17匹目
「えっと、あの・・・」
どの言葉から聞き返せば良いのか、栖衣は熱くて出るわけではない汗を背中から出しながら曖昧に笑った。
「せ、んせい・・・なんですか」
「はい」
栖衣の口から出たのは結局この言葉だけだった。ミハイル、・・・ミハイル・クローというこの焦茶色の毛の猫が栖衣の教師。栖衣が生徒でミハイルが教師。
彼が宰相や栖衣の夫候補であるという情報は一気に栖衣の頭の片隅に追いやられた。
人はコレを現実逃避と言う。
「とは言っても私それほど時間は割けません、ほとんどの時間をへレンに任せるでしょう」
「・・・はぃ」
「えぇ、心配は要りません。ヘレンは今でこそメイド長という役職についていますが昔は・・・」
がちゃ
「あはは、アランのばーか!」
部屋の外へ向かっておどけた様に声を発した後、栖衣とミハイルのいる部屋へと新しく猫が入ってきた。
「って、あ・・・ミハイル?キミ、何してるの?」
「・・・王、それはこちらの科白です」
バタンと音を立てて扉を閉じたのは廊下から猛スピードで部屋の中へと潜り込んで来た少年王――エミリオ・サノ・リベラ――だった。
「何って、僕は姫に会いに来ただけだよ。もしかしてミハイルも姫に夜這いを仕掛けに来たわけ?」
「な、何が夜這いですか!?もう、昼に近い朝ではありませんか!!」
「じゃあなに?朝這い?昼這い?」
「そういうことじゃありません!!というかあなたはスイ姫に夜這いを仕掛けにきたんですか!?」
声を荒げて怒るミハイルに真っ黒な子猫の見た目をしたエミリオはさらにおどけた。
「うん。でも一足遅かったかな?あ・・・」
エミリオがピンクの肉球を栖衣とミハイルに向けて笑った。それはまるで指を指して笑っているようだった。
「ミハイルってばいやらし~、姫をお風呂場に連れていって・・・そういうプレイ?」
「・・・!!」
エミリオの言葉にミハイルは尾をピンッ!と立てて焦茶色の毛をざわめかせた。ミハイルの背を後ろから見ていた栖衣はザワザワとざわめくミハイルの体毛を見て、それが怒りによるものなのか羞恥によるものなのか計りかねていた。
「ミハイルってば、むっつりスケベ~!」
「・・・・・・・・・!!!」
体毛がぶわっと広がり、殆ど体が神官服のようなかっちりした服で隠れていたミハイルの首の部分と少し袖から出ていた小さな手が逆毛の所為で二倍ほどに膨らんでしまった後、ミハイルの堪忍袋がプチッと音を立てて切れた。
どこにその兆候があったのか、直前に栖衣に向かってにやっと笑ったエミリオはミハイルが口を開いた瞬間、真っ黒な毛で覆われた三角の耳を折りたたむと手で少しでも音が聞こえないように耳を塞いだ。
「そこに座りなさい!!!」
結果、王宮名物・・・だと後で知った、ミハイルの『馬鹿でかい説教声』を栖衣は一番間近で、そして耳を塞ぐことなく聞くことになってしまった。