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6『同じ空気』


6『同じ空気』  





 同じ空気を吸うのもイヤ!


 そういうと思い切りよくドアを開け、その倍くらいの勢いで車のドアを閉めた。


 バタム!


 拓磨は、酸欠の金魚みたいな顔をしたが、追ってこようとはしなかった。


「おれ、今度転勤なんだ……」



 ついさっきの、拓磨の言葉が蘇った。



「え……どこに?」


 そう聞いたときには、もう半分拒絶していた。


「大阪支社に」


 ウッ(#◎+◎#)!!


 この答には、吐き気すら覚えた。


 わたしは大阪が嫌いだ。


 学生時代のバイト先の店長が大阪の人間で、何かというとセクハラ行為に出てきた。



「まあ、メゲンと気楽にいきいや」



 最初に仕事で失敗したとき、そう言って慰めてくれた。わたしは大阪弁の距離感の近さが嫌いだったけど、この時の店長の言葉は優しく響いた。


 でもあとがいけない。


 肩に置いた手をそのまま滑らして、鎖骨からブラの縁が分かるところまで、撫で下ろされた。


 鳥肌が立った(-o-;)。


 狭い厨房ですれ違うときも、あのオッサンは、わざとあたしの背中に体の前をもってくる。お尻に、やつの股間のものを感じたとき。わたしは自分の口を押さえた。押さえなければ営業中のお店で悲鳴をあげていただろう。


「パルドン」


 オッサンは、気を利かしたつもりだろうが、大阪訛りのフランス語で、調子の良い言葉をかけてきた。


 もともと吉本のタレントが東京に進出し、ところかまわず、大阪弁と大阪のノリで麗しい東京の文化を汚染することに嫌気がさしていた。


 そのバイトは一年で辞めた。


 先日アイドルグループの拓磨のオシメンの子が「それくらい、言うてもええやんかあ」と、下手な大阪弁で、MCの言葉を返すのを見て。拓磨にオシヘンを強要したほどである。


 こともあろうに、その拓磨が、大阪に転勤を言い出す。


 とても許せない。



 夕べ夢に天使が現れた、きれいな東京言葉の天使だ。


 で、こんな嬉しいことを言ってくれた。


「明日、あなたの望むことが、一つだけ叶うでしょう……♪」


 で、あたしは思った。


 今日のデートで、拓磨がプロポーズしてくる(*´ω`*)。


 それが、よりにもよって、大阪転勤の話である。



 拓磨とは、大学のほんの一時期を除いて、高三のときから、七年の付き合いである。そろそろ結論を出さねばならない時期だとは、両方が思っていた……多分。


「あたしと、仕事とどっちが大事なのよ!」


 そういうあたしに、拓磨は、ほとんど無言だった。気遣いであることは分かっていた。



「一度口にした言葉は戻らないからな」



 営業職ということもあるが、日常においても、拓磨は自然な慎重さで言葉を選び、自分がコントロールできないと思うと、口数が減るようになった。


 でもダンマリは初めてだ……。


 せめて後を追いかけてくるだろうぐらいには思っていた……のかもしれない。


 丘の公園から出ることができなかった。出てしまえば、この広い街、わたしを見つけることは不可能だろうから。



 わたし自身、後から後から湧いてくる拓磨との思い出を持て余していた。



 拓磨とつきあい始めたのは、荒川の土手道からだった……。


 当時のあたしはマニッシュな女子高生で、同じクラスの拓磨と、もう一人亮介というイケメンのふたりとつるんでいた。

 付き合いなどというものではなかった。いっしょにキャッチボールしたり、夏休みの宿題のシェアリングしたり、カラオケやらボーリングやら。ときどき互いの友だちが加わって四人、五人になることはあったが、あたしたち三人は固定していた。つるむという言葉がしっくりくる。


 そんなある日の帰り道、拓磨の自転車に乗っけてもらった。秋めいてきた空気が爽やかで、二人は静かだった。


 急に拓磨が言い出した。


「おれたち、同じ空気吸わないか?」


「え、空気なんてどれも同じじゃん。ってか、いつも同じ空気吸ってるじゃん」

「ばーか、同じ空気吸うってのはな……」



 拓磨の顔が寄ってきて、唇が重なった。


 ウプ!


 で、あいつはあたしの口の中に空気を送りこんできた。



 あたしは、自転車から転げ落ちてむせかえった。



「一美、大げさなんだよ。どうだ、おれの空気ミントの味だっただろう?」

「そういうことじゃなくて……」

 あとは、言葉にならなくて涙になった。

「一美……ひょっとして、初めてだった?」

「う、うん……」

「ご、ごめんな……(;'∀')」


 そんなこんなを思い出していたら、急に拓磨のことがかわいそうになってきた。



「拓磨……」



 一言言葉が漏れると、わたしは走っていた。


 車は、さっきと同じ場所にあった。でも様子が変だ……。


「拓磨!」


 拓磨は、運転席でぐったりしていた。



 急いで車のドアを開けた。



「う、臭い!」



 車の中は排気ガスでいっぱいだった。



「な、なんで、どうして!?」


 すると、頭の中で天使の声がした。


『だって、言ったじゃない「同じ空気を吸うのもイヤ!」って』


「そんな意味じゃ無い!」



 救急車を呼ぶと、一人で拓磨を車から降ろし、人工呼吸をはじめた。


 中学で体育の教師をやっている一美に救急救命措置はお手の物である。


――いま、あたしたち、同じ空気吸ってるんだから、がんばれ拓磨!――


 拓磨の口は、あの時と同じミントの香りがした……。

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