第四話 「豆腐小僧」
「相談屋はこちらですか」
相談屋の玄関には着物姿で頭に竹の笠をかぶって、丸盆を持ちその上に紅葉豆腐を乗せて立っている少年がいた。
「妖怪なのか」
春之助が神楽に少年に聞こえないようにそっと確認した。
「豆腐小僧だな」
神楽はゆっくりと豆腐小僧に近づき、決まり文句を口にした。
「ようこそ、相談屋へ。お客様のご相談はなんでしょうか?」
「父上に何かあればここを訪ねるように言われていたのです」
お店に案内された豆腐小僧は椅子に座り、俯きながら答えた。
(妖怪にも家族がいるんだな)
春之助は不思議そうに豆腐小僧を見つめた。
豆腐小僧は5歳程度の子どもが着物を着ているようにしか見えなかった。
「何かあってここを訪れたのですね。なにかを教えてもらえますか」
神楽は豆腐小僧の正面の椅子に腰かけ話していた。
暫くの間、沈黙が続いた。
同席していた春之助は沈黙に耐えかねた時だった。
豆腐小僧が小さな声で囁いた。
「迷子です」
「は?」
神楽も予想外であったらしく素っ頓狂な声を上げた。
「迷子です。父上も母上とも会えないのです。一緒に探してください」
豆腐小僧は泣き出していた。
「落ち着かれましたか?」
「ごめんなさい」
神楽がハンカチを差し出すと豆腐小僧は受け取りそのまま涙をぬぐい、鼻を噛んだ。
「父上と母上を探し出してもらいたいのです。お願いします」
豆腐小僧がぺこりとお辞儀をした。
「わかりました。依頼料は貴方の選ぶ美味しい豆腐をお願いします」
神楽は、春之助をちらりと見つめてから続けた。
「今回の依頼は私の弟子である春之助が引き受けます」
「貴方は神楽殿の弟子だったのですね」
春之助と豆腐小僧は、豆腐小僧の両親を探すために町内を歩いていた。
「まあな」
(ふざけんなよ。なんでこんなことに。いつの間に俺が弟子になったんだよ)
春之助は釈然としないままであった。
今回の依頼を神楽に任せられ、春之助は反発したが認められずに店から追い出されたのだ。
「なんで、俺なんだよ」
「この程度の依頼は1人でしろ。店にいても見つからないんだ。探しに行ってこい」
神楽が言うと同時に店から追い出されたのだった。
(絶対に豆腐小僧の両親をみつけて吠え面をかかせてやる)
「ところで、お前の父親と母親ってことは妖怪で良いんだよな?」
「もちろんです。妖怪によっては人の思いから誕生する場合もありますが」
「人の思いから?」
豆腐小僧は頷きながら話を続けた。
「付喪神が代表的です。捨てられた道具の恨みや大事にしてもらった道具の強い思いから妖怪になります。それらの妖怪の生みの親は人間といえるでしょう」
「なるほどな」
(俺は妖怪について知らないことばかりだな)
「説明ありがとう。お前の両親を探すんだから両親の特徴を教えてくれるか」
「父親は背が高くとても大きいです。母は美しい首をしています」
豆腐小僧は両親の自慢をするように得意げに話をした。
対して春之助は複雑な顔をしていた。
(でかい妖怪ときれいな首をした妖怪ってどんな妖怪だよ)
「父はすごい妖怪です。母も首の美しさでは横に並ぶものはいません。二人とも素晴らしい妖怪です」
豆腐小僧は春之助の表情に気が付かずに得意げに話を続けた。
「両親のことが大好きなんだな」
「はい。尊敬しているんです。いずれは二人のような立派な妖怪になります」
(俺も父さんみたいになりたいと思った時期があったな)
「貴方のご両親はどんな方なんですか?」
「母さんは1人で俺を育ててくれた立派な人だよ。父さんは昔から体が弱くて俺が幼いころに死んだよ」
(父さんは優しい人だったけど、家か病院のベッドで寝ている姿の思い出が殆んどだな)
「立派な息子を持たれてお父様は幸せでしたね」
「俺は立派ではないぞ」
春之助は自嘲気味に豆腐小僧を見た。
「立派です。我々、妖怪を差別なく見てくださり力を貸してくださる。」
豆腐小僧の言葉に照れながら目をそらした。
「そういうことはお前の両親を見つけ出してから言ってくれ」
「見つからない」
春之助と豆腐小僧は公園のベンチに腰かけていた。
町内を探しまわるも妖怪探しのため聞き込みはできずただ、ひたすら歩いて探していたのだ。
(そもそも、どうやって探せばいいんだよ)
「なんか、妖怪センサーとかないのかよ」
「父上と母上に捨てられてしまったのでしょうか」
豆腐小僧は一見、大人びて見えるが子どもであることに変わりない。
今にも泣きそうな顔をしていた。
「そんなことないからもう少し探そう」
春之助が立ち上がろうとした時、突如目の前に青い光が現れた。
「なんだ、これ」
「狐火です」
青い炎が消えるとそこには管狐が現れ、春之助にすり寄った。
「どうしたんだよ、お前」
管狐を春之助が抱きしめようとすると管狐は離れていったかと思うと突如、大きくなった。
春之助より大きく、大型犬というより車と同じサイズ程度であった。
管狐は春之助の首元を銜えたかと思えばそのまま、春之助を自分の背中に投げ乗せた。
「うわっ。なんだよ。てかふわふわだな」
「この大きさの管狐は初めて見ました」
豆腐小僧が管狐によじ登りながら言った。
「俺もびっくりだよ」
豆腐小僧が管狐の背に乗ると管狐は立ち上がり走り出した。
そこから先のことを春之助は後にこのように語った。
(安全ベルト無しのジェットコースター)
「相談屋に連れて帰ってくれたのですね」
豆腐小僧は慣れた様子で管狐から降りたが春之助はぐったりとしており動けない様子であった。
「おや、戻られましたか」
相談屋から神楽が現れた。
「よかった。貴方が相談屋を出た後であなたに会いたいという依頼がありましてね」
「私に会いたいですか?」
「豆腐小僧」
相談屋の中から走って二人の妖怪が現れた。
「父上、母上」
豆腐小僧は泣きながら二人に向かって走り出した。
「つまり、どういうことだ」
春之助が管狐に乗ったまま顔だけ挙げて神楽に尋ねた。
「見ての通りだ。お前が出てしばらくして二人から息子を探して欲しいと依頼があってな。管狐にお前らを迎えに行かせた。今日の働き者は管狐だな」
管狐は嬉しそうに鳴いた。
「事情は察したけどあの妖怪って」
父上と呼ばれていた妖怪はどうやって相談屋に入っていたのかと思うほど巨体の妖怪であった。
母上と呼ばれた妖怪は首が美しいというより長く。豆腐小僧の体に首が何重にも巻き付いていた。
「見越入道と轆轤首だ」
「似てないだろ。見つけられるか」
「似てないというか、あの両親からなぜ豆腐小僧が生まれるのか俺にもわからん」
春之助はがっくりとそのまま管狐のふわふわな毛皮に包まれて寝てしまった。
「これ、なんだ」
春之助が目覚めると朝になっていた。幸運なのは昨日が金曜日で今日が土曜日で休日であったこと、母親が夜勤で今から帰れば母親に外泊したことがばれないことであった。
春之助の目の前には豆腐とお茶が置かれていた。
「豆腐は豆腐小僧からだ。お前に礼を言いたがっていたがお前が寝ていたせいで言えないのを残念がっていたぞ」
「そっか」
(俺も、もっと話したかったな)
「お茶は座敷童からだ」
「へー」
春之助はのんびりとお茶を口に含み飲み込もうとして噴出した。
「座敷童がお茶を入れてくれたのか」
「汚いぞ。せっかく入れてもらったお茶になんてことをしてるんだ」
「俺を認めてくれたってことなのか。なんで、俺は何もできてないのに」
「豆腐小僧はお前のお陰だと言っていた。それが答えだろ」
神楽は食べたら帰ろと言い残すと部屋から出て行った。
春之助は豆腐を、一口食べた。
これまでに食べた豆腐の中で一番美味しい豆腐であった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
最後までお付き合い頂ければ幸いです。
登場人物も徐々に増えていきます。