第五話 「山男」
「なんだ、この大量のおはぎは?」
春之助の前には山積みのおはぎが置かれていた。
「この前、依頼に来た小豆あらいの依頼料で貰った小豆で座敷童が作ったおはぎだ」
神楽はおはぎを食べながら答えた。
(管狐はおはぎを食べれるのかな)
春之助は疑問に思いながらも管狐が気になる様子で見ていたので一つ与えてみることにした。 時は夕刻。春之助は今日も相談屋に来ていた。
「お邪魔します」
相談屋の扉が開く音がすると聞き覚えのある声が聞こえた。
「豆腐小僧。久しぶりだな」
春之助は久しぶりの再会に笑顔で出迎えた。
「お久しぶりです」
豆腐小僧も嬉しそうに春之助に笑いかけた。
「お久しぶりです。今日のご相談はなんでしょうか?」
神楽が豆腐小僧に尋ねると、豆腐小僧はぺこりとお辞儀をした。
「この前は、父と母を見つけてくださり感謝しています。今日は私ではなく、私の友人の依頼なんです」
「別の方ですか?」
「一緒に店まで来たんですが、照れ屋なもので」
豆腐小僧は後ろを振り、返り声をかけた。
「お二人とも信用できる方ですから入ってきて大丈夫ですよ」
豆腐小僧が声をかけた方向からずしん、ずしんと歩く音が響いてきた。
「で、でかい」
足音の主は毛むくじゃらで体が大きく廊下が狭いらしく頭を少し下げた状態であった。
「狭い店で申し訳ありません」
神楽は動じることなく普段通りのセリフを口にした。
「ようこそ、相談屋へ。お客様のご相談はなんでしょうか?」
「は、初めまして。お、俺は山男です。と、豆腐小僧に悩みがあるならここに相談したらって紹介してもらって」
山男は見かけと違い、小さな声で自信のなさそうに口にした。
「貴方の相談したいことを教えて頂ければ必ず力になります」
「お、俺の住んでる山に最近登山する人間が増えた。そ、その登山した人がこれを落としていった」
山男は壊れ物を扱うようにして1枚のハンカチを取り出した。
ハンカチは鳥の刺繍が入った上品なものであった。
「も、持ち主は分かってる。お、俺は返してあげられないから返してあげてほしい」
神楽はハンカチを山男から預かりながら答えた。
「わかりました。依頼料は貴方の山で採れる山菜でお願いします。」
「なんで、俺は朝から登山してるんだ」
時刻は朝の7時。春之助は山男と登山をしていた。
落とし物の主は毎日、この時間に登山をしていると山男が確認していた。
そのことを聞いた神楽に命じられて春之助がこの依頼を受けることになったのだ。
「あんた、どうやってこの時間にハンカチの持ち主が登山するって知ってるんだ?」
春之助は純粋な疑問を尋ねた。
山男は顔を真っ赤にしながら答えた。
「と、登山客増えて山を荒らす人も増えた。で、でも彼女はいつもゴミを拾って、山をきれいにしてくれる。う、うれしかった。だ、だからいつも見てた」
「優しい人なんだな」
「そ、そう。す、すごくやさしい」
山男は自分が褒められたように嬉しそうな顔をしていた。
「やっと、着いた」
春之助は息切れしながらも山頂に着くことができた。
「は、はるのすけ。あ、あの人だ」
山男の指さす方向には女性が袋を持ってゴミを拾っている所であった。
「お、俺は邪魔にならないようにしてるから。は、はやくそれを渡してくれ」
「そんなに慌てなくても」
(山ガールっていうのかな。若く見えるけど30歳くらいかな)
彼女は1人で登山しているらしく周囲には人はいなかった。
黒く長い髪を一つに束ね、帽子をかぶり動きやすい服装で登山に適した服装をしていた。
「あの」
声をかけて春之助は後悔した。
(やばい。なんて言ってこのハンカチを渡せばいいんだ。)
「どうかしましたか?」
「えっと、あの、こ、これが落ちてて」
(もうどうにでもなれ。)
「あら、これ私のだわ。でも随分前に無くしてたの。登山中に落としてたのね」
女性は驚いた顔をしたが嬉しそうに受け取った。
「ありがとう。よく私のだってわかったわね」
「な、なんとなく。お似合いのハンカチだったので」
「本当、お気に入りのハンカチだから嬉しいわ」
女性はにっこりと微笑んだ。
「こんな時間に登山してる男の子は初めて見たわ。健康的で良いわね」
「俺は今日、初めて。あなたはよく登るんですか。それにそのゴミは?」
春之助の視線に気が付いた女性は手に持っていたゴミ袋を持ち上げて言った。
「これね。最近登山客が増えてくれたのは嬉しいけどマナーが悪い人が多くてね」
「なんで、そこまでするんですか」
春之助の問いかけに驚きながらも笑って答えてくれた。
「昔ね、山の神様に助けてもらったの。」
「神様?」
笑っちゃうでしょうと困ったように笑いながら彼女は話し続けた。
「子どもの時に、この山で迷子になって泣いてたらずしん、ずしんて音がしたんだ。音がする方を見たらどんぐりが落ちてたの。気になってどんぐりを拾っていったら両親に会えたんだ。不思議なんだけどね」
「じゃあ、その時の恩返しなんですか?」
「そうよ。山の神様が喜んでくれるか分からいけど」
「喜んでますよ。絶対。このハンカチもきっと神様が見つけてくれたんですよ」
春之助が必死に伝えると彼女はにっこりと笑った。
「ありがとう」
「あの、名前を聞いてもいいですか?」
「小鳥遊つぐみといいます。よろしくね」
「渡してきたぞ」
「み、見てた」
春之助がつぐみの元から戻ると山男が待っていた。
「迷子になったつぐみさんを助けたのって」
「そ、そんな昔のことは覚えてないぞ」
(しっかり覚えてるじゃないか)
「優しいんだな」
「か、彼女は本当に優しいんだ」
(つぐみさんだけじゃなくてあんたもって意味だったんだけどな)
「今日も山を綺麗にするぞ」
つぐみがいつものように山に行くと、どんぐりが落ちていた。
どんぐりは1個、1個道を示すように落ちていた。
「なにかしら?」
つぐみはどんぐりを拾いながら進んでいった。
「あら、素敵な贈り物ね」
道の先には籠いっぱいの山菜が入っていた。
「山男の手に入れた山菜で座敷童が山菜ごはんを作ったぞ」
春之助の前には出来立ての山菜ごはんが置かれていた。
「いただきます」
本日も妖怪相談屋開業中である。
お読み頂きありがとうございます。
登山好きなので書いてて楽しかったです。
登山の際はマナーは守りましょう。