107話 2人目
「あ、が……」
橙谷さんのHPゲージは紫色に変わり、その口からゆっくりとシルバースライムが顔を出した。
「……」
俺に似た男は無言でシルバースライムの急所を容赦なく貫く。
すると目の前にいつものように取得経験値が現れる。
俺が敵を倒したわけではないのに経験値が取得出来るという事は……あれは『贋物』で作られた俺の分身ということだろう。
それに、毒を付与させるところや、急所を突けるところを見ると、俺に掛けられたバフや状態異常もある程度反映されるようだ。
今まで姿が見えなかった理由は、『隠蓑』、或いはスルースライムゼリーの効果が反映されていたからだろう。
「がああっ!!」
俺が『贋物』によって生まれた分身を遠くから眺めていると柿崎さんが正面から攻撃を仕掛けてきた。
魔法攻撃は効かないが、通常攻撃はまともにダメージを受ける。
今みたいに剣撃だけの攻撃で攻められるのは、少し辛い。
俺は柿崎さんの持つ複数の剣をジャマハダルで受け止めるがそれも限界は近く、俺の頬を剣が掠め出した。
カキンッ!
「……」
「お前」
防戦一方の展開が始まったかと思ったその時、いつの間にか俺達の元までやってきていた分身が俺とは反対の方向からジャマダハルを振りかざした。
振りかざされたジャマダハルでの攻撃は柿崎さんの魔法剣に防御されてしまったものの、状況は一変。
手数を2つに割かなければいけなくなった柿崎さんは、交互に俺と分身に視線を移しながら忙しく剣を振り回す。
「よし、これなら」
柿崎さんの攻撃は先ほどまでとは比べ物にならない程雑になり、こちらから攻撃を仕掛ける事も容易くなる。
次第に柿崎さんから攻めの勢いは消え、守りに徹するようになり始め……。
パンッ!!
「腕にも点が見えるからもしかしてと思ったけど……やっぱりか」
俺の攻撃が8つある柿崎さんの腕の内の1つに命中すると、それは強烈な破裂音と共に爆散した。
「うがぁああぁああ!!!」
パンッ!! パンッ!!
「うがぁあああぁああ!!」
腕を爆散されダメージを受けた柿崎さんを追い詰めるかのように分身も2本の腕を爆散。
柿崎さんは痛みからか狂ったように剣を振り回すが、そんなものは俺達に当たるはずもない。
「う、うぁああぁああ!!」
俺と分身が更に攻撃の手を増やすと、柿崎さんは怯えるように距離をとり、無暗に魔法攻撃スキルを撃ち出した。
しかし、未だにシルバースライムのスキルが残っている状態の俺にはそれは効かない。
しかも分身もその状態を反映させているのか、魔法攻撃スキルを受けても分身のHPは全く減らない。
「う、ぁあ、ぁああ!!!」
体を支配されているとしても柿崎さんはS級探索者。
それなのに、柿崎さんは俺達の姿を見て怯えた声を上げる。
もはや、負ける気はしない。
そう思いながら一歩一歩俺と分身は柿崎さんに近づく。
「う、ぁああああぁあああ――。あ?」
遂に柿崎さんは悲鳴を上げ俺達から逃げようと背を向けた。
その時だった。
どこからか柿崎さんの急所が貫かれ、血の付いた刃が俺達の前に姿を現した。
貫いたのは俺でも横にいた分身でもない。
そこには新たに現れたのは今までどこかで気を窺っていたであろう2人目の分身だった。
「……すごい。あっという間に橙谷さんと柿崎さんを……」
背負っていた女性はこの事実についつい呆気にとられてしまったのだった。