116話 想い
「ナッ!?」
接近する俺に付いたのか、レッドメタリックスライムは目を見開いて声を上げた。
そして慌てるように、椿紅姉さんの体の中に自分の体の一部を突っ込ませる。
「させるかっ!!」
レッドメタリックスライムの体が全て椿紅姉さんの口に入り込んでしまう寸前、俺は両手でレッドメタリックスライムを掴まえた。
本当はジャマダハルで攻撃したかったところだが、ジャマダハルは椿紅姉さんに飲み込まれた拍子にアイテム欄に戻ってしまったようで装備出来ていない。
しかも『瞬脚』発動直後にこっそり試してみたが、この状態だとアイテム欄からアイテムは取り戻せない上にステータスを見る事も出来ない。
なんとか素手でこいつを引っ張り上げるしかない。
「グ、オオォオォォォ…。ジャ、ジャマスルナッ!!」
「椿紅姉さん!! こんな……こんな奴に、自分に負けるなよ!!」
「輝君……。いいの、私はもう疲れたの。自分を偽るのも、無理して強くなろうとすることも……。本当に無駄だった……」
「そんなことないっ!!!」
「何を根拠に――」
「俺は椿紅姉さんが居たから、憧れの人が、想いを馳せた人が居たからこうやって戦えてるんだよ。あの時の……弱虫の俺を鼓舞してくれたから、社会人になって、どんなに過酷な環境に陥っても頑張って来れた。椿紅姉さんが居たから探索者としての人生を選択する勇気を手に入れられた。お嬢様の上司やちょっとだけ生意気な弟とここまで仲を深められた。全部全部椿紅姉さんが居たから――」
「ここで、モンスターに吸収されようとしているのも私が居たから、ね。……。お願い、本当に輝君が私を思ってくれているなら……」
「椿紅姉さん!!」
椿紅姉さんはレッドメタリックスライムを飲み込んだ。
そして、椿紅姉さんは勝手に動き出そうとするその体を必死に抑えながら俺の直ぐ目の前で立ち尽くす。
「このモンスター、ゴト……。私を、コロシテ……」
「出来ない……。出来ないよ」
「武器ナラ……。これを、ツカッテ。時間、モウナイ」
椿紅姉さんはどこからともなく、赤い刀身の刀を取り出すと地面に転がした。
俺はわなわなと手を震わせながらそれを見るが、取ろうとする気には一向になれない。
「早、ク、うぅぅぅうあああぁあああ!!!」
椿紅姉さんは頭を痛そうに抑えながら、膝から崩れ落ちた。
完全にレッドメタリックスライムに意識を奪われまいと、最後まで抗っているのだろう。
「輝、クン」
その姿は本当に辛そうで、早く楽させてあげたいという思いを俺の中に芽吹かせる。
そして気付けば、俺の手の震えはなくなっており、地面に落ちていた刀を拾い上げようとしていたのだった。