第八話 「十年前」
「大きくなったら、また迎えに来るから。だから待ってろ」
あなたは誰?
「久しぶりに夢を見たな」
桜は目覚ましの音で目を覚ました。
「おはよう、お兄ちゃん。相変わらず早起きだね」
「おはよう。早起きは気持ちいいからな」
桜が自分の部屋を出て、洗面所に行くと兄である杏太郎が歯磨きをしていた。
杏太郎はパジャマではなく着替えも終わっているようだった。
「お姉ちゃんは少しでも長く寝たいって言ってるのに。双子でも似てないよね」
「俺はあいつと双子であることを一生認めない」
杏太郎は歯磨きを終え、桜に洗面台を譲った。
「でも、仲良しだね」
杏太郎は照れたのか何も言わずに洗面所から出て行った。
「おはよう。相変わらず、二人とも早起きだね」
桃は眠そうな様子でリビングに来た。桜と杏太郎は椅子に座り朝食を食べ始めていた。
「おはよう、お姉ちゃん。朝ごはん出来てるよ」
「ありがとう。桜みたいなお嫁さんが欲しいわ」
桃は桜を抱きしめた。テーブルの上にはハムエッグとサラダ、パン、ヨーグルトが綺麗に盛り付けておかれていた。
「桜はお前の嫁じゃなくて妹だぞ。姉としてのプライドは無いのか」
杏太郎は椅子に座り朝食を食べながら、呆れたように桃を見ていた。
「だって、桜の作るご飯は美味しいもの」
「お母さんの料理には負けるけどね」
桜たちの両親は二人とも海外での仕事が多く、家を留守にしがちであった為、兄妹三人で家事を分担してきた。
「二人とも今はどこにいるんだっけ?」
桃が椅子に座りながらたずねた。
「カナダ。今朝、エアメールが届いた」
「良いなー。休みが取れたら三人で遊びに行こうよ」
「それは良いが早く食べろ。遅刻するぞ。社会人」
「もう、こんな時間。急ごう」
桃は慌てて朝食を食べはじめた。
「社会人は大変だね」
「計画性がないだけだろう」
桜と杏太郎はデザートのヨーグルトをのんびりと食べていた。
「お前の両親、今はカナダにいるんだな」
登校後、桜は春之助に両親からのエアメールを見せていた。
「うん。仕事も順調みたいだよ」
「良かったな。でも凄いな。杏太郎さん達が成人した途端に海外で仕事を始めるなんて」
「お兄ちゃんたちが成人したし、もう大丈夫って思ったみたい。私も義務教育は終わったからね」
「俺の家にもおばさん達から連絡来てたぞ。何かあればよろしくって」
「そうなんだ」
桜は嬉しそうに笑っていた。
「ところで何を調べてるの?」
「行方不明事件。」
二人は放課後に図書館に来ていた。桜が本を返しに来た際に春之助を見つけたのだ。
「バイト先で最近、行方不明事件について調べてる人がいて力になりたいと思って」
「どんなバイトしてるの?」
「えっと、まぁ、相談にのる仕事だな」
(しまった。確かに怪しいバイトみたいに思われるよな)
春之助が慌てて言い訳を考えていたが桜はそれ以上、聞こうとしなかった。
「十年前だと私達が小学校に入学したばかりの頃かな」
「そうだな。懐かしいな」
「行方不明事件なんてあったかな。新聞に掲載されそうだけど」
「見当たらないんだよな。そろそろ、バイトの時間だから諦めるよ。ありがとな」
桜は春之助と別れ自宅への帰路についた。
「十年前のこと流石にあまり覚えてないな。迷子になってお母さんやお兄ちゃんに凄く怒られたことはあった気がするな」
(普段、怒らないお兄ちゃんに怒られたのは印象的だったな)
カァー カァー
烏が電柱にとまり鳴いていた。
「びっくりした。なんでこんなに沢山の烏が集まってるんだろう」
「十年ぶりだな、我が花嫁」
「疲れた」
辺りは暗くなっていた。
「バイト帰りか?」
春之助がバイトを終え、自宅に帰ろうとしていると杏太郎に声をかけられた。
「そうだよ。杏太郎さんも今が帰り?」
「まあな。お前、こんな時間までバイト大変だな。どこでバイトしてるんだ?」
「接客業的な感じかな」
「曖昧な答えだな」
目をそらす春之助を見て杏太郎は深く追及はしなかった。
「ところで、杏太郎さんは行方不明事件に覚えがある?」
「話をそらしたな。行方不明事件と言われてもな。最近の話か?」
「いや、だいたい十年前くらい」
「行方不明事件と言えるほどではないが、桜が迷子になって帰ってこなかったことがあったな」
「桜が?」
春之助が驚いた顔で杏太郎を見た。杏太郎は困ったような顔で続けた。
「十年くらい前に桜が遊びに行って帰ってこなくなった。それが次の日の朝になって家に帰ってきた」
「そんなことがあったのか」
その時は大変だったんだぞと杏太郎は苦笑した。
「お前の家にも行ったけどその日、お前は熱を出して家で寝てたんだよ。お前の家にも居なくて家族で大騒になって探した。帰ってきて安心したけどな。お前、どうした?」
真っ青な顔をしている春之助を杏太郎が心配そうに見た。
「桜はその時のことを覚えているのか?」
「覚えてない。どこで何をしていたのか分からないと言っていた」
「ごめん。俺、用事を思い出した」
「おい、待て」
杏太郎が引き留めたが春之助は振り返ることなく相談屋へ走って戻っていった。
「どうした。忘れ物か?」
息を切らしながら相談屋に戻ってきた春之助を神楽が不思議そうに見た。
「さ、さくら」
「桜の花がどうした?」
管狐は心配そうに春之助の足にすり寄った。
「桜だったんだ。俺の幼馴染。俺の幼馴染が十年前に行方不明になってたんだ」
神楽は真剣な顔をすると、落ち着いて詳しく話せと店の中に招き入れた。
「桜の兄貴から聞いたんだ。十年前に一晩、帰って来なくなって次の日の朝に帰ってきたんだ。でも記憶が無くなってて」
「落ち着け。話は分かった。神隠しの可能性は高いな。その幼馴染と連絡は取れるか?」
「すぐに連絡する。あれ、桃さんからの不在着信がはいってる」
春之助は嫌な予感がしてすぐに連絡をした。
「もしもし、桃さん?」
「春、春、大変なの。今、桜と一緒にいる?」
桃は慌てた様子ですぐに電話に出た。
「俺、バイト先で一人だけど。桜がどうしたんだ?」
「桜が帰ってきてないの。連絡も繋がらなくて。どうしよう」
「ここ、どこだろう?」
桜が目を覚ますとそこは室内のようだが、大きな木が生えて、枝には烏がとまっている不思議な空間であった。
「目を覚ましたか、花嫁。」
黒髪、金の瞳で背中に黒い翼を生やした男が木から飛び降りてきた。
「迎えにきたぞ。準備は出来ている。祝言をあげよう」
お読み頂きありがとうございます。
次回からやや恋愛要素が強まります。