を、咲弥は垣間見(かいまみ)た気がした。

 遠くのほうに、同じ制服を着た男女――担当者と思われる者達が立っている。

 やや遠い位置から、ネイが声を張った。


「チーム紅羽! 挑戦しまぁすっ!」


 声を張るのが面倒だったのか、担当者の男が腕を上げた。

 そのしぐさを見るに、どうやら了承されたらしい。

 これで挑戦する以外の道がなくなる。


 (そば)で見れば、周囲にある民家よりも背の高い魔物だ。どう考えても、そこら辺にいるような普通の魔物ではなかった。

 紅羽が純白の紋様を浮かべ、建物を蹴り上がっていく。

 空高く舞う紅羽のほうへ、魔獣の目が向かった。


「光の紋章第四節、白熱の波動」


 灼熱の白い光芒(こうぼう)が、魔獣の顔面へと放たれた。

 通常の紋章術とは、明らかに様子が異なっている。

 (あざ)やかさと力強さを見た限りでは、おそらく自身のオドにマナを取り込んで練られた――エーテルでの紋章術だった。


 岩肌の顔面が崩れ落ちる。魔獣が大きくよろめいた。

 そんな魔獣に、紅羽とは逆側から追撃(ついげき)が放たれる。


「風の紋章第六節、暴君(ぼうくん)の宝玉」


 ネイが翡翠色をした風玉を、右手から弾き飛ばした。

 爆発じみた轟音(ごうおん)が鳴り、魔獣の顔面がまたえぐられる。

 ネイもまた、エーテルでの紋章術を扱っていた。

 速攻で倒すつもりなのだと、咲弥は(あん)にそう受け取る。


「土の紋章第四節、岩窟(がんくつ)(ろう)


 ゼイドの黄土色の紋様が砕け、激しい衝撃が地を駆ける。

 魔獣の足元付近で、豪快に岩が地から飛び出した。

 魔獣は足を固定され、身動きが取れない状態にされる。


「来い、咲弥!」


 叫んだゼイドが腰を落とし、両手を重ね合わせた。

 彼の意図を(つか)み、咲弥は観念(かんねん)する。ゼイドに駆け寄った。

 ゼイドの両手を踏み台に、咲弥は空高く舞い上がる。


 ぼろぼろになった魔獣の顔面へ向かう最中、漆黒の籠手にオドを一定量流し込む。すると赤と黒が交じり合うモヤが、三倍くらいに巨大化する。

 空色の紋様を浮かべ、湧くオドを一時的に()き止めた。


黒爪(こくそう)限界突破!」


 振り下ろされた黒爪が、魔獣の顔面を強烈に引き裂く。

 まるで破裂した水風船のように、魔獣の顔は弾け飛んだ。

 その巨体は大きく揺れ、重い音を立てて倒れた。


《え……? もう終わった? ウソでしょ……?》


 誤作動か何か、アナウンスから驚きの声が響いた。


「よっしゃあああ! 三百ポイントゲットだぜぇええ!」


 ネイが大声で叫んだ。(りん)とした顔は、喜びに満ちている。

 大将首三十人分のポイントが、一気に得られた。

 それは確かに、喜ばしいことではある。


 ただ――どういった魔物なのかはわからないが、別に人を襲っていたわけではない。こんな見世物のために命を失った魔獣が、とても不憫(ふびん)に思える。

 咲弥は複雑な心境を抱えつつ、重いため息をついた。

 そんな咲弥に、ゼイドが歩み寄ってくる。


「さすが、超攻撃型だぜ。やったな」


 ゼイドが腕を小さく(かか)げた。

 意図を呑み込み、咲弥はクロスするように腕を当てる。


「はい!」

「予選突破は、私達のもんだぁあああ――っ!」


 喜びに打ち震えているらしいネイに、咲弥は苦笑を送る。

 まだ決まったわけではないが、近づいたのは確かだろう。

 紅羽が大きく飛び上がり、咲弥の付近に着地する。


「このまま他のチームを排除(はいじょ)しつつ、魔物も狩りましょう」


 堅実的(けんじつてき)な紅羽は、淡々とした口調で告げた。

 咲弥はこくりと首を縦に振る。


「咲弥ぁああああああ!」


 突然、聞き覚えのある男の声が耳に届く。

 両手の裾から剣を(たずさ)え――

 竜人(りゅうじん)のハオが、空からやってきた。




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