291話 終わった
――ぶあっ!
鱗を突き破り、ジャマダハルの先端が浅めに突き刺さった瞬間、その表皮が突然赤に変色。
少し爛れた肉の隙間からはエアコンの強風並みの勢いで熱波が襲い、俺は体勢を崩して思わずジャマダハルから手を離してしまった。
そしてジャマダハルはそんな風に弾かれて宙を舞ってしまった。
しかしこれによるダメージはほとんどなく、ただただ俺たちを引き離すためだけの苦肉の策だというのが簡単に読み取れる。
決死の抵抗、これが正真正銘最後の抗い。
「最後の最後にやられたな……」
「ぐっ!」
「きゃ……。ひ、ヒール!」
俺だけでなく忠利も、そして捕まっていたはずの桜井さんも途端に赤く爛れて、脆くなった舌からぬるりと抜け落ちて地上へと向かい始める。
熱によって服が若干焦げていたり、箇所によっては溶けて素肌が見える状態になっていることもあって、こんな場面でもだんだんと温くなる空気、落ちることで受ける風が気持ちよく感じてしまう。
「終わった、な……」
仰向けに落ちながら自分が戦闘から離れてしまったことを実感。
身体からは次第に力が抜けていく。
「諦めないで! 十分なMPの回復は難しいけど、あと少しくらいは渡せるはず、だからさっきの翼とか使って――」
「もう急所は見えないところにあって、あのスキルもそこまで器用に操れません」
「でも、でも!」
俺のそんな様子に気づいたのか、桜井さんは悔しそうな顔で、それでも戦うことを続けさせようと遠くから大きな声で話しかけてくる。
服がはだけたり溶けてたりで、派手で赤い下着が見えてしまってるけど、それも気にならないくらい必死。
でも俺はもう戦う気はない。
「終わったんですよ。取りあえず、今俺たちにできることはありません」
「終わったってそんな――」
「勿論俺たちの勝ちで、ですけど」
「え?」
「照明それって?」
素っ頓狂な顔と声を見せ、聞かせてくれる2人。
そう。終わったけど、負けたなんて俺は言ってない。
「――兄さんは仕掛けてたんだよ、最後の一撃を。それよりみんな、ちょっと痛痒いけどそこはもう許してね」
先に落ちたはずの灰人がいつの間にか、落ちる俺たちの近くにいた。
そして、もう出力が下がってしまったらしい弱々しい鎌鼬を俺たちにぶつけて落下速度を急激に落としてくれる。
ダメージはないけど……うん、確かにくすぐったい。
「ほら、あれを見て」
灰人の指差す先、俺たちの頭上にはもうそこにはいないはずの人の影があった。
それは隠れ蓑スキルがとかれ、大した動きはできずともそれ、『贋物』で生み出し、5人目としてこっそりここまで運んできた俺の分身体。
その手にはずっと渡したままだったジャマダハルのもう片方、ルージュと小さくなったマントが握られている。
「いけえ! ルージュっ!」
いつの間にか人の姿になっていたアルジャン。
その声援を受けてジャマダハル、もといルージュは首の急所に当たり……その先端が完全に急所を貫いたことがこんな場所からでも確認できた。




