159話 噂
「う、あ……はっ!こ、こんにちは!当ダンジョンに潜られる前に探索者様がA級以上であるかどうか確認させて頂きます。よろしければ探索者証のご提示をお願い致します」
この受け付けのお姉さん完全に寝てたな。
瞼は重たそうだし、声は出し辛そうだ。
「はい。お願いします」
「お預かり致します」
俺は探索者証を渡すと後ろを振り返った。
それはもし自分より後に来て待っている人がいたら同業者として会釈くらいしておかないとと思ったから。
だがそんなのは杞憂で終わる。
何故なら俺の後ろには誰も並んでいないし、それどころかこの建物内に殆ど人の気配がないのだ。
何か物音がするがそれはショップや売却所の人が何かをしている音。
決して人の喋り声は聞こえてこない。
A級以上専用のダンジョンとはいえ、ここまで人がいないのはどう考えてもおかしい。
「はい。確認致しました。お返し致します」「ありがとうございます。その、今他に並ばれてる方が居ないようなんですけどここはいつもこんな感じなんですか?」「私がここに配属されてから……大体1年位はずっとこうですね。前任者に聞くとA級、S級以上と制限されるちょっと前位にはもう人が減っていたとか」「それだけ危険なダンジョンって事なんですね」「……いいえ。実はここを潜っていて死亡した方も大怪我を負ったという方もいないんです。浅い階層から協力なモンスターが出たという話しも聞きません」「えっ?じゃあなんでそんな制限が?」
俺の言葉に反応して受付嬢は一度俯くと、怖い話をする時に近い感情を殺した真顔へと変わった。
さっきまで居眠りしてぼやぼやしていた人とは思えない程だ。
「死なない、大怪我もない、でも……記憶もないんです」
「記憶、ですか」
「はい。戻ってきた探索者の方々は凄く曖昧で断片的な記憶だけしか残っていなくてですね……例えばシーサーペントに剣で止めを刺した。でもその過程が分からない、どこで倒したのか、どんなドロップアイテムを手に入れたのか、果てはその後どうやって帰って来たのかも思い出せないそうです」「……その原因って」「さぁ……。モンスターの仕業なのか、ダンジョンとしての特徴なのか、はたまたダンジョンに生息する植物の作用なのか……。記憶がないので原因究明は出来ていません。ただ……」
「た、ただ、何ですか?」
「帰って来た探索者の方は全員、『きぃー』っと甲高い音を聴いた、と。一説ではそれは殺されたモンスターの霊による泣き声である、とされているみたいです。記憶を奪うモンスターの霊の唄。そこからこのダンジョン名『海辺の唄』が名付けられたとか……」
ごくり。
恥ずかしいくらいに生唾を飲む音が響いてしまった。
実のところこういう話もお化け屋敷も肝だめしもあまり得意じゃない。
ちょっと情けないがアルジャンとルージュにいてもらうか。
「よっと。おーい、着いたぞぉ」
アイテム欄からジャマハダル状態の2人を取り出して声を掛けた。
あの家を出てから歩くのがちょっと面倒臭いという2人を武器状態に戻しアイテム欄に入れてここまでやって来ていたのだ。
時間もそろそろいい頃合い出し、きっとグズらず人の姿に戻ってくれるだろう。
ていうかこのダンジョン怖いから戻ってくれないと困る。
「「ごはーん」」
「えっ!ぶ、武器が!?えっ!?」
人間の姿に戻った2人に驚く受付嬢。
俺はもう慣れたけど初めては驚くよな……。
下手したら幽霊なんかよりよっぽどかも……。
「すみません。じゃあ俺達はこれで」
「「これで!!」」
「……腰が抜けた」