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神殺しの獣  作者: Key-No.92
第三章 訪れる邂逅
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第十七話 精神世界へ




 王都に帰還した次の日の朝――

 紅羽チームの全員が、咲弥の自室に集まっていた。


 窓際(まどぎわ)にあるテーブル席には、ネイとゼイドの二人がいる。そしてベッドを椅子代わりに、紅羽は腰を落ち着けていた。

 そんな紅羽の正面に咲弥は立ち、白手を解放して見せる。

 威圧感(いあつかん)を放つ白い獣の手に、咲弥は視線を据えた。


「おさらいだけど……僕の白手はオドやマナといった、精神系統すべてを支配する。その代わり黒手とは違い、物理的なものには外傷を与えられないんだ。白手はあくまでも精神的なものを、破壊するべく生まれた力だから」


 見上げる紅羽に目を向け、咲弥はさらに続ける。

 精神世界では純粋な魂の世界であり、そこで外傷を負えば目には見えない傷となる――思いつく限りの情報を語った。

 あらかた言い終えたところで、ゼイドが深く(うな)る。


「しかし本当……無属性ならではといった能力だな」

「はい。無属性に関して、自分なりに頑張って調べましたが……誰もがとても異質で、かなり奇妙な力を持ってました」


 咲弥はまた、どこか神々しい白手を眺めた。


「ロイさんに、無属性は()()()()()()()と教えられました。確かに、その通りです。僕の力は、あまりに危険なんです。僕自身ですら、扱い方を誤れば……」

「覚悟の上です」


 紅羽の声は(おだ)やかだったが、どこか力強さがあった。

 見上げた姿勢のまま、紅い瞳が咲弥へと据えられている。


「うん。わかってる……」

 紅羽に応えてから、ネイとゼイドのほうに顔を向ける。

「ただ……仲間の皆さんには、僕の力を改めて知っておいてほしかったんです。とても危険で異質な能力ですから。もし僕達がおかしくなったら、あとは頼みます」


 ネイ達の無言の(うなず)きを見てから、咲弥は紅羽を振り返る。


「それじゃあ……行こうか」

「はい」


 紅羽は目を閉じ、そっと胸を前に突き出した。

 まるでキスを待つような姿勢に、少しだけドキッとする。

 いやらしい妄想が浮かび、咲弥は慌てて振り払った。


「よ、よし……」


 気を取り直して、白爪(はくそう)をまっすぐ伸ばす。

 そして、紅羽の胸に白爪を突き立てた。

 瞬間――

 漆黒に満ちた世界に、ぽつんと立つ紅羽を発見する。


「紅羽」


 銀髪がふわりと膨らみ、紅羽が振り返った。

 意識がしっかりあるのか、初めてのときとは違うようだ。


「咲弥様。ここが私の、心の中にある世界なのですか?」

「うん。そうだよ」

「何もない……闇だけの世界……?」


 紅羽の声には、少し寂しさがこもっていた。

 咲弥はつい苦笑する。


「僕も最初、自分のところで同じように感じた。でも……」

「なんですか?」

「ここのどこかに大きな扉がある。きっとそこが……精霊と(つな)がる空間なんだ」

「扉、ですか……?」


 不意に、紅羽が目を丸くする。

 咲弥は少し遅れて気づき、後ろを振り向いた。


 仰々(ぎょうぎょう)しい大きな扉が、二枚並んで現れていた。

 神秘的な(けが)れのない純白の扉と、灼熱を思わせる深紅の扉――咲弥は自分のときを思いだし、すぐ理解に達する。


「たぶん白い扉は光の精霊、もう一つは火の精霊……かな。どっちを選ぶ?」

「私は……まずは、自分の属性である光を選びます」

「わかった。それじゃあ、行こうか」


 内心、かなり複雑な心境であった。

 先の見えない不安もあれば、期待や好奇心もある。

 咲弥達は、純白の大扉を前にした。


「扉を開けば、一気に景色が変わる。覚悟はいい?」

「はい」


 紅羽と並び、扉に手を置く。

 とてもひんやりしており、(なめ)らかな手触りがした。

 ゆっくりと扉に力を込め――突然、視界は一変する。


 そこは遥か古代を連想させる、崩れ去った遺跡であった。そこかしこに瑞々(みずみず)しい草花が生え、陽が射し込んでいる。

 見上げれば、青い空が広がっていた。


「ここが……光の精霊の間……?」


 紅羽の(つぶや)きが、咲弥の耳に届いた。

 壁を()う葉の一つに、紅羽は手を触れている。

 どこからともなく、重く低い声が飛んだ。


「よもや、こうして対面する日が訪れようとは」


 周囲を見回していると、走る影を捉える。

 崩壊した石の頂点――そこから、白い獣が飛び降りた。


「これが、紅羽の……」


 背丈がほとんど変わらない精霊に、咲弥は目を見張る。

 ぱっと見は、ホワイトタイガーを彷彿とさせた。鳥に近い純白の両翼(りょうよく)(たずさ)え、どこか民族的な首飾りもしている。

 かなり気品溢れる精霊だと感じられた。


「我は光の精霊ロクフトス。ようこそ、我が領域へ」

「あなたが、私の光の紋章石と繋がった精霊……?」


 光の精霊が紅羽の前で、優雅(ゆうが)な一礼を送った。

 紅羽が光の精霊の頬に、そっと手を添える。

 陽が射したその光景は、幻想的な一枚絵のようであった。


「訪れた理由は把握している。魔の存在だな」

「はい。私の攻撃は、何一つ通じませんでした」

「魔の者には、通常の攻撃は効かない。()()()()と呼ばれる特殊なエネルギーを身に宿し、そして(まと)っているからだ」


 この世界では、オドとマナぐらいしか聞いた記憶がない。

 新たな単語に、咲弥は少しばかり驚かされる。

 紅羽が(つぶや)くように問う。


「エーテル……?」

「オドとマナの融合エネルギーだ。(あるじ)の扱う紋章術も一種のエーテルと言えなくもないが、それはまた似て非なるもの」

「何が違うのですか?」


 紅羽は小首を(かし)げる。

 光の精霊は、思案するような間をおいた。


「オドと呼ばれる青色に、マナと呼ばれる赤色を誘発し――紋章術は(かた)()す。それは混じりけのないエネルギー同士の相乗効果に過ぎない。この青色と赤色を混ぜ合わせ、紫色に変化したものが、エーテルと呼ばれるエネルギーに変わる」


 光の精霊のわかりやすい説明に、咲弥は静かに(うな)った。

 マナの結晶たる紋章石から、自身のオドで力を引き出す。そうして初めて、紋章術と呼ばれる不可思議な力が扱える。

 考えてもみれば、確かに不思議な点は多い。


「どのようにすれば、エーテルを扱えますか?」

「現代では忘れ去られてしまったが――本来、膨大(ぼうだい)な年月をかけ、初めて我ら精霊と対面するのだ。そうしてようやく、この世界に流れる真理を理解する」


 途端(とたん)に難しい話になってきた。

 光の精霊が何を伝えたいか、よくわからない。

 だが紅羽には理解できたのか、光の精霊に疑問を述べた。


「今の私では、扱えない――そういうことですか?」

(いな)。あらゆる条件を(はぶ)き、我らは対面を果たした」

「では、どうすればよいのですか?」

「ただ世界を、我らを、もっとよく見つめるのだ。ここでも現実でも、マナはいつも流れ、漂い、(とど)まっている。マナの結晶とも呼ばれる輝石(きせき)の力を、扱うように扱えばいい」

「……はい。了解しました」


 何に納得したのか、紅羽はじっと固まった。

 すると紅羽の(まと)うオドの様子が、唐突(とうとつ)な変化を()げる。


「さすがは、我が主……それが、正解である」

「オドとマナを練り込んだ状態で、紋章術は扱えますか?」

「無論、これまでのものとは比にならない」

「試してみても、いいですか?」

「あそこの岩を試し()ちに」


 少し遠くにある岩に向け、紅羽は右手をかざした。

 純白の紋様が浮かび上がる。


「光の紋章第四節、白熱の波動」


 純白の紋様が(まぶ)しいくらい輝き、豪快に破裂した。

 紅羽の右手から、(けが)れのない純白の光芒(こうぼう)が伸びる。

 速度、太さ、力強さ、光沢感(こうたくかん)――これまでの紋章術とは、明らかに異なる。見た目からでも充分に違いを受け取れた。


 光の筋が岩に命中するや、激しい爆発音が生じる。

 砕けた岩が、ガラガラと崩れ落ちていく。


「通常時の三倍ほど、体力とオドの消耗が激しいですね」

「扱い慣れぬ間は、(いた)し方がない。そのエーテルを(まと)えば、主が討ち果たしたい魔の者にも、必ずや通ずる力となろう」

「了解しました。ありがとうございます」

「無論、例外は存在する。そこの()()()()()同様――生命の宿る宝具、または神器(じんぎ)などを用いれば、エーテルでなくとも攻撃が通ずる場合が多々とある」


 咲弥は一瞬、思考が停止する。


「へなちょこ? え? ぼ、僕のことですか……?」


 光の精霊は深いため息をついた。


「何ゆえ主は、こんな()()に好意を寄せられるのか……」

「カス……え……?」

「正直、我は嫌いだ。主という奇跡の存在が()りながらも、別の女子(おなご)(うつつ)を抜かす阿呆(あほう)め。今この場で消してやろうか」


 (のど)を震わせ、猛獣にも似た威嚇(いかく)をしてきた。

 咲弥は瞬間的に身を震わせ、まるで石像のごとく固まる。


「まあ、我と主を対面させた事実は、例外的に()めてやる。だが、主の心をかどわかし、あまつさえ――」

「や、やめてください。咲弥様は、命の恩人ですから」


 光の精霊の口を両手で(ふさ)ぎ、紅羽はか細い声で(つぶや)いた。

 後ろからではよくわからないが、珍しく慌てている様子がうかがえる。


(あまつさえ、なんだ……?)


 光の精霊は気まずそうに顔を()せる。


「主よ、失礼した。あの莫迦(ばか)を見ると、つい……」


 咲弥は、精霊もいろいろなのだと知る。

 水の精霊は宿主と、一定以上の距離感を保つ性格だった。

 光の精霊は宿主に、かなり()()()()性格の持ち主らしい。

 そこから連想が働き、ある一つの疑問が浮かぶ。


「そういえば、紅羽の光の紋章石って等級はいくつなの?」

「……装着したときは、六級でした」


 気を取り直したのか、いつも通りの無表情で振り向いた。

 光の精霊は静かに首を振る。


「人に(なら)えば、今は特級だ。主と共に輝石もまた成長した」

「そうですか」


 紅羽の相槌(あいづち)を聞きつつ、咲弥はやはりと(にら)んだ。

 咲弥の水の紋章石は、天使から譲り受けた一品であった。だから紅羽のように、共に成長していったわけではない。


 紋章石との相性――つまりは、精霊との相性となるのだ。

 光や水の精霊からの待遇に、咲弥は心の内側で納得する。

 情報の整理をしていると、ふと気になる点が生まれた。


「あの……ちょっとした質問なんですが、紋章石との相性が高まれば、それだけ扱う力も高まったりするんですか?」

「ああん? なんだ、貴様。()み殺すぞ?」

「……うぅっ……」


 短くうめき、咲弥は大きく一歩後退する。

 代わりに紅羽が()いた。


「高まるのですか?」

「無論。加え、オドの消耗も減る。主も仲間と連携する(さい)、見知らぬ者より深く知った者のほうが、無駄な体力を使わず済むであろう? それと、理屈は同じだ」


 光の精霊のたとえを聞き、紅羽が静かに(うなず)いた。


「私はこれまでの間、自身のオドが(きた)えられた結果であると感じていましたが――そういった理屈も存在するんですね」

「それもまた、消耗減少へ(いた)る一つではある」


 咲弥はようやく、紋章石に関して完全に理解した。事情を知らずとも扱えるのは、どこか機械と似た原理にも近い。

 そんな感想をもつや、紅羽が小さく頭を下げた。


「感謝します。これで、私はより高みを目指せます」

「ゆっくり高みを目指すがよい。主はまだ、ただの雛鳥(ひなどり)だ」


 心の内側で、咲弥は苦笑が漏れた。

 紅羽で雛鳥なら、大多数は卵ということになる。

 光の精霊は、不敵な笑みを浮かべた。


「紋様を虚空へと顕現(けんげん)し、我が名を唱えよ。精霊の召喚――それは精霊と対面した者のみが得られる、()()()()なのだ」

「はい」


 精霊の言葉に奇妙な点があり、咲弥は自然と首を(ひね)った。

 召喚以外の力など、特に何もない気がする。ただの言葉の(あや)なのか、または咲弥ですら知らない何かがあるのか――

 咲弥が問うその前に、光の精霊は力強い声を(つむ)いだ。


「主よ、一つ忠告しておく」

「なんですか?」

「我のように、理解ある精霊ばかりではない。中には、力を示さなければ協力を(こば)む精霊も多い。気をつけることだ」

「了解しました」


 紅羽は(やわ)らかく微笑んだ。

 光の精霊が一度目を閉じてから、咲弥を(にら)んでくる。


「おい、そこの(くそ)。主を泣かしたら……その魂()い殺すぞ」

「ひっ……」


 まるで不良少年のように、首を振りながら睨んでくる。

 ここまで露骨(ろこつ)に対応が違うと、もはや苦笑も漏れない。

 光の精霊は短く、鼻で笑った。


「我は光の精霊ロクフトス。これより、主の剣となろう」


 その瞬間――

 闇に転じたかと思えば、視界が現実の世界に戻ってくる。


 どの精霊もそうなのか、突然が過ぎるのだ。まだ問いたい疑問はいくつか残しており、胸にもやもや感ばかりが残る。

 途端(とたん)に妙な息切れが起こり、咲弥は白手の解放を()いた。


「はぁ……はぁ……」

「え、終わったの? 二、三秒しか経ってないんだけれど」


 ネイの疑問に、咲弥は息を整えてから応える。


「そういえば、言い忘れてましたね。精神世界と現実では、時間の流れが違うんです。あちらでは結構な時間でしたよ」

「へぇ……そうなのねぇ」

「で、どうだったんだ?」


 ゼイドが疑問を告げるや、咲弥は紅羽を見た。

 そっと目を開き、紅い瞳が少し震える。


「無事に精霊と対話できました。力も貸してくれるそうです……が、結構……致命傷(ちめいしょう)を、受けたかもしれません……」

「え? 嘘……なんで? どこを? 大丈夫?」


 咲弥は激しく慌てた。

 怪我をする要素など、どこにもなかったと思える。

 紅羽は()し目がちに、可憐な声を(つむ)いだ。


「咲弥様に、心の中を丸裸にされた気がします……」

「あ、そういう……」


 とはいえ、どの部分に恥を覚えたのかが不明であった。

 新たな情報以外では、(ののし)られた記憶ばかりが残っている。


「あんた……いったい何をしたわけ?」

「何もしてませんよ! というか、よくわかりませんし」

「知らず知らずのうちに、なんかやったんじゃないぃー?」


 ネイのからかいに、咲弥は勢いよく首を横に振った。


「してませんてば! ()()()記憶の一部とか見てませんし」

「はっ? あんた、そんなことができんの?」

「そういえば、これも言ってませんでしたね。記憶の一部がまるで写真のように、ぱらぱらと見えることがあるんです」


 ネイは半目で、じっと見据えてくる。

 不意に、紅羽の(つぶや)きが聞こえた。


()()は……? では、()()のときは……?」


 恥ずかしさからか、紅羽が両手で顔面を(おお)い隠した。

 これにはさすがに、咲弥も戸惑うほかない。

 ネイがクスクスと笑った。


「あぁーあ。なぁーかぁーしぃーたぁー」

「いやいやいや! 不可抗力だったんですって! 僕自身、能力をまったく把握できてなくて、それで……いやほんと」


 しばらくしてから、紅羽は平静を取り戻せたらしい。

 太ももに両手を添えて起き、小首を(かし)げる。


「何を見たのか、のちほど()()で少しお話ししましょう?」


 妙に威圧感(いあつかん)のこもった声音であった。

 咲弥は苦笑まじりに誤魔化す。


「といっても、ほんと部分的だから、たいしたことないよ」

「それでも、お聞かせ願えますか?」


 紅羽はわずかに微笑んだ。妙に怖い微笑みに感じる。

 咲弥はたじろぎながらも、ぎこちなく(うなず)いた。


「う、うん……わかった」

「よっしゃあ! それじゃあ、次は私の番ね」


 ネイは颯爽(さっそう)と椅子から飛び降りた。

 咲弥は重い気分を抱え、そっと嘆息(たんそく)する。


「もうなんか、やるの嫌なんですが……」

「なに言ってんの、ばか? 紅羽だけなんてずるいでしょ」

「わかりましたけど……文句を言わないでくださいよ」

「私は問題なし! 全裸にされたって平気平気」


 自身の豊満な胸を手で持ち上げ、ネイは不敵に笑った。

 咲弥はぎょっとする。


「いや、それは……僕のほうが困りますって!」

「ほら! とっとと行くわよ」

「あ、は……はい……」


 どこか不安を募らせつつ、そして――

 今度はネイの精神世界へと、咲弥は飛んだのだった。




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