第七話 「神隠し」
「毎日、バイト忙しそうだね」
放課後、桜が心配そうに春之助を見つめた。
「だいぶ、慣れてきたし平気だ」
「私もバイトしようかな。働いてみたいし」
「別に無理にするものでもないだろう」
「働くのも社会勉強かなと思って。お姉ちゃん毎日、残業大変って。私、ちゃんと働けるか心配になって」
桜の姉、桃は今年の春から公務員となった。子どもが好きであり夢であった保健師となり務めていた。
「この前も職場から電話がかかってきてたな。大変だな。」
先日、三人でカフェに行った際も仕事場からの電話対応をしていた。
「虐待とかが怒ると大変みたいで帰るのも遅いの。お兄ちゃんも研究で忙しいみたいで帰るの遅くて心配」
桜は寂しそうに俯いた。
「それでお前までバイトしたら余計に会える時間が短くなるだろう。二人が帰ってきたら労ってやれば良いだろう」
「そうだね。ありがとう」
「杏太郎さんは大学で何の研究してるんだ?」
「民俗学だよ。妖怪とかの研究してるの」
「どうした、管狐?」
相談屋に着くと突然、管狐が春之助を守るように前に現れ、姿を大きくし威嚇するように鳴いていた。春之助が宥めようとすると店の奥から誰かが来る気配がした。
「落ち着け、管狐」
「立派な管狐だな。主を守ろうとしているのだな」
店の奥から姿を現したのは店主である神楽と黒い翼を背に持った山伏装束で大柄な男が現れた。男は顔の上半分は面で覆われおり、表情は口元でしか読み取れなかったが敵意は感じられなかった。
「驚かせてすまないな。先ほど、相談屋に依頼する際に嫌なことを思い出して殺気がでてしまったやもしれない」
男は面目ないと管狐に詫びを入れていた。
「あんたも依頼者なのか?」
「相談に来たという意味では依頼者だな。神楽殿、もしなにか分かれば連絡を頼む」
「承知しました」
さらばと言うとともに男は風と共に姿を消した。
「今の妖怪はなんだったんだ?」
「店にあがれ。話はそれからだ」
「さっきの妖怪は烏天狗だ」
「やっぱり」
「なんだ。気が付いていたのか」
「気が付いたというか」
(あの姿で烏天狗以外は思いつかなかったというか)
「依頼というほどではなかった。最近、行方不明事件はなかったか確認に来られた」
「行方不明事件?」
「先ほど、来られたのは烏天狗の長である伊吹殿だ。その息子がどうも姿をくらませているそうだ」
「それと行方不明事件のなにが関係してるんだ?」
「十年前にもその息子が神隠しを起こして問題になったそうだ」
「問題ってなにがあったんだ?」
神楽はため息をついてから話した。
「神隠しで連れ去った少女を花嫁にすると言ったそうだ」
「そんなこと出来るのか」
「まぁ、無理ではないが。烏天狗の長の息子が人間を花嫁にするなんてと猛反対にあったそうだ。その後、十年かけて頭を冷やさせるために山に閉じ込めていたそうだ」
「山に十年閉じ込めるってなんだよ」
(この前の豆狸と言い妖怪の時の流れのズレはすごいな)
「結局、下山した途端に行方不明で恐らくまた神隠しを起こす気だろうから注意してほしいと警告に来られた」
「盛大な親子喧嘩か?」
「それで済めば良いが」
春之助からすれば未知の世界であった。最近は妖怪にも慣れてきたが妖怪と人間が一緒になることができるというのは信じられないことであった。
「今までも妖怪と人間が一緒になったりすることはあったのか」
「愛することに性別が関係ない時代だ。種族とか人であるかは些細なことだ」
春之助は些細な事ではないと言おうとしてやめた。神楽が真剣な顔をしていたからだ。春之助が黙ると神楽はふっと笑いからかうように言った。
「お子様のお前にはまだ、はやい話だったな」
「こども扱いするな」
「今日新しい依頼はない。最近、お前の負担も増えてきていたからな。今日は帰っていいぞ」
「妖怪と人間の恋なんてあるのか」
春之助は相談屋を出て自宅に帰りながら考えていた。
(確かに、同性結婚や国際結婚もあるけど。レベルが違うよな)
「妖怪がどうした?」
突然、背後から声をかけられ春之助は驚きの声を上げた。
「びっくりした。杏太郎さん、久しぶり」
声の主は桜の兄で、桃の双子の兄である杏太郎であった。
「姿が見えたから声をかけようとしたら妖怪がどうとか呟いていたな」
「聞き間違いだろ。妖怪なんて空想上のものだろ」
春之助が笑ってごまかそうとすると杏太郎は真剣な顔で否定した。
「妖怪は存在する」
「杏太郎さんが妖怪を信じるなんて意外だな」
「いろいろあったからな。もし、なにかあれば相談しろ。もう暗くなるから早く帰るぞ」
辺りは暗くなり始めていた。
「ここまで長かった。やっと彼女に会える」
烏が一羽、飛び立った。
お読み頂きありがとうございます。
子育て中の烏は怖いそうです。
私の友人は頭を攻撃されたことあるそうです。
皆さん、気を付けてください。