13匹目
SIDE:B
栖衣がベットでガタガタ震えている、それより少し前、部屋の外では少し問題が起きていた。
「エミリオ様!」
既に目を覚まし身支度を済ませていた少年王、エミリオは乱暴に開けられた扉に視線をそちらに向けた。
「アラン?・・・なに、どうしたの」
「昨夜の記憶が食い違います」
真っ白な尾を乱暴に揺らすその姿はアランの怒りが分かりやすく感じられ、アランの言葉に寝台近くに立っていたエミリオは体をそちらの方へ向けた。
「誰と君の記憶が食い違っているって言うのさ?アランは何が言いたいわけ?」
エミリオは真っ黒で小さな体を揺らしながらチャシャ猫のように顔を歪ませた。
アランはエミリオの不真面目な態度に眉を寄せたが、すぐに口を開いた。
「昨夜、あなた方が待つ部屋に入った瞬間から、俺とクルトの記憶がわずかながら食い違う箇所があります。・・・ミハイルの仕業ですね」
アランは若くしてこの国の宰相まで上り詰めた男、ミハイル・クローのまるで武人のような短い焦茶髪と朱色の目を思い出して、眉を潜めた。
ミハイルは宰相として手腕をふるうほどの頭を持っていながらクルトと同等の魔力を持つ天才だ。しかし彼は魔力と引き換えに身体能力はこの世界の女性ほどしかない。
「・・・あなたは、王は彼女に何をしたんですか?」
「君たちが立ったまま寝てる間にちょっっと!・・・からかっただけだよ、君が心配するほどのことじゃない」
完璧にばれていると分かったのか、エミリオは両手を挙げて降参のポーズをとった。
「って、君は今日の護衛じゃないよね?」
エミリオは自分の肉球をアランの眼前にぶつけた。
「う・・・はい」
「君は今の時間、鍛錬所で新人の教育中のはずだけど、それに僕の部屋の前で待ってる筈の護衛は?どうやって突破してきたわけ?いくら君でもあんないかにも「怒ってます!」みたいな顔で止められなかったの?まぁ君が思いっきり扉をぶち開ける音しか聞こえなかったけど?」
エミリオはズイズイとアランを押す。アランはエミリオの質問に一歩一歩とまた下がっていった。
「もしかして伸しちゃったわけぇ?馬鹿力は鍛錬のときだけにしてよね、また処分証書かされたいの?ほんっとう君ってマゾなの?」
「エミリオ様!!」
「あっはぁー、冗談じゃーん」
エミリオはまたしょうがないなぁといった顔をするとクルッと軽やかに一回転した。
「それにしても、いくら筋肉馬鹿のアランとはいえ自分の部隊の子を倒してまで彼女のことをわざわざ聴きに来るとは思わなかったよ。気に入っちゃったの?彼女のこと」
「・・・悪い感情は持っていません」
「そう。僕もだよ」
「・・・そうなんですか」
「アラン信じてないでしょう?」
アランはあからさまに顔に出ていたのかと口を閉じた。しかしエミリオはそれ以上何も言わない。
それから少しの間にらみ合いともいえないにらみ合いがあったが、それを破ったのはエミリオだった。
「彼女可愛いよ、少なくとも僕は嫌いじゃない。そうだね、思わず今日は国民に・・・書面とはいえ正式に姫を発表する日なのに僕が起こしに行きたくてヘレンに彼女を起こさないでって頼むくらい」
ムラムラしてきちゃった。
可愛い顔でそう言ったエミリオは目を見開いたまま固まるアランから顔をそらすと思いっきり空気を吸った。
「ヴィレムー!!アランが!団長のくせにアランがサボってるよ――!!」
アラン自身苦手だと理解している王佐の名前を大きな声で叫ぶ王にアランは真っ白な体毛を逆立たせた。
固まったまま逃げ出そうと構える体だが凍ったまま動かない体の横をエミリオは走って潜り抜けた。
アランはそれを追おうとしたのか、それともこの部屋から逃げようとしたのか、とりあえず足を動かそうとしてエミリオが逃げた扉を力任せに開けた。
バンッ!!
「・・・アラン」
「あ、はは・・・ドールマン、王佐」
大きな音を立てて開けた扉の前には厳しい顔をした猫、猫にしては珍しい金の毛並みと碧眼。栖衣に見た目の色合いだけならエミリオよりも(エミリオは王だが)王子様のようだといわせた男――ヴィレム・ドールマン――が立っていた。