第六話 「豆狸」
「珍しいね。春君がスイーツに興味を持つなんて」
桜が珍しそうに春之助を見つめた。
「甘いものは嫌いじゃない」
「そんなこと言って。私が誘っても来てくれなかったのに」
桜の姉、桃が笑いながら言った。
今日は、桃が車を出して隣町にあるカフェを目指した。
「杏も誘ったんだけど、大学院での研究が忙しいって振られちゃったのよね」
「おいしそうなパフェにケーキもたくさんあるから楽しみ。春君は何を食べるか決めたの?」
普段の春之助ならば、この姉妹とカフェに行こうとすることはなかったが、相談屋の依頼の関係もあり、行くことに決めたのだった。
遡ること数日前。
「今日の依頼はなんだ」
「今日の依頼は、河童がなくした皿を探す依頼だ。お前だけで問題ないだろ」
「最近、俺一人での依頼が多くないか」
春之助が不満げな顔で神楽を見たが神楽はどこ吹く風であった。
「俺の時給の値上げの要求を行う。もしくは管狐の時の借金をチャラにしろ」
「知るか」
「ふざけんなよ。聞けよ」
春之助が不満を言おうとすると同時に来客が現れた。
「相談屋はどこだ。喰ってやる」
現れたのは山男同様に大きな体の一つ目の鬼だった。
「お前が相談屋か」
鬼は春之助の姿を見つけると睨みつけながら言った。
「お、俺はちが」
「そうです。こいつが相談屋の店主です」
「ふざけんな」
神楽は心のこもらない声で一息に言った。
春之助が叫び声を上げかけると春之助のポケットから姿を現した管狐が鳴き声を上げると同時に青い炎が鬼を包んだ。
鬼は悲鳴を上げると同時に姿が縮んだ。
「なんだ、小さくなった」
春之助が鬼だったものの姿を持ち上げると目を回した狸の姿があった。
「豆狸だな」
春之助は豆狸を不思議そうに見つめた。
「さっきの鬼は、なんだったんだよ」
「豆狸は化かすのが得意だからな。姿を変えるくらい簡単だ」
管狐が怒ったように鳴きながら豆狸を威嚇した。
「痛いのだ。いきなり何をするのだ」
目を覚ました豆狸が不機嫌そうに言った。
「いきなり襲ってきたのはお前だろう」
春之助が豆狸の首をつかみ持ち上げた。
「離すのだ。俺が小さいからって馬鹿にしたら許さないのだ」
神楽が放してやれと言いながら豆狸に話しかけた。
「部下の無礼をお詫びします。ようこそ、相談屋へ。お客様のご相談はなんでしょうか?」
「友人に会いたいのだ」
豆狸は神楽の対応に満足したらしく、嬉しそうに話し始めた。
「友人とは妖怪ですか」
「違うのだ。人間なのだ。随分昔に仲良くなった友人と会いたいが、どこにいるのか分からないのだ」
「その友人を探して欲しいというのが依頼ですね」
「そうなのだ」
豆狸は座敷童の用意したお茶菓子を頬張りながら話した。
「友人の特徴は分かりますか?」
「黒い髪に黒い目なのだ」
「日本人の過半数がその特徴を持ち合わせてるぞ」
春之助は呆れたように答えた。
「うるさい。今、思い出そうとしているのだ。」
豆狸は怒りながら叫んだ。
「落ち着かれてください。良ければ新しいお菓子をご用意しましょうか」
「それなのだ。甘いものだ。あいつはいつも甘い匂いをさせていた。家でお菓子を売っていると言っていたのだ」
豆狸は思い出したと嬉しそうに答えた。
「お菓子屋ですか。随分絞れましたね。他には名前などは記憶にありませんか」
「名は柚季なのだ。人間のくせに木登りが得意でよく山で一緒に遊んだのだ。」
「柚季って名前でお菓子屋の娘でお間違いないですか?」
「間違いないのだ。一刻もはやく会いたいのだ。」
「もう少し、特徴はありませんか。お店の場所など分かればより見つけやすいのですが」
「店の場所は隣町だと言っていたのだ。隣町でお見せを開くために引っ越してしまって会えなくなったのだ」
「隣町のお菓子屋で柚季」
春之助は聞き覚えのある言葉に必死に記憶を探った。
(なんか最近、聞いたことがある気がする)
「思い出した」
春之助は慌ててカバンから雑誌を取り出した。雑誌の表紙にはスイーツ特集と書かれていた。
「幼馴染の姉から貰ったんだよ。最近、気になるカフェが隣町に出来て行ってみたいって」
雑誌をめくっていくと“ゆずの樹”と言うカフェのページがあり、オーナーへのインタビューも掲載されていた。インタビュー記事にはオーナーである女性の写真も掲載されていた。
「柚季に似ているのだ」
「なら、お前が探している柚季ちゃんの母親の可能性があるぞ」
「すぐにこのカフェに向かうのだ」
「お待ちください。1つ確認ですが貴方は柚季様に会ってどうしたいのですか?」
神楽が豆狸に尋ねた。
「最後に会った日に約束したのだ。その約束を果たす準備ができた。だから会いたいのだ」
「なんで、俺が連れて行くんだよ」
春之助は不服そうに神楽に訴えた。
「幼馴染に誘われていたのだろう。ちょうどいいだろう」
「俺はあんな女子しか行きそうにないカフェに行きたくない」
「安心しろ。俺もだ」
「ふざけんなよ」
「下働きはおとなしく働け」
こうして、春之助は桃桜姉妹と依頼主である豆狸とカフェ“ゆずの樹”に向かうことになったのだ。
「もうすぐ、着くわよ」
運転手である桃が後部座席に座る2人に声をかけた。
「ありがとう、お姉ちゃん」
「運転どうも」
カフェは古民家を改築したデザインで女性客やカップルが多くいた。
「人が多いね」
「雑誌に掲載されたばかりだからね」
窓際の席でいいかしらと桃に促され、桜と春之助が席に着いた。
「何にする?」
「季節のパフェは食べたいな。後はフルーツパンケーキも気になる」
桜は真剣にメニュー表を見ながら悩んでいた。
「お水どうぞ」
小学校低学年と思われる女の子が人数分の水を持ってきた。緊張しているようで声が僅かに震えていた。
「ありがとう」
(お店の子どもが手伝っているのか)
「君、名前は?」
「ちょっと、春。そんな小さい子に声かけてロリコンて奴だったの?」
春之助が少女に声をかけようとすると桃がからかうように言った。
「違う。」
「慌てちゃって可愛いわね」
(遊びやがって。だからこの人と出かけるのは嫌なんだ)
「お姉ちゃん、春君で遊ばないで。お水、ありがとう」
桜が少女にお礼を告げると少女はぺこりとお辞儀をするとお店の奥に戻っていった。
「春君も急にどうしたの」
「別に、なんとなくだよ」
桜が春之助を不思議そうに見つめた。春之助は後ろめたそうに顔をそらした。
「ねぇ、春。あんたの鞄の中身はなにか聞いてもいい?」
「急になんだよ」
桃が怪訝な顔で春之助の鞄を見つめていた。
「なんか、鞄が動いたように見えたのよね」
「トイレに行ってくる」
春之助は慌てて鞄を持ってトイレに駆け込んだ。後ろから桃が待てと叫んだ気がしたが聞こえなかったことにした。
「柚季の声に似た声が聞こえたのだ。柚季のにおいもしたのだ」
トイレに着くと鍵をかけてから鞄から豆狸を出してやった。
「お前な、鞄の中で暴れんなよ」
「柚季に会えるのだ。落ち着けないのだ。やっと会えるのだ」
豆狸には春之助の声が聞こえていないらしく興奮していた。
「でも、どうやって会うんだよ」
「昔、遊んだ時みたいに人間に化けるのだ」
言うと同時に豆狸は煙に包まれ、人間の少年に姿を変えた。
「便利だな。変化ってやつか」
「そうなのだ。これで準備はばっちりなのだ。柚季に会いに行こう」
「待てって。まずは柚季ちゃんを呼んでくる理由を考えないと」
「柚季がいたぞ」
豆狸が窓から外をのぞき込んでいた。先ほどの少女が帰っていくお客を見送っていたのだった。
「チャンスだ。行くぞ」
「分かっているのだ」
外には見送りが終わったであろう少女が一人でいた。
「柚季。会いたかったのだ。約束を果たしに」
豆狸は嬉しそうに少女に声をかけたが言葉は小さくなり最後には止まってしまった。春之助が心配そうに声をかけようとすると少女が驚いた顔で豆狸を見た。
「どうして、お母さんの名前を知ってるの?」
「柚季じゃないのだ。似てるけど違うのだ。」
「お母さんてどういうことだよ。別人なのか。君のお母さんは今どこに」
「柚花、どうしたの。見送りは終わったの?」
お店に戻らない娘を心配して母親と思われる女性が現れた。女性は黒目黒髪の清楚な女性であった。
「柚季なのだ。柚季、約束を果たしに来たのだ」
「あなたは柚花のお友達かしら?」
柚季はしゃがみ込み豆狸の目線に合わせて話しかけた。
「約束したのだ。柚季から貰った柚の種が育って柚の実を実らせたのだ。20年も掛かってしまったのだが立派な実が実ったのだ。だから届けに来たのだ。必ず実らして柚季に届けると約束したのだ」
豆狸の手には小さな柚が握られていた。
「まさか、最後に会ったのが20年前とは思わなかったぞ」
「人間と妖怪では時の流れの感覚が違うからな」
依頼を無事に果たした春之助は、後日相談屋にて神楽に事の顛末を話した。
豆狸と柚季が出会い、ともに過ごした日々は20年以上前の話であった。引っ越す日に宝物だと言って柚季が豆狸に渡したのが柚の種だった。
「私の名前の由来になった植物の種なの。育てたら柚の実がなるけど、種から育てるの難しいんだって。庭に植えたけど全然ダメだったの。残ったのはこれだけなんだけど特別にあげる」
「俺が育てるのだ。大きいな実を実らせるのだ。実がなったら届けに行くのだ。そしたらまた、遊ぶのだ」
「ごまかすの大変だったぞ。豆狸が20年前と変わらない姿じゃ怪しまれるし。20年前に遊んだ少年の息子ってことにしてごまかしたよ。桜たちにも怪しまれたし」
「なるほど。ご苦労だったな」
「もっと労わってくれよ」
「そういえば、今回の依頼の報酬で豆狸殿が取ってきた川魚があるぞ。座敷童に今、調理してもらっている」
「食べる」
管狐も嬉しそうに鳴いていた。
「豆狸もちょっと可哀そうだよな。柚季さんとまた遊びたくて毎日、柚子の木を育てたのに」
「そんなことないだろう。魚を届きに来た時に聞いたが最近は柚季殿の娘である柚花殿とよく遊ばれてるそうだぞ」
「そうなのか。そっか、良かった」
座敷童が作った焼き魚は、食欲をそそる柚の香りが漂っていた。
お読み頂きありがとうございます。
魚と柑橘系の組み合わせは結構好きです。