第一話 「管狐」
どうしてこうなったんだろう。
この選択は間違いだったのかもしれない。
それでも自分の選択に後悔はない。
「相談屋、今日の掃除当番代わってくれよ」
時刻は放課後。
相談屋と呼ばれた少年、春之助は帰宅しようとした矢先に声を掛けられ、振り返った。
そこには頼むと言わんばかりに顔の前で手のひらを合わせたクラスメイトがいた。
「毎度あり。1回100円な」
「おう。頼んだぞ」
クラスメイトは待ってましたとばかりに100円玉を春之助に渡すと帰っていった。
「また依頼を受けてる」
「俺の勝手だろう」
クラスメイトの天若桜が心配そうな顔で声をかけてきが春之助は振り返ることなくそっけなく答えた。
天若桜は春之助の幼馴染であり家族同士も仲が良く、保育園からの付き合いだ。
桜はテストは常に上位に入り、怒ったことがないとクラスメイトには思われるほど穏やかな性格で整った容姿であることもあり男女の憧れであった。
「人の手助けをするのは良いけどいつかトラブルに巻き込まれないでね。」
春之助は学校で「相談屋」をしている。
「相談屋」はどんな依頼でも1回100円の依頼料で引き受ける。
「どうせ、大した依頼なんて来ないから問題ない。」
実際、春之助が引き受けてきた依頼は掃除当番の代わりや課題を代わりに行うなどの依頼だ。
「相談屋、私の彼氏役を演じなさい」
突然、甲高い声が響いた。
「トラブルは控えてね」
「・・・・・・努力する」
先ほどの声の主、隣のクラスの御影里奈。桜と同じく整った容姿と評判ではあるがタイプは真逆である。気が強く女王様のような雰囲気がある。
彼女は最近、他校の学生と付き合うようになったが一昨日、別れたばかりだ。だが、別れた彼氏から復縁を迫られ困っていたため相談屋に依頼に来たのだ。
「つまり、俺とあんたが付き合い始めたふりをして彼に復縁を諦めて欲しいってことか」
「そうなの。彼、私のことを好きすぎて気持ち悪くて。今日も校門の前で私が出てくるのを待ってるの。」
「えっ」
春之助と桜は同時に声を上げていた。
「ストーカーじゃないか。警察に相談すべきだ」
「大げさよ。あなたが彼氏役をしてくれたら解決するから問題ないでしょう。引き受けるわよね」
御影里奈は有無を言わさぬ笑顔でにっこりと微笑んだ。
「お疲れ様、春君」
依頼を終えてぐったりとしながら、桜とともに春之助は帰路についていた。
「まじで、なんであんな性格悪そうな男と付き合ったんだよ」
御影里奈からの依頼は結果的には成功した。
御影里奈の彼氏、須藤正樹は校門前で帰宅する里奈を待ち構えていた。
身長は高く、容姿も悪くないようだが態度は高圧的で、里奈が自分にまだ好意を持っていると信じて疑っていない様子だった。
彼氏を演じながら現れると、春之助に罵声を浴びせた。
さすがにギャラリーが増えると、里奈の味方に付く人間が多く不利な状況に気が付き去っていった。
「里奈ちゃんの彼氏さんは諦めてくれたのかな」
「諦めてくれないと俺は巻き込まれて逆恨みされただけになるんだが」
春之助は面倒なことに巻き込まれたなと思いながらため息をついた。
「今日は春君のお母さんは夜勤?」
「ああ」
春之助の母親、美冬は看護師であり夜勤で自宅に帰れない日が多かった。
美冬が夜勤の日は桜の家に泊まりに来ることも幼少期は日常であった。
「ごはん作るの大変ならごはん食べにくる? 春君ならみんな歓迎だよ」
「やめとく。お前の姉貴に虐められたくない」
辺りは暗くなり逢魔が時を迎えようとしていた。
「憎い。憎い。あの男が憎い。呪え。呪い殺せ。どんな方法を使っても」
翌日は朝から雨が降り続いていた。
「だるい」
雨の影響なのか春之助は朝から体が重く、思うように動けず机に顔を伏せ寝ていた。
「ちょっと、だらしないわよ。」
頭に響く甲高い声に頭痛まで引き起こされそうだった。
「うるさい。」
「お礼を言いに来たのに失礼ね」
「春君、大丈夫?」
春之助はその後も机に顔を伏せたままだった。
「春君、帰れそう?」
春之助が目を覚ますと辺りは暗くなっていた。
「帰る」
桜は心配そうに春之助を見つめていたが何も言わずに2人で帰路についた。
「お帰り、春。体調は大丈夫?」
家に帰ると美冬が夕食を用意し待っていた。
「ただいま。仕事終わるの早すぎない?」
「桜ちゃんが心配して連絡くれたから帰ってきたの」
春之助は煩わしいというようにカバンを投げ捨てた。
「余計なお世話だよ」
「そんなこと言って、ずっと片思いのくせに」
「うるさい」
美冬は笑いながら夕食をテーブルに並べていた。
「食べれそうなら食べて早く寝なさい」
「うん」
久しぶりの母の夕飯を食べ寝ることにした。
夜に夢を見た。
1匹の狐が襲ってくる夢。
目が覚めると体は昨日より重く、思うように動けなかった。
「体調、悪いなら休んで良いのよ」
「平気。行ってくる」
家を出たもののすぐに疲れベンチに座って動けなくなっていた。
「疲れた。・・・・・・ここ、店なんてあったか」
ふと、前を見ると見慣れぬ店があった。
店の看板には「相談屋」と書かれていた。
「こんな、親近感のある店なら忘れないと思うんだけどな」
店に吸い寄せられるように立ち上がり店の扉を開けていた。
「ようこそ、相談屋へ。お客様のご相談はなんでしょうか?」
はじめまして。
お読み頂きありがとうございます。
皆様のお暇つぶしにでもなれば幸いです。