14匹目
ぎしっ・・・
栖衣の体には大きいキングサイズの寝台が揺れた。目をきつく閉じていた栖衣は感じた僅かな振動に体を揺らした。
「(だ、誰・・・ヘレン?ヘレンはこんな起こし方しない、よ?)」
毛布に包まれて何も音が通らないように耳も閉じた栖衣は動かないように、石になったつもりで動きを止めた。
しかし背後にいる筈の誰かは何も言わない。栖衣はそれが逆に怖くなって口を開いた。
「・・・ヘレン?」
その言葉は、どうかヘレンであって欲しいといった栖衣の願いがこめられていた。
「違います」
「!?」
栖衣に聞こえたのは落ち着いた低さの男性の声だった。そしてその声は栖衣が昨日聞いたばかりの男性の声だった。
「いつまで寝てるんですか、いくらへレンが起こしに来ないからといっていつまでも寝ていられてられては迷惑です」
その猫はそう言うと焦茶色の毛で覆われた右手をスッと挙げた。
『揚がれ』
その言葉を言い終わったと思った瞬間、栖衣が巻き込むように被っていた毛布がベリッと音を立てて剥がれた。
「っ!」
「何を驚いているんです、ヘレンの魔法を見ていたんでしょう?」
何も視界をさえぎるものの無くなった栖衣が見たのは、寝台に仁王立ちになる焦茶の毛に朱色の瞳を持つ猫の姿だった。
栖衣は彼の声や毛色、瞳の色に見覚えがあった。昨日、栖衣に対して遠まわしに『礼儀のなっていない女』といった男だ。昨日着ていた神官服によく似たそれは少し地味な代物に変わっていた。
「あ、・・・あ」
「なんですかその間抜けな顔は、目は赤くなっているし寝癖が消えてない。そんな姿を異性に見せるなんて・・・それがあなたの国では常識なんですか?」
彼はそれを言い終わるとすぐに栖衣に向かって右手を向けた。
栖衣は向けられた手とピンク色の肉球を見たまま、後ろへずるずると下がっていく。何だか嫌な感じがするからだ。
『揚がれ』
彼の肉球を見ていた栖衣はぐいっと着ていたネグリジェを引っ張られるかのように宙に浮かんだ。
「っ!?っひ・・・!ぃ、いやったすけ・・・!」
「何を言ってるんですか、ヘレンがいない今・・・私があなたを見れるまで磨いて差し上げようというのに」
そう言うと彼は寝台から飛び降りて隣接したバスルームの扉を同じように魔法で乱暴に開けた。
ヘレンとは違い『持ち上げる』のではなく、服を『引っ張られて』宙に浮く栖衣は苦しそうにしながら歯をカチカチと鳴らした。
視界は歪み始め、栖衣は自分の目が今どうなっているのか確かめるのが怖くなった。
先にバスルームに来ていた彼は引っ張り挙げていた栖衣をつれてくると、不意に彼女の顔を見てギョッと顔を驚かせた。
「なっ!?なんで泣いているんですか!?」
「うっ、ぅ・・・たすけ、殺さ、ない・・・でっ」
静かにバスルームの床に栖衣を下ろした宰相はいままでの行動が嘘のようにオロオロと混乱しだした。