いきなり、ただの肉屋に騎士がきた
店に数人の男たちが入ってきた。この時間に客は珍しいと思ったら、どうやら客では無さそうだ。
「すまない、ここに勇者がいるはずなのだが」
「…勇者ですか?あいにく私共は唯の肉屋ですが」
私と店員がもう二人居るだけの個人経営の肉屋だ。
声を掛けてきた男が後ろにいた数人の男と話し合っている。ボソボソとここに間違いないとか確認したらとか聞こえてくる。
「邪魔して悪いが鑑定されて貰えないだろうか?」
「え…?鑑定ですか。あんた達は誰なんです?」
「私達は、グラン王国の第一騎士団の者だ。私は副団長のサエラ」
まあ、身のこなしや雰囲気で戦いを糧としてる人間だろうなとは察しはついていたが、グラン王国とはまた厄介な。
「なにか証明出来るものはあるんで?」
「紋章とこれは個人タグだ」
サエラは、旅で薄汚れたマントから左腕を差し出すと、腕には紋が描かれた腕章がつけられていた。
また個人タグも正規の物だ。だがそれでも鑑定は頂けない。
「うーん、鑑定はちょっとねぇ。逆にあんたは知らない人間から突然言われたままに鑑定させるかい?」
「店主が正しいのは理解している」
「なら帰ってくれないかい?こっちも商売してる…」
「一人につき500キルカ出そう」
鑑定はそんなに簡単に出来るものでは無い、頭の中身と心をこじ開ける為にかなりの負荷がかかる。
500キルカと言ったら、馬車が買える値段だ。こいつら、胡散臭さすぎる。奥に隠れている従業員に目配せする。目が合った二人は理解したようで、そっと裏から逃げ出してくれた。
どちらにしろ、私は権力者やその手先が大嫌いなのだ。彼らが正騎士であれば尚更。
「んー500キルカとはまた豪勢だねえ。だけど鑑定されて、頭を壊されて大切なスキルを盗まれたくないんでね。さっさと帰ってくれないかい」
「このババア!黙っていれば延々と。副団長!もう痛めつけたら早いですよ!」
「止めないか!一般人を怖がらせてどうする」
「やだやだ、痛めつけるとか。これだから偉い奴らは嫌だよ」
「店主、どうしても駄目か?」
「…あんたら無理やり鑑定してみな、酷い目みるよ?」
後ろに控えていた男達から怒りの波動が見える。まだまだ青いねぇ、これくらいで気持ち揺らして。
突然、彼らの中にいた黒いローブの男が鑑定と叫んだ。だが無残にも目の前で霧散してやる。お返しにスキルを発動させる。
『昏睡』
男達は全員地面に倒れた。
「はぁ、だらしない。これが騎士って言うんだものね」
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気がつくと逆さに吊り上げられていた。頭に血が集り意識が朦朧とする。吊り上げているのはスキル封じの鎖に嫌な予感がする。
「やっとお目覚めかい?」
恰幅の良い店主の女が、黒い作業服にゴムのエプロン姿で立っていた。逆さまだから女の足元しか見えない。タンタンタンッと何か重い物をリズムよく叩いている音がする。
「えーと、あんた隊長さんだっけ?」
「ふ、副団長の…サエラ…だ」
「あぁ、すまないね。頭に血が集まってぼうっとするだろ。もう少しの辛抱だよ」
「…な、なん…だと」
「それじゃいくよ『鑑定』」
なんの準備もなく女はスキルを発動した。いきなりスキルを使われ体は硬直し海老反りになる。鎖はギシギシと音を立てて男の苦痛を奏でる。
脳みその頭蓋が軋み、爆発するかの様な圧迫で耳から血が流れる。
「ガッ!あぁっ!止めてくれ!」
「ふむ、副団長てのは嘘じゃないね。どれコレとコレ貰っておこうかね。恨むなら暴走した部下を恨みなよ」
『搾取』
「ギャアアアアア!」
内臓を素手で引きちぎられる痛みだ、俺のスキルが取られてゆく。あまりの激痛で俺の頭は強制で意識を閉じようとしている。薄れゆく意識の中思い出した。
そうだ『昏睡』も『搾取』も探していた勇者のスキルじゃないか。
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この町も潮時かねぇ。折角いい隠れ家だったのに。ふぅと深く吸い込んだ煙草の煙を吐き出して考える。
解体用の滑車から吊り下げられている6つの体。どれもこれも頭を弄って半壊させてやった。副団長は中々良いスキルを持っていたけど、それ以外はゴミスキルしか無かった。全くこれが騎士かい、そこらの盗賊の方がまだマシだよ。
このまま放り出しても面倒になりそうだし、やっぱり解体しておこうかね。細切れにして裏庭に撒いておけば獣が食べて無くなるだろう。
どれ、最初に鑑定と叫んだ男からやるか。
解体の前のルーティンである一服を終えると、重い身体を椅子から起こす。右手には解体包丁そして左手には包丁が滑って刺さらないように鎖帷子の手袋、骨の欠片や血が目に入らないようにゴーグルとマスク。
異世界に無理やり召喚された元勇者は、今や立派な肉屋としてこの世界で生きている。