村を追い出された話
!この小説を読むにあたっての諸注意!
・この小説は幻獣や精霊等が出て来ます。
・基本的にR18シーンはありませんが、ハグやキスだけはあります。
・精霊や幻獣の見た目などに関しては資料などを参考に、私の解釈で設定しています。
・私の妄想大全開の内容になっていますので、苦手な方は回れ右でお願いします。
とある世界にある小さな村。周囲は山に囲まれ、緑豊かな村だ。
1人の女の子が山の中に走って行く。
「おい!逃げたぞ!」
男の子たちが女の子を追いかけて山に入った。
木々の間を女の子は風の様に走って行く。そしてその姿はあっという間に消えた。
「はぁ…はぁ…。相変わらず逃げ足が速い…」
男の子たちの内の一人が言う。
「あいつ風みたいに走って行きやがって…」
「しゃあねーな。もう行こうぜ」
男の子たちはそう言って来た道を戻った。
木の上から追いかけられていた女の子が、その様子を見ていた。その姿が見えなくなると、女の子はホッと息を吐いて少し太い木の枝に腰を下ろした。
目を閉じて風を感じる。そよ風が木々を揺らし、緑の香りが鼻をくすぐる。
『…またイジメられたの?』
姿のない静かな声が聞こえて来る。
『人間たちはどうしてブリーザをイジメるのかしら…』
「…私は化け物だからって…」
ブリーザは静かに言う。
そう。ブリーザの母親は風の精霊シルフィードなのだ。父親は人間のため、並の精霊たちほどの力はない。
しかし、人間に溶け込めるかと言えば、そうはいかない。普通の人間とは違い、髪の毛は銀色に輝き、肌は常人よりも白く透明感があり澄み切った空のような青い目も、嫌でも小さな村の中では浮いてしまう。
『化け物なんて!』
『我々は風の精霊よ!』
シルフとシルフィードは怒る。
「人間にとったら化け物だよ」
『そんなの勝手だわ!』
『村に台風でもけしかけてやるわ!』
「そんなことしたら私の住む場所がなくなるよ」
ブリーザは苦笑する。
「…そろそろ帰るかな。暗くなっちゃうし」
ブリーザは起き上がる。
「じゃあね」
木から華麗に飛び降りて、ブリーザは山を下りて行った。
村の中に入ると女性たちが井戸端会議をしている。
「そうそう!でね!」
「やぁーだー!」
大きな声でキャッキャと話している。ブリーザが通りがかると、女性たちはヒソヒソと話し始める。
「そーよ…化け物よ…」
「子供たちに何かあったら…」
「早くいなくなってくれたら…」
そんな陰口にもなっていない会話が聞こえて来る。
ブリーザは家に帰る。家は村の少し外れにある。一軒だけ孤立している状態だ。両親が亡くなっているため、今暮らしている家は1人暮らしのブリーザには少し広すぎる。
一緒に暮らしている人がいる訳でもないブリーザは、夕食も簡単なものしか作らない。
『今日は何?木の実のクッキー?』
…いた。唯一の同居者。
コロボックルと言う小人。普段は人目につかない様にしているが、ブリーザには懐いているようで、よく食事を一緒にしている。
「クッキーじゃ、食事にならないでしょ?木の実パンと羊と豆のスープだよ」
『やった!私、スープ好き!』
コロボックルは小躍りしている。
そんな豪華なスープではない。羊の肉を香辛料と豆、野菜と共に煮込んだだけだ。パンも村にあるパン屋さんで買って来た。
自分の器にスープをよそい、皿にパンを一切れ置く。
「さて、と」
木のスプーンにひとさじのスープと具をすくって皿の上に置く。
「はい」
『ありがとう!』
コロボックルは自分のスプーンでスープを食べ始める。ブリーザは微笑んで自分もスープを飲み始める。
『おいしー!』
「そお?良かった」
ブリーザはパンを千切って食べる。
『パンは?』
「はい」
小さく千切ったパンをコロボックルにあげる。
『ありがとっ!』
コロボックルはパンにかぶりつく。こうしてコロボックルと一緒に食事をしている時が、今のブリーザにとって1番落ち着く時間なのだ。
食事はあっという間に終わり、外は真っ暗になった。ブリーザは寝る支度をする。
『ねえ、ブリーザ』
コロボックルが声をかけて来る。
「なあに?」
『いつまで人間たちと暮らすつもりなの?』
「ずっとだよ」
『あんなにイジメられるのに?』
「パパとママが残した家だもん」
『苦しくないの?』
「もう慣れたからね」
布団の中に入り微笑む。
慣れというのは恐ろしいという人もいる。しかし慣れは人を強くするとブリーザは思っている。どれだけ辛くても、慣れてしまえば辛くも苦しくもなくなる。…善くも悪くも。
「さて、もう寝よう」
ブリーザはランプの火を消した。
村の者たちは、自分に合った仕事を選ぶ。
木材を使って家具を作る者や染め物をする者、特別な土を使って食器や花瓶を作る者もいる。畑を耕し稲を刈り酒を造る者もいれば、羊や山羊、牛を飼育してミルクやチーズを作る者もいる。大概は親の仕事を継ぐのだが、新たに仕事を始める者もいる。
ブリーザはと言うと、母がやっていた仕事である薬作りを受け継いでいる。森に自生している薬草や木の実を使って薬を作っている。コロポックルも薬作りを手伝ってくれている。薬草を乾燥させ、木の実をすり潰し、出来た薬を小瓶に詰めるのだ。
薬作りに欠かせない大きな鍋。これも母親が使っていた鍋だ。小さい頃、生前の母がこの鍋に薬草を入れてひたすら煮込んでいたのを覚えている。そんな母の足にしがみついてよく困らせていた。
薬は村の医者の所に持って行く。医者をしているのは、ヴィッスンと言う老人。
ヴィッスンは村一番の知識人である長老だ。彼の発言はいつも説得力があり、村長でさえ反論は出来ない。
ヴィッスンはブリーザが薬を持って来ると、渋い顔をしてそれを受け取る。やはり精霊の血を引いていると言うのは俄には信じ難いのだろう。しかし村の薬屋はブリーザしかいない。ブリーザに頼るしかないのだから仕方がないのだ。
父は木材を使って家具を作っていた。余った木材を使ってよく人形を作ってくれたものだ。膝の上にブリーザを乗せて、昔話を聞かせてくれた。村人たちが戯れ言だと言って嘲笑う神話などをよく話してくれた。
王国時代の話しやその時代の村の話し、そして王国が滅亡し村が侵略された話し、そして村から侵略者がいなくなった後の復興の話しなど…
母がシルフィードだと信じる様になったのは、父の話しや森でよく母の仲間たちが遊んでくれたからだ。今の村が王国時代の時程繁栄していないのは、村人たちの太陽神フレイに対する信仰心が脆弱になってしまったからだと教えてくれた。
『例え目に見えない神であっても、太陽神フレイに対する感謝の気持ちや信仰する心を失ってはいけないよ』と教えられた。だから毎日夕方になり太陽が沈む頃、太陽に向って祈りを捧げている。太陽の恵みがあるからこそ、木々に木の実が実り薬を作る事が出来るのだ。窓からその日に出来た薬を捧げて、太陽神フレイからの恩恵に感謝する。両親が生きている時からの習慣だ。
今日も薬作りを終えて夕飯を食べ終えると、ベッドに潜り込む。
今日ヴィッスンの所に行った時に、鎮痛剤が足りないと言っていた。明日は鎮痛剤を沢山作っておこう。
そう思いながら眠りについた。
パチパチッ
パチパチパチッ
『ブリーザ!起きて!ブリーザ!』
耳元で声が聞こえる。
「ん…なぁに…?」
ブリーザは目を擦る。そしてきな臭さに気が付いた。
「…ん?何か焦臭い…」
『火事よ!逃げないと!』
コロボックルたちの声でハッとして起き上がった。一面は火の海だった。
「大変!」
ブリーザは着の身着のままで外に逃げた。火は家全体を包み、飲み込んで行く。
「…ランプは消したし、暖炉も点けてなかった」
ブリーザは冷静に考える。
『…家の外に人の気配がしたの。直ぐに気配が消えて、そのすぐ後に火が回ったの』
ブリーザの肩に乗っかっていたコロボックルが言う。
「誰かが火をつけたか…」
「…感が良いな。その通りだ」
声が聞こえて振り返ると、そこには日中にブリーザをイジメた男の子たちがいた。
「どうして…」
「だってお前って風の精霊の子供なんだろ?じゃあ、家なんか必要ないじゃん」
男の子は悪びれもなく言う。ブリーザは唖然とした。
「…その通りだな」
1人の男性が近づいて来た。
「村長…」
「父ちゃん!」
「確かに君に家なんて『宝の持ち腐れ』、『無用の長物』だ。」
村長は息子の頭を撫でて言う。
「君は『悪魔の森』で暮らすのがお似合いなんじゃないのかな?その方が君も幸せだろうし、こっちもありがたい。」
「…出て行け、という事ですよね」
「正しく解釈してくれて助かるよ」
村長は微笑んだ。
「ならば、ちゃんと言ってくれたら…」
「そんな面倒な事、する分けないだろ。君と違って、私は忙しいんだからね」
話しても無駄なようだ。ブリーザは黙って焼け落ちる家を見つめた。
夜が明けた頃、火は燃えるものをなくして消えた。焼け跡をブリーザは歩き回る。
『あのガキ共…!絶対に許さない!』
コロボックルは怒りをあらわにする。
「怒らないの」
『一歩間違えたらブリーザまで焼け死んじゃう所だったじゃない!』
「とりあえず無事だったんだし、いいじゃない」
瓦礫を避けて掘り起こすと、その下から1つのネックレスが出て来た。木で出来たビーズを連ねて作られたネックレス。それがこの大火事の中、無傷であったのは奇跡だろう。
「…ママの…」
ブリーザはネックレスを手に取った。
『ブリーザ…』
「…よかった。これだけでも無事で…」
ネックレスを首にかけた。トップは胸の真ん中当たりに落ち着く。
「…行こうか」
ブリーザは焼け跡を出て行く。
「どこに行くんだ?」
男の人が話しかけて来た。
「ヴェント…」
ブリーザはその姿に驚きもせず言う。
ヴェントは村長の長男で、ブリーザの幼馴染みでもある。ブリーザがイジメられているのを見つけたらよく庇ってくれた。
「『悪魔の森』。あそこなら食べるものは困らないし、何とかなるでしょ」
「無茶だ。あの中で道に迷ったら死んじまうぞ」
「この村に留まっても同じ事だよ」
ブリーザはそう言って森の方に歩いて行った。
「ブリーザ…!」
ヴェントはブリーザの腕を掴む。
「もしも親父に何か言われてるなら、俺が何とかしてやる。だから…」
「そんな事をしたらお父様との仲に亀裂が出来るでしょ?お父様とお母様は大切にしなきゃ、ね?」
「ブリーザ…」
「…元気でね」
そう言って立ち去ろうとするブリーザをヴェントは放した。
遠巻きに様子を見ていた近所の住民はヒソヒソと話している。
『…彼奴ら…!』
コロボックルは怒りを抑えられないようだ。
「止めなさい」
ブリーザはそう言って森の中に入って行った。
もう二度と、この村には戻って来る事はないだろう。