114話 思念体
「ん……」
意識はある。声も出る。だが手や足は石にでもなってしまったかのように動かない。
生暖かい液体が体を包み込んでいるが呼吸は出来る。だが心地よい温度の所為で瞼が重い。
「俺、完全に飲み込まれたのか……」
俺は諦めたように呟きながら、視線を右へ移す。
「あっ……」
そこには同じく飲み込まれたさっきまで俺が背負っていた女性がいた。
女性は眠気に負けてしまったのか目を瞑り寝息を漏らしていた。
「いっ!!」
俺も女性と同じように眠りについてしまいそうになっていると、体に激痛が走った。
「くっそ、白石さん……」
微かに聞こえる猩々緋さんの声。
その声はどこか弱々しい。
外で戦っているのだろうが、戦況は良くないらしい。助けに行きたいが、俺にはもうどうする事も……。
「い、や……」
どうしようもない状況に白旗を上げるしかないと思っていると、今度は俺の頭の中に女性の声が聞こえた。
この声には聞き覚えがある。
そう、この声は間違いなく椿紅姉さんのものだ。
「マダ、アラガウカ……ムダダトイウノニ」
そして、もう1つの声。
これはさっきまで俺達が戦っていたあの片言。おそらくレッドメタリックスライムの声だろう。
俺は声の主2人を探す為になんとか辺りを見回すが、その姿は見えない。
「見えない。だったら……『透視』」
俺はダメもとで『透視』を発動させた。
すると俺の眼前に、椿紅姉さんとそれにまとわりつくレッドメタリックスライムの姿が映った。
おそらくだが、椿紅姉さんの意識が思念体として顕現し、それをレッドメタリックスライムがこうして乗っ取っているのだろう。
だったら俺がここでレッドメタリックスライムを倒してしまえば……。
そう思い俺は必死に体に力を籠めた。
「ン? オマエ、ワタシタチガミエルノカ?」
レッドメタリックスライムと目が合う。
そしてそこにはHPゲージとモンスター名が表示される。
「『レッドメタリックスライム(ユニーク)』。ユニーク?」
「フフフ。ワタシハ、コノダンジョン二イルホカノザコトハチガウ。グウゼン、『アノチ』カラキタソンザイ。ワタシハ、コノダンジョンヲシハイシテ……。イヤ、オマエ二セツメイシテモ、シカタナイカ」
「アノチ?」
俺はレッドメタリックスライムのある言葉に引っ掛かりを感じ、自然と復唱してしまった。
「気付かなかったの。まさか、今までこいつが私の中に住み着いて機を窺っていたなんて……。ごめんなさい。ごめんなさい。私の所為で。私の所為で……」
俺の知っている椿紅姉さんはそこにはいなかった。
居るのは自分の不甲斐なさで今にも泣きだしそうな1人の女性。
俺はそんな椿紅姉さんの姿を見て、諸悪の根源であるこのレッドメタリックスライムに怒りを覚えるのだった。