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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第三章 訪れる邂逅
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第十八話 予選開始




 その日――これ以上ないくらい、王都は活気づいていた。

 あちこちから多くの人達が王都を訪れており、スポーツやパレードなどが、各地で盛大に開催されている。

 そんな王都の一部、絶壁で囲まれた場所に咲弥達はいた。


 大会の予選は、王都内で(もよお)される。信じられない話だが、市街戦を実行するためだけの()()()()が、王国側や民からの支援で造られているのだ。

 内装は粗雑(そざつ)なものだが、外観は本物となんら遜色(そんしょく)がない。

 おそらく、それだけの価値がある行事だからなのだろう。

 

 もう大会の開会式が、中央広場のほうで始まっていた。

 一体感を生むためなのか、参加者は黒い軍服っぽい(よそお)いに加え、透明なクリスタルの首飾りをつけさせられている。

 一つの武器のほか、紋章石だけ持ち込みが許されていた。


 そして、今現在――

 随所(ずいしょ)にある拡声器から、女の声が響き続けている。


《以上。これより、予選のルール説明を始めます》


 それぞれ各チームには、地図が一枚配布されていた。開始地点は全チーム異なり、配置に着き次第予選が開始される。

 ルールは単純明快な、ポイントの獲得であった。


 配布された首飾りは、身に着けた者がダメージを負うと、色が変化していくらしい。クリスタルが砕け散るか、首から外された時点で破壊者にポイントがいく。

 大将首は十ポイント、それ以外は一ポイントとなるのだ。


 首飾りが破壊された時点で、その者は失格になる。

 もう一つ、予選の残り時間に応じて禁止区域が(もう)けられ、そこに(とど)まっていた場合もまた、同様に失格となるようだ。


《また、誤って参加者を殺した場合も、即失格となります。審議次第では投獄もありえますので、充分ご注意ください。ただ、王都屈指の治癒師(ちゆし)達が待機しておりますので、瀕死(ひんし)の重傷程度であれば問題はありません》


 大問題としか思えず、自然と咲弥の頬が引きつった。

 ふと空を飛行する紋章具が、咲弥の目に入る。

 開催地にはこうして、映像を送るための空を飛ぶ装置が、たくさんあるようだ。


 それはきっと、監視(かんし)という事情もあるのだろうが、大半は王族や貴族、または国民達が楽しむための措置(そち)に違いない。

 だから、いったいどこの誰に観られているのか――

 咲弥の胸に、(にじ)むような恐怖心が(くす)ぶり続けている。


 映像の話を聞かされたとき、真っ先に思い浮かんだのは、観ている者達の中に、使()()()()()可能性についてであった。

 それが今後、どんな影響をもたらすのかがわからない。


 まさかこれほどまでに、映像装置が飛び交っているなど、想像すらしていなかった。この世界は文明力が滅茶苦茶で、奇妙なぐらい高い場合がある。

 今回ばかりは、その高い文明力に頭をひどく悩まされた。

 とはいえ、いまさらどうしようもないことではある。


《それでは、皆様。開始地点へと移動してください》


 参加者達が、一斉(いっせい)に行動を始める。

 不意に女の大声が、咲弥の耳に届いた。


「あぁあああああ――っ! 咲弥じゃん!」


 聞き覚えのある声に、咲弥は気まずい気持ちを抱える。

 橙色(だいだいいろ)の短い髪に、すらりとした尻尾が生えた猫型の女獣人――ミラが勢いよく、咲弥のほうへ向かってきていた。

 咲弥はつい、苦い笑みがこぼれる。


「咲弥咲弥! もぉおおおっ! ミラは怒ってるよ!」

「いや、なんか……ほんと、すみません」


 咲弥は両手を合わせ、苦笑まじりに謝罪する。

 ミラが片頬を(ふく)らませ、じっと(にら)んできた。


「もう! 三百件ぐらい、咲弥にメッセージ送ったのに!」

「ネイさんに、通信機を取り上げられていたんですよ」

「ミラも、咲弥と同じチームに入りたかったぁ!」


 メッセージに気がついたのは、予選登録後であった。先に通信機を確認していれば、違った展開もあったと思われる。

 ミラの隣に、冒険者として同期のハオが寄ってきた。


 のちに知った事実なのだが、彼は竜人(りゅうじん)と呼ばれる種族だ。

 目つきの悪いハオが腕を組み、じろじろと(にら)んでくる。


「ふん。今回の優勝は、もちろん俺達がいただくぜ」

「あ、ハオさん。ミラさんと、同じチームなんですね」

「どこかの誰かさんが女といちゃついてっから……無理矢理こいつに引っかき回されて、予選に参加させられたんだ」


 ハオの事情を呑み込み、咲弥は生返事をした。

 ハオは拳を作り、少し前屈みになる。


「くそがっ! 首席とチーム組みやがって! ずるいぞ!」

「ずるくはないですよ。紅羽はもとから、僕の仲間ですし」


 咲弥はやや戸惑い、ハオにそう応えた。

 ハオとミラにじっと(にら)まれ、対応に激しく困り果てる。

 ハオがビシッと、勢いよく指を差してきた。


「まあ、それでも……お前達には、絶対に負けないからな」

「ふっふっふぅ……こっちには、()()()()があるもんねぇ」

「秘密兵器? また何か(たくら)んでるんですか、ミラさん?」


 咲弥の問いに、ミラは(ほこ)らしげな姿勢を見せた。


「メッセージを無視したおしおき、しちゃうんだから!」

精々(せいぜい)、楽しみにしてろ。行くぞ、ミラ!」


 そう言い捨ててから、ハオとミラは走り去る。

 原因を作った張本人、ネイが咲弥の肩に手を置いた。


「同期に(から)まれて、あんたはなんだか大変ね」

「ははは……根はいい人達ですよ。きっと……」

「まあ、ライバルがいたほうが燃えるじゃない」


 お気楽な調子で、ネイは軽快に笑い飛ばした。

 咲弥は、どっとしたため息が漏れる。

 できれば無用な争いごとは、()けたい気分であった。

 咲弥の心情も知らず、ネイは(さわ)やかな声を(つむ)いだ。


「よし。それじゃあ、私達も開始地点に向かうわよ」

「おう!」

「了解しました」

「……はい!」


 チーム紅羽は、地図に記された開始地点へ向かう。

 道を駆け抜けながら、ネイが安堵(あんど)の声を上げた。


「いやぁ……それにしても、紅羽が大将でよかったわ」

「ほんとですよ……十人分のポイントですからね」


 ネイに同意を示し、咲弥もほっと胸を()でおろす。

 ゼイドが(うな)り、作戦内容を尋ねた。


「どうする? 紅羽は……護る必要があるのかわからんが」

「基本は固まって行動するわ。紅羽は察知に注視しなさい」

「了解しました」


 ネイの作戦を漠然と呑み込み、咲弥は言葉を発する。


「それでは、ゼイドさんは紅羽の護衛で……僕とネイさんが付近にいる参加者達と戦い、首飾りを砕く役目ですかね?」

「ちゃんとわかってんじゃない。ゼイドが護っている隙に、紅羽は弓で応戦。もちろん、周囲の警戒が第一の状態でね。私と咲弥は、先陣を切って狩っていくわよ」


 紅羽はこくりと(うなず)き、咲弥も首を縦に振る。

 再び、ゼイドが疑問を述べる。


「遠距離型の敵は、どう対処するんだ?」

「それは……機動力の高い、私が駆除(くじょ)するわ。だから紅羽を(じく)として、戦っては戻って――を、繰り返すことになるわ」


 咲弥は脳内で作戦を(きざ)み込み、ふと思い立つ。


「あの、一つ思ったんですが」

「なあに?」

「別チームと一時的に、協定を(むす)ぶって考えられますか?」


 咲弥の質問に、ネイは静かに(うなず)いた。


「当然、そんなことをするチームはあるでしょうね」

「さすがに八名以上は……狙われたら厳しくないですか?」

「ばかね。逆にありがたいわよ」

「え?」


 何がありがたいのか、ネイの言葉の意図が読めない。

 どう考えても、危険極まりない話であった。

 ネイが呆れ声で、咲弥に()いてくる。


「雑魚が結託したチームが、紅羽に勝てると思ってんの?」

「あぁ……まぁ……」

「まっ、用心に越したことはないけれどもね。私とあんたで一気に、そんな奴らからポイントをかっさらっていくわよ」

「わ、わかりました。頑張ります」


 咲弥は少しばかりの緊張感を抱えつつ、了承しておいた。

 ゼイドが呆れを含んだため息をつく。


「一番の問題は、上級冒険者がいるチームだな……」

「十代の上級冒険者なんか、それほど数はいないけれど……もしいたら、確かにそちらのほうが遥かに(きび)しいかなぁ」


 咲弥は試験官の顔を、ぼんやりと思いだした。

 心構えから戦闘力まで、かなりのものだった気がする。

 ただこの大会は、二十歳未満しか参加ができない。

 同じ上級であっても、試験官と同じとは限らないのだ。


「とはいえ、私らだって咲弥のお(かげ)で、もう負けてない」

「……修業での成果を見せるか」

「ええ。今年の優勝は、私らがいただくわよ」

「俺は()()()()()の年になるから、全力で頑張るぜ」


 咲弥はいまさらながらに、その事実に気づかされた。

 ゼイドは十九歳――今年を逃せば、もう出場できない。


(そうか……ゼイドさんは……)


 使徒という立場上、下手に目立つのはよくない気がする。

 しかしこれまで、ゼイドには数えきれないぐらいお世話になっているため、最後ぐらい(はな)やかな結果を迎えてほしい。


 二つの感情が入り混じり、咲弥は複雑な心境を抱いた。

 意気込むネイ達を見ながら、咲弥も気を引き締める。

 そうこうしている間に、開始地点へと辿(たど)り着いた。綺麗に整えられた庭園には、目印の(はた)が一本立てられている。


 大空が広がり、ここはとても見通しがいい。

 少し遠くのほうに、小さな城も見えた。(きら)びやかな貴族が出てきそうな、そんな雰囲気が漂っている建物であった。


 普通に人が暮らしているような気配がある。これが今回の大会のためだけに、用意されているのだから驚くほかない。

 咲弥は気持ちを切り替え、空色の紋様を浮かべて唱える。


「おいで、黒白」


 咲弥は腕に、漆黒と純白の籠手を装着した。

 全員が戦闘準備を終え、いつ開始してもいい状態となる。

 周囲の空気のせいか、妙に緊張して心がざわつく。


 対人訓練をしたからこそ、まだましなのだと感じられる。それでも未知の人と戦うのは怖いし、不安も当然あった。

 緊張を振り払い、咲弥は誰にとなく()く。


「にしても、ここ……ちょっと場所が悪くないですか?」

「ああ。これじゃあ、いい的だぜ……」


 ゼイドが不安げな声で(つぶや)いた。

 ネイは虚空を見上げて(うな)る。


「開始したら、いい感じの場所に移動してもいいけれど」

「私はこういう場所のほうが、戦いやすくていいです」

「禁止区域になったら、どのみち……あんま意味はないか」

「はい」


 女性陣で話が(まと)まったらしい。

 咲弥やゼイドが口を(はさ)む隙など、そこにはなかった。

 苦笑していると、電子的な声が飛ぶ。


《全参加者、配置につきました。それでは、これより――》


 (しび)れにも似た緊張感が、咲弥の背を走り抜けた。


《国際大会へ出場する予選を開始します》


 まるでサイレンに近い音が、けたたましく鳴り響いた。

 その音が、咲弥の不安や緊張を激しくかきたてる。


「よっしゃあぁああああ! 行くぜぇええええ!」


 ネイが両手を高らかに(かが)げ、力強く意気込んだ。

 戦斧(せんぷ)を振り回しながら、ゼイドが大きく叫ぶ。


「さあ、どこからでもかかって来やがれ!」

「付近の北側とやや遠い北西側に、複数の反応があります」


 紅羽の察知に、ネイが(うなず)いた。


「私達はまず北側。危険だと思ったら、即座に撤退(てったい)する――わかった?」

「はい!」


 咲弥は、ネイに短く応じた。


「それじゃあ、チーム紅羽! 出動!」


 ネイが凄まじい速度で駆けだした。

 咲弥も向かおうとしたとき、紅羽に呼び止められる。


「咲弥様」

「ん、んん?」

「お気をつけて」

「うん! 紅羽も!」


 紅羽に微笑みを見せてから、ネイを追って北側へ向かう。

 紅羽が察知した通り、オドの気配がかすかに感じられた。

 ただ、かなり散らばっているようだ。


「来るわよ!」


 ネイが告げるや、屋根の上から二人の男女が飛び出した。

 男は槍を持ち、女は細身の剣を構えている。

 一番近い女のほうへ、ネイはまず向かっていた。


 咲弥は黒白の籠手を解放しつつ、状況を素早く判断する。

 ネイの背後へと回る男に、咲弥はその足を速めた。


「先制点は俺らのもんだ!」


 ネイの背後から槍を突こうと、男が大きく振りかぶった。

 男の動作は大振りで、しかもかなり(のろ)い。


 咲弥は黒爪(こくそう)で槍を裂き、白爪(はくそう)で男の胴体を引っかいた。

 オドを失った男の首飾りを、黒爪一本で切り離す。


「んなぁあああ……?」


 男の悲鳴を聞きつつ、すぐにネイへと視線を滑らせる。

 すでにネイのほうも終わっていた。


「へっへぇん。残念でした」


 ネイは余裕の笑みを見せた。

 再びネイの背後から、剣を携えた二人の男が迫る。


「ネイさん!」


 わかっていると言わんばかりに、ネイが華麗に宙を舞う。振られた剣をすり抜け、腰に帯びた短剣を素早く滑らせた。

 男二人の首飾りを、いともたやすく破壊する。

 目を見張るぐらいの早業(はやわざ)であった。


「はい。あんた達全員、失格!」

「く、くそぉおおおお!」


 失格者達が、次々に悔しそうな叫びを上げる。

 その中で、咲弥は自分の中の異変に気づいた。


 絶え間なく訪れる困難を幾度(いくど)となく(くぐ)り抜け、そして日々修行を重ね――自分でも気づかないうちに、恐ろしいぐらい成長している。

 まだまだなのかもしれないが、心がつい弾んでしまう。


「このまま、西に向かうわよ!」

「はい!」


 咲弥はネイと一緒に、西を目指した。

 どこまで予選を生き抜けるのか――

 自身の成長を知った咲弥は、いまさらに胸が高鳴った。




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